六人目
採石場の依頼を終えた二日後、勇者候補を管理する部署から正式な通知が届いた。
朝食を終えたばかりの時間だった。
宿の主人から封書を渡されたセドリックは、その場では開けず、食堂の奥にあるいつもの席まで戻ってきた。白い封筒の表には王都の紋章と管理局の印が押されており、普段ギルドから届く依頼通知より明らかに堅い雰囲気がある。
「来た?」
フィーナがすぐに気づいた。
「たぶんな」
セドリックは席へ座ると封を切り、中に入っていた数枚の紙を順番に確認していった。
エリオは向かいからその様子を見ていた。
昨日までは、正式な通知が来るまで今までどおり依頼を受けるという話だった。実際、採石場の回収も五人で行ったし、そのあとも次に受ける仕事について普通に話していた。
だから通知が来たからといって、突然何かが変わるとは思っていない。
それでも、全員がセドリックの手元へ視線を向けている。
「で?」
最初に我慢できなくなったのはシリルだった。
「何だった?」
「推薦任務の日程が決まった」
セドリックは一枚目を机の中央へ置いた。
「五日後。場所は王都北部の演習区域。今回は実際の討伐依頼じゃなくて、実地形式の選抜任務だ」
「演習?」
エリオが尋ねる。
「ああ。三つの勇者候補パーティが参加して、指定された区域を移動しながら複数の課題をこなす。戦闘だけじゃなく、護衛、負傷者対応、野営、情報収集も評価対象になるらしい」
「一日?」
「二泊三日」
シリルが露骨に嫌そうな顔をした。
「面倒だな」
「昨日まで普通に二日歩いてただろ」
「依頼と評価されながら歩くのは違う」
「お前は評価されるの嫌いなのか?」
「評価は好きだぞ。高ければ」
フィーナが呆れたように息を吐いた。
エリオは紙を手元へ引き寄せ、書かれている内容を読んだ。
任務区域は王都北部にある広い森林と丘陵地帯。
実際の魔物も生息しているが、危険度の高い個体は事前に排除され、参加者が対応するのは中低位の魔物を中心とする。各パーティには複数の目的地が指定され、その途中で発生する課題への対応も含めて評価されるらしい。
書類の後半には、参加資格と編成条件も記されていた。
エリオはそこまで読んでから、手を止めた。
「六人?」
「今回は六人編成が認められてる」
セドリックが答えた。
「認められてるってことは、五人でもいい?」
「ああ。ただし、回復手段を一つ以上確保することが条件になってる。治癒術師を入れるか、一定量以上の治癒薬を携行するか、治癒術式を使える装備を持つか。方法は自由だ」
フィーナも書類を読む。
「じゃあ、別に誰か外す必要ないじゃない」
「今回はな」
「だったら問題ないでしょう」
彼女はあっさり言った。
エリオも同じことを考えた。
昨日まで話題になっていたのは、五人制の推薦任務だった場合に治癒役を加えるため誰かを外す可能性がある、というものだった。
今回の選抜では六人まで認められる。
それなら、今の五人をそのまま残して、一人だけ治癒役を追加すればいい。
「誰か来るんですか?」
エリオが尋ねる。
「そこが二枚目だ」
セドリックは別の紙を出した。
「管理局から候補を一人紹介されてる」
「もう決まってるの?」
「強制じゃない。面談して、こっちが断ることもできる」
紙には簡単な経歴が載っていた。
名前はリーナ・フェル。
二十二歳。
治癒術師。
冒険者等級はC。
主に護衛や長期遠征への同行経験があり、戦闘時は後衛から治癒と状態異常の軽減を担当する。
大規模な攻撃魔術は持たない。
その代わり、治癒術式の発動が速く、魔力消費も比較的少ないと記されていた。
「明日の午後、会うことになってる」
セドリックが言った。
「ずいぶん話進んでるな」
シリルが紙を覗き込む。
「昨日の採石場に行く前には決まってなかっただろ?」
「俺も今知った」
「向こう、準備早いね」
エリオが言うと、フィーナは少し複雑そうに紙を見た。
「まあ、推薦候補を選んだ時点で、足りない役割くらいは見てたんでしょうね」
「それが仕事だからな」
セドリックはそう答えた。
