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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第四章 当たり前になった音

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正式な六人

 昼休憩を終えて歩き始めた頃には、セドリックが指示を出さない状態にも、五人はかなり慣れ始めていた。


 最初のうちは何かあるたびに全員の視線が自然と彼へ向かっていたのに、今では進路についてはシリル、戦闘ならフィーナとバルガス、負傷者への対応ならリーナというように、必要な相手へそのまま話が流れている。エリオ自身も、聞こえたものをいったんセドリックへ集めるのではなく、その情報を使う人間へ直接渡すようになっていた。


 だからといって、セドリックがそこにいることを忘れたわけではない。


 彼は中央付近を歩き、戦闘にも指揮にも加わらないまま、五人の動きを見ている。何か言いたそうな顔をすることもあったが、課題が始まってから一度も判断へ口を挟んでいなかった。


 エリオには、それが意外と難しいことのように思えた。


 自分なら、明らかに危ない道を選びそうになっている仲間を見れば、黙っていられる自信がない。しかもセドリックは、普段から全体を見て判断することに慣れている。その役割を突然奪われて、それでも何も言わずに任せるのは、単に何もしないのとは違うはずだった。


「この先、少し開ける」


 先頭のシリルが言った。


 地図どおりなら、森を抜けた先から丘陵地帯へ入る。


 第三地点は、その丘を二つ越えた向こう側にある。


「日没までに一つ目は越えられそう?」


 フィーナが尋ねる。


「普通に歩けば余裕。何もなければな」


「その言い方やめて」


「俺が言わなくても何か起きるだろ」


「推薦任務始まってから、本当にそうなのが嫌なのよ」


 二人の会話を聞きながら、エリオも森の先へ耳を向けた。


 今のところ、近くに大きな魔物はいない。


 小型動物の音がいくつか聞こえるだけで、進路を変える必要はなさそうだった。


「前、大丈夫です」


「じゃあ抜けよう」


 フィーナが答えた。


 いつの間にか、こういう判断も自然になっている。


        ◇


 森を抜けると、視界が一気に広がった。


 低い草に覆われた丘がいくつも重なり、その間を細い道が蛇行している。ところどころ岩が露出しているものの、午前中に歩いた森よりは移動しやすそうだった。


 ただし、見通しがいいから安全とは限らない。


 むしろ隠れる場所が少ない分、魔物に見つかれば正面から対応するしかなくなる。


 シリルが地図を確認しながら進路を選び、エリオは遠くの音まで拾うように意識を広げた。


 風が強い。


 草が一斉に揺れる音が続くため、森の中より細かな足音は聞き取りにくい。


 それでも、しばらく歩くうちに気になるものが混じった。


「待って」


 エリオが声をかける。


 五人が止まり、セドリックも同じように足を止めた。


「何かいる?」


 フィーナが尋ねる。


「いるというか……音」


「それはいつもでしょう」


「違う。一定なんです」


 エリオは丘の向こうへ意識を向けた。


 風ではない。


 動物でもない。


 一定の間隔で、小さな金属音が鳴っている。


 カン。


 しばらく間を置いて、またカン。


「機械?」


 リーナが聞く。


「分からない。でも自然の音じゃないと思う」


「方向は?」


「右前。丘一つ向こう」


 シリルが地図を見る。


「第三地点の進路から少し外れるな」


「どのくらい?」


「十分もかからない」


 フィーナが少し考えた。


「確認する?」


「私はした方がいいと思う」


 リーナが答えた。


「推薦任務の課題かもしれないし」


「違っても、人工物なら何かある可能性はある」


 バルガスも同意した。


 エリオはセドリックを見そうになり、途中でやめた。


「じゃあ行こう」


 フィーナが決める。


 五人は進路を少し東へずらした。


        ◇


 音の正体は、丘を越えるとすぐに見つかった。


 地面に一本の細い金属棒が立っている。


 高さはエリオの腰ほどで、その上部から小さな円盤が吊るされていた。風を受けると円盤が棒へ当たり、一定ではないものの、遠くまで響く澄んだ音を出している。


「これ?」


 シリルが近づく。


 棒の根元には管理局の印が付いた札があった。


「課題みたいね」


 フィーナが札を拾う。


 そこには短い文章が書かれていた。


「『第三地点までの経路上に、避難対象者一名あり。対象者は自力移動可能。ただし、現在位置から最短経路を使用した場合、魔物生息区域を通過する』」


