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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第五章 六人と五つの席

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六人分の足音

 五人が戻ってきたのは、その翌日の夕方だった。


 エリオは昼から王都近郊の倉庫街で、小さな荷運び依頼に同行していた。危険のない仕事だったが、荷車の車軸から普段とは違う擦れ音がしているのに気づき、途中で止めてもらって確認したところ、固定具が少し緩んでいた。壊れる前に締め直せたことで、御者にはずいぶん感謝されたものの、エリオ自身は大したことをしたつもりはなかった。


 依頼を終えてギルドへ戻ったときも、いつもどおり受付へ完了報告を出し、そのまま掲示板の更新を眺めるつもりだった。


 だから入口の方が急に騒がしくなったときも、最初は新しい遠征隊でも帰ってきたのだと思った。


「おかえりなさい!」


 受付の職員が少し大きな声を出した。


 その声に反応して振り向く。


 先頭にいたのはセドリックだった。


 その後ろにフィーナ、バルガス、シリル、リーナがいる。


 五人とも出発したときより少し汚れていた。服の裾には乾いた泥がつき、荷物も旅の途中で何度も積み下ろししたらしく、革紐の位置が少しずれている。


 けれど、全員いる。


 エリオはしばらく、その五人を見た。


 誰かが怪我をしていないか。


 歩き方に変なところはないか。


 呼吸が乱れていないか。


 無意識のうちに、いつものように音まで確認していた。


 セドリックの足音。


 バルガスの重い歩幅。


 フィーナの靴底が床を擦る音。


 シリルの軽い足取り。


 それから、リーナの鞄の中で薬瓶が小さく触れ合う音。


 全部、聞き覚えがある。


「……おかえり」


 エリオが言うと、セドリックがこちらを見た。


「ただいま」


 その一言を聞いた瞬間、エリオはようやく、本当に帰ってきたのだと実感した。


        ◇


「で?」


 報告を終えたあと、六人はギルド近くの食堂に移動した。


 まだ夕食には少し早い時間だったが、全員まともに昼を食べていなかったらしく、注文した料理が来る前からパン籠が一つ空になった。


 フィーナが二つ目のパンを取りながら、エリオを見る。


「調べたんでしょ」


「うん」


「手紙に書いたあとも?」


「かなり分かった」


「聞きたい」


「食べてからにしない?」


「聞きながら食べる」


「フィーナ、それたぶん何も味分からなくなるよ」


 シリルが笑った。


「いいの。あとでまた食べるから」


「そういう問題か?」


 バルガスが低い声で言う。


 いつもの会話だった。


 五人だけで遠征へ行っていたのは十日以上前のことなのに、こうして六人で同じ机に座ると、空いていた時間が急に短く感じる。


 リーナが水を飲みながらエリオを見た。


「ちゃんと食べてました?」


「食べてたよ」


「本当に?」


「なんで疑うの」


「手紙の返事がなかったので」


「返事送ったら、たぶん帰る方が早いと思って」


「それはそうですけど」


 リーナは少しだけ納得していない顔をした。


 セドリックが笑う。


「元気そうならいい」


「そっちは?」


「全員問題ない」


「怪我は?」


「軽いのはいくつか」


「僕がいない間に?」


「いるときでもするだろ」


 シリルが言った。


「確かに」


 エリオは素直に頷いた。


 リーナが正式に入ってから、怪我をしたときの安心感は増えた。それでも怪我そのものがなくなるわけではない。遠征中にフィーナが腕を擦り、シリルが足首を軽く捻り、バルガスが魔物の角を盾で受けたときに肩を痛めたらしい。


