五つの席
リーナが正式に加わってから、一週間ほどが過ぎた。その間、六人は特別なことをしていない。王都近郊の護衛を一件、薬草採取を行う商人の同行を一件、それから小型魔物の討伐を一件。どれも勇者候補として特別に割り当てられた仕事ではなく、冒険者ギルドの依頼板から自分たちで選んだものだった。
最初の数日は、エリオも無意識に人数を意識していた。宿を出るときに六人。街道を歩いていて六人。依頼を終えて戻ってきても六人。けれど、それも長くは続かなかった。リーナがフィーナと一緒に歩いていても、シリルと言い合っていても、バルガスの装備を勝手に治療用の荷物置きにして怒られていても、それを「新しく加わった人間の行動」として見ることがなくなってきた。エリオ自身がかつてそうなったように、いつの間にか彼女もそこにいることが前提になり、人数を数える必要がなくなっていた。
だから、その日の朝も、管理局から届いた封書を見た時点では、それほど悪い予感はしなかった。
「また来た」
宿の食堂へ入ってきたセドリックがそう言いながら、右手に持っていた白い封筒を軽く掲げた。王都の紋章と管理局の印は、もう全員にとって見覚えのあるものになっている。
「推薦関係?」
フィーナが尋ねる。
「印は同じだな」
セドリックはいつもの席へ座ると、その場で封を切った。エリオたちも自然に食事の手を止める。推薦任務を終えて上位推薦対象になった以上、いずれ次の話が来ることは分かっていたし、問題があるとすれば、それが思っていたより早かったことくらいだった。
「何?」
シリルが聞く。
セドリックは一枚目を読み、その次の紙へ進んだところで、ほんの少しだけ表情を変えた。
「特別任務の候補に入った」
「もう?」
フィーナが身を乗り出す。
「ああ」
「どんな?」
「実地派遣」
セドリックは紙を机の中央へ置いた。
エリオも近くから内容を読む。任務先は王都から北東へ三日ほど離れた山岳地域。そこには王国が管理する小規模な中継拠点があり、周辺の街道警備と魔物発生状況の確認を行っている。今回、その拠点から連絡が入り、通常より広い範囲で魔物の移動が確認されたため、現地の調査と警備支援を兼ねて勇者候補を派遣するらしい。
「期間、十日から二週間」
リーナが読む。
「結構長いですね」
「推薦任務より長いな」
シリルも紙を覗き込む。
「面白そうじゃん」
「その下」
セドリックが言った。声が少し低かった。
エリオは視線を下げる。参加条件。その項目には、すでに何度か目にした言葉があった。
派遣人数。一隊五名。
エリオはその一行をしばらく見ていた。前なら少し引っかかった程度だったかもしれない。けれど今は、六人で動くことが普通になっている。そのせいなのか、書かれている数字の方がどこか不自然に見えた。
「五人制」
フィーナが呟く。
「ああ」
セドリックが答えた。
誰もすぐには次を読まなかった。その先に、さらに編成条件があることが分かっていたからだ。
「必須技能」
リーナが先に読む。
「長期野外行動経験者。前衛防御担当。魔術戦闘担当。治癒技能保有者。索敵技能保有者」
シリルが顔をしかめた。
「ずいぶん細かいな」
「山岳区域だからでしょうね」
フィーナが紙を取る。
「五人で十日以上なら、治癒役を必須にするのは分かる。索敵もいる。防御も必要」
「攻撃役は?」
「必須とは書いてないけど、魔術戦闘担当がそこも兼ねる想定じゃない?」
「俺は?」
セドリックが聞く。
「長期野外行動経験者?」
「雑だな」
「指揮担当って項目はないもの」
冗談めいた会話が続いたが、エリオの意識はもう別のところへ向いていた。前衛防御はバルガス。魔術戦闘はフィーナ。治癒はリーナ。索敵はシリル。そして残る一枠にセドリックを置けば、五人分がきれいに埋まる。条件だけを見れば、自分がいなくても何一つ欠けない。
それに気づいたのは、おそらくエリオだけではなかった。会話が少し止まった。
「でも索敵って、エリオさんでもいいんじゃないですか?」
リーナが最初に口を開いた。
「できる」
セドリックが答える。その返事に迷いはなかった。
「シリルを外してエリオにすることもできる。フィーナを外して攻撃を俺が補うこともできる。バルガスを外して前衛を俺がやる方法もある」
「私を外すのは?」
リーナが尋ねる。
「治癒技能保有者が必須だから無理だな」
「ですよね」
リーナは困ったように笑った。
条件だけなら入れ替えの余地はある。けれど実際の役割まで考えれば、そんなに単純ではない。バルガスの防御をセドリックが完全に代われるわけではなく、シリルが行う痕跡追跡と地形確認をエリオが同じようにできるわけでもない。フィーナほど広い範囲へ魔術を使える人間もいないし、セドリックを抜けば、推薦任務で経験したように残った五人で判断を分担しなければならない。誰を抜いても、何かは変わる。
「締め切りは?」
フィーナが尋ねた。
「三日後」
「早い」
「派遣は一週間後だからな」
