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㉔おかしいな、じゃないわよ

 アルフレッドは窓辺に立ち、弓を手にしている。弓には、簡易的に加工された矢が番えられていた。矢尻の部分には短剣。さらに矢羽近くには糸が結びつけられている。彼が得意げに考案した『完全犯罪の再現装置」だ。


 狙うのは、懲罰房の小窓から横に十歩程度離れた壁。神殿長の執務室から懲罰房の小窓を狙ったという彼の推理の再現である。


「よし……条件はほぼ同じだ。距離、角度、高さ。十分だろう」


 彼は深く息を吸い、構えを取った。肩の力が抜け、視線が一点に定まる。さすがに弓の扱い自体は堂に入っている。


 そうして、放たれた矢は——。


 ひゅん、と軽く音を立てた直後、明らかに失速した。そのまま弧を描くように中庭へ落下する。


 一応確認してから放ったものの、下に人がいなくて本当に良かった。


 しばらく誰も言葉を発さなかった。

 アルフレッドは眉をひそめ、糸を引っ張って矢を回収した。


 もう一度、矢を番える。

 今度は少し引きを強くした。だが、結果は同じ。少しだけ距離は伸びたが、反対側の壁どころか、中庭の中央にすら届かない。


「……おかしいな」


 彼は納得がいかないという顔で呟く。


「『おかしいな』じゃないわよ」


 私はジト目で彼を見つめる。


「あなたの推理は、そもそも無理だったの」


 全員の視線が私に集まる。


「まず、矢の先に短剣なんてつけたら先だけ重くなってバランスが崩れる。そんな矢に飛距離が出せるはずがないでしょ。もっと槍みたいな大きな矢にしないと。それに糸なんて結びつけた時点で、不安定になって真っ直ぐ飛ばなくなるわ」


 アルフレッドが唸る。


「加えて、犯行があったのは夜間。灯りは最低限だった。そんな暗闇で、向こうの棟の小窓を狙って人狼の胸を正確に狙う? 伝説級の弓の名手でも至難の業よ」


 ディフォーが頷いた。


「確かに。いくら神殿長が弓に覚えがあったとしても夜間にあの小窓を正確に射るのは無理でしょうね。しかも短剣をつけた状態ではまともに射ることすらままならない」


「それだけじゃないわ。そもそも、人狼がちょうど小窓から見える位置に立っていなければ、この方法は成立しないのよ。犯人は、どうにかして人狼を扉の前の位置まで誘導しなければならない。神殿長はどうやってそこまで誘導したの?」


 沈黙。

 アルフレッドは悔しそうに弓を下ろした。


「……えと、つまり、俺の説は——?」


「机上の空論も良いところ」


 私は容赦なく言った。

 アルフレッドは愕然とした顔をする。

 結構自信を持っていたらしい。


「……でも、悪い考えではないわ。神殿長の部屋から弓矢で射る、というのは不可能でも、長い槍のようなものを使って中庭から懲罰房の小窓を通して刺す、とかだったらあるいは可能だと思う。それでも、人狼を扉の前に誘導し、動かないようにさせなければならないっていう問題は残るけど」


 しばらく誰もが黙っていた。

 ビーニィが口を開く。


「……アルフレッド殿の推理はかなり的外れではありましたが、神殿長が暗殺者を招き入れたというのは確実です。まだ罪に問うことはできませんが、誰に注意を向けるべきかハッキリとしました。その点は間違いないでしょう」


 ビーニィの言葉に皆が頷いてみせる。

 アルフレッドだけは不服そうに、眉間に皺を寄せていた。


「何か確定的な証拠が掴めれば良いのだけれど」


 私が言うと、ディフォーは真剣な眼差しでこちらを見た。


「今はそれを探すしか無さそうですね。引き続き、調査をお願いします」


「わかりました」



 部屋を出る頃には、夜気が一層冷たさを増していた。

 廊下を進みながら、アルフレッドが小声で言う。


「……やっぱりこういう知恵働きはミュゼッタに任せたほうが良さそうだな」


 割とショックを受けていたらしい。

 私は思わず笑った。


「アルが自信満々で謎解きしてる姿は新鮮で面白かったわよ」


「……面白くて悪かったな」


 アルフレッドが呟く。どこか拗ねたような口調だ。でも何だか叱られた子犬みたいで可愛い。


「こいつで解決できない事柄は、やはり俺向きじゃない」


 言いながら、アルフレッドは剣を軽く持ち上げて見せた。


「そうね」


 私は後ろ手を組みながら、彼の方を振り返る。


「あなたには、私の護衛という大事な役割があるんだから。そっちに全力でいて」


 先程まで尖っていたアルフレッドの口元がわずかに緩んだ。


「……まあ、そっちの方なら自信があるからな」


 言いながら頭をかくアルフレッド。

 そんな彼の態度に自然と微笑んでしまう。


「頼りにしてるから」


 冷たい夜の廊下を二人並んで歩いた。



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