㉝人狼の殺害方法がようやくわかりましたので
さて、私の呼びかけに応じて、シスリィ、ビーニィ、ディフォーの三人が応接室に集まった。
相変わらずシスリィの私室は、質素で落ち着いている。本来であれば安らぎに満ちた癒しの空間……のはずであるが、今この瞬間だけは、この部屋の中に漂う空気が妙に張り詰めている。
シスリィは長椅子に静かに腰を落としていた。両手を膝の上で重ねている。
ビーニィは腕を組んで壁にもたれて立っている。ディフォーは難しい顔で窓際に控えていた。
アルフレッドだけが、私のすぐ傍らに立っている。
「集められた理由をお聞かせ願えますか?」
最初に口を開いたのはシスリィだった。
声は穏やかだが、心なしかいつもよりもか細い。
私は全員の顔を順に見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「懲罰房での人狼の殺害方法がようやくわかりましたので」
ビーニィが鼻を鳴らす。
「何を今さら。もう結論は出ているはずです。一連の事件は神殿長の乱心が引き起こしたもの。これ以上、何を話す必要があるというのです」
「……そうですね。神殿の皆様にとっては、もうすでに幕引きの済んだ舞台なのかもしれません」
頷いてから、わずかに間を置く。
「ですが──暗殺者と神殿長の命を奪った犯人が、他に存在するとしたら、どうでしょうか?」
「別の犯人が?」
シスリィが驚いたような声を出した。
ビーニィは目を細め、猛禽のように鋭い視線を私に向けてくる。
「……それで、その犯人というのは?」
彼女が問いかけてくる。随分と圧力のある聞き方だ。
「犯人が誰なのか。それを話す前に、まず密室の謎を解き明かす必要があります」
全員を見渡す。それぞれの思惑を孕んだ視線が、私に向けられている。
だが、ここで怯むわけにはいかない。
「この密室殺人において、実は一点だけ、見落としていた特殊な事情がありました」
「特別な事情?」
ディフォーの問いかけに頷いて見せる。
「それは、被害者がライカンスロープ……人狼だったということです。もし、死に至るほどの致命傷を受けて瀕死になった人狼がいたとして、彼が生きながらえようとする場合、どんな行動に出るでしょうか」
誰も答えない。
「月の光を浴びて、少しでも生きながらえようとするはずです」
そのまま続ける。
「……懲罰房の中で、月の光が唯一差し込む場所。それが扉の前でした」
私の言葉に、皆が驚いた表情を浮かべる。密室が生まれた原因に思い至ったのだろう。
「致命傷を負った人狼は、最後の力で月の光が当たる場所へと移動したのです。しかし、彼の傷は深かすぎた。狼の姿となることまではできたけれど、そこで力尽きてしまった」
ディフォーが目を瞬かせる。
「……懲罰房は人狼が刺された時点では密室ではなかった、ということですか?」
「いいえ。厳密に言えば密室でした」
「それはどういう……」
ディフォーの言葉を遮るように私は続けた。
「実は、最初から最後まで、懲罰房の扉の鍵はかかったままだったのです。犯人が立ち去った後に、人狼が扉の前に移動し、そこで息絶えたことによって、その密室は、より強固な密室になってしまった」
ビーニィが嘲るように言った。
「何を馬鹿な事を。最初から最後まで扉の鍵はかかったままだった? だとすれば、犯人は扉を一切通らずに懲罰房に出入りしたという事になるではないですか」
「……ええ、その通りです。犯人は、一切扉を通っていません」
私はそこで一度言葉を切った。全員が、私の次の言葉を待っている。
軽く肩をすくめてみせ、語り口調を少しだけ軽妙なものに変える。
「──その前に、ちょっとした思い出話を聞いてください。実は、この神殿に来る前に、連絡船の船頭さんから、紙に開いた小さな穴に、銀貨を通すという謎かけを出題されたのです」
ディフォーが困惑気味に眉を寄せる。
「なぜ今、急にそんな話を?」
私はディフォーに微笑んで見せる。
「とりあえず、最後まで聞いてください」
ディフォーは何か言いたげだったが、素直に頷いた。
私は続ける。
「実は、その謎かけで、こちらのアルフレッドは、ずいぶんと乱暴な答えを出しました」
アルフレッドが眉間に皺を寄せながら言う。
「乱暴とは心外だな」
不満そうである。しかし私は構わず問いかける。
「ねえ、アル。あなたはあの謎かけで、銀貨をどうやって穴に通したの?」
「どうやったも何も……ただ銀貨を『半分に斬って穴に通した』だけだが?」
彼はそれがどうしたと言わんばかりに首を傾げる。
私は頷いて見せる。
「そう。彼は、穴に通すために、穴より大きい銀貨を二つに斬ったのです。『通らなければ、通るように斬ればいい』。とても単純明快な解決策です。でも、そんな答えを出す人は今まで全くいなかった。何故なら、そもそも銀貨を真っ二つにできるような人が限られているからです」
アルフレッドが妙に自慢げに胸を張っている。別に褒めているわけでは無いのだけれど。
私は続ける。
「では、この『通らないなら斬ればいい』という発想を──『人間』に対して行ったとしたら?」
シスリィが息を呑む音が聞こえた。
ビーニィは無言のままだ。
「あの、それは……どういうことですか?」
ディフォーが不安そうに言う。何かに思い当たったような顔をしていた。
「懲罰房の小窓の格子は、胴くらいなら通る大きさでした。でも、肩が引っかかるために誰も通ることができなかった。いえ。できないと思いこんでいたんです。……だから密室ということになっていた」
ビーニィが眉を吊り上げる。彼女は何かを言おうとしたが、何も言わずに口を閉じた。
私は、そこで言葉を切った。
