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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第四章 当たり前になった音

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いない役目

 監督官は手元の用紙を確認したあと、六人を順番に見た。


「行動不能者は、セドリック・ヴァーンです」


 一瞬、誰も反応しなかった。


 エリオはてっきり、自分かリーナのどちらかが指定されるのではないかと思っていた。


 今回の推薦任務に加わったばかりの治癒術師か、評価表の上では役割が曖昧な自分。そのどちらかを抜いた状態で残りがどう動くかを見る方が、管理局としては分かりやすいように思えたからだ。


 しかし、指定されたのはセドリックだった。


「俺?」


 本人も少し意外だったらしい。


「はい」


「完全に何もできない?」


「戦闘、指揮、索敵補助、荷物運搬を含め、任務遂行に関わる行為は禁止します。歩行のみ認めます」


 シリルが眉を上げた。


「指揮まで禁止?」


「行動不能者を負傷者と想定しています。意識はあるものの、任務判断には参加できない状態です」


「それ、結構きついな」


「そのための課題です」


 監督官の答えは簡潔だった。


 セドリックはもう一度用紙を確認し、それから五人を見た。


「分かった」


「なお、課題開始後に行動不能者から指示を受けた場合、評価対象となります」


「じゃあ本当に黙ってろってことか」


 シリルが言う。


「そういうことらしいな」


 セドリックは少し苦笑した。


 その表情には余裕がある。


 自分が動けなくなること自体を不安に思っているようには見えなかった。


 けれどエリオには、急に足場を一つ外されたような感覚があった。


 これまで何か聞こえれば、まずセドリックへ伝えていた。


 数。


 距離。


 方向。


 確信があるかどうか。


 その情報を受けて、進むか、避けるか、戦うかを決めるのはセドリックだった。


 エリオ自身が判断することもある。


 けれど最終的に全員を動かす役目は、自分ではない。


「課題開始は?」


 フィーナが尋ねた。


「この説明終了時点からです」


 監督官はそう言うと、セドリックへ小さな灰色の腕章を渡した。


「これを着用してください」


「分かった」


 セドリックが左腕へ巻く。


 たったそれだけだった。


 装備もある。


 剣も腰に下げたまま。


 歩くこともできる。


 見た目だけなら、昨日までと何も変わらない。


 それでも、もう彼は任務に参加していない。


「では、第三地点で確認します」


 監督官はそう告げて離れていった。


 残された六人のうち、最初に口を開いたのはシリルだった。


「で」


 全員を見る。


「誰が決める?」


 誰もすぐには答えなかった。


        ◇


「フィーナでいいんじゃないか?」


 最初にそう言ったのはバルガスだった。


 フィーナが自分を指さす。


「私?」


「セドリックの次に全体を見てる」


「それはそうかもしれないけど」


 フィーナは少し迷ったようにセドリックを見た。


 その瞬間、セドリックは口を開きかけて、すぐに閉じた。


「駄目ですよ」


 リーナが言った。


「今、聞こうとしましたよね」


「……癖で」


 フィーナが小さく息を吐いた。


「分かった。聞かない」


 エリオも危うく同じことをするところだった。


 五人で相談しているのに、視線だけが自然にセドリックへ向く。


 これまでなら、意見が割れても最後は彼が整理していた。


 自分たちがどれだけその流れへ慣れていたのか、セドリックが何も言えなくなっただけでよく分かる。


「別に一人が全部決めなくてもいいんじゃない?」


 リーナが言った。


「移動はシリル、戦闘ならフィーナとバルガス。怪我人が出たら私。エリオさんは周囲の情報」


「最終判断は?」


 シリルが聞く。


「必要なときに決めればいいでしょう」


「それで揉めたら?」


「そのとき揉めます」


「潔いな」


 リーナはまだこのパーティに入って三日目だ。


 だからこそ、セドリックがいる形に慣れ切っていないのかもしれない。


 エリオは少し考えた。


「僕もそれでいいと思う」


「理由は?」


 フィーナが尋ねる。


「セドリックの代わりを一人決めても、同じことできないから」


 自分で言ってから、少し言葉を足した。


「悪い意味じゃなくて。シリルなら道は分かるし、フィーナなら魔物と戦うときのことは僕より分かる。リーナは怪我人を見る。だったら、全部一人に集めなくてもいいんじゃないかな」