シリルが腕を組む。
「断れる?」
セドリックは書類の最後を確認した。
「断れる」
「なら今回は断る?」
その言葉が出た瞬間、エリオはセドリックを見た。誰が言ったのかと思ったが、フィーナだった。
セドリックはすぐには答えず、もう一度書類へ視線を落とした。
「断ること自体に罰則はない」
「じゃあ」
「ただし、今回の派遣は上位推薦対象になったパーティから選ばれてる。辞退した場合、次の同区分任務への推薦順位が下がる可能性があるって書いてある」
フィーナの表情が変わる。
「可能性?」
「必ずではない。ただ、継続して長期任務を受けられるかどうかも評価項目になるらしい」
「つまり、断ってもいいけど」
リーナが言う。
「上に行きたいなら、あんまり断り続けない方がいい」
「そういうことだろうな」
悪意のある条件ではない。エリオにもそれは分かった。王国側からすれば、推薦したパーティが必要な任務へ応じられるかどうかを見るのは当然だし、任務ごとに人数や役割が違うことも冒険者として不自然ではない。六人いるから、どんな仕事でも六人全員で受けさせろという方が無理があるのかもしれない。だからこそ、誰かを悪者にして片づけることができず、余計に困る。
「エリオ」
セドリックに呼ばれた。
「はい」
「何考えてる?」
「五人だなって」
「それは書いてある」
「そうじゃなくて」
エリオは少し考え、正直に言った。
「条件だけ見たら、僕いなくても全部埋まるなって」
食堂が静かになった。
以前、管理局から編成調整の話をされたときにも似たことを言った。そのときセドリックには、勝手に決めるなと言われた。だから今回は、その続きまで先に言う。
「でも、僕を外した方がいいって言ってるわけじゃないです。ただ、書類だけならそう見えるってこと」
「ああ」
「シリルのところに索敵って書いて、リーナさんが治癒。バルガスが防御で、フィーナが魔術。セドリックは……」
「何なんだろうな、俺」
「勇者候補」
シリルが言った。
「急に雑」
「でもそうだろ」
少しだけ空気が緩み、エリオも笑った。けれど、紙の上に五人分の役割がきれいに並んでいる事実そのものは変わらなかった。
◇
その日は、すぐに答えを出さないことになった。締め切りまで三日あるのなら、誰か一人をその場の勢いで選ぶのではなく、任務そのものを断る可能性も含めて、一度それぞれ考えてから話した方がいいとセドリックが言ったからだ。
昼頃、六人はいったん別れた。依頼を受ける予定もなかったため、午後は完全に自由になり、エリオは一人で王都の中央通りを歩いた。特に目的があったわけではない。宿にいても朝の書類のことばかり考えそうだったので、外へ出ただけだった。
人通りの多い場所を歩けば、いろいろな音が聞こえる。商人の呼び声、荷車の車輪、走り回る子ども、店先で触れ合う食器、石畳を踏む馬の蹄。前の世界とはまるで違うのに、街の中でいくつもの音が重なり合い、それ全体で一つの風景になるところは似ている。
エリオはそれらを聞きながら、朝の話を何度も頭の中で組み直していた。
五人制だから一人外す。言葉にすれば、それだけの話だった。自分が今回の任務から外れることになっても、十日か二週間ほど王都で別の依頼を受けて待っていればいい。セドリックたちが戻ってきたあとに、また六人で動けばいいのだから、それほど大したことではないようにも思える。
けれど、もし次の任務も五人だったらどうなるのだろう。その次も、そのさらに次も同じ条件だったら。推薦区分が上がるほど五人編成の長期派遣が増えていくのなら、そのたびに同じ話を繰り返すことになる。今回だけ自分が残れば済むという話ではなくなる。
「……面倒だな」
珍しく、考えていた言葉がそのまま口から出た。
誰かと喧嘩したわけではない。能力が使えなくなったわけでも、依頼に失敗したわけでもない。六人いるのに、枠が五つしかない。それだけの話なのに、誰も悪くないからこそ、どうすればいいのか分からなかった。
「エリオ」
後ろから呼ばれた。
聞き覚えのある声だったため、振り返る前に誰か分かった。
「リーナさん」
「一人?」
「はい」
「私も」
彼女は紙袋を一つ持っていた。中には薬草と小さな瓶がいくつか入っている。
「買い物?」
「治癒薬の補充。正式にパーティ入ったから、自分で持つ分を少し増やそうと思って」
「長期任務用?」
「それもあります」
エリオは少しだけ黙った。リーナも朝の話を考えていないはずがない。二人はそのまま並んで歩き始めた。
「私のせいだと思ってます?」
突然聞かれた。
「何が?」
「五人の話」
「なんで?」
「私が入ったから六人になったでしょう」
「でも入る前から、治癒役必要って言われてた」
「そうですけど」
「それに、リーナさんいなくても今回の任務は受けられない」
治癒技能保有者が必須なのだから、それは事実だった。エリオがそう言うと、リーナは少し安心したような、それでも完全には納得していないような顔をした。
