㊴それ以上は何も言えなくなってしまった
どのくらいの時間が経ったのか、わからなかった。
ディフォーは壁際で膝をついていた。
彼は両手で顔を覆い震えていた。青白い顔で、「俺のせいじゃない」と小さく呟いている。
ビーニィがゆっくりと動いた。
抱きしめていたシスリィをまるで壊れやすいガラス細工を扱うかのように優しく寝台に運んだ。
乱れた衣の裾を整え、頬にかかっていた髪の一筋を指の先でそっと払いのける。
それはまるで、母親が我が子を慈しむかのようだった。
その仕草は——あまりにも自然で、そして、あまりにも美しかった。
ビーニィは、しばらくそのままシスリィを見下ろしていた。きっと、心の中で色々な言葉を語りかけているのだろう。
しばらくの後、彼女は自分の剣を拾い上げた。
剣を自らの首元に持っていこうとする。
彼女が何をしようとしているのか、私にはすぐに理解できた。
「ビーニィさん!」
私は叫ぶ。声が部屋中に響いた。
「やめてください!」
ビーニィの手が止まった。しかし、剣は離さない。
ビーニィが私を見つめる。その目は何もかもを失った虚無感に囚われた人間のそれだった。
「死んでどうなるというんですか!」
「……生きる意味を無くした私に、それを問うのですか?」
何を言えば良いのかわからない。今のこの人には、いくら考えてもかける言葉が見つからない。
私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
不意に、横から声がした。
「……ビーニィ」
アルフレッドだ。
眉間に皺を寄せ、少しぶっきらぼうな様子は、いつも通りの彼に見える。だが、その目には、何かを伝えたいという強い意志のようなものを感じた。
「あんたは、自分のことを巫女姫を守るための剣だと、ただの道具なんだと、ずっとそう思って生きてきたんじゃないか?」
アルフレッドはシスリィの方を一瞬だけ見た。それからまた、ビーニィに視線を戻す。
「でも——巫女姫にしてみれば、あんたは道具なんかじゃなかった」
続く言葉が見つからないのか、彼は口を閉じた。自分の不器用さに少しだけ苛立っているように見える。
そうして彼は頭を掻いてから、ゆっくりと首を振る。
「俺には、あまりうまいことは言えん。実のところ、俺はあんた達の事情を半分も理解できていないからな」
それでも彼は続けた。
「だが、これだけは俺でも言える。巫女姫は、最後にあんたの傷を癒して『これからも生きろ』と言っていた。その意味がわからんないわけじゃないだろう」
ビーニィは答えない。しかし剣先が、ゆっくりと下に降りる。
彼女は目を瞑った。そしてそのまましばらく立ち尽くしていた。
彼女が再び目を開いた時、一筋の涙が頬を伝い落ちた。
「……ミュゼッタ殿。ひとつだけ、お願いがあります」




