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⑰確信と可能性が混ざりあった曖昧な状態

 応接室に戻ると、すでにシスリィ達が待っていた。


 シスリィは長椅子に座り、その両隣にディフォーとビーニィが控えていた。

 いずれも私が語り始めるのを待っているようだった。

 私は深く息を吸う。

 そして、先ほどの調査で得られた情報を頭の中で整理しながら口を開く。


「暗殺者がどうやって侵入したのか。その手口がわかりました」


「なんと! 手口が! それはどういう……」


 ディフォーが急かすように言う。


「順を追って説明します」


 ディフォーはじれったそうにしながらも、黙って聞く姿勢をとった。

 ビーニィは動かずにじっと私を見つめている。

 シスリィは表情を変えずに静かに耳を傾けている様子だった。


「まず前提として、夜間の神殿であっても、神官や巫女は歩き回っています。さらに、要所要所の扉には、扉番の騎士が立っている。不審者が誰にも見咎められずに侵入するのは不可能です」


 ディフォーが小さく頷いた。同意の確認だ。だからこそ、暗殺者がどうやって侵入したのかがわからなかったからだ。


「では、逆に考えてみましょう。どんな人が、神殿内で歩き回っていても『不審に思われない』でしょうか」


 私は少しだけ待つ。答えを誰かが口にするかも、と思ったが、誰も何もいわなかった。

 私はそのまま、自分の考えを口にする。


「例えば、侵入者が『神官の法衣』を纏っていたとしてらどうでしょう?」


 私は指を一本立ててみせる。


「夜の神殿は松明の明かりだけで薄暗く、少しでも離れれば、顔の輪郭すら曖昧になります。フードを目深に被って顔を隠していれば、巡回の騎士は一瞬の判断で『ただの神官だ』と見なしてしまう。他の神官たちと一緒に風景に溶け込んでしまいます」


 ディフォーが眉をひそめた。


「確かに神官の格好をしていれば、目立たないかもしれません。……ですが、それだけでは説明がつきませんよ。遠目では、神官がいるのだろうと思ったとしても、近くまで来れば、さすがに見慣れない顔であれば気づくはずです。まず、神殿に入るところから無理でしょう。門番が入場者の顔を確認しないはずがない。それに、シスリィ様の部屋に行くまでに、幾つかの扉番がいる扉を通る必要があります。彼らもまた、出入りする神官の顔を確認するはずです」


「ええ、その通りです」


 私は頷いた。


「だから──ここで、もう一つの条件が必要になります」


「もう一つの条件?」ディフォーが聞き返す。


 私は頷く。


「暗殺者が『単独で行動していたのではない』ということです」


「それは……どういうことですか?」


「暗殺者は、神殿に入る前から、『誰か』に付き従っていたのです。常に取り巻きの神官を連れて歩き、夜間でも、祈祷や巡視に向かう際は必ず誰かの付き添いを伴っている。そして、門番や扉番が、その人物が通るときは恭しく頭を下げる。……そんな人物に、心当たりはありませんか?」


「……一人だけ、いる……」


 ビーニィが掠れて声で答える。


「そう、エイワン神殿長です」


 私は静かに頷く。

 ビーニィが拳を強く握りしめる。彼女は怒りを露わにしている。


「まさか、そんな……神殿長が……」ディフォーが呻く。


「まだそうと決まったわけではないでしょう。証拠はないのでしょう?」シスリィだけが冷静に答えた。


 私はシスリィのほうを向き、


「ええ。証拠はありません。ですが、今の段階では、これが最も矛盾なく暗殺者の侵入を説明できる仮説です」


 しばらくは、皆が黙っていた。


「しかし……」沈黙を破ったのはディフォーだった。彼の声は、現実を直視できず、どこか救いを求めているようだった。


「侵入方法はそれで説明がついたとしても、奴が逃げる時、どうやって突然中庭に現れたというのですか? 誰も途中で出会うことはなかったはず。階段を使って降りたとも考えにくい。飛び降りるのも無理です」


