②詩人は耳も良いのだ
さて到着である。
船が船着き場へと滑り込んでいく。
私は身を乗り出して、子どものようにはしゃいだ。
「さあ、もうすぐよ! 白亜の神殿と奇跡の巫女姫様が私たちを待っている!」
私の興奮した声に、隣で硬い表情を崩さないアルフレッドが、はあ、と深く深くため息をついた。
騎士のくせにため息ばかりついている。これだけ毎日ため息をついていたら、いつかため息でレンガの家くらいなら吹き飛ばせるようになるのではなかろうか。
船が静かに着岸すると、私は跳ねるように甲板から飛び降りた。両足で降り立つ地面の感触が、随分と懐かしい。
船頭さんが船のロープを係留柱に結びつけながら微笑んだ。
「お疲れ様でした。それでは、お嬢さん、お坊ちゃん、良い旅を」
アルフレッドが変な声を出す。
「お、お坊ちゃん⁉︎」
憮然とした表情のアルフレッドを無視して、私は朗らかに返事をした。
「ええ、船頭さん。あなたの船はまさに私を夢の入り口まで運んでくれる純白の翼を持った天馬みたいだったわ。この感動は、いつか必ず歌に盛り込みますからね。いえ、船頭さんを主役にした歌を作るというのも面白いかも……今までにない題材だもんね。いつか取材させてくださいね」
船頭さんが困ったように笑い、アルフレッドは無言で私の頭を軽く叩いた。
「じいさんが困ってるだろ。……行くぞ」
ああもう、感動の余韻が台無しだ。まったくこれだから詩心を解さない騎士ときたら。
アルフレッドは何も言わずに歩き出した。文句のひとつでも言ってやろうと、彼の背中を追った私は、すぐにその言葉を飲み込んだ。
言葉を失うほどの光景が、目の前に広がっていたのだ。
そびえ立つ神殿はとにかく巨大だった。
その壁は、建立後何百年という歳月を経てもなお、白く輝いている。高さは雲に届くのではないかと思うほどで、見上げていると首が痛くなる。
この地は、十五年前までは今は亡きスケイズ国の庇護下にあった。終戦に伴い、割譲という形で我が国の領土となった歴史を持つ。国境線が書き換えられてからわずか十五年。新たな統治へと沸き立つこの場所には、新時代の息吹であふれている。それは詩人の創作意欲を、これ以上ないほどに刺激する。
「……これがロウクス大神殿。さすが大陸でも五本の指に入るほどの大きさのと言われるだけのことはあるわね。まるで、天上の神々が地上に降り立つために作った階段って感じ」
普段であれば「突拍子もない比喩をするな」とアルフレッドに呆れられているところだ。
しかし、今回、彼は黙ったままだ。
不思議に思ってアルフレッドの顔を見ると、いつもは呆れたようにため息をつくだけの彼が、目の前の光景に立ち尽くしている。
「……これは、ずいぶんとでかいな」
「『でかいな』ってそれだけ? もっと感動を言葉で表現しなきゃ! あなたでもこの壮麗さはわかるでしょう? この門だけでも王都の城塞くらいあるわ」
私が興奮してまくし立てる間、アルフレッドは何も言わなかった。
私の思いが伝わったのか、と彼の顔を見たが、その視線はすでに、神殿の入り口を固める二人の神殿騎士に向けられていた。
全身を真っ白い甲冑に包み、手にしっかりと警杖を握りしめている。その手は微動だにせず、まるで彫像のようだった。神殿の威厳を体現しているかのようである。
「へえ〜、あの神殿騎士たち、なんだか石像みたい。いかにも守護者って感じね。すっごく絵になるわ。やっぱりこの神殿は英雄譚の舞台にぴったりね」
好奇心が身体の内側から沸き上がってくるのを感じる。私は神殿に向かって歩く。
「この壁面の模様も面白いわね。……これって聖句? 何かしら? 詩? 古代語で刻まれているみたい。ぐるっと神殿を一周巡っているのかな。始まりはどこだろう」
神殿の壁面の微細な模様。その最初の一文を探し始める。熱心に壁に向かう私に対して呆れたようにアルフレッドが言った。
「外側ばかり見ていても埒が明かないだろ。早く中に入るぞ」
このままでは、私が外壁の周囲を回るだけで一日を過ごしてしまうとでも思ったのだろう。そこまで私も好奇心に忠実ではない。この壁の模様は確かに気になるけれど。
「わかってるってば。……ああ、でも、この神殿の壁、石畳、荘厳な雰囲気! すべてが私を歌の世界へと導いてくれるわ。思わず歌い出したくなる」
革のリュートケースに手をかける。
「こんなところで歌いだすな!」
