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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第四章 当たり前になった音

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予定どおりじゃなくても

 作業小屋の脇に野営場所を決めた頃には、空の色がほとんど夜へ変わっていた。


 予定では第二地点の近くに設けられた指定区域で夜を越すはずだったため、ここには参加者向けの設備など何もない。幸い作業小屋には水場があり、周囲もある程度開けているので、森の中で一から場所を探すよりはずっと安全だった。


 セドリックが管理人に野営の許可を取り、バルガスとシリルが周囲を確認する。その間にフィーナとリーナが火を起こす準備をし、エリオも荷物から簡易天幕を取り出した。


 六人での野営は初めてだった。


 人数が一人増えた分だけ作業が増えるのかと思っていたが、実際には逆だった。誰かが火を起こしている間に別の誰かが水を汲み、天幕を広げる横で警戒を済ませる。これまで五人で分担していたことを六人でやれば、当然ながら一人あたりの負担は少し軽くなる。


「これ、どっち側?」


 リーナが天幕の留め具を持ったまま尋ねる。


「そっちが外側です」


 エリオが答えると、彼女は少し間を置いて留め具を見直した。


「逆にしてました」


「昨日、遠征慣れてるって言ってませんでした?」


「治癒術師としては慣れてます」


「天幕は?」


「誰かが張ってくれてました」


 シリルが少し離れたところから笑った。


「人気職は違うな」


「治してほしくなったら覚えておきます」


「ごめんなさい」


 返事が早い。


 エリオは思わず笑った。


 昨日会ったばかりなのに、リーナはすでにこの五人の空気へかなり馴染んでいる。誰にでも同じように距離を詰めるというより、相手がどのくらい冗談を言う人間なのかを見ながら合わせているように見えた。


 それも仕事で身についたものなのかもしれない。


 治癒術師は一つのパーティだけではなく、護衛や遠征へ臨時で同行することが多いと聞いた。毎回違う人間と動くなら、技術だけではなく、短時間で相手の癖を掴むことも必要になるのだろう。


 エリオが初めてセドリックたちと動いたときには、一週間という期限があった。


 あの頃の自分は、こんなふうに自然に会話できていただろうか。


 思い返してみると、もう少し遠慮していた気がする。


        ◇


 食事は携帯食を中心にした簡単なものだった。


 作業小屋の管理人から少しだけ野菜を分けてもらえたため、フィーナが鍋へ入れ、リーナも乾燥肉を足した。料理そのものは誰かが特別得意というほどではなかったが、温かいものがあるだけで一日の疲れはかなり違う。


「明日どうする?」


 食事を始めて間もなく、シリルが地図を広げた。


「第二地点、まだ残ってるだろ」


「ああ」


 セドリックも地図へ目を落とした。


 現在地は、本来の進路から南へかなり外れている。


 ここから第二地点へ戻るなら、朝一番で北へ進み、昨日越える予定だった丘を二つ回らなければならない。そのあと第三地点まで進むとなれば、移動距離は相当長くなる。


 逆に第二地点を諦めれば、このまま東へ抜けて第三地点へ向かうことができる。


「全部回るのが条件じゃなかった?」


 エリオが尋ねる。


「原則はな」


 セドリックが答える。


「でも昨日、監督官は第二を残すか第三を優先するかも含めて判断しろって言ってた」


「つまり、第二を捨てても即失格ではない?」


 フィーナが確認する。


「たぶん。ただ、評価がどうなるかは分からない」


「また評価か」


 シリルが嫌そうに言った。


「考えなきゃ駄目でしょう」


「分かってるけど、何しても最後に評価って言われると疲れるんだよ」


 その感覚は、エリオにも少し分かった。


 普段の依頼なら、目的は分かりやすい。


 護衛なら目的地まで守る。


 討伐なら指定された魔物を倒す。


 調査なら必要な情報を持ち帰る。


 今回の推薦任務には目的地がある一方で、その途中の判断そのものまで見られている。何をすれば高得点になるのか分からない以上、正解を探しながら歩こうとすると、かえって判断が鈍くなりそうだった。


