㉒あなたが暴走してどうするのよ!
さて、翌朝である。
朝食も終えて、これからどうしようかな〜と思案していたところ、唐突にアルフレッドに呼び出された。
廊下を進む彼の足取りは、いつになく速い。
後ろを歩く私は、半ば小走りでついていくしかない。
「……ちょっと、アル、どこに行くつもり?」
控えめに声をかける。すると彼は振り返りもせずに言った。
「俺も何も考えないわけじゃない。昨晩ずっと考えて、思いついたことがある」
そのまま歩を進めながら言う。
「神殿長が犯人なのは間違いない。だが確実な証拠が無い」
「まあ……今はまだ、ね」
「……ならば、それを見つければいいんだ」
「見つければいいって、それってどういう……」
話しながら歩いているうちに、上級神官の私的区域に入った。そこでようやく彼の目的地が神殿長の執務室だと気づく。
——まさか直接神殿長を問い詰める気⁉︎
事態を急ぎたい気持ちはわかる。だが、それはあまりにも先急ぎすぎだ。
彼はそのままためらいもなく神殿長の部屋の扉に手をかけた。
「ちょっと待って!」
私は慌てて彼を止めにかかる。
「いつも暴走するのは私で、あなたはそれを止める側のはずでしょ! あなたが暴走してどうするのよ!」
私が言い終えるより早く、アルフレッドはためらいもなく扉を開けていた。
──誰もいない?
室内には、人の気配だけが残っていた。机には書きかけの書簡。カーテンは微かな風に揺れ、椅子はつい先ほど誰かが離れた角度のまま。
神殿長は至急の用事でも舞い込んで席を外したのだろうか。
「……いないわね。戻ってくるまで廊下で待ちましょ。それにしても鍵をしてないなんて、なんて無用心──」
私の言葉はアルフレッドの言葉に遮られた。
「よし、今が好機だな」
「ちょ、ちょっと待って! なにが『よし』よ!」
彼はもう動いていた。机の上の書類に視線を落とし、壁に掛けられた弓を眺め、棚の配置を確認し……室内のあらゆる箇所をひっくり返しそうな勢いで調べ始める。
「や、やめなさいってば! これじゃ不法侵入よ!」
「神殿長が怪しいのは確かだろう? 盗みに暗殺者の手引きに口封じ。もうこれ以上罪を重ねさせるわけにはいかんだろう」
確かに神殿長は怪しい。絵画の盗難に関しては、法衣のポケットの中にあった絵画の欠片から考えても犯人の可能性はかなり高い。しかし、暗殺者の手引きと、人狼の殺害に関しては今のところは想像の域を出ない。
「でも、見つかったらなんて言い訳するのよ! 今はまだ神殿長がやったというハッキリとした証拠がないのに!」
「だから証拠を探すんだ。今ここで」
振り返った彼の目は妙な確信で満たされていた。
そのまっすぐな瞳がアルフレッドたる所以である。しかし今回は彼の性格は完全に悪い方に向かっている。
止めに入るべきかどうか迷った瞬間、彼が暖炉の奥に視線を落とし、わずかに身を屈めた。
「……ミュゼッタ。これを見てみろ」
そばに寄る。
彼が灰をそっとかき分けると、半分炭化した布が姿を現した。
燃えきらず残ったその断片は、細く硬い繊維の質から、麻布の残骸に見えた。
「布の……燃え滓?」
私は思わず息をのむ。
──これは、おそらく法衣の切れ端だ。
暗殺者が神官を装って侵入し、着ていた法衣を縄状にして脱出したという推理の裏付けになる。
「……あったわね、証拠になりそうなもの……」
慎重に布片をポケットにしまう。
アルフレッドは、これで確信を得たようで、部屋の中をさらに調べ始める。
棚、机の脚、床板の継ぎ目。しかしそれ以上は何も発見できないようだった。
彼はさらに室内を探っていたが、何かを見つけたようで壁へ向かって歩き出す。
アルフレッドの動きが止まった。
次の瞬間、彼の表情にかすかな変化が走った。
理解と驚き、そして勝ち誇ったような顔をして見せる。
そして彼は何を思ったのか、窓際に向かって走る。
そして窓の外を見つめながら呟いた。
「……そういうことか」
どういうことなのか全くわからないが、アルフレッドが手招きするので窓辺に近づく。
中庭の向こう――そのさらに奥。懲罰房。小さな鉄格子のはまった窓がこの場所からは一直線に見える。
「見てみろ。この位置に立てば、懲罰房の小窓が見える。その先にあるのは、『扉』だ。あの人狼が倒れていた位置までまっすぐに、だ」
「確かに見えるけど……それでどうするのよ」
私は思わず小声で返した。
「ふふ、わからないようだな」
アルフレッドは何かを確信したように顎に手を当てた。
「ミュゼッタ……どうやら、今回は俺が推理を披露する番だな」
いつになく得意満面の顔で振り返ったアルフレッドは、胸の前で腕を組み、わざとらしく咳払いまでした。
嫌な予感しかしない。
「まず――この部屋から懲罰房の小窓が見える、そこがポイントだ」
アルフレッドが気取って語り始めたところで、カチャリと扉の金具が鳴る。
「……おや、何をしておられるのですかな?」
穏やかな声が室内に響いた。
振り向いた瞬間、アルフレッドの表情は固まった。私も心臓が飛び跳ねた。
「神殿長! 俺たちはこの部屋であんたの……」
アルフレッドが何かを言おうとしたが、私はとっさにアルフレッドの足を思い切り踏んづける。彼はか細い悲鳴を上げる。だが、それ以上余計なことを何ひとつ言わなかったので助かった。
彼は目線だけで「何するんだ」と非難するが、今は構っている暇はない。
「ああ、神殿長様! ちょうどお戻りになられたのですね! 良かったです!」