 バルガスが頷いた。


「それで行こう」


 フィーナも少し考えたあと、地図を広げた。


「じゃあまず、第三地点までの道。シリル」


「任せろ」


 ようやく五人の視線が、セドリックから外れた。


 本人は少し離れたところで黙って立っている。


 何を考えているのかは分からない。


 今は聞いてはいけない。


        ◇


 第二地点を出てしばらくは、大きな問題は起きなかった。


 第三地点までは北東へ進む。


 午前中は森の中を歩き、その後はなだらかな丘陵へ出る予定だった。


 シリルが先頭。


 その少し後ろにフィーナ。


 中央へセドリックとリーナ。


 エリオがその周囲を聞き、バルガスが最後尾を守る。


 奇妙なのは、セドリックを守る必要が生まれたことだった。


 普段なら彼自身が前へ出て戦える。


 むしろ誰かを守る側にいる人間だ。


 しかし今は、魔物が現れても剣を抜くことができない。


「なんか変ですね」


 歩きながらエリオが言った。


 セドリックがこちらを見る。


 返事はしない。


「あ、話すのも駄目なのか」


 課題についての指示は禁止されているが、雑談まで禁止とは言われていない。


 それでも、どこまでが指示に当たるか分からない以上、必要以上に会話しない方が安全だった。


「無理に黙らせなくてもいいでしょう」


 リーナが横から言う。


「天気の話くらいなら」


「じゃあ天気いいですね」


 エリオがセドリックへ言う。


「……そうだな」


「話した」


「それは指揮じゃない」


 フィーナが前から振り返った。


「くだらないことしてないで周り聞いて」


「聞いてます」


「ならいい」


 結局、完全に空気が重くなることはなかった。


 ただ、普段と違うという感覚だけは消えない。


 セドリックが黙っていると、それだけで五人の会話が少し増える。


 誰かが判断しなければならないからだ。


        ◇


 最初の分岐に着いたところで、シリルが止まった。


「二つある」


 地図には一本しか道が描かれていない。


 しかし実際には、東へ向かう細い獣道と、北へ大きく回る比較的歩きやすい斜面がある。


「地図だと北」


 フィーナが確認する。


「でも東の方が早い」


 シリルは獣道を見た。


「ただ、途中がかなり狭い。セドリックが戦えない状態で魔物に挟まれると面倒だ」


「何かいる?」


 フィーナがエリオへ尋ねる。


 エリオは東へ耳を向けた。


 鳥。


 小型動物。


 さらに奥に、規則的な足音がある。


「二匹います」


「種類は?」


「分からない。四足。そこまで大きくない」


「距離?」


「百五十くらい」


 以前なら、ここで全員がセドリックを見る。


 実際、エリオも一瞬だけそうしかけた。


 しかし途中で止めた。


「どうする?」


 自分からフィーナとシリルを見る。


 シリルは少し考えた。


「北へ回る方が安全」


「時間は?」


「二十分くらい増える」


「正午までは余裕ある」


 フィーナが決めた。


「なら北」


 それだけで進路が決まった。


 エリオは少し拍子抜けした。


 もっと揉めると思っていた。


 セドリックがいなくても、判断そのものができなくなるわけではない。


 当然といえば当然だった。


 フィーナもシリルも、今まで黙って言われた通りに動いていたわけではない。セドリックへ意見を出し、その判断材料を渡していた。


 最終的に決める人間が一人いたから、それが目立たなかっただけだ。


        ◇


 問題が起きたのは、森を抜ける少し前だった。


 エリオが最初に足音を拾った。


「止まって」


 五人がすぐに止まる。


 セドリックも何も言わず足を止めた。


「左前。複数」


「何匹?」


 シリルが尋ねる。


「五……六」


 エリオは集中した。


 足音は軽い。


 ただし速い。


 一定の間隔で地面を蹴っている。


「角狼?」


 フィーナが聞く。


「違う。もっと軽い」


 シリルが前方を確認するため移動する。


 その間にも音は近づいてくる。


「かなり速いです」


「こっち来てる?」


「たぶん」


 しばらくして、シリルが戻った。


「跳ね牙犬。六匹」


 フィーナの表情が少し変わった。


 跳ね牙犬は単体ならそれほど強くない。


 ただし名前どおり跳躍力が高く、群れで獲物の左右へ回り込みながら襲う。狭い場所では厄介だが、今いる場所はある程度開けている。


「避けられる?」


 リーナが尋ねる。


「もう気づかれてる」


 シリルが答えた。


 エリオにも分かった。


 六匹の足音が、明らかにこちらへ向きを変えた。


「来る」


 その瞬間、全員が動いた。


 バルガスが前へ出る。


 フィーナが杖を構える。


 シリルが側面へ。


 リーナはセドリックの近くへ移動した。


 エリオも位置を変え、六匹の音を追う。


 だが、そこで少し迷った。


 誰へ伝える?


