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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第四章 当たり前になった音

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索敵補助

 北側の組が戦っている場所へ近づくにつれて、エリオには状況が少しずつ分かるようになってきた。


 最初に聞こえていた金属音は、剣や盾が魔物の攻撃を受ける音だった。そこへ複数の足音が重なり、ときどき短い叫び声が混じる。戦っている人数は四人で変わらないが、その周囲を動く魔物の数が多い。しかも一方向から押し寄せているのではなく、谷の両側から挟むように動いているため、北組は思うように位置を変えられずにいるらしい。


「右側に六。左に四。正面にもいる」


 走りながらエリオが伝えると、セドリックは前方の地形を確認しながらすぐに尋ねた。


「正面は何匹だ?」


「三。たぶん角狼。右の六も同じ。左の四のうち二匹は足音が低いから、鎌爪蜥蜴だと思う」


「全部で十三か」


「今聞こえてるのは」


 断定せずに付け加えると、セドリックは頷いた。数が多いことより、まだ見えていない個体がいる可能性を残しておく方が大事だと分かっているからだろう。


 先行していたシリルが木々の間から戻ってきた。


「見えた。北組は谷底で止められてる。怪我人はいないと思うが、右側から回り込まれてる」


「抜け道は?」


「俺たちがいる側なら入れる。ただし、あっちからこっちは見えにくい」


 セドリックは一瞬だけ考えたあと、全員へ指示を出した。


「バルガスとフィーナは北組の右へ入る。俺とシリルは正面を崩す。エリオは全体を見ろ。追加が来たらすぐ言ってくれ」


「分かりました」


 それだけで役割は決まった。


 エリオ自身は戦闘へ入らず、少し高い位置にある斜面の途中へ移動した。視界だけなら木々に遮られて十分とは言えないが、音を拾うには谷底よりこちらの方がいい。自分たちの足音と北組の戦闘音が重なっていても、今ならそれぞれをある程度分けて聞ける。


