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㉞彼は見てしまったのです

 長い沈黙を破ったのは、ビーニィだった。


「……仮に」


 低く抑えた声。追いつめられた獣の呻きに似ている。


「仮に、先程言ったような狂気じみた話が可能だったとして──証拠はあるのですか?」


 私はその言葉に対して黙って頷いた。


「では、証拠の話をしましょう」


 ビーニィが睨みつけてくる。負けるわけにはいかない。


「以前、私とアルフレッドが、あなたの部屋にノックもせずに入ったことがありましたね」


 アルフレッドが、思い出したように顔を上げる。ビーニィは私から視線をそらさない。


「その時、あなたは妙に慌てて、身体を隠した」


 じっとビーニィの目を見つめ返す。彼女は何も言わない。


「私は、最初はこう思いました。『肌を見られたくなかったのだ』と」


 少しだけ視線をそらす。ビーニィの肩を見つめる。


「でも、そうではなかった」


 ビーニィの唇が、かすかに歪む。


「あなたが身体を隠したのは、恥じらいによるものではなかった」


 私は、彼女の肩を指差す。


「証拠となる『傷跡』を隠したかった。だから慌てて叫んで私たちを追い出した。違いますか?」


 室内の空気が張りつめる。


「治癒魔法と言っても万能ではありません」


 私は、隣のアルフレッドの左腕にそっと触れた。そこには、生々しい跡が残っている。突然のことにアルフレッドがドギマギしているが、気にせず話を続ける。


「こんな風に、どうしても傷跡は残ってしまう。それは、シスリィ様自身もおっしゃっていたことです」


 アルフレッドの腕に残る傷跡。私のせいでできてしまった、一生残ってしまう傷跡。見るとやはり少しだけ心が痛む。


「ビーニィさん、あなたの肩口には、シスリィ様の治癒魔法で治した時の傷跡があるはずです。……それが証拠になります。それとも、その傷は昔からあった傷だ、とでも言い逃れをしますか?」


 ディフォーが、かすれた声で呟く。


「……本当に……ビーニィが……」


 ビーニィは沈黙を貫いていたが、やがて自嘲気味に吐き捨てた。


「……もし、私が自分の肩を切り落としたとしてだ。そんな重傷を負った私が神殿内を歩けば、嫌でも目立つ。そんな無茶な真似ができると思うか?」


「ええ、できません。そんな目立つことはできません。……だから、あなたは神殿内をほとんど移動してはいない。なぜなら、肩の切断が行われたのは、懲罰房の小窓のすぐ外だからです」


 全員の視線が集まる。


「懲罰房の窓のすぐ外の土が、不自然に抉り取られていました。アルフレッド、覚えているでしょ?」


 アルフレッドが声を上げる。


「ああ、ミュゼッタが躓いたあの穴か!」


「あそこなら、肩を切って殺人を実行し、また戻ってくるまでを最短で行える。切断から再接合までの時間が短いほど、危険は最小限になりますから」


 アルフレッドに向かって頷いて見せてから、再びシスリィ達の方を向く。


「肩を切断すれば、出血は免れません。すぐに止血したとしても、それなりの量の血液が流れ出るはず。そしてそれは、懲罰房の外の土に染み込んだ」


 私は、淡々と続ける。


「血の匂いは土に染み込んでも簡単には消えません。中庭は巫女や神官が頻繁に訪れる場所です。朝になれば、誰かが気付く可能性がある。だから血で汚れた土を持ち去る必要があった」


 ビーニィの表情に翳りが見えた。


「しかし、土を捨てることができるような場所はこの神殿内では限られています。中庭に埋め直すにしても、それなりに深く穴を掘る必要がある。誰かにその姿を見られれば怪しまれる。……となると、一時的にどこかにその土を隠しておくしかない」


 私は、結論を突きつけた。


「隠し場所は、あなたの私室です。あなたの部屋に入った時、異常なほどに香が焚かれていました。あれは……血の匂いを隠すためだったのではないですか?」


 ビーニィは黙っている。


「そしてもう一点。あなたは先日からずっと外套をつけていない。修繕に出したと言っていましたが、いったい誰に修繕を頼んだのですか? 頼むとすれば、神殿内の誰かだと思いますが……確認をとってみましょうか?」


 ビーニィが諦めたように首を振った。


「もういい」


「ビーニィ……」ディフォーがなんとも言えない顔で彼女を見つめている。


「……ああ、そうだ。土は外套に包んで部屋に隠してある」


 彼女は空いていた椅子に腰を下ろした。観念した、という様子である。


 ディフォーが膝をつくようにして激しく呻いた。


「何故だ……何故……そんな凶行に及んだ」


 ビーニィもシスリィも何も言わない。

 私がその答えを口にするしかなさそうだ。

 私はゆっくりと口を開く。


「暗殺者は、シスリィ様の部屋に押し入ったときに見てはいけない物を見てしまったのです。そのために、彼は命を奪われることになったのです」


 私の言葉にディフォーが疑問を口にする。


「見てはいけないもの?」


 ビーニィが叫んだ。


「それ以上は言うな!」


 しかし私は続ける。


「彼は見てしまったのです。シスリィ様の『瞳の色』を」


お読みいただき、ありがとうございます。

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