五人で行く
定期評価を終えた翌日、エリオたちは珍しく何の依頼も受けていなかった。
セドリックが意図的に一日空けたらしい。ここしばらくは王都へ戻っても教会へ行くか、次の依頼を探すかのどちらかで、五人そろって何もしない日はほとんどなかった。フィーナは午前中だけ魔術院へ資料を返しに行くと言い、シリルは「今日は絶対に働かない」と宣言してどこかへ消え、バルガスは装備の手入れをすると言って宿に残っている。
エリオにも予定はなかった。
教会から《残響記録》の過去の発現者について連絡が来ているわけでもないし、古代神殿で聞いた音について新しく確かめられることもない。昨日の評価結果について考えなければならないとも思っていなかったため、朝食を終えたあとで急に時間だけが残ったような感覚になった。
仕方なく王都の通りを歩いてみることにした。
一人で歩くのは久しぶりだった。
以前なら、それが普通だったはずなのに、最近はセドリックたちのうち誰かが近くにいることの方が多い。五人で動いていれば、前を歩くセドリックの足音や、シリルの軽い歩調、バルガスの装備が鳴る低い金属音が自然と耳へ入ってくる。
今はそれがない。
代わりに聞こえるのは、王都で暮らす知らない人々の音だった。店の扉が開閉し、荷車が石畳を通り、商人が通行人へ声をかけている。一本裏通りへ入れば、鍛冶場から一定の間隔で金属を打つ音が聞こえ、さらに先では子どもたちが木の棒を剣に見立てて遊んでいた。
音が多いこと自体はいつもと変わらない。
それなのに、何となく足りないように感じる。
エリオはしばらく歩いてから、その理由に気づいて少しだけ苦笑した。
五人でいることに、思った以上に慣れているらしい。
◇
昼前、中央広場近くの露店で昼食を買おうとしていると、後ろから名前を呼ばれた。
「エリオ?」
振り向くと、フィーナが紙袋を抱えて立っていた。
「魔術院じゃなかったんですか?」
「終わったところ。あなたこそ何してるの?」
「何も」
「何もしてない人が、こんなところまで歩いてくる?」
「暇だったから」
フィーナは少し笑った。
「昨日のこと考えてたのかと思った」
「評価?」
「そう」
エリオは首を振った。
「そんなに気にしてないですよ」
「本当に?」
「本当に」
自分でも意外なほど、その言葉はすぐに出た。
昨日聞かされた「中位下」という個人評価を思い出しても、腹が立つわけでも、落ち込むわけでもない。攻撃も防御も治癒もできない自分を、勇者候補に関係する戦闘要員として数値化すれば高くならないことは理解できる。
むしろフィーナやセドリックの方が気にしていることが、エリオには少し不思議だった。
「フィーナは気にしすぎじゃないですか?」
「私?」
「昨日からずっと納得してない顔してる」
「してないわよ」
「してました」
言い返すと、フィーナは一度黙った。
そのまま二人で露店の列へ並ぶ。
「評価が低いこと自体が嫌なわけじゃないのよ」
しばらくしてフィーナが言った。
「じゃあ何が?」
「説明しにくいけど……あなたが実際にやってることと、書類で分類されてるものが、ずれてる感じがするだけ」
「でも索敵補助はしてるでしょう」
「してるわよ。それは間違ってない」
フィーナは紙袋を持ち直した。
「ただ、監視塔で聞いた信号をそのまま再生して領主府へ渡したのも『調査補助』で、合同討伐で追加の群れを見つけたのも『索敵補助』でしょう。神殿で設備を動かしたのは『特殊事例』。全部別のことなのに、評価するときにはどれも小さい箱に入れられてるように見えるの」
言われてみれば、確かにそうだった。
だがエリオは、すぐにそれを悪いことだとは思えなかった。
「分類ってそういうものじゃないですか?」
「そうなのよ」
フィーナはそこで少し困ったように笑った。
「だから余計に面倒なの」
「どういう意味?」
「誰も間違ったことしてないから」
その言葉には、エリオも少し納得した。
評価担当の職員は《残響記録》を馬鹿にしたわけではない。聴覚と再現精度は高く評価されていたし、エリオをパーティから外せとも言われなかった。