「また救助?」


 エリオが尋ねる。


「今度は正式な課題」


 リーナが言う。


 フィーナは続きを読む。


「『対象者を第三地点まで同行させること。経路選択は自由』」


「人は?」


 バルガスが周囲を見る。


 その直後、少し離れた岩陰から一人の男が出てきた。


 管理局の腕章を付けている。


「避難対象役です」


 本人が言った。


 服装は一般的な旅装で、武器は持っていない。


「歩けます。戦闘には参加しません。指示された移動には従います」


 シリルが地図を開いた。


「最短はここを抜ける道か」


 丘と丘の間に、一本の狭い谷道がある。


「魔物生息区域って書いてある」


 フィーナが覗き込む。


「回避路は?」


「北へ回ればある。ただし一時間以上増える」


「今日中に丘を越えたいなら、最短の方が楽ね」


 エリオは地図より先に、谷道の方向へ耳を向けた。


 距離がある。


 風も強い。


 それでも、何かいる。


「魔物、います」


 全員がこちらを見る。


「数は?」


「まだ分からない。遠い」


「種類は?」


「それも」


 エリオは少し集中した。


 低い音。


 足音というより、地面を擦るような音が混じっている。


「大きいのが一匹か、二匹」


「避けた方がいい?」


 リーナが聞く。


 エリオは少し迷った。


「分からない」


 以前なら、そのままセドリックへ判断を渡していただろう。


 でも今日は、その先も五人で決めなければならない。


「シリル、地形どう?」


 エリオが尋ねた。


「谷は狭い。逃げ道少ない」


「じゃあ、もし戦うことになったら?」


 フィーナが聞く。


「セドリックを守りながら避難対象まで連れて抜けるのは面倒だな」


 バルガスも頷いた。


「回避路の方が安全だ」


「一時間増えるけど」


「期限は明日の正午」


 リーナが言う。


「なら急ぐ理由なくないですか?」


 その一言で、話がほぼ決まった。


 フィーナが地図を畳む。


「北へ回る」


「賛成」


 シリルもすぐに立ち上がった。


 避難対象役の男は何も評価せず、ただ五人の後ろについてきた。


 セドリックも黙ったままだ。


 エリオは歩き始めながら、少しだけ考えた。


 以前の自分なら、「魔物が二匹いるから危険」とだけ伝えて終わっていたかもしれない。


 でも今回は、数も種類も確定できなかった。


 その不確かな情報をどう使うかを、五人で相談した。


 確実に危険だと分かるまで待つ必要はない。


 かといって、聞こえただけで必ず逃げるわけでもない。


 時間。


 地形。


 守る人数。


 戦える人数。


 いくつかの条件を重ねた結果、遠回りを選んだ。


 エリオの音は、その判断材料の一つにすぎない。


 それでいいのだと思った。


        ◇


 回避路へ入ってから一時間ほどは、何も起こらなかった。


 道は緩やかで、避難対象役の男も問題なく歩けている。


 日が傾き始めた頃には最初の丘を越え、予定していた小川の近くまで到達できた。


「今日はここで野営にする?」


 フィーナが尋ねる。


「水あるし、地面も悪くない」


 シリルが周囲を見る。


「俺は賛成」


「私も」


 リーナが答える。


 バルガスも頷いた。


 エリオは少しだけ周囲を聞いた。


「近くに大きいのはいないです」


「なら決まり」


 セドリックを抜いた五人だけで、その日の行動を終える場所まで決めた。


 もう不自然さはほとんどなかった。


        ◇


 夜になってからも、避難対象役の男は課題上の設定を崩さなかった。


 食事は自分の携帯食を使い、野営準備にも参加しない。ただ、一般人が同行している想定なので、六人は彼の分まで安全を考えなければならない。


「見張り、どうする?」


 シリルが尋ねる。


「セドリックは参加できないから、五人で回すしかないわね」


 フィーナが言う。


「二人、二人、一人?」


「一人は嫌」


 エリオが即答した。


「聞こえるんだから一番向いてるでしょう」


「そういう問題じゃないです」


「じゃあ私とエリオさんで最後」


 リーナが言う。


「また?」


「朝起こす人が必要でしょう」


「それは助かります」


「話決まったわね」


 結局、最初がフィーナとバルガス、次がシリル一人、最後がエリオとリーナになった。


「俺だけ一人じゃないか」


 シリルが不満を言ったが、全員から「大丈夫」と言われて終わった。


 そのやり取りを聞きながら、セドリックが笑っている。


 指揮をしない状態でも、こういう場面では普通に仲間だった。


        ◇


 翌朝。


 第三地点までは、あと二時間ほどだった。