 どれも任務を続けられないほどではなく、リーナの処置で問題なく動けたという。


「じゃあ、向こうはどうだった?」


 エリオが尋ねた。


 セドリックは少し考えてから答えた。


「結論から言えば、任務は完了した」


「魔物の移動は?」


「確認できた。けど、古代神殿やラウルとは今のところ関係なさそうだ」


 エリオは、その言葉に少し安心した。


 手紙を送ったときから、そこを勝手につなげないようにしていた。


 北東の山岳地域で魔物の移動が起きている。


 四百八十年前、《残響記録》を持つラウルが同じ地域にいた。


 それだけを並べれば、いかにも何かありそうに見える。


 けれど、似た場所に二つの出来事があるからといって、同じ原因とは限らない。


「原因は?」


「餌場の変化と、山側の崩落」


 シリルが答えた。


「奥の谷が一部潰れてた。大型の魔物が通る道が変わって、その下にいた群れまで押し出されてる」


「自然に?」


「たぶん」


 フィーナが補足する。


「魔力の異常は見つからなかったし、崩落跡も普通。古い術式とか、妙な装置とかもなし」


「そうなんだ」


「残念そう」


「ちょっとだけ」


「分かる」


 フィーナも少し笑った。


 しかし、エリオは本当に残念だったわけではない。古代の謎とつながっていなかったことで、現地の問題はむしろ単純になった。原因が分かれば対処できる。


「ルートはどうしたの?」


「二本に分けた」


 セドリックが説明した。


 山から押し出されてきた魔物の群れが街道側へ流れないように、現地の冒険者や兵士と一緒に通り道を調整したらしい。完全に追い払うのではなく、人が使っていない谷側へ誘導し、餌になる獣の分布も確認しながら少しずつ移動させた。