ただ、決められた項目へ当てはめた結果、そういう数字になった。
「なら、やっぱり気にしなくていいんじゃない?」
「あなた、本当に気にしないわね」
「セドリックたちは分かってるし」
エリオがそう言うと、フィーナは一瞬だけこちらを見た。
それから少し笑う。
「まあ、それなら今はいいか」
「今は?」
「何でもない」
その言い方が少し引っかかったが、ちょうど順番が来たため、話はそこで途切れた。
◇
午後になって宿へ戻ると、シリルが食堂の椅子に座っていた。
「お前、何でフィーナと一緒なんだ?」
「途中で会った」
「俺を置いて飯食ったのか?」
「今日は絶対働かないって言って消えたの、お前でしょう」
フィーナが呆れたように返す。
「働かないとは言ったけど飯食わないとは言ってない」
「知らないわよ」
いつものやり取りを聞きながら、エリオは空いている椅子へ座った。
バルガスも少し遅れて二階から降りてきた。装備の手入れを終えたらしく、普段持ち歩いている大盾は部屋に置いてきたようだった。
セドリックだけがいない。
「セドリックは?」
エリオが尋ねる。
「呼ばれた」
シリルが答えた。
「どこに?」
「昨日の評価のところ」
エリオは少し驚いた。
「また?」
「昼前に使いが来た。リーダーだけ追加で話があるんだと」
フィーナの表情が少し変わった。
「何の話?」
「知らん。俺も聞いたけど、使いの奴は『今後の活動方針について』としか言ってなかった」
勇者候補の定期評価は昨日終わっている。
それなのに、翌日になってセドリックだけが改めて呼ばれた。
エリオも少し気になったが、それだけで悪い話だと考える理由はない。次の派遣先や、勇者候補としての活動計画について話すこともあるのだろう。
それでもフィーナは、しばらく何も言わなかった。
「何?」
エリオが聞く。
「別に」
「また気にしてる」
「あなたが気にしなさすぎなのよ」
「まだ何も起きてないでしょう」
「それはそうだけど」
シリルが二人を交互に見る。
「何の話してるんだ?」
「昨日の評価」
「ああ」
シリルはすぐに理解した。
「エリオが中位下だったやつ」
「言い方」
「事実だろ」
「そうだけど」
エリオ自身は気にしていないのに、周りばかりが気にしている。
その状況が少しおかしくなってきた。
◇
セドリックが戻ってきたのは、夕方近くになってからだった。
宿の扉が開く音を聞いた時点で、エリオには誰が戻ってきたのか分かった。
歩調はいつもと変わらない。
急いでもいないし、疲れているようにも聞こえない。
食堂へ入ってきたセドリックは四人が揃っているのを見ると、少しだけ驚いた。
「全員いるのか」
「お前待ち」
シリルが言う。
「俺?」
「追加で呼ばれたんだろ」
「耳が早いな」
「宿に使いが来たんだから当然だ」
セドリックは空いている椅子へ座った。
フィーナがすぐに尋ねる。
「何の話だったの?」
「今後の任務について」
「それだけ?」
「それだけじゃないが、悪い話じゃない」
そう前置きしてから、セドリックは一枚の書類を机へ置いた。
王都周辺の地図と、いくつかの地域名が記されている。
「俺たちのパーティが、次の段階の任務候補に入った」
「次の段階?」
エリオが尋ねる。
「勇者候補にも内部でいくつか区分がある。今までは地方支援や中規模の討伐、調査任務が中心だったが、評価が一定以上になれば、もっと広い地域を対象にした任務へ参加できる」
シリルが身を乗り出した。
「それ、前に言ってた推薦任務か?」
「ああ」
「じゃあ昇格?」
「まだだ。推薦を受けるための候補になっただけ」
セドリックは慎重に言い直した。
フィーナも書類を覗き込む。
「何するの?」
「まだ決まってない。候補になっている複数のパーティで、実地任務か合同演習を行うらしい。その結果も含めて次の区分へ上げるか判断する」
「面倒そう」
シリルが即座に言った。
「お前は何でも面倒って言うな」
「実際面倒だろ。普段の依頼なら終われば報酬もらって帰れるのに、見られながら仕事するんだろ?」
「その分、上の任務を受けられるようになる」
