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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第四章 当たり前になった音

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紙の上の評価

 合同討伐の報告を終えてから四日後、セドリックたちは王都の冒険者ギルドではなく、王城に近い行政区画へ呼ばれていた。


 勇者候補に選ばれている者たちは、一定期間ごとに活動内容の確認と評価を受けることになっている。依頼の達成数や討伐実績だけでなく、戦闘能力、魔術適性、負傷率、連携、護衛成功率などをまとめ、今後どの地域や任務へ派遣するかを決めるためのものらしい。


 エリオにとっては初めての定期評価だった。


 建物へ入る前から緊張していたわけではない。


 ただ、冒険者ギルドの依頼報告とは雰囲気が違うことくらいは分かった。


 受付には武器を持った冒険者より文官の姿が多く、廊下には地図や討伐記録ではなく、各地の被害報告や物資の輸送予定が掲示されている。人の話し声も少なく、紙をめくる音やペン先が机を擦る音の方が目立っていた。


「毎回こんな感じなんですか?」


 エリオが小声で尋ねると、セドリックは受付へ書類を渡しながら頷いた。


「大体な。俺たちは慣れたけど」


「面倒よ」


 フィーナがすぐに言う。


「魔術師は魔力量とか出力とか、数字にしやすいからまだいいけど、実際の依頼で何をしたかまで全部数字にできるわけじゃないもの」


「俺は楽だぞ」


 シリルが言った。


「偵察成功、発見数、罠解除。書きやすい」


「お前、前回『逃走経路確保』を三回に分けて書いてただろ」


 セドリックが言う。


「三回やったんだから三回だ」


「同じ依頼でな」


「細かいこと気にするなよ」


 そんな話を聞きながら、エリオは受付横に置かれた評価項目の一覧へ目を向けた。


 身体能力。


 武器適性。


 魔術適性。


 攻撃能力。


 防御能力。


 治癒能力。


 索敵能力。


 補助能力。


 戦闘継続力。


 任務達成への寄与。


 思っていたより項目が多い。


 それでも、見れば見るほど自分がどこへ入るのか分かりにくかった。


 索敵能力はある。


 補助能力もある。


 任務達成への寄与も、少なくとも自分ではあると思っている。


 しかし攻撃能力はほとんどないし、防御も治癒もできない。武器は冒険者として最低限扱える程度で、フィーナのように魔術を使えるわけでもなかった。


「何見てる?」


 シリルが横から覗き込む。


「評価項目」


「お前、索敵じゃないの?」


「たぶん」


「じゃあそれでいいだろ」


「でも補助にも入りそう」


「両方書けばいい」


「自分で書くんですか?」


「最初は自己申告もある」


 その言葉を聞いて、エリオは少し嫌な予感がした。


        ◇


 案内された部屋には、五人分の机が並んでいた。


 試験というより、記録用の書類を作るための場所らしい。各自の前には数枚の用紙が置かれ、それぞれに過去三か月の活動内容を記入する欄があった。


 セドリックたちは慣れているらしく、説明を受ける前から必要なところへ名前を書き始めている。


 エリオは一枚目から手が止まった。


 主な戦闘手段。


 書くことがない。


 短剣を使うことはある。


 しかし、それを主な戦闘手段と言うほど戦っていない。


 少し考えた末に、「短剣・非主戦闘」と書いた。


 次。


 攻撃魔術。


 なし。


 防御魔術。


 なし。


 治癒魔術。


 なし。


 固有恩恵。


 ここは簡単だった。


《残響記録》


 その下に、能力の概要を書く欄がある。


 エリオはそこでまた手を止めた。


 一度聞いた音を正確に記録し、再生できる。


 それだけなら一行で終わる。


 だが実際には、その能力を使って魔物の位置や数を把握し、仲間の足音との差から接近を察知し、古い設備の音を再生して仕組みを動かし、報告時には現地で聞いた音そのものを他人へ聞かせることもできた。