 大規模な討伐ではない。


 けれど、数日単位で動きを追い続けなければならない仕事だった。


「シリル、忙しかった?」


「忙しいなんてもんじゃない」


 シリルが机へ肘をついた。


「足跡、糞、毛、折れた枝、寝床。毎日そればっか」


「向いてた?」


「向いてるけど、好きかどうかは別」


 その言い方に、エリオは少し笑った。


 今回の任務で、五人のうち誰を出すか決めたとき、最後まで比較されたのはエリオとシリルだった。


 広域で魔物の移動ルートを追う。


 地面に残った痕跡を読み、山の地形まで見ながら進路を考える。


 その仕事なら、シリルの方が適している。


 実際、その判断は正しかったのだろう。


 それを確認しても、不思議と嫌な感じはしなかった。


 自分がいなければ五人は困る。


 そういう答えを期待していたわけではない。


 むしろ、五人だけでもちゃんと任務を終えたことの方が安心した。


「エリオ」


 セドリックに呼ばれる。


「なに?」


「今、何考えてた?」


「今回、シリルでよかったんだなって」


「それだけ?」


「うん」


 セドリックは少しだけエリオを見たあと、頷いた。


「俺もそう思う」


「セドリック」


 フィーナが少し眉を寄せる。


「いや、変な意味じゃない」


 セドリックはすぐに続けた。


「今回の任務なら、シリルが必要だった。その判断は合ってた。でも、それとエリオが必要かどうかは別の話だ」


「分かってる」


 エリオは答えた。


 前なら、その二つを自分の中でうまく分けられなかったかもしれない。


 自分がいない方が適している任務がある。


 自分が休んでも誰かが役目を補える。


 五人だけでも任務は成功する。


 それは、自分が必要ないという意味ではない。


 ゴードたちと仕事をしたとき、ようやくそれが少し分かった。


「僕もこっちで普通に仕事してたし」


「聞いた」


 リーナが言う。


「何を?」


「ギルドで」


「なんて?」


「倉庫の匙を見つけたって」


「そこ?」


 エリオは思わず笑った。


「もっと他にもやったよ」


「じゃああとで全部聞きます」


「全部?」


「十日分」


「長いよ」


「こっちも十日分あります」


「じゃあお互い様か」


 リーナが満足そうに頷いた。


        ◇


 料理が届いてから、エリオはラウルについて分かったことを順番に説明した。


 十七歳で旧中継所に勤めていたこと。


 《残響記録》で警戒用鳴器の基準音を保持し、調整時の照合に使っていたこと。


 中央教会で見つかった金属板が、その鳴器の「基準板」である可能性が極めて高いこと。


 旧中継所の廃止時、基準板が「恩恵鑑定資料」として中央教会へ移管された記録が残っていたこと。


 話している途中から、フィーナは食事の手をほとんど止めていた。


「待って」


「まだ途中」


「今のでかなり大きい」


「うん」


「つまり、金属板の正体はほぼ分かったのね」


「基準板でほぼ間違いないと思う」


「古代装置じゃなくて?」


「少なくとも四百八十年前の用途は普通の鳴器調整用」


「普通って言うには精密だけど」


「まあね」


 フィーナは考え込む。


「じゃあ、あの板を鳴らしたときの『キン』も、基準音だった可能性が高い」


「そう」


「エリオがその音を再生したら板が震えたのも?」


「そこはまだ分からない」


「基準板なら、共鳴してもおかしくない」


「僕もそう思った。でも、普通の金属板がどこまで反応するのかは調べてない」


「試したくなる」


「しないよ」


「まだ何も言ってない」


「顔に出てる」


 シリルが笑う。


「フィーナ、やめとけ。こいつ今かなり慎重になってる」


「いいことじゃない」


「俺もそう思う」


 フィーナは少し不満そうだったが、それ以上は言わなかった。


「それで」


 バルガスが口を開く。


「まだ分からないのは何だ」


 エリオは少し考えた。


「円に一本線の記号」


「あの古い分類についてたやつ?」


「うん。基準板の図面にもあった。でも、鳴器全部についてる印じゃなかった」


「製造者の印では?」


 セドリックが聞く。


「可能性はあるけど、まだ分からないって」


「ほかは?」


「基準板の『キン』が、神殿とか前の世界で聞いた音に少し似てる理由」


 そこで、五人の表情が少し変わった。


 これは単なる街道設備の話とは違う。


「完全に同じではないんだな?」


 セドリックが確認する。


「違う。音の高さも余韻も違う。でも、鳴り始めの感じと響き方が似てる」


「エリオがそう聞こえるだけ?」


「それもありえる」


「記録できてる?」


「全部ある」


 フィーナがすぐに顔を上げた。


「比較したい」


「安全な方法なら」


「何もしない。聞くだけ」


「それならいい」


 ここでも、以前とは違う。


 何か似たものが見つかると、すぐに試したくなっていた頃があった。


 今は違う。


 似ている。


 でも同じではない。


 関係があるかもしれない。


 でもまだ分からない。


 その状態のまま置いておける。


 それは少しだけ、前より進んだということなのかもしれない。


        ◇


「こっちからも一つある」


 セドリックが言ったのは、全員がある程度食べ終わったあとだった。


「ラウルについて?」


「直接じゃない」


 セドリックは荷物の横に置いていた薄い書類袋を取り出した。


「現地で確認した古い記録の写しだ」


「何の?」


「旧中継所の人員記録」


 エリオは手を止めた。


「ラウルがいたところ?」


「ああ」


「それ、手紙にはなかった」


「帰る直前に見つかった」


 セドリックは一枚の紙を取り出した。


 そこには古い文書を現代文字へ書き直した写しがある。


「ラウルの名前は?」


「ある」


 エリオが受け取る。


