㉙彼女のためにも、真実を見つけなきゃね
「大聖堂で神殿長への鎮魂歌を捧げてもらえないでしょうか」
そんな提案が上級神官のひとりから出た。
神殿長の死に対して、現状で正式な典礼が行なえないため、何かしら代わりになる演出が必要だったのだろう。
私は断る理由を見つけられず了承した。
集められた神官と巫女たちの前に立ち、簡素な合図を受けて、歌を始める。
「陽光に包まれし 御使よ
その千の祈りは 女神に届き
その声は 永遠に沈黙する
どうか 裁きなき場所にて
安らかなる 休息を
我らは あなたの祈りを忘れない」
神殿長に長く仕えていた神官は多かったはずなのに、涙を流して嘆く者はほとんどいなかった。
皆、静かに歌を聴いているだけだった。
その点に関しては、神殿長に少しばかり同情する。
「素晴らしい歌でした。神殿長もきっとお喜びでしょう」
年長の上級神官が私に対して労いの言葉を口にする。
その声には、神官の本心は含まれていないように感じた。全くもって形式だけのやり取りだ。
「そのように仰っていただけるなら、光栄です」
私は軽く微笑んで応じる。
「ご遺体を見つけた時には大変驚きました。いつか神殿長様も歌の題材にさせていただくつもりでしたが……まさかこのような形で歌う事になるとは思いませんでした」
請われて歌うだけの役目を淡々と果たす。
あくまでも何も知らない詩人を演じてみせる。
私たちは真犯人を炙り出さなければならないのだ。油断は禁物だ。
アルフレッドも、意図を察してか、何も言わずに突っ立っている。
必要以上に口を開かず、私のすぐ近くであくびを噛み殺している。
完全に『何も考えていない護衛のフリ』をしてくれている。
……本当に何も考えてない可能性も否定できないけど。
歌い終えると、観衆たちはまばらに去っていった。
アルフレッドが口をひらいた。
「……泣いてる奴はいないんだな」
小声で呟く彼の横に立って、私も小声で応じる。
「神殿長がどういう立場だったのかはわからないけど、取り巻きの神官達にとっては、『その程度の存在』だったのかもしれないわね。権力に取り入っていただけ。それはそれで可哀想ではあるわね」
彼は一瞬だけ眉をひそめたが、それ以上は何も言わなかった。
大聖堂に静けさが戻った。
その時だった。
「……ミュゼッタ様」
控えめに名を呼ばれて振り向くと、柱の影からジーナが姿を現した。巫女服の袖を胸元で握りしめ、いつものように一歩距離を保ったまま立っている。視線は私の顔ではなく、私の足元に向けられていた。目を合わせられないようだった。
「さっきの歌……綺麗でした」
彼女は全て言い切るまでに、ほんのわずかだけ吐息を吐いた。
私は何も言わず、ただ彼女の言葉を待つ。
「やっぱり、私、ミュゼッタ様の歌、好きです」
そこでようやく、彼女は私の目を見た。
警戒している様子も拒絶しているような素振りもない。戸惑いと、少しの後悔があるだけに見えた。
「ありがとう」
私は短く答えて微笑んで見せる。
それが、今の彼女に必要な距離だと感じたからだ。
ジーナは言葉を探すように、一度、深く息を吸う。
「あの、私、前にひどい態度を取りました。謝っても許してもらえないかもしれないけど……でも……私……」
私はゆっくりと首を振った。
「許してもらうのは私の方よ」
そしてジーナの目をじっと見つめる。
「それと……話してくれてよかった」
ジーナは驚いたように目を見開き、それから、少しだけ肩の力を抜いた。
「……ごめんなさい」
「私の方こそ」
アルフレッドは少し離れた場所で、柱にもたれかかりながら、あえてこちらを見ないようにしている。気を利かせているのか、本当に興味がないのかは判別がつかない。
ジーナは、ためらうように視線を伏せ、ぽつりと呟いた。
「ジェイトは天国で安らかにしているんでしょうか?」
それは問いかけというより、彼女の願いのようだと感じた。
私はどう答えればいいのか少しだけ悩んだが、まっすぐにジーナを見てはっきりと答えた。
「──ええ。きっと安らかにしているわ」
その言葉に、ジーナは今度こそ、安堵の表情を浮かべて微笑んだ。
彼女は深く一礼すると去っていった。
大聖堂の窓から見える青空は、目にしみるほど鮮やかだった。
その青が、少しだけ滲んだ。
「彼女のためにも、真実を見つけなきゃね」




