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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第四章 当たり前になった音

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六人で動く

 推薦任務の日、六人はまだ日の出前の王都北門に集まった。


 今回の任務区域までは馬車で半日ほどかかるため、参加する三つの勇者候補パーティはそれぞれ別の車両に分かれて移動することになっていた。門の外にはすでに管理局の職員と護衛役の騎士が待機しており、参加者の名前と装備を一人ずつ確認している。


 エリオたちの番になると、職員は手元の名簿を読み上げた。


「セドリック・ヴァーン。フィーナ・レイス。バルガス・ロウ。シリル・ネイト。エリオ・アルディス。リーナ・フェル。以上六名」


「はい」


 セドリックが代表して答える。


 六人。


 その響きに、エリオはまだ少しだけ慣れていなかった。


 昨日までは五人だったところへ、一人増えただけだ。それでも宿からここへ来る途中にも、自分の知っている足音が一つ増えていることを何度か意識した。


 リーナの歩き方は、フィーナより少し軽い。腰に下げた治癒薬の瓶が、歩くたびに小さく触れ合うため、他の五人と区別するのも難しくなかった。


「何見てるんですか?」


 名簿の確認が終わり、リーナが隣へ来た。


「いや、六人になったなって」


「昨日から六人ですよ」


「そうなんですけど」


 エリオが少し笑う。


「まだ足音を覚えてる途中だから」


「私の?」


「はい」


 リーナは一瞬黙ったあと、自分の腰の鞄を見た。


「これ、結構鳴りますよね」


「分かりやすいです」


「じゃあ隠密には向いてないですね」


「シリルには怒られるかも」


「聞こえてるぞ」


 少し離れていたシリルがすぐに振り返った。


「治癒術師に隠密は求めてないから安心しろ」


「よかったです」


 リーナが素直に答えると、シリルは何か言い返そうとしてやめた。


 そのやり取りを見て、エリオは少し安心した。


 昨日初めて顔を合わせたばかりだが、少なくとも会話が途切れて困るような相手ではなさそうだった。


        ◇


 今回の推薦任務では、単純な討伐数だけを競うわけではなかった。


 各パーティには同じ広さの区域が割り当てられ、その中に三つの到達地点が設定されている。二泊三日のあいだにすべてを回り、途中で与えられる課題へ対応しながら最終地点へ到着することが目的だった。


 課題の内容は事前に知らされていない。


 途中で模擬負傷者が配置されることもあれば、実際の魔物への対応を求められる場合もある。危険な状況では管理局側が介入することになっているが、基本的には参加者自身で判断しなければならない。


 昼前、馬車を降りた六人は最初の確認地点へ向けて歩き始めた。


 地形は森と低い丘が交互に続いている。


 普段の依頼なら、シリルが少し前を進み、エリオが周囲を聞き、セドリックが全体を見る形になる。しかし今日はリーナが加わっているため、出発前に隊列を少しだけ調整していた。