 前に見つかった記録と同じように、ラウル・ネイスの名があった。


 記録補助。


 十七歳。


 その横に、担当業務が簡単に書かれている。


 警戒音照合。


 鳴器調整補助。


 ここまでは、すでに知っている。


「その下」


 セドリックが言った。


 エリオは視線を落とした。


 人員記録には、同じ中継所で働いていた人間が十人ほど並んでいる。


 所長。


 街道監視。


 輸送管理。


 修繕。


 調理。


 荷馬車担当。


 その中に、一人だけ少し違う役目があった。


 音守。


 エリオは眉を寄せた。


「……これ、何?」


「俺たちも分からなかった」


 フィーナが答える。


「名前じゃなくて役職?」


「たぶん」


「誰?」


 記録には一人の女性の名前があった。


 セラ・ネイス。


 二十四歳。


 音守。


 エリオはそこで止まった。


「ネイス」


「ラウルと同じ姓だ」


 セドリックが言う。


「家族?」


「そこまでは記録にない」


「姉とか?」


「年齢だけならあり得る」


「でも分からない」


「そう」


 エリオは紙を見たまま考えた。


 同じ中継所。


 同じ姓。


 七歳差。


 関係がある可能性は高い。


 ただ、それより気になるのは役職の方だった。


「音守って、何をする人?」


「現地の古い用語らしい」


 フィーナが説明する。


「ほかの時代の記録にはほとんど出てこない。ただ、同じ頃の北東街道資料で二件だけ確認できた」


「何してた?」


「それが、よく分からない」


「また?」


「でも少しだけ書いてある」


 フィーナは別の紙を出した。


 そこには短い記述が二つだけ抜き出されていた。


 音守――警戒音の規定を管理する者。


 音守――鳴器および伝達音の変更には、音守の承認を要する。


 エリオは読む。


 もう一度読む。


「調整する人じゃない?」


「違うみたい」


 フィーナが言う。


「ラウルたちが鳴器を点検して、基準音と合わせる。でも、そもそも何の音を基準にするかを決めたり、変更を管理したりするのが音守だったんじゃないかと思う」


「音そのものの管理者?」


「今のところは、そう読むのが自然」


 エリオはセラ・ネイスの名前を見る。


 ラウルが音を覚え、再生する。


 セラが、その基準となる音を管理する。


 同じ姓の二人。


 まだ家族とは限らない。


 でも、もし関係があるなら、《残響記録》を持つラウルがその仕事をしていた理由にも少しつながる。


「これ、教会に知らせた?」


「まだ」


「明日持っていこう」


「そのつもりだった」


 セドリックが答えた。


 エリオは紙を返そうとして、ふと止まった。


「セラって」


「どうした?」


 フィーナが聞く。


「前にも聞いた気がする」


 頭の中で音を探す。


 神殿。


 声。


 古い言葉。


 十二の椅子。


 発音の違う「ア・リエ」。


 その中で、最も強く反応した九番目。


 そして、そのあとに聞いた言葉。


「……セラ」


 エリオが呟く。


 フィーナの表情が変わった。


「第五の部屋」


「うん」


「あのときの?」


「たぶん」


「同じ発音?」


 エリオはすぐには答えなかった。


 記憶の中にある音を、そのまま呼び出す。


 神殿で聞いた古い声。


 セラ。


 そして、目の前の紙に書かれた名前。


 文字から推測する現在の発音。


「……近い」


「同じ?」


「分からない」


 エリオははっきり言った。


「名前のセラと、古代語の『セラ』が同じ意味とは限らない。音が似てるだけかもしれない」


「そうね」


 フィーナもすぐに頷いた。


 誰も、そこで答えを決めなかった。


 それが少しだけ安心だった。


 ただ一つ、新しく確認できた事実がある。


 四百八十年前、ラウル・ネイスが働いていた中継所には、セラ・ネイスという女性がいた。


 彼女の役職は、音守。


 警戒音そのものの規定を管理する仕事だったらしい。


 そしてその名前と同じ音を、エリオは古代神殿で一度聞いている。


 そこから先は、まだ分からない。


        ◇


 食堂を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 六人はギルド前で一度立ち止まった。


「明日は休みにする」


 セドリックが言う。


「全員?」


「ああ。報告も終わったし、今日はもう十分だ」


「僕も?」


「なんでお前だけ働く前提なんだ」


「十日ずっと遠征してたわけじゃないから」


「その間ずっと仕事してただろ」


「まあ」


「じゃあ休め」


 セドリックの言い方に、エリオは少し笑った。


「分かった」


「明後日から六人で通常依頼に戻す」


 その言葉を聞いて、エリオは一瞬だけ考えた。


 六人で。


 そこに迷いはない。


 五人で任務へ行った。


 五人で成功した。


 自分は王都で別の仕事をした。


 それでも戻れば、また六人になる。


「うん」


 エリオは答えた。


 リーナの薬瓶が、小さく鳴る。


 シリルが欠伸をしながら歩き出し、バルガスがその後ろへ続く。フィーナはまだセラ・ネイスのことを考えているらしく、ぶつぶつ何か言っていた。


 セドリックも少し遅れて歩き出す。


 エリオはその音を聞きながら、自然に隣へ並んだ。


 六人分の足音が、王都の夜道へ重なる。


 十日前と同じ音ではない。


 リーナが正式に加わってからの時間はまだ短く、遠征で五人に分かれ、その間にエリオも別の人間と仕事をした。


 少しずつ変わっている。


 それでも、今は六つある。


 エリオはその音を記録しようとは思わなかった。


 覚えようとしなくても、もう十分に聞き慣れていた。


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