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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第四章 当たり前になった音

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追い払うだけでいい

 牙狼の群れを村から離すため、エリオたちはまず八匹の位置関係を整理した。


 牙狼は灰背熊のいる森の奥へは近づかず、その手前を半円状に行き来している。群れの中央付近には歩幅の小さい若い個体がいて、その周囲を大きな個体が囲むように動いていた。完全に統率された隊列ではないが、ばらばらに動いているわけでもない。


 村側へ最も近い三匹は、何度も同じ辺りを往復していた。


 反対に、灰背熊から離れる方向には二匹しかいない時間が長い。


「そっちが薄いです」


 エリオが小声で伝えると、セドリックはすぐに地形を確認した。


「南西か」


「その先は少し開けてる」


 シリルが補足する。


「森を抜けたあと、小さな谷になってる。村とは逆方向だ」


「なら、そこへ流す」


 セドリックはそう決めた。


 討伐するだけなら、正面から群れへ入って数を減らす方法もある。


 しかし今の目的は、まず村への接近を止めることだった。牙狼が灰背熊に押し出されているのであれば、逃げ道を作らず戦えば、かえって村側へ散らす可能性がある。


 そこでフィーナが低威力の魔術で進路を制限し、バルガスが村側を塞ぎ、シリルが群れの外周を動く。セドリックは逃げずに向かってくる個体だけを止める。


 エリオは全体の位置を聞き続ける。


「始めるぞ」


 セドリックの合図で、フィーナが杖を振った。


 群れの右側で土が小さく弾ける。


 大きな爆発ではない。


 驚かせて方向を変えるためのものだった。


 牙狼が一斉に反応し、数匹が森の奥へ逃げようとする。しかし、その先には灰背熊がいる。


 すぐに足が止まる。


「二匹、こっち!」


 エリオが言う。


 群れの端にいた二匹が、村側へ抜けようとしていた。


 バルガスが盾を構えて進路へ入る。


 牙狼は正面からぶつかろうとはせず、左右へ分かれた。


「左、シリル!」


「見えてる!」


 シリルが一匹の前へ回り込み、短剣を地面へ突き立てる。


 牙狼は反射的に方向を変えた。


 もう一匹はバルガスの盾を避け、森の内側へ戻る。


「今、南西が開いてる!」


 エリオが伝える。


 セドリックはすぐにフィーナを見る。


「左側を押せるか?」


「やる」


 今度は群れの北側で地面が弾けた。


 牙狼たちは驚き、互いに距離を取りながら南西へ動き始める。


 最初の数匹が走り出すと、ほかもそれに続いた。


 その中で、一匹だけ足を止めた。


 若い個体だった。


「一匹残った!」


 エリオが声を上げる。


 若い牙狼は周囲を見回し、群れの後を追おうとしている。


 しかし、近くにいた大きな個体が戻ってきた。


「親か?」


 シリルが言う。


「たぶん」


 エリオは足音を聞く。


 大きな個体は若い牙狼の周囲を回り、外側へ押すように動いている。


 そのまま二匹とも南西へ走り出した。


「全部動いた」


 エリオが言う。


「数は?」


 セドリックが尋ねる。


「八。全員同じ方向」


「追うぞ。ただし距離を取る」


 五人は群れを追った。


 完全に追い立てるのではなく、村側へ戻らないことだけを確認する。


 しばらく進むと、牙狼たちは森を抜け、谷の方へ降りていった。


 足音は少しずつ遠ざかる。


 エリオは最後まで数を数え続けた。


 八匹。


 途中で分かれていない。


 戻ってくる個体もいない。


「このままなら、すぐ村へは戻らないと思います」


「今日はな」


 セドリックが答える。


「灰背熊がこの場所にいる限り、また押し出される可能性はある」


 結局、原因は残っている。


 牙狼の群れを動かしただけでは、依頼の問題を完全に解決したことにはならない。


「熊、まだいます」


 エリオが森の奥を聞きながら言う。


「動いてない?」


「少し場所を変えた。でも遠くには行ってない」


 セドリックは頷いた。


「なら戻る」


        ◇


 灰背熊のいた場所へ戻る途中、シリルが牙狼の痕跡を確認した。


 何度も往復していたため足跡は多いが、村側へ向かうものだけでなく、森の奥から押し戻されているような跡も残っているらしい。


「やっぱり、最近ここへ来た感じだな」


 シリルが言う。


「前からこの辺を縄張りにしてた群れじゃない」


「熊も最近来たのかな」


 エリオが尋ねる。


「たぶん」


 セドリックが答えた。


「傷のこともある。何かから逃げて移動してきた可能性もある」


 少し前までなら、ここでさらに森の奥へ原因を探しに行っていたかもしれない。