 セドリックたちが谷へ入った直後、北組の一人がこちらに気づいた。


「援護か!」


「右を空けろ!」


 セドリックが短く返す。


 その声と同時に、バルガスが角狼二匹の間へ盾を入れた。北組を押していた圧力が一瞬だけ緩み、その隙をフィーナの魔術が広げる。


 火炎ではなく、足元の土を持ち上げて進路を分ける魔術だった。


 角狼は横へ逃げようとする。


 だが右側にはバルガスがいる。


 反対へ曲がったところを北組の剣士が一匹仕留めた。


「後ろ!」


 エリオが声を上げる。


 北組の斥候が振り返るより早く、その背後の茂みから一匹の角狼が飛び出した。


 セドリックが間に入る。


 剣を横へ振り抜き、魔物の進路を強引に変える。


「助かった!」


「まだいる!」


 エリオはすぐに続けた。


 視界に入っている個体だけを数えてはいけない。


 谷の壁に沿うように二匹の足音が動いている。


 正面の戦闘を避け、さらに後方へ回ろうとしている。


「左奥から二。回り込んでる!」


 シリルがすぐに位置を変えた。


「どの辺?」


「大きい岩の向こう。あと十五くらい!」


 距離を聞いたシリルは岩の陰へ向かって走り、姿が見える前に短剣を抜いた。


 数秒後、一匹目の角狼が飛び出す。


 シリルは真正面から受けず、横へかわして進路をずらした。


 二匹目も続く。


「二匹目は右!」


「分かってる!」


 声を返しながら、シリルは一匹目を北組側へ流し、自分は二匹目の前へ入った。


 そこまで聞き取ったところで、エリオは別の音へ気づいた。


 左側にいた鎌爪蜥蜴のうち、一匹の音が消えている。


 戦闘の中で倒されたのかと思ったが、それなら地面へ身体が落ちる音があるはずだった。


 聞き逃した可能性もある。


 エリオは一度、周囲の音を頭の中で整理した。


 北組の四人。


 セドリックたち四人。


 角狼。


 鎌爪蜥蜴。


 倒れた個体。


 残っている足音。


 数が合わない。


「フィーナ!」


「何?」


「左の蜥蜴、一匹見えてます?」


 フィーナは魔術を放つ直前に視線だけを動かした。


「一匹しかいない!」


「もう一匹います。動いてない」


「場所は?」


 エリオは耳を澄ませた。


 呼吸が聞こえる。


 走ってはいない。


 谷の斜面の下。


 土の陰。


「北組の左側。斜面の根元。伏せてる!」


 北組の女性斥候が反応した。


「そこ、窪みがある!」


 言い終わるのとほぼ同時に、鎌爪蜥蜴が飛び出した。


 長い前脚が振り上げられる。


 北組の剣士は正面の角狼を受けていて、すぐには対応できない。


 だが、今度はフィーナが先に動いていた。


 小さな石弾が鎌爪蜥蜴の横腹へ当たり、身体がわずかに逸れる。


 そこへ北組の重装剣士が盾を押し込んだ。


 魔物の爪は人間ではなく盾の縁を掠め、そのまま地面へ倒れ込む。


「今!」


 フィーナの声に、北組の槍使いが動いた。


 槍先が鎌爪蜥蜴の首元へ入る。


 ようやく一匹が完全に動かなくなった。


 戦場の音が少しだけ減る。


 だが、エリオにはその変化より先に別のものが聞こえていた。


 さらに奥。


 こちらへ向かってくる足音。


 今までより数が多い。


「追加来ます!」


 セドリックがすぐに顔を上げる。


「数は?」


 エリオは走ってくる足音を数えようとした。


 重なっている。


 一度で全部を分けるのは難しい。


「七……いや、八以上。北東から!」


 北組の黒髪の男が思わずエリオを見る。


「まだ来るのか?」


「来ます。かなり速い」


 セドリックはすぐに現在の戦況へ目を向けた。


 こちらにいる魔物はまだ残っている。


 このまま追加の群れを受ければ、北組だけでなく自分たちまで包囲される可能性がある。


「全部倒すのはやめる」


 セドリックが言った。


「南側へ抜ける。フィーナ、左を開けろ。バルガスは北組を下げてくれ」


「南に魔物は?」


 北組の男が尋ねる。


 セドリックはエリオを見る。


「エリオ?」


 エリオはすぐに南側へ意識を向けた。


 戦闘音の向こうにある足音を探す。


 谷の出口。


 林。


 少し離れたところに小型の獣。


 それ以外に大きな動きはない。


「今なら空いてます。ただ、南組がどこにいるかは分からない」


「十分だ」


 セドリックは即座に判断した。


「全員、南へ移動!」


 北組の四人も今度は迷わなかった。


 先ほどまで自分たちが戦っていた相手を残すことには一瞬抵抗があったようだが、追加の群れが近づいていると分かった以上、谷底へ留まる方が危険だ。


 バルガスが最後尾へ入り、フィーナが魔術で一時的に土壁を作る。


 セドリックと北組の剣士が残っている角狼を押し返し、その間にほかの者が南へ移動する。


 エリオも斜面から降り、隊列へ合流した。


「追加、距離四十くらい!」


「見えてきた!」


 シリルが叫ぶ。


 谷の奥に、複数の影が現れた。


 角狼。


 エリオが聞いた通り、少なくとも八匹いる。


 しかし全員がこちらへ追ってくるわけではなかった。


 先ほどまで戦っていた別の角狼と合流し、一部はその場で止まる。


「全部追ってこない」


 エリオが言う。


「群れが同じなのか?」


 セドリックが尋ねる。


「分からない。でも今は四匹だけこっち」


「なら四匹を止める」


 南へ退きながら、バルガスが盾を構え直した。


 今度は北組も同じ判断で動いた。


 重装剣士がバルガスの横へ並び、二枚の盾で谷を狭く塞ぐ。


 その後ろへフィーナと北組の弓使いが入る。


 エリオは少し後方から、追ってくる足音だけを聞いた。


「四匹のまま。ほかは来てない」


「よし」


 セドリックが答えた。


 四匹なら、ここで止められる。


 最初の一匹が盾へ飛び込む。


 バルガスが受け、隣の重装剣士が横から押す。


 二匹目は弓で足を止められ、三匹目にはフィーナの石弾が当たる。