慌ててアルフレッドが私の腕を掴むと、そのまま門に向かって引っ張った。
門の前にたどり着いた私たちを、二人の神殿騎士がじっと見つめていた。
しばらくすると、そのうちの一人が一歩前に出た。
そして、堂々とした声で言った。
「旅人よ! ここはロウクス大神殿。来訪の目的を述べよ!」
良く通る声だ。そして……なんというか、発声がやけに舞台じみている。
「……ねえ、アル、この人、これを毎朝鏡の前で練習しているんじゃないかしら」
小声で囁いたつもりだったけれど、どうやら聞こえてしまっていたらしい。神殿騎士が軽く咳払いをして、少しだけ声量を落として繰り返した。
「……旅人よ、ここはロウクス大神殿、来訪の目的を述べよ」
横でアルフレッドがいたたまれないといった目で門番を見つめる。それから、私のほうを見て言う。
「ミュゼッタ、余計な事を言ってないで早く手続きしろ」
私は軽く咳払いをする。
詩人として、ちょっとだけこの門番さんへの対抗意識が生まれている。
「私は宮廷詩人のミュゼッタ! こちらは護衛のアルフレッド! モルガナ女王陛下の勅命により、叙事詩編纂の旅をしております。このたびは巫女姫シスリィ様に謁見を賜りたく、参上いたしました!」
優雅に一礼。
いかにも王家付きの宮廷詩人っぽく振る舞う。
門番さんの顔をチラリとみると「俺、もしかしてこんな風に見えてたの?」みたいな絶望的な顔をしていた。
しかし、もう一方の黙ったままの門番さんは、女王の名を出した瞬間、眉がぴくりと動いた。その視線はすぐにアルフレッドへ移り、腰の剣に注がれる。
「部外者が武器を帯びたまま神殿内への立ち入ることは許可できぬ」
彼は横目でアルフレッドを見る。彼の眉間には谷のように深いシワ。困った。彼は剣を手放すのを何より嫌うのだ。
案の定、彼は神殿騎士を睨んだ。
「……この剣は、女王陛下から賜った王家直属の護衛騎士の証。俺の命と言っても過言では無い。護衛の任にある限り、俺がこれを手放すことはない」
彼は押し殺した声で答える。強い意志を感じさせる。……ああ、これは絶対に譲らないやつだ。
門番の視線が一層きつくなった。
しかし、次の瞬間にはアルフレッドが門番の目の前に剣を掲げて見せる。
門番は、その剣の柄に刻まれた紋章に気づいたらしい。
陽の光を受けて金色に輝く紋章をじっと見つめた。
騎士は目を見開き、隣の騎士と目を交わし合う。そして槍を少し引き、声色を変える。
「……これは、確かに王家の紋章。王家直属の護衛騎士というのは間違いなさそうだが……ううむ、しばし待たれよ。神殿長様の指示を仰ぐので」
門番の片方が奥に消える。
残された私たちともう一人の門番。
気まずい沈黙が流れる。アルフレッドは残った門番に噛みつきかねない雰囲気だ。間が持たない。早く帰ってきてほしい。
ようやく神殿内に入った門番が戻ってきた。そして、先ほどとは打って変わって丁寧な口調で告げる。
「帯剣したままでの入殿を許可します」
ほっと胸を撫で下ろしながら、私は横で頑固そうに立つアルフレッドを見る。内心では「当然だ」とでも思っているのだろう。
「ただし」と門番は凄む。「神殿内で剣を抜けば、王家の護衛であろうとも、我々も相応の処置をとらねばなりません。ご理解のほどを」
「……心得ている」
アルフレッドはぶっきらぼうにそう返した。
私は慌てて笑顔を作り、騎士に軽くお辞儀をする。
「ご安心ください。彼は無口で不器用で無愛想ではありますが、神殿の中で暴れるような無法者ではありません。それはこの私が保証します!」
そう言って優雅に微笑んで見せる。
すると門番達は私に対して深々と礼をしてきた。
おお、何だか王族みたいな気分。よきにはからえ、である。
しかしそれを見てアルフレッドが余計な一言を口にする。
「俺は正真正銘、王族護衛の誉を賜った護衛騎士だ。だが、こいつはただの宮廷詩人だからな。別に王族がお忍びで詩人の格好をして旅しているとかではないから気を遣わんでいいぞ」
せっかく門番さんたちに好印象を与えようと努力しているのに、なぜそんな身も蓋もない事を言ってしまうのか。
門番たちは顔を見合わせた。そして、私を残念な物でも見るような目で見つめると、そのまま何も言わずに重い門扉を開いてくれた。
門をくぐった後で、後ろから「……王族にしちゃ気品がないと思ったんだよな」というつぶやきが聞こえた。
許せん。
詩人は耳も良いのだ。