「全部行こう」


 セドリックが言った。


 シリルが顔を上げる。


「第二も?」


「ああ」


「かなり歩くぞ」


「分かってる」


「第三に間に合わなくなったら?」


「そのとき考える」


 答えを聞いて、フィーナが少しだけ笑った。


「思ったより力技ね」


「昨日一つ遅れたからって、最初から諦める必要もないだろ」


 セドリックは地図の上を指でなぞった。


「朝早く出る。第二まで最短で行って、課題の内容次第で第三への進み方を決める。無理なら途中で切り替える」


「それならいい」


 シリルも納得した。


 最初から未達を受け入れるのではなく、取り戻せるところまでは取り戻す。


 ただし、無理をして負傷者を出すほど固執もしない。


 エリオには、その判断がセドリックらしく感じられた。


「僕、朝早くても大丈夫です」


「お前は起きられるのか?」


「起こしてください」


「大丈夫じゃないじゃない」


 フィーナに言われ、エリオは黙った。


        ◇


 見張りは三組に分けることになった。


 六人なので二人ずつ組める。


 最初がセドリックとフィーナ。


 次がシリルとバルガス。


 最後がエリオとリーナだった。


「私たち最後なんですね」


 寝る前にリーナが言った。


「嫌ですか?」


「朝に強いから平気です」


「僕は弱いです」


「知ってます」


「いつ知ったんですか?」


「さっき」


 また即答された。


 エリオは少し笑って、そのまま天幕へ入った。


 眠りにつくまでそれほど時間はかからなかった。


 その日の出来事が多かったせいか、横になるとすぐに身体の力が抜けた。


        ◇


 肩を軽く揺すられて目を開けると、外はまだ暗かった。


「交代」


 バルガスの低い声が聞こえる。


「……はい」


 返事をしたものの、身体がすぐには動かなかった。


「起きてます?」


 隣からリーナの声がする。


「起きてます」


「目、閉じてますよ」


「起きてる目もあります」


「どこに?」


 結局、天幕を出るまで少し時間がかかった。


 火は小さく残されており、シリルとバルガスが簡単な引き継ぎをしてから眠りへ向かう。


 周囲に異常はない。


 魔物らしい気配もなかったらしい。


 エリオは火の近くへ座り、眠気を飛ばすために水を飲んだ。


 リーナは向かい側に腰を下ろしている。


「本当に朝弱いんですね」


「前の世界でも弱かったです」


「前の世界?」


 聞き返され、エリオは少しだけ迷った。


 リーナにはまだ、自分が転生者だという話をしていない。


 セドリックたちには古代神殿を調べた際に必要になって説明したが、誰にでも最初から話しているわけではなかった。


「昔の話です」


「昔?」


「ちょっと長いので、また今度」


「分かりました」


 リーナはそれ以上聞かなかった。


 その反応も、エリオにはありがたかった。


 何か隠していると分かっても、すぐに理由を求めない。


 セドリックたちと似たところがある。


 しばらく二人で周囲を確認した。


 夜の森は、昼より音が多い。


 小型動物が草を踏む音。


 木の上で羽ばたく鳥。


 遠くで鳴く夜行性の魔物。


 その一つ一つを区別しながら、危険なものだけを拾う。


「ずっとそれやってるんですか?」


 リーナが尋ねた。


「何を?」


「今も聞いてるでしょう」


「まあ」


「疲れない?」


「疲れますよ。でも、全部を同じ強さで聞いてるわけじゃないです」


 エリオは少し考え、どう説明すればいいか探した。


「たとえば今、火の音も聞こえてるし、リーナさんの呼吸も聞こえてる。でも、そこをずっと考えてるわけじゃないです。何か変わったときだけ気づく感じ」


「私も似てるかも」


「呼吸?」


「そう」


 リーナは自分の膝へ腕を置いた。


「普段から全員の呼吸数を数えてるわけじゃないけど、苦しそうな人がいると変だって分かる。歩き方とか声の出し方も」


「昨日もそれで気づいた?」


「たぶん」


 谷から聞こえた声。


 エリオは距離のある複数の音を広く拾っていた。


 リーナは、その中から人が助けを求めている声の違和感を先に拾った。


 能力として比べれば、《残響記録》を持つ自分の方が聴覚情報の保持や再現では圧倒的に優れているはずだ。


 それでも、「何を重要だと思うか」は恩恵が決めてくれるわけではない。


 リーナが人の身体を見続けてきたから分かる音がある。


 シリルには足跡や枝の折れ方から分かるものがある。


 フィーナには魔力を感じ取る方法があり、バルガスには攻撃を受ける側だからこそ読める相手の動きがある。


 自分だけが特別な情報を持っているのではない。


 それぞれが違うものを見て、聞いている。


「六人だと、増えますね」


 エリオが言った。


「何が?」


「分かること」


 リーナは少し考えてから頷いた。


