㉛別の「誰か」によるものだったとしたら
夜の神殿は、昼とは別の顔をしていた。
人の気配が薄れた分、石造りの壁が呼吸しているように感じられる。
地下へと続く廊下を歩きながら私は思考を続けていた。
神殿長は暗殺者を雇い、シスリィの命を狙ったことが露見すること恐れ、毒を煽った。
それが、今現在、神殿内で事情を知る者たちの間で認識されている『事件のあらまし』だ。
それは、一見すれば、誰もが納得する筋書きだ。
だが、本当に、すべての事件が神殿長の手によるものだったのだろうか。
頭の中で、事件をひとつずつ思い返してみる。
絵画の盗難については疑いようがない。
あの事件は、神殿長でなければ犯行は不可能だった。
大きなポケットを備えた特別な法衣。それを纏って宝物殿を出入りすることができたのは、神殿長しかいない。
暗殺者を手引きした件も同様だ。
暖炉から見つけた法衣の燃え滓だけではなく、暗殺指示を匂わせる書簡まで出てきた。
これらは偶然ではないだろう。
この二件の事件に限れば、神殿長がやったとみて間違いない。
だが、奇妙なのは懲罰房の密室だ。
捕えられた暗殺者が、己の名前を出すかもしれない。その事を恐れた神殿長が口封じのために殺した。
一見すればそれは筋が通った話のように思える。
そこで、私は一瞬だけ歩みを止めた。
ではなぜ、密室という異様な形での犯行を選ぶ必要があったのか。
その点について考えると、途端に話がまとまらなくなる。
現場を密室にする利点が神殿長には全く無い。
主鍵を使えるという点で、神殿長が関与したと疑われる事は明白だ。
ならばむしろ人狼を殺害した後は、扉を開け放って逃げてしまえば良い。それだけで済んだはず。
密室にする理由が見つからない。
それに、神殿長ほどの人物であれば、わざわざ夜間に懲罰房に忍び込んで口封じをするなんて手間をかける必要もないはずだ。
尋問が行われる前に、何かしらの理由をつけて早急に人狼を排除すればいい。
となると、やはり神殿長が密室を作ったわけでは無いと考えるのが自然だ。
──では、誰が、なんのために密室を作ったというのか。
もし。
暗殺者の死が、別の誰かによって引き起こされた、神殿長にとっても『想定外』の出来事だったとしたら?
その結果、密室が生まれたのだとしたら。
暗殺者は本来、捕らえられ、尋問されるはずだった。尋問されて不利益を被るのは、暗殺者を雇った神殿長のはずだ。だが、もし、他にも暗殺者が尋問をされる事を良しとしない人物がいたらどうだろうか。
その人物にとっては殺す理由になりうる情報を暗殺者が持っていたのだとしたら。
その人物が、人狼を殺害した可能性は無いだろうか?
その結果、密室が生まれたという可能性は?
物語の断片が少しずつ繋がっていく。
絵画盗難。
暗殺者の手引き。
ここまでは神殿長の犯した罪。
だが、暗殺者の殺害。
その後に起きた神殿長の死。
これらについては、別の「誰か」による犯行だったとしたら——。
神殿長が犯人ではない可能性があるのなら、また違った形で、密室に向き合う事ができるかもしれない。
やはり、もう一度、あの懲罰房を確認する必要がありそうだ。
根拠と呼べるものはまだ何もない。でも、もう一度調べるべきだと『詩人の勘』がそう囁いている。