 夜の間に大きな問題はなく、予定どおり日の出とともに出発する。


 そこからは、驚くほど何も起きなかった。


 魔物を二度遠くに聞いたが、どちらも進路とは違う方向だった。


 シリルが一度だけ足跡を確認したものの、それも古い。


 避難対象役の男も順調に歩いている。


「逆に怖い」


 エリオが言う。


「何が?」


 リーナが聞く。


「何も起きない」


「昨日まで起きすぎたんです」


「そうかな」


「そうです」


 推薦任務を始めてから、予定外の救助や事故ばかりだったせいで、普通に歩くだけの時間が妙に長く感じられる。


 それでも、そのまま丘を一つ越えた。


 さらに緩やかな斜面を下る。


 やがて遠くに、管理局の旗が見えた。


「第三地点」


 シリルが言う。


 エリオも目を凝らす。


 テントがいくつか並び、その周囲に騎士と監督官がいる。


 すでに別の参加者らしい人影もあった。


「間に合った」


 フィーナが小さく息を吐く。


 期限まではまだ一時間以上ある。


 五人で判断し、戦い、遠回りし、避難対象を連れてきた。


 そして最後まで、セドリックは一度も指示を出さなかった。


        ◇


 第三地点へ到着すると、最初に避難対象役の男が監督官のところへ向かった。


「対象者到着。状態異常なし」


「確認しました」


 次に、セドリックの灰色の腕章が外される。


「行動不能課題、終了です」


 監督官が告げた。


 その瞬間、シリルがすぐにセドリックを見る。


「で、どうだった?」


「何が?」


「俺たち」


「疲れた」


「お前が?」


「黙ってる方が疲れる」


 フィーナが笑った。


「途中、絶対何か言いたかったでしょう」


「何度かな」


「どこ?」


「言わない」


「なんで?」


「お前たちが自分で決めたんだから、それでいい」


 セドリックはそう答えた。


 その言葉を聞いて、エリオは少し納得した。


 正解だったかどうかを答えてほしい気持ちはあった。


 でも、もしセドリックが「ここはこうするべきだった」と細かく言い始めれば、結局また彼の判断だけが基準になる。


 今回の課題は、そういうものではなかったのだろう。


「一個だけ聞いていい?」


 エリオが言う。


「何だ?」


「僕、途中でシリルに後ろ行ってって勝手に言ったけど、あれ大丈夫だった?」


 跳ね牙犬との戦闘でのことだ。


 セドリックは少し考えた。


「結果だけなら問題なかった」


「結果だけ?」


「俺なら別の指示を出した可能性はある。でも、お前がその場で必要だと思って言って、シリルも従えると判断した。それで対応できたなら、間違いとは言えない」


「なるほど」


「何でも俺と同じにする必要はない」


 エリオは頷いた。


 その言葉は、思っていたより嬉しかった。


        ◇


 推薦任務の全行程が終了したのは、その日の午後だった。


 第三地点へ到着した時点で各パーティの課題は終了となり、その後は管理局の馬車で王都へ戻る。


 評価結果は即日では出ない。


 三日間の記録を整理し、各監督官の報告をまとめたうえで、数日後に正式通知されることになっている。


 王都へ戻る馬車の中で、六人はかなり疲れていた。


「結局、何点なんだろ」


 シリルがまだ言っている。


「まだ気にしてる」


 リーナが呆れる。


「三日間これのために歩いたんだぞ。気になるだろ」


「私は通ればいいです」


「通る前提?」


「落ちても死なないので」


「強いな」


 エリオは二人の会話を聞きながら、窓の外を見ていた。


 推薦任務に来る前、自分は六人になることを単純に「一人増える」と考えていた。


 実際には、それほど単純ではなかった。


 リーナが加わることで、治癒だけではなく、見るものも聞くものも増えた。


 そしてセドリックが行動不能になれば、残った五人は彼の役割を分けて動いた。


 誰か一人を外せば、残った人間がその穴を埋めようとする。


 それはできる。


 今回、それを実際に経験した。


 だからといって、外された人間の役割が不要だったことにはならない。


 五人でも動けた。


 六人なら、もっと余裕があった。


 その二つは矛盾しない。


 エリオは、そこまで考えてから窓の外へ視線を戻した。


 今はまだ、それ以上の意味を持たせる必要はないと思った。


        ◇


 正式な評価通知が届いたのは、王都へ戻って三日後だった。


 六人は再び管理局の同じ建物へ呼ばれ、前回より少し広い部屋へ案内された。


 机の向こうには、推薦任務を担当していた監督官と、以前セドリックを呼び出した管理官が座っている。


「先日の推薦任務について、評価が確定しました」


 管理官が書類を開く。