 セドリックとシリルが前方。


 中央にフィーナとリーナ。


 後方寄りにエリオ。


 最後尾をバルガスが守る。


「エリオが後ろなの珍しいですね」


 歩きながらリーナが言う。


「今日は僕があなたの周りも聞くから」


「昨日の話?」


「はい。治癒してるときに後ろ見なくていいように」


「まだ怪我人いませんけど」


「今から慣れといた方がいいかなって」


 エリオ自身、どう動けば最もやりやすいかはまだ分からない。


 五人のときには、誰がどんな位置を取り、どの程度の距離なら声が届くかまで感覚的に分かっていた。しかしリーナが加わったことで、同じやり方がそのまま最適とは限らない。


 だから今日は、任務をこなしながら六人の形を探すつもりだった。


「何か聞こえるか?」


 前を歩くセドリックが尋ねる。


「右の林に小さいのが二匹。たぶん普通の動物。前は何もないです」


「分かった」


 そのやり取りを聞いたリーナが少し笑った。


「本当に毎回それだけなんですね」


「何が?」


「もっと説明するのかと思ってました。昨日聞いた話だと、エリオさんがかなり細かく聞き分けるみたいだったから」


「必要なら細かく言いますよ」


「でも今は必要ない?」


「セドリックが聞いたのは、前に危険がいるかどうかだから」


 リーナは少し納得したように頷いた。


「なるほど。情報を全部言うんじゃなくて、必要なものだけ渡すんですね」


 その言い方を聞いて、エリオは少し考えた。


 確かに今はそうしている。


 以前なら、聞こえたことをできるだけ詳しく説明することが正しいと思っていた。しかしセドリックたちと長く動くうちに、必要な情報は場面によって変わることを覚えた。


 魔物が近づいているなら、数と方向。


 シリルが確認に行くなら、距離と動き。


 戦闘中なら、仲間の死角にいるもの。


 聞こえたものを全部話すより、相手が使える形にして渡す方が役に立つ。


「たぶん、そんな感じです」


「それなら治癒中も助かりそう」


 リーナは前を向いたまま言った。


「私、怪我人を見ると周りがかなり見えなくなるので」


 エリオはその言葉を覚えておくことにした。


        ◇


 最初の課題が現れたのは、出発から一時間ほど経った頃だった。


 林を抜けた先の街道脇に、一台の荷車が横倒しになっていた。


 近づく前から、エリオには人の声が聞こえていた。


「二人います」


 全員の歩調が少し落ちる。


「怪我人?」


 セドリックが尋ねる。


「一人、声出してる。もう一人は分からない」


「魔物は?」


「今のところ周りにはいないです」


 シリルが先に状況を確認し、すぐに手を上げた。


「課題っぽいぞ」


 荷車の横には、管理局の印が付いた木札が置かれていた。


 近づくと、地面に二人の男が倒れている。一人は腕を押さえており、もう一人は荷車の脇でほとんど動いていない。


 もちろん本当の負傷者ではない。


 課題用の役者らしく、近くには監督役の職員も立っていた。


「状況だけ伝えます」


 職員が言う。


「街道で荷車が転倒。二名負傷。一名は左腕骨折の疑い。もう一名は意識混濁、腹部出血あり。周囲の安全確認を含め、対応してください」


 説明が終わると、職員は口を閉じた。


 ここから先は六人で考えろということらしい。


「シリル、周囲確認。エリオも一緒に見てくれ」


「はい」


「バルガスは荷車が動かないよう固定。フィーナは周囲を見ながらリーナの補助。俺は二人目を見る」


 セドリックが指示を出した。


 リーナはすでに意識混濁という設定の男の横へ膝をついている。


「骨折の方は少し待ってください。先にこちらを見ます」


 声をかけながら、腹部の状態を確認する。


 エリオは周囲へ耳を向けた。


 最初に聞いたとおり、近くに魔物の足音はない。


 ただし林が近いため、いつまでも安全とは限らない。


「今は大丈夫」


 シリルへ伝えると、彼も周囲の足跡を確認しながら頷いた。


「こっちも新しい痕跡なし。事故だけみたいだな」


 そこまで確認したところで、リーナがセドリックへ声をかけた。


「腹部の出血を先に止めます。治癒中、動かさないでください」


「分かった」


 リーナが杖を取り出した。


 淡い光が男の腹部へ集まる。


 魔術そのものはフィーナのものとはかなり違っていた。


 派手な光も熱もなく、狭い範囲だけに魔力が集中している。


 その瞬間、エリオは昨日聞いた話を思い出した。


 治癒中は、周りが見えなくなる。


 エリオはリーナから少し距離を取り、彼女の周囲も含めて耳を広げた。


 セドリック。


 フィーナ。


 バルガス。


 シリル。


 負傷者役の二人。


 管理局職員。


 それ以外。


 森の方から、小さな足音が聞こえた。


 一匹。


 すぐに危険というほどではない。


「右の林、一匹来てます」


 エリオが伝える。


 セドリックが振り返る。


「種類は?」


「まだ分からない。小さいです」


「シリル」


「見てくる」


 リーナは顔を上げなかった。


 治癒を続けている。


 シリルが林の手前まで進み、すぐに戻ってきた。


「角兎。問題なし」


「ならそのまま」


 セドリックの判断で、誰も戦闘態勢には入らなかった。


 数分後、リーナが杖を下ろす。


「止血できました。次、腕の方を見ます」


 そこで初めてエリオを見る。


「さっき何か来てた?」


「角兎だけ」


「全然気づかなかった」


「だから聞いてました」


 リーナは少し笑った。


「助かります」


 それだけだった。


 大げさな反応ではない。


 けれど昨日話していた役割が、実際の動きとして初めて形になった瞬間だった。


        ◇


 課題を終えると、監督役の職員が対応終了を告げた。