 しかし今回は、セドリックもすぐにはそうしなかった。


「まず熊を見る。傷の原因が分かれば、それ以上追う必要があるか決める」


 エリオはその判断を聞いて頷いた。


 調査は、広げようと思えばどこまでも広げられる。


 牙狼がなぜ来たのかを調べれば灰背熊が見つかり、灰背熊がなぜ来たのかを追えば、さらに別の何かが出てくるかもしれない。


 けれど、依頼には範囲がある。


 今この村にとって必要なのは、近くの危険を減らすことだった。


 そこを見失わないようにするのも、冒険者の仕事なのだと思う。


        ◇


 灰背熊の近くまで戻ると、今度は先ほどより離れた位置で止まった。


 エリオが耳を澄ませる。


 熊はまだ倒木の近くにいる。


 呼吸は変わらない。


 ただ、先ほどより体勢を変える回数が増えていた。


「起きてます」


「こっちを警戒してる?」


 フィーナが聞く。


「たぶん。でも向かっては来てない」


 セドリックはシリルへ目を向けた。


「傷、もう一度見られるか?」


「正面からは無理だな。少し回る」


「一人で行くな」


「分かってる」


 今回はシリルだけでなく、フィーナも同行する。


 エリオは二人の動きを聞きながら、灰背熊の反応を追った。


 距離が縮まるにつれて、呼吸のほかにも音が増える。


 毛が倒木へ擦れる音。


 爪が土を掻く音。


 時折、低い唸り声。


「止まって」


 エリオが言う。


 二人の足音がすぐに止まった。


「熊、頭上げました」


 セドリックが手で戻るよう合図する。


 フィーナとシリルは無理に近づかず、ゆっくり後退した。


 熊も追ってこない。


「もう十分だ」


 戻ってきた二人に、セドリックが言う。


「傷は?」


「やっぱり変」


 フィーナが答えた。


「魔力の残り方が細すぎる。攻撃魔術を直接受けたなら、もっと周囲に散るはずなのに、傷の線に沿って残ってる」


「魔導具?」


 エリオが聞く。


「その可能性はある」


 シリルが腰の袋から何かを取り出した。


 小さな金属片だった。


「熊の近くに落ちてた」


「それ何?」


「たぶん矢尻の一部」


 セドリックが受け取り、フィーナへ渡す。


 フィーナはしばらく見たあと、指先へ弱い魔力を集めた。


「……これ」


「分かる?」


「簡単な追跡術式が入ってる」


「追跡?」


 エリオが聞き返す。


「獲物に刺さると、しばらく魔力の印を残すタイプ。狩猟用の魔導具で使われることがあるわ」


 そこで全員が一度黙った。


 灰背熊の傷。


 細く残る魔力。


 落ちていた矢尻。


 少なくとも、何か未知の現象ではないらしい。


「じゃあ人が傷つけた?」


 エリオが尋ねる。


「可能性は高い」


 フィーナが答える。


「誰かが灰背熊を狩ろうとして、仕留めきれなかった。そのあと熊が逃げてここまで来た、と考えるなら筋は通る」


「それで牙狼が押し出された」


 セドリックが言う。


 話がようやく一つに繋がった。


 人間が灰背熊を傷つける。


 熊が移動する。


 移動先で牙狼の縄張りを圧迫する。


 牙狼が村側へ出てくる。


 村では突然牙狼が増えたように見える。


 最初に依頼書を見ただけでは分からなかった原因が、少しずつ見えてきた。


「密猟者?」


 シリルが尋ねる。


「まだ分からない」


 セドリックが答える。


「正規の狩人が失敗しただけかもしれない。追跡術式入りの矢が違法というわけでもない」


「じゃあ誰が撃ったかまでは追わない?」


「村周辺に別の危険がないならな」


 フィーナも頷いた。


「この矢尻は持ち帰って、村かギルドに確認してもらえばいいと思う。製造元の印があれば、誰が使ったか分かる可能性もあるし」


 エリオは少し拍子抜けするような感覚を覚えた。


 灰背熊の傷を見つけたときは、また何か大きな謎が出てきたのかと思った。


 実際には、今のところは人間が使う狩猟用の魔導具で説明できる。


 それでいい。


 むしろ、何でも古代神殿や失われた魔法に繋がる方がおかしい。


「じゃあ、熊はどうする?」


 エリオが尋ねる。


 セドリックはしばらく灰背熊のいる方向を見た。


「傷を負ってる以上、村へ向かう可能性はある。ただ、今すぐ動けないくらい弱ってるわけでもない」


「追い払う?」


「森のさらに奥へ向かわせたい。ただし無理に刺激すると危険だ」


 少し考えたあと、フィーナが提案した。


「匂いと音で進路を限定する?」


「できる?」


「強い魔術を使わなくても、嫌がる刺激を村側に置けば、反対へ動く可能性はある」


 エリオはその言葉を聞いて、すぐに一つ思いついた。


「音ならできます」


 全員の視線が集まる。


「何を鳴らす?」


 セドリックが尋ねた。


「灰背熊が嫌がる音を知ってれば、それを村側から鳴らせる」


「知ってるのか?」


