㉚夕焼け空を眺めながら、詩のフレーズを考えていました
夕刻を示す鐘の音が鳴った。
私は神殿の上階層の回廊から中庭の噴水を眺めていた。
水の勢いは弱く、風に煽られ糸のように横に流れている。
西日を受け、石畳に伸びる影は長い。
近づいてくる足音があった。振り返るとシスリィ、ビーニィ、そしてディフォーの三名がこちらに歩いてきている。
「ごきげんよう。ミュゼッタ様、アルフレッド様。こちらで何を?」
シスリィが尋ねてくる。
私は穏やかに微笑んでみせる。
「夕焼け空を眺めながら、詩のフレーズを考えていました。陽が沈む直前の、あの空の色を見ながら……」
「夕焼けですか……。茜と紫。昼と夜が溶け合う色。美しくもありますが、私は少し怖い色合いだと思います」
私は少し驚く。
そして、冗談めかして微笑んでみせた。
「素敵な表現。シスリィ様には詩人の素質がおありですね」
シスリィはいつものように微笑み返してくるのかと思ったが、その雰囲気は、どこか緊張している様子だった。
「……少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「ええ、構いません」
私が答えると、少しの間をおいてシスリィが切り出した。
「神殿長様のことです」
単刀直入である。
言葉はすぐには出てこない。
しばらく黙っていると、シスリィが口を開いた。
「……遺体の発見者である、あなたに伺いたいのです。あの方は『自ら旅立った』と、そう受け取ってよろしいのでしょうか?」
感情を抑えているのがわかった。
私は即答しなかった。
どこからか、遠く誰かの祈りの聖句が聞こえてきた。しばらくその声に耳を傾けてから、私は呟くように言った。
「……ええ。神殿長様は、追い詰められ、耐えきれなくなって、自ら死を選んだのだと思います」
三人の視線が私に注がれる。
「罪の意識か、断罪への恐怖か、それとも、その両方なのか。理由はわかりません。でも、自ら命を絶ったのは間違いないと思います」
私は言葉を区切り、三人の顔を見渡した。
シスリィが小さく息を吐いた。
「……やはり、そういう事なのですね……」
そう呟くと彼女は顔を伏せた。
シスリィは何も言わず、手を胸の前で組んだ。そして祈りの姿勢を見せる。
「どうか、あの方の心が、今は安らかでありますように……」
「シスリィ様……」
ディフォーは複雑な表情でシスリィに倣って祈りの姿勢をとる。
一方でビーニィは不機嫌そうに眉を顰めた。
「あの男は苦しむことなく眠るように死んだ。罪人に相応しくはない。私はあの男を許す気にはなれませんね」
「ビーニィ」
ディフォーが咎めるように口を開く。
「死者に対してその言い方は……確かに気持ちはわからないでもない。しかし、潔く毒を煽ったんだ。それだけでも、罪人としてせめてもの償いをしようとしたんじゃないか?」
ビーニィは納得いかない様子で鼻を鳴らした。
私はしばらく黙っていた。
先ほどの会話の中に少しだけ引っ掛かりを覚えたからだ。
「……少し冷えてきましたね」
シスリィが呟く。ビーニィが促す。
「お身体に触ります。お部屋へ」
やがて三人は夕暮れの回廊を後にした。
残ったのは、私とアルフレッドだけである。
遠ざかる足音。
窓の外は淡い群青色に変わりつつある。
夜の気配が迫ってきている。
しかし私は先ほどの会話の中にあった引っかかりの事ばかりを考えていた。
あの言葉は──。
「……確かに冷えてきたな」
アルフレッドが、呟くように言った。
視線はまだ三人が去った方向に向けられている。
私は少し間を置いてから、言葉を選ぶ。
「……アル、気になる事ができたわ。例の密室、もう一度、調べ直しましょう」
私は歩き出す。
「今からか?」
アルフレッドが少しだけ遅れて私の後ろについてくる。




