㉓アルフレッド流謎解きショーの開幕である
アルフレッド、ビーニィを伴って、シスリィの私室に到着する。ディフォーがシスリィの部屋の前に立っていた。
「……その顔は……何か進展があったということですね」
私は無言で頷く。
「詳しい話は中で」
室内に招き入れられると、シスリィが椅子から立ち上がり私たちを迎えた。
軽く息を整え、懐から布に包んだ燃え滓を取り出す。
「神殿長の執務室でこれを見つけました。法衣の切れ端と考えられます。……意図的に焼かれた痕跡がありました」
シスリィの表情は暗い。
ディフォーは腕を組んだまま目を細めた。
「……ミュゼッタ殿の推察通り、神殿長が暗殺者を招き入れたということか」
「ああ、間違い無く奴が内通者だ」
アルフレッドが断言する。
「……ですが、この証拠だけで神殿長の罪を糾弾できるのかといえば、微妙なところです」
そう言うと、ビーニィは苦々しげに眉を寄せた。
「何故だ! これをもってして、神殿長の罪を暴くべきだ」
私は静かに首を振ってみせる。
「確かにこの燃え滓は、神殿長が関与しているという重要な証拠ではありますが、犯人と確定させるほどの効力は持っていません」
誰も何も言わない。
私は言葉を続けた。
「現段階では、神殿長の部屋から『犯人が使ったと予想される法衣の燃え滓が出て来た』というだけです。神殿長自身が燃やしたという証拠も無ければ、暗殺者が纏っていた法衣だという証拠も無いわけです」
ビーニィが口を開きかけたが、私は手を上げてそれを制した。
「それに、部屋を無断で調べて手に入れたというのも印象は良くない。下手をすれば、逆に私たちが神殿長を貶めるために証拠を捏造したのではないか、などと罪に問われかねません」
「結局、ミュゼッタ殿の推理を補強するだけの物品でしかないということか……」
ディフォーが静かに呟いた。
全員が、一様に気を落としていた。
しかし、アルフレッドだけは腕を組んだまま、やけに落ち着き払っていた。
──いや、落ち着いているというより、何かを言いたくて仕方ない顔のように見える。
彼は急にわざとらしく咳払いをした。
ディフォーが眉を上げ、ビーニィが視線を向ける。シスリィは不思議そうに首を傾げながら顔をこちらに向けた。
アルフレッドは、全員の注目を集めたことを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「……実は、俺には考えがある。その考えが正しければ、神殿長が犯人だと特定できる」
アルフレッドは胸を張り、どこか勝ち誇ったように言い放った。
皆、一様に驚いた顔をした。
私も思わず彼を見つめた。
アルフレッドが推理?
嫌な予感しかしない。
シスリィがゆっくりと口を開く。
「……アルフレッド様。それは一体どのような……」
アルフレッドは意気揚々と、どこか芝居がかった口調で答える。
「……それはここではない場所で話そうと思う。皆、着いてきてくれ」
言いながら、彼は部屋を出て行った。
ビーニィとディフォーが顔を見合わせた。
シスリィは困惑したように私の方に顔を向けた。
私は小さく肩をすくめる。
「……行きましょう。アルフレッドが何を考えているのか、確かめないと」
そして心の中で付け加えた。
──変なことを言い出さなきゃ良いけど。
アルフレッド流謎解きショーの開幕である。
アルフレッドに案内されたのは、上級神官たちの居住区域だった。
その中の一室。神殿長の執務室から数部屋離れた空き部屋である。
何故こんな場所に来たのか。意味が分からない。
アルフレッドは卓の上に紙片を広げ、話し始めた。
「神殿長が一連の事件の犯人だと特定するにはどうすればいいか。……実に単純明快な話だ。『神殿長だけ』が犯行可能だったと示せばいい。さっき執務室に入ったとき、俺は気づいた——密室の中でどうやって人狼は殺されたのか。そして、その方法は、神殿長にしかできないものだったんだ」
何やら含みのある言い方だ。
ディフォーが腕を組み、真剣な顔で聞いている。ビーニィは身を乗り出し、シスリィは黙って耳を傾けている。
「あの狼は懲罰牢の中にいた。扉は施錠され、出入りの痕跡なし。格子付きの小窓からも侵入は不可能。にもかかわらず、胸を刺されて死んでいた。そういうことなら答えは一つだ」
アルフレッドは人差し指をたてた。
「そもそも、神殿長はあの部屋に入ってすらいないということだ!」
言い切るアルフレッド。
驚いた顔をする三人。
アルフレッドはニヤリと笑うと人差し指をたてる。
「神殿長が犯行当時にいたのは——奴の執務室だ!」
彼は断言した。
皆がどういう意味かを測りかねた様子で、アルフレッドを見つめている。
アルフレッドは目の前の紙に何かを描き始めた。線がよれよれで、思いのほか下手だ。どうやら描いているのは二つの窓らしい。
ひとつは神殿長の執務室の窓、もうひとつは懲罰房の窓、ということのようだ。
「あの執務室には、弓が飾られていた。そして神殿長は、弓術に長けていると自ら認めている。そして——これが最も重要だが、執務室の窓から、地下の懲罰房にある小さな鉄格子の窓が、一直線に、遮蔽物なく視認できるんだ!」
アルフレッドは紙に描いた絵を示しながら言った。
窓から窓へ指先を這わせる。
「これらは偶然ではない。神殿長はこれら全ての要素を組み合わせて、懲罰房に一歩も入らず、執務室から遠隔で人狼を殺害し、密室を完成させたんだ!」
「もう、回りくどいわね。早く結論を言ってよ!」
私の言葉に、アルフレッドは待っていましたとばかりに言った。
「犯行に使われたのは——弓矢だ!」
「弓矢?」
アルフレッドは先ほどの絵の片方の窓の近くに弓矢を描いた。そして、矢の先端に短剣を描き加える。
「このように矢の先に短剣を取り付ける。そしてその矢の後ろには丈夫な糸を結びつけておく。犯人である神殿長は、自身の執務室の窓から、懲罰房の中の人狼に向かって矢を放ち、胸に短剣が刺さった瞬間、糸を引っ張る。すると短剣は人狼の胸に刺さったまま、矢だけが引き戻される。証拠は残らない。密室の完成だ。神殿長は部屋に居ながらにして、口封じをやってのけたんだ!」
一瞬の沈黙。誰もが言葉を失っている。
アルフレッドだけは胸を張って、どうだと言わんばかりの顔をしている。
「……そんなことが可能なのか?」
ビーニィが半信半疑で呟いた。
アルフレッドはその言葉に、わずかに口角を上げた。
「簡単ではないだろう。だからこそ、できる者が限られる。非常に優れた弓の名手であり、かつ、自室から一直線に懲罰房の小窓が見える。それは唯一、神殿長だけだ。つまり、それが神殿長が犯人である確証となる」
「……うーん、さすがにそれは無理があると思うけど……」
私の言葉に彼は答えない。視線を再び皆に戻す。
「ならば——」
そこで言葉を切り、はっきりと言った。
「実際に試してみるまでだ」
アルフレッドはそう言って、ディフォーに弓矢と短剣の用意を願った。
皆、半信半疑ながら、あまりにもアルフレッドが自信満々なので、誰も止めようとはしなかった。