「右から二匹!」


 とりあえず全員へ向けて言う。


 バルガスが右へ盾を向ける。


「左、三!」


「一匹は?」


 フィーナが聞く。


 エリオはすぐに探した。


「後ろ!」


 最後の一匹が大きく回り込んでいる。


 普段ならセドリックがそこで誰を向かわせるか決める。


 しかし今日は違う。


「シリル、後ろ!」


 エリオが自分で言った。


「分かった!」


 シリルは迷わず方向を変えた。


 それでいいのか、一瞬考えた。


 けれど、今は確認している暇がない。


 前方から三匹。


 バルガスが最初の一匹を盾で受け止める。


 跳ね返された魔物が地面へ落ちる前に、フィーナの魔術がその前方を焼いた。直接倒すためではなく、残り二匹の進路を狭めるための炎だった。


「右の二匹、離れます!」


 エリオが伝える。


「逃げる?」


「違う、回る!」


「バルガス、前そのまま!」


 今度はフィーナが判断した。


「エリオ、右見て!」


「はい!」


 自分の名前を呼ばれたことで、考える対象が一つ減った。


 右から来る二匹へ意識を集中する。


 一匹は速度を上げた。


 もう一匹は少し遅い。


「先に一匹来ます、三秒くらい!」


 リーナがセドリックを後ろへ下げる。


 フィーナが右手を向ける。


 足音が地面を強く蹴った。


「今!」


 エリオが叫ぶ。


 魔物が草の向こうから跳び出すのと、フィーナの風が放たれるのはほぼ同時だった。


 跳ね牙犬は空中で横へ弾かれ、地面へ転がる。


 もう一匹が続く。


「まだ!」


 バルガスが前から離れられない。


 フィーナは一度魔術を使った直後。


 エリオ自身に攻撃手段はほとんどない。


 そのとき、リーナが動いた。


 セドリックの前に出る。


「え?」


 小さな杖を魔物へ向ける。


 攻撃魔術ではない。


 杖の先から一瞬だけ強い光が弾けた。


 跳ね牙犬が怯み、着地を乱す。


「そんなの使えるんですか?」


「目くらましだけ!」


 リーナが答える。


「今!」


 その隙にシリルが戻り、横から一撃を入れた。


 魔物が倒れる。


 エリオはすぐに残りの音を確認した。


 前の三匹。


 一匹はすでにバルガスが倒している。


 二匹は炎を避けて距離を取った。


 後ろへ回った一匹も、シリルに傷を負わされて退いている。


「残り三、離れます!」


「追わなくていい!」


 フィーナが言った。


「そのまま下がらせる!」


 バルガスも前へ出すぎず、盾で圧力をかける。


 やがて三匹は森へ逃げ込んだ。


 エリオは足音が十分に離れるまで聞き続けた。


「戻ってこないです」


 その言葉で、ようやく全員が武器を下ろした。


        ◇


「……疲れた」


 最初に言ったのはフィーナだった。


「戦闘より考える方が疲れる」


「分かる」


 シリルも頷く。


「普段、セドリック結構やってたんだな」


 その言葉に、全員がセドリックを見る。


 本人は少し離れた場所に立ち、何も言わない。


 灰色の腕章もそのままだ。


「言えないの?」


 エリオが尋ねる。


「課題に関係することはな」


「じゃあ褒めるだけなら?」