「私、臨時で呼ばれて、そのまま正式加入したじゃないですか。だから、もし誰かが外れるなら、私が来なければよかったって思われるのは嫌だなって」
「思わないですよ」
エリオはすぐに答えた。そこは考える必要すらなかった。
「六人の方がいいと思ってるから。推薦任務のときも、普通の依頼も。できること増えたし」
「じゃあ困りますね」
「困ります」
二人で少し笑った。
リーナが悪いわけではない。管理局が悪いわけでもない。五人でしか受けられない任務が悪いわけでもない。それでも、誰か一人は行けない。
「誰が外れると思います?」
リーナが尋ねた。
エリオは少し考えてから答えた。
「僕」
「やっぱりそう思うんだ」
「一番形が崩れにくいから」
「でも推薦任務で、エリオさんがいない状態は試してないですよ」
「そういえばそうだ」
「セドリックさんがいない五人はやった。でも、ほかの人を抜いたらどうなるかは分からない」
「だから一人ずつ抜いて試す?」
「それは嫌です」
「僕も」
また少し笑った。
けれどリーナの言ったことは残った。誰が欠けても動けるのか。誰が欠けると一番困るのか。そんなことを比べ始めれば、六人の中に順番を付けることになる。
エリオは、それが嫌だった。
役割が違うことも、できることに差があることも分かる。それでも「一番いらない人間」を決める話にはしたくなかった。
◇
夕方、宿へ戻ると、セドリックが一人で食堂にいた。ほかの三人はまだ戻っていない。エリオが向かいへ座ると、セドリックは何も聞かずに水を一杯寄せてきた。
「ありがとう」
「リーナといた?」
「なんで分かるの?」
「さっき帰ってきた」
「ああ」
しばらく沈黙が続いた。エリオは水を飲みながら、昼から考えていたことをどう言えばいいのか迷ったが、結局そのまま口にした。
「セドリック。今回、僕が残ることになっても大丈夫です」
セドリックはすぐには答えなかった。
「残るって王都に?」
「うん」
「朝、勝手に決めるなって言ったの覚えてるか?」
「今回は言われる前に、決めてないって言った」
「そうだったな」
セドリックは少しだけ笑った。
「でも本当に大丈夫です。十日くらいなら別の仕事できるし、戻ってきたらまた六人で行けばいい」
「ああ。そのつもりならな」
エリオは顔を上げた。言い方が少し気になった。
「何?」
「今回だけの話なら、それでいい」
「今回だけじゃない?」
「分からない」
セドリックは朝の書類を机の上へ出した。
「管理局へ少し聞きに行った」
「今日?」
「ああ」
「一人で?」
「編成条件の確認だけだからな」
セドリックは紙の一部を指した。
「上位区分になるほど五人制だけになるわけじゃない。六人を認める任務もある」
「じゃあ大丈夫じゃない?」
「ただ、王国から直接推薦される長期派遣は、五人を標準にしているものが多いらしい」
エリオは黙った。
「理由は?」
「補給、移動、ほかの部隊との連携。理由はいくつかある。特に勇者候補を複数隊まとめて動かす場合、一隊五人で統一してることが多い」
それなら、単なる嫌がらせの規則ではない。むしろ運用上の理由があるのだろう。
「じゃあこれからもあるんだ」
「ある」
セドリックははっきり答えた。
「今回だけ誰かが残って、次から元どおり、とは限らない」
エリオは朝の書類へ目を落とした。そこに印刷された「五名」という文字が、朝より少し重く見える。
「管理局は何て?」
「まだ編成はこっちに任せるって」
「誰を外せとは言われてない?」
「言われてない。ただし、推薦が続けば、パーティとしての標準編成を五人にしてほしいと言われる可能性はあるらしい」
今度は、エリオもすぐには返事ができなかった。
任務ごとに一人休む話ではない。六人の中から五人を、標準にする。
「いつ?」
「決まってない」
「今回?」
「まだ違う」
セドリックは明確に言った。
「今回の派遣は、あくまで参加者を五人選べばいい。六人目がパーティから外れるわけじゃない」
「そっか」
エリオは頷いた。
なら、まだ大丈夫だ。そう思った一方で、以前とは違って、その先に何があるのかも少し見えてしまった。
五人制の任務が増える。そのたびに一人を選ぶ。やがて管理局から、標準編成を五人にしてほしいと言われるかもしれない。六人でいることそのものを禁止されるわけではなくても、勇者候補として先へ進むほど、「六人のまま」という選択は取りにくくなっていく。
「どうする?」
エリオが尋ねた。
セドリックは少しだけ考えた。
「明日、六人で話す」
「今決めない?」
「ああ」
「なんで?」
「俺とお前だけで決める話じゃない」
その答えを聞いて、エリオは少し安心した。
まだ何も決まっていない。六人のうち誰か一人がいらないと決まったわけでもない。ただ、これまで紙の上にしかなかった「五人」という枠が、初めて自分たちの目の前に置かれた。
明日、六人で、その五つの場所について話すことになる。