 どこまで書けばいいのか分からない。


「フィーナ」


「何?」


「これ、どのくらい書くんですか?」


 フィーナは自分の用紙から顔を上げ、エリオの欄を見た。


「能力概要?」


「はい」


「そのまま書けばいいんじゃない? 音を記録して再生するって」


「索敵とかは?」


「それは下の実績欄じゃない?」


 言われて見ると、確かに別の欄がある。


 エリオは能力概要には簡潔に、


「聴覚情報を高精度で保持し、任意に再生する」


 と記入した。


 次の用紙には、最近の依頼実績が並んでいた。


 古代神殿調査。


 監視塔調査。


 商隊護衛。


 牙狼被害調査。


 合同討伐。


 それぞれの横に、自分が担当した内容を書く。


 神殿調査では、古代音声の記録と再生。


 監視塔では、警報音と信号音の識別。


 商隊護衛では、周辺警戒。


 牙狼の件では、群れの位置確認。


 合同討伐では、索敵。


 書いているうちに、どれも似た言葉になった。


 音による確認。


 索敵。


 記録。


 補助。


 実際にはそれぞれ違うことをしていたはずなのに、文章にすると急に同じように見える。


 エリオは少し考えてから、合同討伐の欄へ「追加群接近の事前察知」と書き加えた。


「真面目だな」


 向かいからシリルが言う。


「何が?」


「俺もう終わったぞ」


「早くない?」


「偵察、罠確認、戦闘参加。大体これで済む」


「適当すぎない?」


「向こうに記録あるんだから、細かいところは勝手に足される」


 そういうものなのかもしれない。


 エリオもそれ以上悩まず、残りを埋めた。


        ◇


 書類を提出したあと、今度は一人ずつ簡単な能力確認を受けることになった。


 広い訓練室には、木製の標的や測定用の魔導具が並んでいる。


 最初はセドリックだった。


 剣の速度。


 魔力を込めた一撃の威力。


 連続戦闘を想定した動き。


 担当者が数値を確認し、用紙へ記録していく。


 次はフィーナ。


 火属性と土属性の出力。


 術式の展開速度。


 複数対象への制御。


 彼女の場合も、ほとんどが数値として表示された。


 バルガスは盾で受けられる衝撃の測定。


 シリルは移動速度や隠密、離れた標的の発見。


 そして最後に、エリオが呼ばれた。


「エリオ・アルディス」


「はい」


 担当者は三十代くらいの男性だった。


 手元の用紙を確認しながら、少し困ったように訓練室を見る。


「《残響記録》ですね」


「はい」


「攻撃試験は?」


「ほとんどできません」


「魔術は?」


「使えません」


「身体能力については通常の冒険者基準で測定します。恩恵については……」


 男は用紙をめくった。


「索敵補助として登録されていますね」


 エリオはその言葉を聞いて、合同討伐の報告書を思い出した。


「たぶん、そうです」


「では聴覚距離を測りましょう」


 訓練室の端に小さな金属板が置かれた。


 担当者が少しずつ距離を離し、別の職員が板を叩く。


「聞こえますか?」


「はい」


 さらに離れる。


「これは?」


「聞こえます」


 もう少し。


「今のは?」


「聞こえました」


 何度か繰り返したあと、担当者は数値を記録した。


「通常よりかなり高いですね」


「でも、静かな場所だからです」


「条件によって変わる?」


「かなり変わります。森なら木や風がありますし、戦闘中なら武器の音もあるので」


「なるほど」


 男は用紙へ何かを書き加えた。


「次に音声再現を」


 エリオは先ほど鳴らされた金属板の音をそのまま再生した。


 担当者は驚いたように板とエリオを見比べる。


「同じ音ですか?」


「はい」


「高さも?」


「たぶん同じです」


 別の板。


 少し違う高さ。


 それも再生する。


 さらに三種類。


 どれも問題なくできた。


「精度は高いですね」


「ありがとうございます」


 担当者はまた用紙へ記入する。


 エリオは少し待った。


 次に何かあるのだと思った。


 しかし男は用紙をまとめた。


「以上です」


「終わり?」


「はい」


 思わず聞き返してしまった。


「実戦での索敵や信号識別については、提出されている依頼記録を参照します。ここでは能力そのものの基礎値だけ確認しますので」


「分かりました」


 エリオは訓練室を出た。


 別に不満があるわけではなかった。


 実戦と同じ状況をここで再現するのは難しい。


 森を作るわけにもいかないし、魔物を十匹走らせるわけにもいかない。


 それでも、自分の能力を測った結果が「どこまで音が聞こえるか」と「同じ音を再生できるか」だけで終わったことに、少し妙な感じがした。


        ◇


 午後になると、五人は一つの部屋へ呼ばれた。


 机の向こうには、午前中とは別の三人が座っている。


 勇者候補の活動を管理する部署の職員らしい。


「今回の定期評価結果について、簡単にご説明します」


 中央の男性が書類を開いた。


 まずセドリックから説明される。