誰もそのことを責めてはいない。
自分たちのパーティには専任の治癒役がいない。
それは事実だった。
今まで大きな問題にならなかったのは、短期間の依頼が多く、負傷しても治癒薬や現地の治癒術師で対応できる範囲だったからだ。
長期間、王都から離れて行動するようになれば事情は変わる。
一人増えること自体は、むしろ合理的だ。
「六人になるの初めてですね」
エリオが言う。
「そうだな」
「どういう感じになるんだろ」
「まず会ってからだ」
セドリックは書類をまとめた。
「向こうにもパーティを選ぶ権利がある。俺たちが入ってほしくても、リーナ本人が合わないと思えば断ることもできる」
「治癒術師って人気でしょう?」
エリオが尋ねる。
「かなり」
フィーナが答えた。
「特に長期依頼が増えるBランク以上だと、専任がいるかどうかで全然違うもの。良い治癒術師は複数のパーティから声がかかるわよ」
「じゃあ、こっちが選ばれる側でもあるんだ」
「そういうこと」
少しだけ面白い。
エリオがパーティへ加わったときとは逆だった。
あのときは、セドリックたちが自分を一週間だけ借りたいと頼み、その後正式に一緒に来てほしいと言われた。
今度は五人で、新しく来る人間と会うことになる。
そのことに不安より好奇心を覚えた。
◇
翌日の午後、五人は冒険者ギルド二階の小さな会議室へ集まっていた。
約束の時間より少し早く着いたため、まだ相手は来ていない。
「何話せばいいんだ?」
シリルが尋ねた。
「普通でいいだろ」
セドリックが答える。
「普通って何だよ」
「お前が余計なこと言わなければ大体普通になる」
「俺が問題みたいに言うな」
「違うの?」
フィーナが聞き返す。
エリオは二人のやり取りを聞きながら、扉の外へ意識を向けていた。
別に探していたわけではない。
廊下を歩く人の足音が自然に聞こえているだけだ。
何人か通り過ぎたあと、一人だけ扉の前で止まった。
続いて、控えめなノック。
「来た」
エリオが何気なく言う。
「まだ入ってきてないだろ」
シリルが言った直後、扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、淡い金色の髪を肩の少し下でまとめた女性だった。
年齢は書類どおり二十代前半に見える。
治癒術師という言葉から、エリオは勝手に神官のような服装を想像していたが、実際には動きやすそうな革製の軽装だった。腰には小さな杖と治癒薬の入っていそうな鞄があり、長旅を前提にした装備だということが分かる。
「リーナ・フェルです」
女性は室内を一度見回し、軽く頭を下げた。
「今回、推薦任務への同行候補としてお話をいただきました」
「セドリック・ヴァーンです」
セドリックも立ち上がり、順番に四人を紹介した。
フィーナ。
バルガス。
シリル。
そして。
「エリオ。索敵と記録を担当してる」
その説明を聞いて、エリオは少しだけセドリックを見た。
管理局の書類なら「索敵補助」になる。
セドリックは「索敵と記録」と言った。
ほんの少し違う。
だが、その違いについて考えるより先に、リーナがエリオへ目を向けた。
「《残響記録》の方ですよね?」
「知ってるんですか?」
「合同討伐の報告で名前を見ました」
「僕の?」
「追加群の発見が早かったって」
エリオは少し驚いた。
「でも僕の記録、索敵補助って書いてあったと思いますけど」
「個人記録じゃなくて、北側にいたパーティの報告です」
「ああ」
あの黒髪の男が、帰還後にもエリオのことを説明していたらしい。
「聞いた話と書類って、結構違うんですね」
リーナが何気なく言った。
フィーナが一瞬だけエリオを見る。
エリオも気づいたが、特に何も言わなかった。
「座りましょう」
セドリックが話を進める。
◇
面談といっても、堅苦しい質問が続くわけではなかった。
最初に互いの経験と役割を確認し、そのあと推薦任務で想定される動きについて話す。
「治癒できる範囲は?」
フィーナが尋ねる。
「骨折や大きな裂傷を一度で完全に治すほどの力はありません。戦闘中なら止血と痛みの軽減、それから動ける程度まで戻すのが中心です」