沈黙が続く。
誰もが私の次の言葉を待っていた。
「では、仮に犯人の肩幅が『通常の半分程度』だったとしたら、『格子もすんなりと通れる』とは思いませんか?」
ディフォーが顔を歪めた。
「まさか……犯人は……自分の肩を……」
しかし、私ははっきりと言った。
「そうです。犯人は『自らの肩を切り落として格子を通れるようにした』のです」
ディフォーが目を見開いて叫ぶ。
「……そんなこと、正気じゃない」
「──でも、それならば懲罰房は密室ではなくなります」
そこでビーニィが低く押し殺したような声で呟いた。
「……肩を切り落として無事でいられるはずがない。痛みで気を失うか……出血で死んでしまうだろう」
私は視線を彼女に向けた。
「そう。普通ならそんなことはどうやってもできません。でも、実はとある協力者がいれば、それは可能になるのです」
「協力者……」
ディフォーが絶望的な表情で呻くように言う。
ビーニィの目が鋭く私を睨みつけている。瞬きすらしない。
私はじっと彼女の目を睨み返した。
一瞬だけ、彼女は目を逸らした。
ほんの少しの間、誰もが口を閉ざしていた。
そして、私はゆっくりと口を開く。
「協力者──それは、シスリィ様、あなたです」
ディフォーが驚愕の表情を浮かべる。シスリィが唇を噛み締める。
「そして、暗殺者の命を奪った犯人は──ビーニィさん。……あなたですね」
シスリィは顔を伏せている。その表情は見えない。
ビーニィは獣のような眼で私を睨んでいた。
怯みそうになるのを必死に耐えながら、私は話し続ける。
「ビーニィさんの剣には、切れ味を高める刻印が施されています。それは、絵画の木枠もバターのように切り裂く宝物殿の聖剣と同じ。切れ味増強の刻印です。その剣を用いれば、非力なシスリィ様であっても、人間の肩甲骨のような硬い箇所も簡単に切断できる」
ビーニィもシスリィも否定せずにそのまま無言で聞いている。
「シスリィ様。あなたは我が国でもトップクラスの癒し手です。癒し手なら、人体の構造も、重要な臓器の位置も把握している。あなたは、命に関わる重要な臓器を避けて、人体を切断できる技術を持った数少ない人物です。そして切断した直後に、即座に止血し、痛みを抑える魔法を使うこともできる」
ディフォーだけが、信じられないという様子で口を開けている。
「シスリィ様がビーニィさんの剣を使い、肩を切断する。その後、ビーニィさんは懲罰房に入り込んで短剣で人狼を殺害する。人狼は手枷と足枷をされているため、片手であっても殺害は容易だったはずです。そして、すぐに戻ってシスリィ様に肩を再接合してもらう。そうすれば、懲罰房は扉を使わずとも出入りが可能になります」
「バカな! そんなことをシスリィ様がなさるはずは! ……それに、シスリィ様は目が見えないのですよ? 確かに、人体の知識は十分にお持ちかもしれませんが、それでも、盲目の状態で人間の肩を切り落とすなんて、そんな精密な作業ができるはずは……!」
叫びにも似た言い方でディフォーが呻く。
自分に言い聞かせているようだった。
「そう。盲目であるのなら、難しい作業だったかもしれません……ですが、もし、シスリィ様の目が見えていたのだとしたら、どうでしょうか」
ディフォーは驚いた顔をする。
「見えているだって⁉︎」
「そう。シスリィ様はずっと目が見えている事を隠し続けていた。今までずっと傍にいたディフォーさんにすら気づかれないほど、その演技は完璧だった。でも、昨日の夕方、あなたはひとつだけ失言をしたのです。その失言で、私はあなたの目が見えていることを疑いはじめたのです」
「失言、ですか?」
シスリィは少しだけ諦めを含んだような口調で言った。
「そうです。あなたは言いました。『茜と紫。昼と夜が溶け合う色』だと。生まれながらに『目が見えないはずの』あなたが、何故色について言及することができたのですか?」
アルフレッドが頷いた。
「……確かに。生まれてからずっと盲目であるなら、色がわかるはずはないか」
少しの間、誰も何も言わなかった。
やがてシスリィが静かに口を開いた。
「……以前、誰かからそのように聞いていたので、それをそのまま口にしただけです。夕暮れの色は茜色と紫色の交わるような色合いなのだと。知識として知っていただけ。よくある表現でしょう」
首を横に振って見せる。
「……それだけではありません。あなたの目が実は見えているのでは? と疑いはじめたとき、ふと思い出したのです」
まっすぐにシスリィを見つめる。
「以前、アルフレッドが腕を失ったとき、あなたは、『光の魔法』を使いましたね?」
シスリィは黙ったままだ。ディフォーがはっとした顔をする。あの時の情景を思い出したのだろう。
「暗くて患部が見えないとディフォーさんが口にした時、あなたは迷わず魔法で光を灯し、周囲を明るく照らしました」
「それがなんだというんだ」
ビーニィが苛立ったように言った。
私はゆっくりと口を開く。
「……『生まれた時から目が見えない』のに、どうして『周囲を明るくする光の魔法を習得』したのですか? あなたには必要のない魔法でしょう」
ディフォーが信じられないものを見るような目でシスリィを見た。
私は構わずに続ける。
「理由は簡単です。あなたは光を灯す魔法を必要とするからです。暗いところで明るさが必要な、目が見えている人だからです」
シスリィは、何も反論しなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブックマーク・評価・感想などいただけると、とても励みになります。
今後の執筆の力になりますので、よろしくお願いいたします。