 戦闘能力。


 指揮能力。


 任務達成率。


 総合評価は高い。


 フィーナも魔術出力と対応力が高く、バルガスは防衛能力、シリルは偵察能力で高い評価を受けている。


 それぞれに改善点もあったが、大きな問題はないらしい。


「次に、エリオ・アルディス」


 エリオは姿勢を少し正した。


「固有恩恵《残響記録》。索敵および記録補助。聴覚性能と音声再現精度については高評価です」


 そこまでは予想どおりだった。


「一方で、直接戦闘能力については低位。攻撃・防御・治癒の各項目に該当能力なし。現状、戦闘時の役割は後方索敵支援が中心と判断されます」


「はい」


 実際その通りだ。


 エリオは頷いた。


「総合値は?」


 セドリックが尋ねた。


 職員が一枚の紙を確認する。


「個人評価では中位下です」


 部屋が少し静かになった。


 エリオ自身は、そこまで驚かなかった。


 攻撃も防御も治癒もできないのだから、全部を合計すればそうなるのだろう。


 だがフィーナが眉を寄せた。


「任務達成への寄与は?」


「評価されています」


「どのくらい?」


「索敵補助として加点されています」


「索敵補助」


 フィーナがその言葉を繰り返した。


 職員は特に気にした様子もなく説明を続ける。


「ただ、勇者候補パーティの評価は個人値だけで決まりません。全体として役割が補完されていれば問題ありませんので、現時点で編成変更等を求めるものではありません」


 エリオはその言葉を聞きながら、なるほどと思った。


 別に外される話ではない。


 単純に、自分一人を戦闘要員として評価すれば低いというだけだ。


 それなら何もおかしくない。


「分かりました」


 エリオが答える。


 だがセドリックはまだ紙を見ていた。


「一つ確認したい」


「どうぞ」


「合同討伐で、北組が包囲される前に追加群を発見した件は、どの項目に入ってる?」


「索敵成果です」


「監視塔の信号記録は?」


「調査補助」


「古代神殿で、エリオの再生した音が設備を動かした件は?」


 職員は少し書類を探した。


「特殊事例として記録されています。ただし、再現性および戦闘への転用性が確認されていないため、評価値には大きく反映されていません」


 セドリックは黙った。


「何か問題が?」


 職員が尋ねる。


「いや」


 セドリックは少し間を置いてから答えた。


「評価基準を確認したかっただけだ」


 それ以上は追及しなかった。


        ◇


 建物を出たあと、シリルが最初に口を開いた。


「中位下だって」


「聞こえてたよ」


「気にしてる?」


「別に」


 エリオは本当にそれほど気にしていなかった。


「剣も魔法も使えないし、盾も持てないから。全部足したら低くなるの普通じゃない?」


「まあ、数字だけならな」


 シリルも否定はしなかった。


「でも、変な感じはする」


 フィーナが言った。


「何が?」


「索敵補助って便利な言葉ね。何やってもそこに入れられる」


「索敵してるからいいんじゃない?」


「それだけじゃないでしょう」


 フィーナはまだ納得していないようだった。


「神殿の件だってそうだし、監視塔の報告だって、あれは普通の斥候の索敵とは違う」


「でも評価する人は現場にいなかったし」


「だから記録があるんでしょう」


 エリオは少し困った。


 自分よりフィーナの方が気にしている。


「別にいいですよ」


「よくないって言ってるわけじゃないの。ただ……」


 フィーナは少し考えてから言葉を選んだ。


「実際に一緒に動いてる私たちが見てるものと、あの紙に書かれてるものが、同じに見えないだけ」


 その言葉に、エリオはすぐには返事をしなかった。


 合同討伐の報告書でも、似たことがあった。


 自分がしたことは「索敵補助」とまとめられた。


 それを間違いだとは思わなかった。


 今日も同じだ。


 能力を数値にすれば、攻撃も防御も治癒もできない自分の評価が低くなるのは当然に思える。


 ただ、セドリックたちが見ている自分と、書類の中にいる自分には、少し違いがあるらしい。


 それが何を意味するのかは、まだエリオにも分からなかった。


「エリオ」


 前を歩いていたセドリックが呼ぶ。


「はい」


「気にする必要はない」


「気にしてないです」


「ならいい」


 セドリックは一度頷いたあと、そのまま歩き始めた。


 少し進んでから、何でもないことのように付け加える。


「次の依頼も五人で行く。それは評価表とは関係ない」


「分かってます」


 エリオも自然に答えた。


 その言葉に安心したわけではなかった。


 最初から、自分だけ外れるとは考えていなかったからだ。


 今の五人にとって、エリオが一緒に依頼へ行くことは、もう説明の必要がないくらい当たり前になっている。


 だからこそ。


 外側から見たとき、その当たり前が同じ形では見えていないことに、エリオはこの日初めて気づいた。

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