セドリックはそう答えたあと、少しだけ言葉を切った。
「ただ、一つだけ確認されたことがある」
フィーナが顔を上げる。
「何?」
セドリックはエリオを見た。
「編成だ」
エリオは自分を指す。
「僕?」
「正確には五人全体の話だ」
セドリックは机の上へ別の紙を置いた。
そこには昨日見たものと似た、役割別の評価項目が並んでいた。
「上位区分へ行く場合、一定以上の戦闘能力と支援能力をパーティ全体で満たす必要があるらしい。俺たちは攻撃、魔術、防御、偵察は問題ない。ただ、回復役がいない」
「前からいないでしょう」
エリオが言う。
「ああ。今までは必要に応じて治癒薬や外部の治癒術師で補ってきた。ただ、長期任務になると専任を求められる場合がある」
「じゃあ六人になるの?」
「まだ分からない」
セドリックは答えた。
「向こうからは、候補を一人追加する案もあると言われた」
シリルが顔をしかめる。
「知らない奴?」
「それもまだ決まってない」
フィーナは少し考えてから尋ねた。
「人数上限は?」
「通常は六。任務によっては五」
その言葉を聞いて、エリオは特に深い意味もなく頷いた。
五人任務なら、誰か一人が外れる場合もあるというだけだろう。
治癒術師が必要な依頼なら、戦える人数との兼ね合いで編成を変えることもある。冒険者の仕事として考えれば、それほど不自然ではない。
「それで?」
フィーナが続ける。
「今日わざわざ呼ばれたのは、治癒術師を入れる相談だけ?」
「それもある」
セドリックは少し間を置いた。
「五人制の任務になった場合、誰を外すかも事前に考えておいてほしいと言われた」
今度は、さっきまで軽い調子だったシリルも何も言わなかった。
エリオは机の上にある役割表へ目を向けた。
攻撃。
魔術。
防御。
偵察。
治癒。
昨日の評価基準と似ている。
そこへ今の五人を当てはめれば、どこが余るのかは簡単だった。
「僕になるんじゃない?」
何となくそう言うと、セドリックの顔が変わった。
「勝手に決めるな」
「でも、治癒役入れて五人なら」
「それは任務内容を見て決める」
「戦闘任務だったら、僕より治癒術師の方がいいでしょう」
「だから、勝手に決めるなと言ってる」
思ったより強く返され、エリオは口を閉じた。
セドリックは怒っているわけではなさそうだった。
ただ、明らかにその話題を簡単な足し算として扱いたくないらしい。
「向こうにもそう言った」
セドリックが続ける。
「今の五人は、それぞれ役割がある。人数だけを合わせるために、評価値が低い順に外すつもりはない」
「向こうは何て?」
フィーナが尋ねた。
「編成権は基本的にリーダーにある。ただし推薦任務では、適性を見て調整を求める場合がある。それだけだ」
まだ何も決まっていない。
次の任務さえ決まっていないのだから、この場で誰かが外れる話をする必要もない。
それでも昨日までとは、少しだけ違うものが見え始めていた。
昨日の「中位下」という評価は、ただ紙の上の数字だった。
今日初めて、その数字が実際の編成と結びつく可能性が出てきた。
エリオはそのことを理解したが、まだ大きな不安は感じなかった。
セドリックは自分を外すと言っていない。
フィーナもシリルもバルガスも、何も変わっていない。
今の五人が突然別のものになったわけではなかった。
「まあ、まだ先の話だ」
セドリックが書類をまとめる。
「正式な通知が来るまでは、今まで通りでいい」
「次の依頼は?」
エリオが尋ねる。
セドリックは少しだけ笑った。
「そこは気にするんだな」
「だって何も決まってないんでしょう?」
「ああ。明日ギルドで見る」
「五人で?」
言ってから、エリオは自分でも少しだけ変な聞き方をしたと思った。
セドリックは迷わなかった。
「五人で」
その答えを聞き、エリオも頷いた。
昨日までなら、わざわざ確かめる必要すらなかったことだった。
そして今も、答えそのものは何も変わっていない。
ただ、その「当たり前」の外側に、別の基準で五人を見る仕組みがある。
エリオはこのとき初めて、それを少しだけ意識するようになっていた。