 最後の一匹だけが外側へ回ろうとしたが、その動きもエリオには聞こえていた。


「右へ抜ける!」


 セドリックが先回りする。


 剣が一度振られた。


 角狼の足音が止まる。


 戦闘が終わったあとも、エリオはすぐには気を抜かなかった。


 谷の奥に残っている魔物たちはまだいる。


 ただし、こちらを追ってはいない。


 距離も少しずつ開いている。


「追ってきません」


 エリオがそう伝えて、ようやく周囲の空気が緩んだ。


 北組の黒髪の男が大きく息を吐き、剣を下ろした。


「助かった」


 最初に向けられた相手はセドリックだった。


「あと少し遅かったら、完全に囲まれてた」


「怪我は?」


「軽いのが一人。動ける」


 そこで男はエリオへ視線を移した。


「お前、ずっと全部聞いてたのか?」


「全部じゃないです。聞こえた範囲だけ」


「追加の群れまで?」


「足音が増えたので」


 エリオにとっては、それ以上説明することがあまりなかった。


 聞こえた。


 数えた。


 方向を伝えた。


 いつもしていることだ。


 だが北組の男は、先ほどまでの戦場を振り返りながら少し考えていた。


「俺たちの斥候でも、谷の奥までは見えなかった」


 隣にいた女性斥候も頷く。


「斜面が邪魔だったからね。追加に気づけたとしても、あそこまで近づかれてからだったと思う」


「でもエリオは見てないですよ」


 シリルが言う。


「だから便利なんだって」


「お前が言うと何か腹立つな」


 エリオが返すと、北組の男が笑った。


「作戦会議のときは、斥候が三人いれば十分だと思ってた」


「普通はそう思うと思います」


「今は違う?」


 エリオが聞くと、男は素直に頷いた。


「違うな。少なくとも、同じ仕事じゃない」


 その言葉を聞いても、エリオは特別に嬉しいとは思わなかった。


 理解してもらえたことはありがたい。


 けれど、自分の役割が何かを証明するために今回の依頼へ来たわけではない。


 セドリックたちの中では、とっくに分かっていることだった。


        ◇


 南側の組とも合流したあと、三組は予定を変更して午後の討伐を切り上げた。


 想定より魔物の数が多く、複数の群れが区域をまたいで動いていることが分かったためだ。


 ここからさらに個別に追えば、またどこかの組だけが多数を相手にする可能性がある。


 今日確認した位置と数をギルドへ持ち帰り、翌日以降の討伐範囲を組み直す方が安全だという判断になった。


 帰路では、ほかのパーティの者たちがエリオへ何度か話しかけてきた。


「どのくらい遠くまで聞こえるんだ?」


「条件次第です」


「足音だけで種類まで分かるのか?」


「前に聞いたことがあれば、似てるかどうかは分かります。でも全部じゃないです」


「じゃあ、初めて見る魔物は?」


「分からないって言います」


 同じような質問をされるたび、エリオはそのまま答えた。


 能力を大きく見せる必要もないし、逆に小さく見せる必要もない。


 できることと、できないことを言えばいい。


 それで十分だった。


 王都へ戻った頃には日が傾いていた。


 三組はそのまま冒険者ギルドへ入り、合同依頼用の報告室へ案内された。


        ◇


 報告は、各パーティの代表者とギルド職員が中心になって進められた。


 討伐した魔物の数。


 遭遇した位置。


 群れの規模。


 負傷者。


 地形上の危険。


 セドリックは中央区域での遭遇と、北組への救援について順番に説明していく。


 エリオも聞かれた箇所では、足音から確認した数や方向を答えた。


「追加の群れは、接触前に確認できたということですね」


 ギルド職員が尋ねる。


「はい」


「目視ではなく?」


「音です」


 職員は一度頷き、手元の報告書へ何かを書き込んだ。


 その後も報告は続き、全体で一時間ほどかかった。


 最後に、個人別の活動記録が机へ並べられた。


 合同依頼では、参加者ごとの働きを記録しておく必要があるらしい。


 セドリックの欄には、討伐と救援指揮。


 フィーナには魔術支援と進路制御。


 バルガスには防衛と護衛。


 シリルには偵察と敵位置確認。


 エリオは自分の欄を探した。


 そこには、


「索敵補助」


 とだけ書かれていた。


 エリオはしばらくその文字を見た。


 間違っているとは思わなかった。


 実際、索敵をしていた。


 シリルやほかの斥候が見つけたものを補う形で、見えない位置の足音を拾っていたのだから、補助という表現もおかしくはない。


「何か違う?」


 隣からフィーナが覗き込む。


「いや」


 エリオは首を振った。


「合ってると思う」


「そう?」


「索敵してたし」


 フィーナは一度だけ紙を見て、それ以上は何も言わなかった。


 少し離れたところでは、北組の黒髪の男がギルド職員へ今日の戦闘について説明している。


「追加の群れに気づいたのは、セドリックのところのエリオだ。あれがなかったら、こっちは退くのが遅れてたと思う」


「承知しています。活動記録にも反映しています」


 職員はそう答えた。


 エリオの紙にあるのは、やはり「索敵補助」の四文字だけだった。


 それでもエリオは気にしなかった。


 記録というものは、分かりやすい形に短くまとめる必要がある。


 自分が今日どれだけの音を聞いたか、一つずつ書くわけにもいかないだろう。


 何より、セドリックたちは分かっている。


 北組の人間たちも、今日一緒に動いたことで分かってくれた。


 それなら十分だった。


「終わったぞ」


 セドリックが声をかける。


「帰るか」


「はい」


 エリオは活動記録から目を離し、いつものように四人の後へ続いた。


 自分がしたことと、紙に書かれた言葉の間にある小さな差を、そのときのエリオはまだ問題だとは思っていなかった。


 それはただ、長い一日の仕事を短くまとめた言葉にすぎないと考えていた。

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