㉕思い立ったらすぐに行動だ
自室に戻った私は、椅子に腰を下ろしたまま、しばらく物思いに耽った。
神殿の静寂の中、思考だけがぐるぐると巡る。
真実に辿り着くには、この神殿で起きた出来事を一度すべてときほぐし、最初から組み直す必要があるような気がしていた。
詩作に行き詰まった時によくやる手段だ。
物語を分解して書き直すことで、全く異なる展開、全く異なる世界が広がる。
それが思いもよらぬインスピレーションに繋がったりするのだ。
この神殿で起こった一連の事件も、一から話を組み直せば、きっと違った顔をのぞかせるはずだ。
私は目を閉じ、深く息を吸った。
そして、時間を巻き戻すように、記憶を辿り始める。
この神殿において最初に起きた事件。
まず、思い浮かぶのは、あの絵画の盗難だ。
宝物殿の奥に収められていた、一枚の肖像画。
神殿長自らが盗み出した、王妃の絵。
──なぜ、神殿長はあれを盗んだのか。
何の理由もなく、窃盗というリスクのある行為に及ぶ人物とは思えない。
何かしら、『そうせざるを得ない理由』があったのだろう。
それに神殿長の立場であれば、「もう必要なくなったから廃棄する」と告げるだけで、誰もそれに異を唱えなかったはずだ。
それでも彼は、秘密裏に、しかも自分の手で絵画を処分した。
──何故だろう。
おそらくは『処分したという事実』そのものが誰にも知られてはならなかったのではないか。
絵画は長く誰からも忘れ去られていた。
布を被せられ、埃を被っていた絵画だ。
いつの間にか消え失せていても、誰も気づかないだろう。
事実、半年もの間、誰一人として喪失に気づかなかったのだから。
神殿長の目論見は確実に成功している。
だが、だからこそ疑問が残る。
誰にも気づかれない、という事は、放っておいても問題のなかった絵画だったはずだ。
それをなぜ、今になって盗み出してまで破壊したのか。
私は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
空を見上げる。一羽の鷲が空高く羽ばたいていた。
獲物を狙っているのだろうか。ずっと同じ場所を旋回している。
私はしばらくその鷲の軌道を目で追っていた。
以前は、「狂王の妃の肖像画という、エリクス教の禁忌に抵触するような絵画を密かに保管していた、という事実が、派閥争いで不利になるからだろう」くらいに安易に考えていた。
だが、シスリィの暗殺未遂、そして実行犯である暗殺者の殺害——そうした異常な事態まで含めて考えると、派閥争いで不利になる、程度の説明では足りない。
もっと深い理由があったのではないか。
決して誰にも知られてはならない何か、とんでもない秘密が。
神殿長が、自ら手を汚してでも消さねばならない何かが。
……そもそも、謎は他にも存在する。
神殿長は、その絵画を『大切に保管していた』ということだ。
神敵とされた狂王に連なる品の保管など、エリクス教総本山が許可するはずがない。
上級神官の中にも、保管を疑問視する声はあったはずだ。
それをあえて、宝物殿の奥、人目につかぬ場所にずっと安置し続けた。
危険を承知で、十年以上もの間、手元に置いていた。
……となれば、あの絵は、神殿長にとって特別な意味を持っていたはずだ。
手放せないほどの、個人的な理由が。
——私だったら、どんな肖像画だったら、手放したく無いと思うだろうか?
一瞬、アルフレッドの顔が脳裏をよぎる。
仏頂面で、眉間に皺を寄せた騎士の肖像画を想像する。
その絵は真っ直ぐに私を見つめている。
「俺はお前の『護衛』なんだから。守るのは当然だろう」
絵画の中の彼の唇がそう呟く。
何故かその後、彼の眉間の皺はなくなり、普段見せないような甘い笑顔に──。
すぐに首を振り、余計な雑念を頭の中から追い払う。
頬がちょっとだけ熱い。
私は何を考えているのだ。
……話を戻そう。
私は窓枠に手を置き、空を見上げた。
あの絵画が一連の事件の発端であることは間違いない。
この事件を解く鍵は、盗まれた絵画にある。
だからこそ、もっと絵画の事を詳しく知る必要がある。
しかし、あの絵画はもう存在しない。
では、あの絵画についいぇ詳しく知っている人物に話を聞くしか無いだろう。
例の絵画について詳しい人物となると──。
エフロック神官。
あの人に、記憶の中の絵画を思い起こしてもらうしか無い。
彼に話を聞くべきだ。
私は立ち上がり、隣の部屋に向かうと、扉越しにアルフレッドの名を呼んだ。
思い立ったらすぐに行動だ。