「毒は?」
「一般的なものなら対処できます。ただ、魔物固有の強毒は専用薬が必要になることがあります」
「魔力はどのくらい持つ?」
「軽傷なら十人以上続いても問題ありません。重傷者が二、三人出ると、その後はかなり落ちます」
リーナはできることだけでなく、できないこともはっきり答えた。
その話し方を聞いて、エリオは少し親近感を覚えた。
分からないときに分からないと言う。
できないことをできるように見せない。
セドリックが自分を信頼する理由として言っていたことと似ている。
「エリオさんは、戦闘中ずっと周りを聞いてるんですか?」
今度はリーナから質問された。
「ずっと全部じゃないです」
「疲れますよね?」
「結構」
「じゃあ治癒してる最中も警戒をお願いする、みたいなことはできます?」
少し意外な質問だった。
「できますけど」
「なら助かります」
「どうして?」
「治癒中って、どうしても患者に集中するんです。前衛が守ってくれても、何がどこから来てるかまでは自分で見られないので」
リーナは机の上に簡単な配置を描いた。
「例えば私がここで誰かを治していて、前にバルガスさんがいるとしても、後ろから来るものに気づくのは遅れると思います。エリオさんが周囲を見て……聞いてくれるなら、治癒そのものに集中できる」
「シリルでもできるんじゃ?」
エリオが聞く。
「斥候の人が毎回治癒役の横にいるわけにはいかないでしょう?」
言われてみればそうだ。
シリルには前方の確認や敵の位置取りという別の役割がある。
リーナが加われば、また一つ《残響記録》の使い方が変わるかもしれない。
エリオはそんなふうに考えた。
「いいんじゃない?」
しばらくしてフィーナが言った。
「私は賛成」
「俺も」
シリルが続く。
バルガスも頷いた。
最後にセドリックがリーナへ尋ねる。
「こっちはこういう感じですが、どうです?」
「こういう感じって雑ですね」
リーナが少し笑った。
「でも、私も参加したいです」
「じゃあ決まりだな」
それだけで、六人目が決まった。
正式加入ではない。
まずは推薦任務の三日間だけ。
その結果、お互いに問題がなければ今後も長期任務で同行する可能性がある。
それでもエリオには、新しい人間が自分たちの動きへ加わることが純粋に楽しみだった。
◇
面談が終わったあと、六人で一階の食堂へ移った。
せっかくだから任務前に少し話しておこうということになったのだが、最初の数分でシリルが余計なことを言い、フィーナに叱られ、それを見たリーナが笑ったことで、会議室より早く空気が柔らかくなった。
「ずっと五人だったんですよね?」
リーナが尋ねた。
「エリオが入ってからはな」
セドリックが答える。
「その前は四人」
「じゃあ私が六人目?」
「そうなります」
エリオが答えた。
「何か変な感じ」
「僕も最初そうでした」
「最初?」
「セドリックたち四人のところに入ったから」
「ああ。じゃあエリオさんが一番私に近いんですね」
「たぶん」
考えてみればそうだった。
フィーナたち四人は長く一緒に動いている。
そこへ後から入ったのがエリオ。
今度はリーナ。
いつの間にか、自分が新しく入る側ではなく、迎える側になっている。
その変化は少し不思議だった。
「でも今回だけかもしれないですけどね」
エリオが言う。
「推薦任務が終わったら」
「そうですね」
リーナも自然に頷いた。
その言葉に、誰も特別な意味を感じなかった。
必要な役割に合わせて人が加わる。
任務が終われば、また元の編成へ戻ることもある。
冒険者なら珍しくない。
それでも。
五人でいることが当たり前になったところへ、初めて六人目が加わった。
その変化を、今のエリオは悪いものだとはまったく思っていなかった。
むしろ、これまでできなかったことができるようになるのなら、パーティは少し強くなるのだろう。
自分が加わったとき、セドリックたちもこんなふうに考えていたのかもしれない。
そう思うと、少しだけ嬉しかった。