 詳しい評価は任務終了後まで知らされないため、その場で褒められることも注意されることもない。


 六人はそのまま次の目的地へ向かった。


「どうだった?」


 歩き始めてしばらくして、セドリックがリーナへ尋ねる。


「やりやすかったです」


「五人と動くの初めてだろ」


「人数が多いのは慣れてます。ただ、治癒中に周囲のことをほぼ考えなくていいのは珍しいですね」


 リーナはエリオを見る。


「いつも後ろにいてもらうの、ありかも」


「エリオを専属護衛にするなよ」


 シリルが言う。


「護衛じゃなくて警戒です」


「似たようなもんだろ」


「でもシリルが前に行けるでしょう?」


「……それはそうだな」


 シリルが少し考える。


 エリオも、自分がどこへ入ればいいかが少し見えた気がした。


 リーナが加わったからといって、誰かの仕事がなくなるわけではない。


 むしろ一人増えたことで、これまで誰かが兼ねていた役割を分けられる。


 シリルは前方の偵察へ集中できる。


 フィーナも、負傷者が出るたびに治癒薬を管理する必要が減る。


 バルガスは前線を離れなくていい。


 そしてエリオは、リーナが治癒へ集中している間の周囲を聞くことができる。


 六人になることで、今までより楽になる部分が確かにある。


「六人、いいかもしれないですね」


 エリオが何気なく言う。


 セドリックが振り返った。


「まだ最初の課題だぞ」


「でも楽だったでしょう?」


「まあな」


「リーナさんもやりやすいって」


「だからって、もう正式加入まで決めるな」


「決めてないです」


 リーナも横で笑っている。


「私は入れてもらえるならありがたいですけど」


「ほら」


「ほらじゃない」


 セドリックは呆れたように答えたが、反対している様子ではなかった。


        ◇


 午後になると、地形は少し険しくなった。


 次の確認地点は丘を一つ越えた先にあり、道として整備された場所はほとんどない。シリルが地図と地形を見比べながら進路を選び、エリオも周囲の音を確認し続けた。


 しばらくは何事もなかった。


 ところが斜面を登り始めたところで、前方にいたシリルが手を上げた。


「止まれ」


 全員が足を止める。


「痕跡ある」


 シリルは地面へしゃがみ込み、草の倒れ方を確認した。


「魔物?」


 フィーナが尋ねる。


「たぶん。大きくはない。複数いる」


「エリオ?」


 セドリックがこちらを見る。


 エリオは少し前から聞こえていた音へ意識を向け直した。


「三匹。丘の向こう側です」


「種類は?」


「歩き方は角狼に近い。でも少し軽い」


「距離」


「五十くらい」


 セドリックは地形を見た。


「避けられる?」


 シリルが少し移動して確認する。


「右へ回れば。ただし時間はかかる」


「課題の制限時間は?」


 リーナが尋ねた。


「今日は日没までに第二地点へ着けばいい」


 フィーナが地図を見る。


「十分間に合うわね」


「なら避ける」


 セドリックは迷わず決めた。


 討伐評価があるからといって、出会った魔物をすべて倒す必要はない。


 六人は進路を右へ変えた。


 エリオは丘の向こうにいる三匹の動きを確認しながら歩く。


 こちらには気づいていない。


 距離が開いていく。


 それだけで問題なく通過できるはずだった。


 しかし、少し進んだところでリーナが突然足を止めた。


「待ってください」


 全員が振り返る。


「どうした?」


 セドリックが聞く。


「後ろ」


 リーナは自分の耳を押さえた。


「何か聞こえません?」


 エリオもすぐに後方へ意識を向けた。


 最初は何も分からなかった。


 六人の足音。


 風。


 遠くの鳥。


 それから。


 ごく小さく。


 人の声。


「聞こえる」


「誰かいる?」


 フィーナが尋ねる。


 エリオは少し集中した。


 一人。


 いや、二人。


 何かを呼んでいる。


「人です。後ろの谷側」


「参加者?」


「分からない。でも声が変です」


「変?」


「助けを呼んでると思う」


 セドリックの表情が変わった。


「距離は?」


「かなりある。百以上」


「行くぞ」


 目的地とは逆方向だった。


 それでも、誰も異論を挟まなかった。


 六人は来た道を戻り始める。


 エリオは声を追いながら、少し不思議に思った。


 最初に気づいたのは自分ではなかった。


 リーナだった。


「よく聞こえましたね」


 走りながら尋ねる。


「声だったから」


「僕より先に」


「治癒術師って、人の声には結構敏感なんですよ」


 リーナは前を見たまま答えた。


「痛がってる声とか、呼吸がおかしい音とか。ずっと聞いてると分かるようになるから」


 エリオは少し驚いた。


 音を聞くのは自分の役割だと思っていた。


 だが当然、他の人間もそれぞれの仕事の中で音を使っている。


 リーナにはリーナの聞き方がある。


 それは《残響記録》とは違う。


 だからこそ、自分が拾えなかったものを彼女が先に拾うこともある。


 六人になったことで増えたのは、治癒だけではないのかもしれない。


「エリオ、方向」


 セドリックに呼ばれ、考えるのをやめる。


「左前。谷の下です。声は二人」


「怪我してるか分かる?」


「一人、呼吸が速い。もう一人は声出してる」


「リーナ」


「着いたら見ます」


 六人は速度を上げた。


 いつもの五人に一人が付け足されたのではない。


 少しずつ、それぞれが互いの役割を使い始めている。


 推薦任務の初日。


 まだ半日しか経っていない。


 それでもエリオは、六人で動くということが、思っていたよりずっと自然に形になり始めていることを感じていた。

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