なんとか誤魔化さねば! 心の中で必死に言葉を並べる。
「実は、その……シスリィ様に詩のモチーフになる事を断られ続けているので、いっそ、神殿長様を歌にしてはどうか、と思いつきまして!」
私は芝居がかった身振りで熱弁した。
「それでですね、その事で神殿長様とご相談したいとお部屋を訪問したら、ご不在の様子だったもので」
アルフレッドに視線を送るが、彼は置物のように固まっている。
仕方なく、私一人で誤魔化し続けるしかない。
「お待ちしている間に、あまりにもこのお部屋の調度品と、窓からの眺めが芸術的なもので、ここから何か詩の着想を得られないものかな〜とついつい時を忘れてじっくりと観察してしまいました」
神殿長はわずかな間、しどろもどろになっている私と、物言わぬ人形と化したアルフレッドを交互に見つめた。それから、静かに深く息を吐いた。
「……なるほど。そういうことでしたか。詩作に熱心なのは良い事だと思います。ですが、無断で入室するのはやめていただきたいものですね」
「はい! 今後は必ずそういたします!」
深々と頭を下げてみせると、神殿長はそれ以上追及しなかった。
何かもう少し言われるかと思ったが……寛容さが逆に怖い。
「昨日は暗殺者が自害する騒ぎもあり、私も色々と雑務に追われて慌ただしかったので、つい施錠をせず席を外してしまいました。私にも落ち度はあります」
彼はやんわりとした口調でそう言ったあと、ふと暖炉の方に目をやった。
……もしかして気づかれたのだろうか。冷や汗が背中を伝う。
なんとか話題をそらさねば。
「……そういえば、少し気になる事がありまして。神殿長様のご意見をお伺いできれば」
「ふむ、なんでしょうか?」
「……昨日人狼の遺体が発見された懲罰房には、発見時に鍵がかかっておりました。何者かが侵入者を殺害したのだとしたら、なぜ鍵をかけなおすという行動にでたのでしょうか?」
神殿長は伺うような視線を向けてくる。
私が何を知っていて、何を知らないのかを探っているようだった。
「はて。侵入者は自害したという結論だったはずですが?」
神殿長は目を細める。表情は柔らかいが、その目は笑ってはいない。
「あれは自分で刺したものでは無いと私は思っています」
「なるほど、あなたはそう判断した。ひとつの意見として伺っておきましょう」
そう言うと、神殿長は自身の執務机の席に着いた。そしてゆっくりと祈るような形に指を組んで、私をじっと見つめる。
「……現場は『密室』だったのでしょう? であれば、人狼が自害し、扉の前に倒れた。元より鍵どころか、扉も開けられていなかった。そう考えた方が自然なのではないですかな?」
「おっしゃる通りです。……もし本当に『誰も出入りできなかった』のであれば、ですが」
そこまで言って、言葉を止める。
神殿長の表情は、相変わらず読めない。
「……話が少し逸れましたね」
神殿長は話題を切り上げるように言った。
「今後は、部屋に勝手に入り込むような事はやめていただきたい」
「……ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
私が口を閉じると、神殿長は穏やかに頷いた。
「私としても、これ以上、神殿が騒がしくなることは好みませんので」
そう言って彼はじっと私の目を見つめる。その目は笑ってはいない。
「……言っている意味は、わかりますね?」
ものすごい圧である。だてに神殿の長をしているわけではない。
私は頷く事しかできなかった。
「……よろしい。歌のお話はまた改めて伺いましょう」
エイワン神殿長が目を逸らした。その瞬間に私はアルフレッドの袖を引き、硬直したままの彼を半ば押し出すようにして、執務室の扉に向かう。
「ありがとうございます。それでは失礼します」
扉が閉まった瞬間、私は小さく息をついた。
アルフレッドも深い溜め息を漏らす。
「……アル。勘弁してよ。もう二度と無断で他人の部屋を漁るなんてしないでよね」
そう釘を刺すと、アルフレッドは肩をすくめた。
「でも、結果的に証拠は見つかっただろう?」
「それとこれとは話が別よ! それに、一歩間違えば、私たちが罪人としてあの懲罰房に入れられてたかもしれないのよ!」
強めに言うと、アルフレッドは珍しくしゅんとした顔を見せた。
「それは……すまん」
なんとも素直である。ちょっとだけ叱られた犬みたいで可愛らしく感じてしまって、それ以上叱る気にはならなかった。
「しかし、咄嗟によく誤魔化せたな」
「神殿長が私たちの行動に気付いてないとは思えないわ。気付いたうえで見逃してくれた、そんなところじゃないかしら」
「……あれ? もしかして結構マズイ状況だったか?」
「当然でしょ! ギリギリのギリギリ。首の皮一枚ってところよ!」
廊下を曲がり、執務室の気配が完全に遠ざかったところで、ふう、と大きく息を吐き出した。
「神殿長にとっては今のところ私たちはどうにでもできる存在なの。いつでも理由をつけて神殿から追い出せる。流石に王家と事を構えたくは無いだろうから、命までは奪わないとは思うけど……」
だが油断はできない。事故に見せかけて排除する……なんてこともできないわけじゃない。注意する越した事はない。
「でも、この燃え滓は……なかなかに有用な発見だと思うわ」
私はポケットから半分炭化した法衣の切れ端を取り出し、見つめる。
「……巫女姫たちのところにそいつを見せに行くのか?」
「ええ」
私たちは歩き出した。




