㉘ろくなことにならないで終わる
神殿で起こった一連の事件は確実に臨界点を越えた。
ロウクス神殿は一夜にして落ち着きを失った。蜂の巣をつついたような騒ぎ、とはまさにこの事である。
引き金となったのは、もちろん神殿長の死だ。
アルフレッドの報告を受けて、癒し手達が執務室に集められた。検分の結果、死因はやはり服毒によるものだと確認された。
組織の頂点に立つ者が、唐突にいなくなった。
この事実だけでも、神殿という巨大な組織を揺るがすには十分だった。
だが、混乱の理由はそれだけではなかった。
ビーニィとディフォーが、シスリィ暗殺未遂事件について「再度正式な調査が必要だ」と、上級神官たちに訴え始めたのだ。
シスリィへの暗殺未遂、暗殺者の不可解な死、神殿長が服毒自殺。これらが連続して起こったのは偶然ではない。詳しい調査をするべきだ──と、二人はそう主張した。
直接的に「怪しい」とは誰も言ってはいないものの、完全に神殿長が、暗殺を企てたが、失敗したために自殺した、と言っているような内容だった。
これまで上級神官たちは、すべての判断を神殿長という頂点に委ねることこそが、神殿の秩序を守る道だと信じて疑わなかった。
しかし、その頂点が消えた今、他人任せという逃げ道はもう残されていない。
見て見ぬふりを続けることは、もはや許されなかった。
「神殿長急死の原因究明」そういう名目で、大々的な調査が始まった。
実際には、暗殺未遂事件との関連を含めた、包括的な内部調査である。
神殿騎士の立ち会いのもと、神殿長の私室と執務室が隅々まで検められる。
私物、書簡、過去の記録、外部とのやり取り、そして関係者たちの行動履歴。その調査は徹底していた。神殿長といえど、もはや死人である。調査に手心が加えられることはなかった。
その過程で、ディフォーとビーニィが、暖炉から追加の法衣の燃え滓を発見し、それを証拠として、暗殺者が神殿へ侵入した手口が語られた。
内部の手引きなしには到底成立し得ない犯行であり、神殿長にしかそれはなしえなかった。
その主張は、証拠という後ろ盾を得て、疑いから確信へと変わり始めていった。
そして、決定的なものが見つかる。
執務机の奥、鍵付きの引き出しから発見された書簡。
命令の言葉も、名指しの名前もそこにはなかった。だが「頼んまれた件、確かに」「首尾よく運べば、褒美は弾んでもらう」そんな表現が並んでいた。
それは、暗殺者から神殿長に向けたやりとりだとしか解釈できない内容だった。
もはや、エイワン神殿長が暗殺者を手引きしたという疑惑は、「可能性」という段階を通り越し、「事実として扱うべきもの」へと姿を変えた。
この調査結果は、上級神官会の内側だけで共有された。
それ以上、情報が外へ出ることはなかった。
女神に仕える神殿の長が、暗殺者を雇い、名高い癒し手の命を狙った。
もしこの事実が公になれば、ロウクス神殿だけでなく、エリクス教全体の信頼が揺らぎかねない。
上級神官達が結論を出すのに時間は掛からなかった。
「神殿長は、心臓の病により急逝した」
それが、内外に向けて発表された公式見解だった。
遺体は夜明け前に、最小限の人間だけが立ち会う中で神殿から運び出された。どこで、どのように弔われるのかを知る者は、上級神官の中でもごく一部だけに限られた。
あらゆる詳細が、神殿の外には一切出なかった。
神殿内部でさえ、真相を知る者は数えるほどしかいない。
組織というものは、時に真実よりも体面を優先する。
それが、上級神官達が選んだ、生き残るための論理なのだろう。
だが。
隠蔽には、いずれ必ず報いが来る。
時を経て露わになったとき、その代償はより大きなものになる。
私は詩人だ。
真実を隠したことで、悲劇的な結末を迎えた物語を、いくつも知っている。
好みではないから歌にはしないけれど——大抵、そういう物語の行く末は決まっている。
そう、ろくなことにならないで終わる。
だから、私は、複雑な気持ちでこの成り行きを見守っていた。




