⑧お気に召していただいたようで何よりです。私の護衛騎士様
宝物殿を後にし、二人で回廊を歩いていると、アルフレッドはすぐに不満を露わにした。
彼は、吐き捨てるように言った。
「なあ、ミュゼッタ。あまり余計な事に首を突っ込まないでくれ。俺たちの目的は叙事詩の編纂だったはずだ。神殿の揉め事に巻き込まれる筋合いはない」
アルフレッドは、一刻も早くこの厄介事から距離を置き、護衛騎士としての任務を全うしたいのだろう。
しかし、私の心は違っていた。
私は首をかしげたまま立ち止まる。
「……やっぱりおかしいわ」
「何がだ?」
「犯人はどうやって絵画を運び出したのか」
私は疑問を口にする。
「あの壁の跡を見る限り、絵画はかなりの大きさのはず。それだけ大きな絵画を扉の前の神殿騎士達に見とがめられずに外に持ち出すのは不可能でしょう? 神殿騎士だけじゃない。回廊で神官や巫女とすれ違ったりしただけでも、すぐに誰かにわかってしまうはずよ。厳重な鍵がかけられた宝物殿から、そんな巨大なものを持ち出すなんて、一体どうやったのか」
アルフレッドがため息をつきながら言う。
「夜中に目立たないように持ち出したんじゃないか? みんな寝静まった頃に」
「たとえ深夜でも警備の騎士は必ずいたはずよ。それにあの扉が閉まる音を聞いたでしょう? 夜中にあんな音をさせたら誰かが気付くはず。誰にも見とがめられずに宝物殿に出入りするのは難しいと思うわ。そもそも、どうやってあの厳重な宝物殿に入り込んだっていうの? ……そして、もう一つおかしな点がある。何故、盗んだのが『絵』だったのか」
「どういうことだ?」アルフレッドが、わずかに興味を引かれたように眉をひそめる。
「宝物殿にはほかにも財宝がたくさんあるのに、どうして皆が存在を忘れたような肖像画『だけ』が盗まれたのか」
「……よくわからんが、その絵が誰かにとって特別な価値があったんじゃないのか?」
「そう、それよ! アルフレッドもたまには的を射た発言をするじゃない」
「それ、褒めてないだろ……」微妙な顔をする彼を無視して続ける。
「さっきのエフロック神官の説明にもあったでしょ? あの絵は、神殿内ではタブーで、皆が見て見ぬフリをするような厄介な代物だった。そんなものを、わざわざ厳重な警備を潜り抜けてまで盗むなんて、随分と妙な話だわ。つじつまが合わない」
私の胸は、興奮で激しく高鳴っていた。単なる盗難事件ではない。そんな予感がする。私はこの物語の核心を覗き見たい衝動を抑えられない。
「じゃあ、盗んだ奴は何が目的だったっていうんだ?」
「それはまだわからないわ。でも、こんなに面白そうな謎を放っておいたら、詩人ミュゼッタの『名折れ』よ」
アルフレッドは、私の言葉を聞いて、眉間に深い皺を刻んだ。その表情は、不快感と強い警戒心で歪んでいる。
「面白いだって? 盗みを働いた犯罪者がこの神殿の中にいるかもしれないんだぞ? もし首を突っ込んで、お前が盗人に襲われでもしたらどうする。これは神殿の問題だ。俺たちがどうこうするような話じゃない。それに、俺たちは女王陛下の任務中だ。それを忘れるなよ?」
彼の言葉には、私を諫める強い意志が感じられた。
「いいじゃない。任務の中に『神殿の秘密を暴き、新たな英雄譚の糧とする』という項目を追加すれば」
「それはお前の権限で決めていいことじゃないだろ」
アルフレッドが呆れたように言った。
そのまま、私たちは中庭に移動した。
暖かな日差しが降り注ぎ、どこからか鳥のさえずりが聞こえる。
盗難事件があったとは思えないほどにのどかである。実際、まだ事件の事を知っているのは、私とアルフレッドとエフロック神官だけなので当然なのだが。……いや、他にもいる。絵を盗み出した犯人だ。
アルフレッドは手近な石造りのベンチを見つけてドサリと座り込んだ。
「なんでお前と旅をしているといつもこう厄介ごとに巻き込まれるんだろうな」彼は嘆息した。
私は「どうしてでしょうね」と返す。
アルフレッドはいつも心配性すぎるきらいがある。
私は徐ろに背負っていたケースを開け、愛用のリュートを取り出した。指先で弦を弾くと、澄んだ音が中庭に響く。
「おい待て、ここで歌い出すつもりか?」
「もちろん」
私は堂々とリュートを抱え込んだ。そして、我が心配性な護衛を和ませるために、明るく、そして少しだけ皮肉の効いた歌を即興で奏で始める。
私が歌い出すと、中庭で作業をしていた若い神官や巫女見習いたちが、好奇心に満ちた目でこちらを振り向いた。
「目敏き騎士よ 朝の光に
パンの欠片も 逃さずに
鳩の心で 残さず摘まむ
その指先の 丁寧さよ」
私はアルフレッドの方に目配せして、茶目っ気たっぷりに歌う。アルフレッドは、詩の内容に気づいた瞬間、ムッとした顔をする。
「されど剣持つ その指先は
女王の盾と なりて立ち
詩人の影を 守りつつ
鋼の意志を 宿すなり」
歌が進むにつれ、周囲の神官たちは笑顔を浮かべる。内容はわからないが、なんだか愉快な歌だというのは伝わっているようだった。
曲が終わると、周囲から小さな拍手が起こった。私は優雅に一礼する。
そして、私の横で突っ立っていた鳩騎士に向かって尋ねた。
「どうだった、アル?」
「ふざけすぎだ。なんなんだ鳩の心というのは」
アルフレッドは、腕を組んだままそっぽを向いた。しかし不機嫌そうな声で呟く。
「だが、リュートの音色は悪くはなかった。あと、後半の歌詞もな」
「えっ? 何々? もう一回言って」
「……悪くはなかった、と言っている」
アルフレッドはほんの少しだけ頬を赤くし、さらに言い訳のように付け加えた。
私は思わず笑みをこぼした。彼が「悪くはない」と言うのは、彼にできる精一杯の賛辞だ。
それを引き出せただけでも良しとしましょう。
「お気に召していただいたようで何よりです。私の護衛騎士様」私はアルフレッドに深々を礼をしてから、リュートを膝に置き直した。
アルフレッドは何も答えなかったが、眉間の皺は消えていた。
「お二人とも!」
慌ただしい足音とともに、エフロック神官が駆けてきた。その顔は、先ほど宝物殿で見た時よりもさらに青ざめており、まるで顔面の血がすべて失われたかのようだった。
「エフロックさん。神殿長への報告は済んだのですか?」
「そ、それが……!」エフロック神官は息を切らせながら、一礼もそこそこに言った。
「エイワン神殿長が、お二人をお呼びです。宝物殿での件、詳しくお話を聞きたいと」
「神殿長が?」
アルフレッドが身構えるように立ち上がった。
神殿の最高責任者に呼び出された。どうやら私たちは、完全に事件の関係者になったようである。
私はガッツポーズをした。謎解きの舞台に立つ資格を正式に得たわけだ。
しかしアルフレッドは露骨に嫌そうな顔をしている。
「私たちが盗まれた絵の最初の発見者ですものね。当然だわ」
冷静を装っていたが、声は弾んでいた。
「さあ、アル。観客は少ないけれど、私たちで素晴らしい謎解き物語を創っていくわよ!」
立ち上がって宣言する。アルフレッドは、頭を抱えた。