 シリルの姿勢が明らかに良くなった。


 フィーナが横から小さく笑ったが、今度は何も言わなかった。


「結論からお伝えします」


 管理官は六人を見る。


「セドリック・ヴァーンを代表とするパーティは、上位推薦対象として適格と判定されました」


「お」


 シリルが小さく声を漏らす。


 エリオも少しだけ身体の力が抜けた。


 別に不合格ならすべてが終わるわけではない。


 それでも三日間歩いた結果が認められたのは、素直に嬉しかった。


「特に評価されたのは、予期しない状況への対応です」


 管理官は続ける。


「初日の一般人救助では、到達課題を放棄したこと自体ではなく、負傷者の状態、代替手段、日没までの残り時間を踏まえて救助を優先した判断を評価しています」


 セドリックが静かに頷く。


「二日目の参加者救助についても同様です。また、指揮担当者行動不能課題では、代替指揮官を固定せず、状況ごとに判断権を分担した点が特徴的でした」


「それ、良かったんですか?」


 フィーナが尋ねる。


「結果としては」


「結果として?」


「固定した代理指揮官を置く方法にも利点があります。今回の対応が唯一の正解ではありません」


 管理官は淡々と説明した。


「ただし、皆さんは互いの技能範囲を把握しており、判断を分散しても大きな混乱を起こさなかった。その点を評価しています」


 エリオは少しだけ嬉しくなった。


 セドリックがいなかったから仕方なく動いたのではなく、五人でも一つの形として機能していた。


「個別評価もあります」


 書類が一枚ずつ渡される。


 セドリック。


 フィーナ。


 バルガス。


 シリル。


 リーナ。


 そしてエリオ。


 以前の定期評価より、内容はかなり細かかった。


 エリオの欄には、《残響記録》による広域警戒、対象位置確認、戦闘時情報伝達、負傷者状態の補助確認などが記載されている。


 ただ、その最後に付けられた役割分類は、見覚えのある言葉だった。


 索敵支援。


 エリオはそれを見て、少しだけ笑いそうになった。


 結局そこへ入るらしい。


「何?」


 フィーナが気づく。


「いや。また索敵支援だなって」


「でしょうね」


 彼女も苦笑した。


 しかし今回は、それほど気にならなかった。


 紙に何と書かれていても、三日間で自分が何をしたかは分かっている。


 リーナも。


 シリルも。


 ほかの四人も知っている。


「それから、今後の編成についてです」


 管理官の言葉で、エリオは顔を上げた。


 セドリックも表情を戻す。


「今回、六名編成での総合評価は高いものでした。治癒担当を含めたことで、長期任務への適性も基準を満たしています」


 リーナが少し姿勢を正した。


「ただし、上位推薦任務のすべてが六名編成を認めているわけではありません」


 前にも聞いた話だった。


 五人制。


 その言葉を、エリオは自然と思い出した。


「今後、五名を上限とする任務へ推薦する場合、管理局から編成調整を求める可能性があります」


 セドリックが尋ねる。


「現時点で?」


「まだです」


「なら、今は六人で登録できる?」


「可能です」


 管理官はリーナを見る。


「リーナ・フェルさんが正式加入を希望し、パーティ側も承認するのであれば、六名編成として登録できます」


 少しだけ空気が変わった。


 今までリーナは推薦任務のための同行者だった。


 ここから先は違う。


「リーナ」


 セドリックが彼女を見る。


「どうする?」


 リーナは少しだけ考えた。


 そして、エリオたち五人を順番に見た。


「私からも、一つ聞いていいですか?」


「何?」


「入ってもいいんですか?」


 セドリックはすぐに答えた。


「ああ」


 フィーナも頷く。


「私は最初から賛成」


「俺も」


 シリルが続く。


 バルガスも短く頷いた。


 エリオも自然に口を開いた。


「僕も」


 リーナは少し笑った。


「じゃあ、お願いします」


 それで決まった。


 正式に六人。


 管理官が書類へ記入を始める。


 エリオはその様子を見ながら、ほんの少し前まで自分が「五人目」だったことを思い出していた。


 今は六人になった。


 誰かが押し出されたわけではない。


 役割が増え、できることも増えた。


 少なくとも今は、それでいい。


 けれど机の上に置かれた評価書の隅には、次の推薦区分についての説明が記されていた。


 その中に、一行だけ。


 五名編成を上限とする特別任務あり。


 エリオはそこへ一度だけ目を向けたあと、すぐに視線を外した。


 まだ、自分たちの話ではない。


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