「灰背熊そのものは分からない。でも、大型の熊型魔物が警戒する音なら何個か記録があります」


 以前、別の依頼で聞いた大型魔物の威嚇声。


 金属が強くぶつかる音。


 狩人が熊避けに使っていた特殊な笛。


 どれが効くかは分からない。


 ただ、直接攻撃するよりは試す価値がある。


「やってみるか」


 セドリックが言った。


「効かなければすぐやめる。熊がこっちへ来たら退避だ」


 エリオは頷いた。


        ◇


 村側と灰背熊の間へ、エリオたちは位置を取った。


 フィーナが風向きを確認し、熊が森の奥へ逃げやすいよう、反対側には何もしない。


 バルガスは万が一に備えて前へ立つ。


 セドリックとシリルも武器は抜かず、すぐ動ける状態だけ作っていた。


「まず弱いやつから」


 エリオはそう言って、《残響記録》から一つの音を選んだ。


 以前、猟師が使っていた熊避けの笛。


 高く、細く、耳に刺さるような音。


 そのまま再生する。


 森の中へ音が伸びた。


 灰背熊の呼吸が止まる。


 次の瞬間、身体を起こす音がした。


「反応した」


 エリオが言う。


「方向は?」


「まだその場」


 もう一度。


 少し長く鳴らす。


 熊が動いた。


 重い足音が二歩。


 ただし、村側ではない。


「奥へ向きました」


「続けろ。ただし刺激しすぎるな」


 エリオは間隔を空けて音を鳴らした。


 灰背熊は一度低く唸ったが、こちらへ向かっては来ない。


 少しずつ。


 森の奥へ進む。


 そのたびに、重い足音が遠ざかっていく。


 エリオは距離を追った。


 途中で止まれば、また短く笛を鳴らす。


 やがて、音はかなり遠くなった。


「もういい」


 セドリックが言う。


 エリオも再生を止めた。


 しばらく全員でその場に残り、灰背熊が戻ってこないか確認する。


 十分ほど経っても、足音は遠いままだった。


「成功?」


 エリオが尋ねる。


「今のところはな」


 セドリックが答えた。


「村へ戻ろう。牙狼も熊も、しばらくは近くにいないはずだ」


 それで今回の依頼は、ほぼ終わった。


 牙狼を何匹倒したわけでもない。


 灰背熊を討伐したわけでもない。


 それでも、村の周囲から危険を離し、原因になっていた状況もある程度確認できた。


 エリオは森を戻りながら、少し前までの自分なら「討伐依頼なのに一匹も倒さなくていいのか」と考えていたかもしれないと思った。


 今は、それほど不思議ではなかった。


 必要なことをする。


 そのために、自分が聞けるものを使う。


 それで依頼が安全に終わるなら、十分なのだろう。


        ◇


 村へ戻ると、セドリックが村長へ状況を説明した。


 牙狼の群れは八匹。


 灰背熊に縄張りを圧迫され、村側へ出てきていた可能性が高いこと。


 牙狼は南西側へ移動させ、灰背熊も森の奥へ追い払ったこと。


 さらに、灰背熊の傷から狩猟用と思われる魔導具の一部が見つかったこと。


 村長は驚きながら話を聞いていたが、最後には大きく息を吐いた。


「では、今夜は少し安心してよいのですな」


「少なくとも昨日までよりは。ただ、数日は夜間の警戒を続けてください」


 セドリックが答える。


「牙狼が完全に別の縄張りへ移るかは、まだ分かりません。戻ってくるようならギルドへ連絡を」


「分かりました」


 セドリックは矢尻の破片も見せた。


「これに見覚えはありますか?」


 村長はしばらく見たあと、首を振った。


「うちの猟師が使うものではありませんな。村の外から来た狩人かもしれません」


「なら、こちらはギルドへ持ち帰ります」


 それ以上は追わない。


 今の依頼で確認できるところまで確認し、残りは正式な報告として渡す。


 監視塔のときと同じだった。


 エリオはそのやり取りを見ながら、少しずつ自分たちの仕事の終わらせ方も分かってきた気がした。


「そういえば」


 村長がエリオを見る。


「森の中の魔物の数を聞き分けたのは、あなたですかな?」


「はい」


「熊まで追い払ったと聞きましたが」


「音を鳴らしただけです」


 答えると、村長は感心したように何度も頷いた。


「いや、それがありがたい。討伐となれば森も荒れますし、怪我人が出るかもしれん。何も壊れずに済んだなら、それが一番です」


「そうですね」


 エリオは今度は素直に頷いた。


 少し前までなら、自分の働きを説明するときに「聞いただけ」「音を鳴らしただけ」と、どこかで小さく見せていた。


 今も口にはしたが、それを役に立っていないという意味では言っていない。


 聞くことも。


 音を使うことも。


 自分の仕事だった。


 そのことを、もうわざわざ確かめなくてもよくなってきていた。


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