「誰を?」


「僕たち」


 セドリックは少し考えてから言った。


「よくやった」


「それは大丈夫なの?」


 リーナが笑う。


「知らない」


 緊張が少し抜けた。


 けれどエリオは、さっきの戦闘を頭の中でもう一度整理していた。


 最初は誰へ情報を渡せばいいか迷った。


 途中からは必要な相手へ直接言った。


 フィーナも、すべてを決めようとはしなかった。


 シリルは後方。


 バルガスは前。


 リーナはセドリックを守りながら、自分のできる範囲で戦闘を補助した。


「できたね」


 エリオが言った。


「何が?」


 フィーナが尋ねる。


「五人でも」


 言ってから、少し違うと思った。


「いや、セドリックもいるから五人じゃないか」


「課題上は五人よ」


「そうだけど」


 エリオはセドリックを見る。


 彼はそこにいる。


 声を出せないだけだ。


 完全にいなくなったわけではない。


 それでも、もし本当に負傷していたとしても、残った五人で最低限は動けることが分かった。


 これはセドリックが必要ないという話ではない。


 むしろ逆だった。


 実際に自分たちで判断してみたからこそ、普段彼がどれだけ多くの情報を整理し、誰へ何を任せるか決めていたのかが分かる。


 そして同時に、セドリック一人だけがこのパーティを動かしていたわけでもない。


 全員がそれぞれの役割を持ち、その上に彼の判断があった。


「次からもっとセドリックに優しくする?」


 リーナが言った。


「それは別」


 フィーナが即答した。


 セドリックが苦笑した。


        ◇


 その後は大きな戦闘もなく、予定していた場所より少し手前で昼休憩を取ることになった。


 第三地点への到着期限は翌日の正午。


 このまま順調なら、今日の夕方にはかなり近くまで進める。


 食事をしながら、フィーナが地図を確認する。


「この先で森が終わる。そのあと丘を二つ越える」


「夜までに一つ目の丘を越えたいな」


 シリルが言う。


「野営場所は?」


「向こうに小川があるはず」


「エリオ、周りは?」


「今は大丈夫」


 会話は普通に進んでいた。


 もう誰も、判断のたびにセドリックを見なくなっている。


 わずか数時間前には、それすら意識しなければできなかったのに。


 人間は案外早く慣れるものらしい。


 エリオはそう思いながら、水を飲んだ。


 そのとき、少し離れた場所に座っているセドリックと目が合った。


 何も言わない。


 エリオも何も聞かなかった。


 ただ、これまで自分が何かを聞いたあと、ほとんど無意識にセドリックへ渡していた理由が、少しだけ分かった気がした。


 セドリックが一番強いからではない。


 勇者候補だからでもない。


 聞いたものを渡せば、その先を考えてくれると知っていたからだ。


 今日、その役目を五人で分けてみて、ようやく見えた。


 当たり前にあるものほど、なくしてみなければ形が分からない。


 それは音だけではないらしい。


 エリオはそんなことを考えながら、また周囲へ耳を向けた。


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