「人数増えたんだから当たり前じゃないですか?」


「そうなんだけど」


 エリオは笑った。


 言葉にすると、本当に当たり前だった。


 けれど最近、自分の役割が書類の上でどう分類されるかを考えることが増えていたせいかもしれない。


 役割を一つの言葉で区切ることばかり意識していた。


 実際に一緒に動けば、そんなに綺麗には分かれない。


 リーナが声を聞き、エリオが位置を取る。


 エリオが呼吸の変化を伝え、リーナが状態を判断する。


 同じ情報でも、使う人間によって意味が違う。


「エリオさん」


「はい?」


「今、何か聞こえました?」


 リーナの表情が変わっていた。


 エリオもすぐに意識を森へ向けた。


 一瞬前まで続いていた夜鳥の声が、東側だけ途切れている。


 その代わり、木々の奥から小さな枝を踏む音がした。


 一つではない。


「三……いや、四」


 エリオは立ち上がった。


「何が?」


「まだ分からない。こっちへ近づいてます」


 リーナもすぐに杖へ手を伸ばす。


「起こします?」


「ちょっと待って」


 エリオは耳を澄ませた。


 足音の間隔。


 重量。


 速度。


 四つ。


 一定ではない。


 一匹だけ少し遅れている。


 人間ではない。


「魔物です」


「種類は?」


「たぶん角狼。四匹」


「近い?」


「七十くらい。ゆっくり来てる」


 リーナが天幕を見る。


「起こした方がいいですね」


「うん」


 エリオも同意した。


 四匹なら、セドリックたちにとって大きな脅威ではない。


 それでも夜間で、こちらには眠っている人間がいる。


 無理に二人だけで対応する理由はなかった。


「セドリック」


 エリオが声をかける。


 一度では起きない。


「セドリック」


 二度目で、天幕の中から動く音がした。


「どうした」


「角狼、たぶん四。東から」


 その一言で十分だった。


 数秒後にはセドリックが外へ出てくる。


 続いてフィーナ、シリル、バルガスも起きた。


 六人がそれぞれの装備を取る。


「距離」


「もう五十くらい」


「こっちに気づいてる?」


「たぶん。まっすぐ来てる」


 セドリックは周囲を見た。


「火に寄ってきたか」


「角狼って火を避けない?」


 リーナが尋ねる。


「普通は少し警戒する」


 シリルが答える。


「腹減ってるのかもな」


 エリオは足音を聞き続けた。


 四匹。


 やはり一匹だけ遅い。


 ただし弱っているという感じではない。


 歩き方が違う。


「一匹、ちょっと変です」


 セドリックがすぐにこちらを見る。


「何が?」


「三匹は同じくらいの速さ。でも後ろの一匹だけ、止まったり進んだりしてる」


「別の種類?」


「分からない」


「なら見てから判断する」


 全員が構えた。


 やがて木々の隙間に、低い影が見えた。


 最初に三匹。


 灰褐色の毛。


 細長い角。


 角狼で間違いない。


 三匹は森の縁で足を止め、こちらを警戒している。


「襲ってくる?」


 フィーナが小声で尋ねる。


「まだ」


 エリオは答えた。


 そして、四匹目の足音が近づいた。


 木の陰から出てきたのは、同じ角狼だった。


 ただし、その口には何かを咥えていた。


「……何あれ」


 リーナが呟いた。


 暗くてよく見えない。


 細長い。


 布のようにも見える。


 角狼は三匹より少し後ろで止まり、咥えていたものを地面へ落とした。


 その瞬間、小さな金属音がした。


 エリオはその音を聞いた。


 聞き覚えがある。


 今日、何度も聞いた音だった。


「待って」


 全員を止める。


「それ、参加者の装備かもしれない」


「何?」


 セドリックが目を細める。


 エリオは《残響記録》の中から、朝に北門で聞いた音を思い出した。


 参加者へ配られた、緊急用の信号筒。


 腰へ下げたとき、金属製の留め具が小さく鳴っていた。


 今、角狼が落としたものから聞こえた音は、それに近い。


「信号筒です」


 エリオが言った。


「たぶん、推薦任務の」


 空気が変わった。


 角狼が装備を持っている。


 それだけなら、どこかで拾った可能性もある。


 だが、その装備を持っていた人間が、無事だとは限らない。


「どこで拾ったか分かる?」


 フィーナが尋ねる。


「それは聞いても分からない」


「だよね」


 セドリックは少し考えたあと、剣を完全には抜かずに角狼たちを見た。


「追い払う。倒す必要はない」


「そのあと?」


 シリルが聞く。


「装備を確認する」


 推薦任務二日目は、予定していた出発より少し早く始まることになった。


 しかも、今度は地図に書かれていない場所へ向かうことになるかもしれなかった。

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