 その問いに、私は淡々とした口調で答える。その質問が出ることも予想していた。


「その方法もわかっています」


 ディフォーが驚いた顔をする。


「暗殺者は、丈夫な縄を使って中庭に降りたのです。相応の長さと強度のある縄で」


 すぐにディフォーが口を開いた。


「縄? そんなものを暗殺差は持ち込んでいたというのですか?」


 ビーニィも頷きながら言う。


「小さな短刀ならまだしも、縄となれば相当かさばるだろう。神殿長の付き添いを装っていたとしても、そんなものを持ち歩いていたらかなり目立つはずだ」


 もっともな疑問だ。


「確かに、縄を持ち込んでいたら目立ちます。だから、暗殺者は、縄を持ち込んではいません」


 皆の顔に疑問符が浮かぶ。


「では、神殿内で縄を調達したということですか?」


 私は首を振る。


「暗殺者は自らが着ていた『神官の法衣で簡易的な縄』を作ったのです」


 私は一瞬だけ視線を落とし、用意していた答えを再び彼らに向けた。


「神官たちが着ている法衣は、頑丈な麻で織られています。それを裂いて、断片を結んで繋いでいけば、そのまま縄として十分な強度を持ちます。元々、使い終わった法衣は処分する予定だったのでしょう。処分予定のローブを幾つかに裂き、軽くねじり合わせ、繋げて縄にした。それを使い、上層階から中庭へ降りたのです」


 ディフォーが息を飲む。


「つまり、持ち込んだのではなく――現場で作った、というわけか」


「はい。シスリィ様の私室に向かう前にすでに準備していたものと思われます。本来なら、シスリィ様を暗殺し、その縄を使って中庭に降りたあとは、そのまま外門へ向かうつもりだったはずです」


 私はアルフレッドを見る。

 彼はゆっくり頷いた。


「ですが、そこで誤算が生まれました。青年神官に中庭に降りる所を見られてしまったのです。そして青年神官と遭遇し、彼を殺めた。その後、アルフレッドに出会ってしまい、負傷し、捕縛された」


 私は続ける。


「使われていない部屋の柱に、縄を結びつけたような痕跡が残っていました。寝台の脚にも同じ擦れ跡がありました」


 ビーニィは頷いた。だがすぐに、何かが引っかかったように眉を寄せる。


「ですが、もし縄を結びつけて降りたのなら……縄があの空き部屋に残っているはず。窓から縄が垂れている部屋があれば、すぐに誰かが気づいたでしょう」


 私は静かに言葉を継いだ。


「賊が縄を残して逃げた。しかしその縄は、すぐに誰かが回収し、処分した。そう考えるのが最も自然です。混乱の最中に、誰にも怪しまれず現場に立ち入り、痕跡を消せる立場の人間。それはやはり、神殿の内情に通じ、上層階で行動していても不審に思われない人物でなければ難しい」


「……つまり、神殿長が縄を処分した、と?」


 ディフォーが低い声で問う。


「その可能性は高いと考えています。神殿長自身が賊を招き入れた張本人であれば、その後始末まで自ら行うのは自然なことです。わざわざ別の第三者を使って、余計なリスクを増やすことはしないと思います」


 私は一拍置いた。


「ただし、神殿長本人が動いたのか、それとも神殿長の意を汲んだ別の誰かが動いたのかは、まだ判別がつきません。いずれにせよ、糸を辿れば神殿長に行き着く。私はそう見ています」


 そう告げると、シスリィが静かに目を伏せ、深くうなずいた。

 ディフォーの表情は硬い。

 ビーニィは俯いたまま、薄く唇を噛んでいる。


「侵入者から情報を引き出す必要がありそうだが、尋問はいつするんだ?」


 アルフレッドが尋ねる。


「明日、朝一番に行う予定です」


 ディフォーが答えた。

 その横でビーニィの表情が複雑に歪む。

 事実上の神殿のトップがシスリィの命を狙っていた可能性が極めて高いという事実。──思うところがあるのだろう。

 私は彼女にそっと視線を送ったが、彼女は目を合わせなかった。


「この話は他言無用でお願いします」


 シスリィの声は静かで、それでいて有無を言わせぬ強さを帯びていた。


「ディフォーも、ビーニィも……いいですね?」


 二人の騎士は同時に膝を折り、頭を垂れた。


「「承知しました」」


「アルも、この話は胸に秘めておいて」


 シスリィが振り返ると、アルフレッドは短く頷いた。


「わかった」


 応接室に漂う緊張感。

 けれど、これ以上踏み込む段階ではない。

 内通者を神殿長だと断定できる証拠はまだ何もないのだ。

 確信と可能性が混ざりあった曖昧な状態。きっと皆がもどかしさを感じていることだろう。

 こうして、私たちはその日の議論を終えた。

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