五百年前の名前
王都へ戻ったのは、護衛依頼を終えた翌日の夕方だった。
南東の町からは乗合馬車を利用したため、帰路そのものに大きな問題はなかった。途中で何度か休憩を挟み、街道沿いの宿場で昼食を取った程度で、魔物と遭遇することもなく、予定していた時刻より少し早く王都の外壁が見えてきた。
遠くからでも分かるほど高い城壁と、その内側に密集する建物の屋根を眺めながら、エリオは以前ここへ来たときのことを思い出していた。
冒険者になってからいくつもの町を見てきたが、王都だけは規模が違う。人の数も荷馬車の数も多く、門をくぐった途端に耳へ入ってくる音の種類が一気に増える。
商人の呼び声に、石畳を踏む馬の蹄。荷車の車輪が硬い路面を転がり、通りの向こうでは鍛冶屋が金属を打っている。少し離れた広場からは鐘が聞こえ、その間を埋めるように何十人分もの会話が重なっていた。
以前のエリオなら、これだけの音に囲まれると、その一つ一つへ無意識に注意を向けていただろう。《残響記録》は聞いた音を勝手に失うことはないが、何が鳴っているのかを理解しようとするのはエリオ自身であり、すべてを追い続ければ当然疲れる。
今では、必要なものだけを選ぶことも少しずつ覚えていた。
護衛依頼の二日間、常に四台の荷馬車の音を聞きながら森の中を警戒していたことで、聞こえていることと、意識して聞くことは別なのだと以前よりはっきり分かった気がする。
「まずギルドだ」
人通りの多い大通りへ入ったところで、セドリックが言った。
「今日?」
「今日のうちに報告だけ終わらせる。教会は明日だ」
「まだ開いてるかもしれないですよ」
「行かない」
即答され、エリオは少し不満そうにセドリックを見る。
「でも」
「昨日、休めって言っただろ」
「今日はほとんど馬車に乗ってただけです」
「それを休んだことに数えるな」
横を歩いていたフィーナが笑った。
「諦めなさい。私だって資料は見たいけど、今から行っても記録を管理している司祭がいるとは限らないわよ。それなら明日の朝から正式に頼んだ方が、見られるものも増えるでしょう」
そう言われれば、その通りだった。
エリオも本気で今から教会へ押しかけるつもりだったわけではない。それでも、古代神殿で《残響記録》が設備を動かして以来、自分の恩恵について調べたいという気持ちは以前より強くなっていた。
七歳のとき、教会の鑑定術式はエリオの恩恵を《残響記録》と判定した。
当時の司祭が、その能力を詳しく知っていたわけではない。むしろ珍しい恩恵だと言われ、戦闘には使えそうにないという程度の説明しか受けなかった。
それでも、鑑定結果には最初から名前があった。
ならば、《残響記録》という名称を決めた誰かが過去に存在したはずだ。
さらに古代神殿では、その能力だけが反応するように見える装置まで見つかっている。偶然で片づけるには、気になることが増えすぎていた。
「明日の朝からならいいんですよね?」
「報告が終わって、朝飯を食ってからならな」
「分かりました」
「本当に分かった顔じゃないな」
「分かってます」
セドリックはまだ疑わしそうだったが、それ以上は言わなかった。
◇
王都の冒険者ギルドは、地方の町にあるものより建物そのものが大きかった。
一階には依頼受付と報告窓口がいくつも並び、その奥には冒険者同士が情報交換をするための広い食堂がある。二階には会議室や高位依頼の相談室が設けられており、セドリックたちのような勇者候補に関係する依頼は、一般の窓口とは別に処理されることも多い。
今回の護衛依頼そのものは、すでに目的地のギルドで完了処理を済ませているため、王都で必要なのは活動報告と記録の提出だけだった。
セドリックが受付で書類を渡している間、エリオは近くの壁に貼られた依頼一覧を眺めていた。
討伐。
護衛。
採取。
調査。
行方不明者の捜索。
冒険者になったばかりの頃は、依頼書を見ると、まず自分の恩恵が使えそうかどうかを考えていた。
音を聞くだけの能力で、この仕事に参加していいのか。
戦えない自分でも役に立つことがあるのか。
そうやって、依頼の内容より先に自分が入れる余地を探していた。
今は少し見方が変わっている。
この依頼なら、どこを聞けばいいか。
誰が前へ出るなら、自分は何を確かめればいいか。
セドリックたちと動くようになってから、自分一人で仕事を成立させる必要はないのだと理解したためだろう。
「何か面白そうなのあった?」
横からシリルが依頼板を覗き込む。
「まだ見てるだけ」
「俺は三日くらい何もしたくない」
「明日、教会付き合ってください」
「何で俺まで?」
「フィーナが付き合えって言ってた」
「それ、俺への命令だったのか?」
少し離れたところにいたフィーナが、聞こえていたらしくこちらを向いた。
「暇なんでしょう?」
「暇と拘束されたいは別なんだけど」
「じゃあ何か予定あるの?」
「……ない」
「なら決まりね」
シリルが諦めたように肩を落とす。
その横にいるバルガスは何も言わなかったが、明日の予定に反対する様子もない。
エリオはそんなやり取りを見ていて、自分が教会へ行くことをいつの間にか全員の予定の一部として考えていることに気づいた。
少し前なら、一人で調べに行こうとしていたかもしれない。
フィーナなら古代魔術に関心があるから相談しただろうが、それでも残りの三人まで一緒に来ることを当然とは思わなかったはずだ。
ところが今は、自分だけの問題だから一人で行かなければならない、という感覚がかなり薄れている。
そのことを不思議に思っているうちに、セドリックが受付から戻ってきた。
「終わった」
「何か言われました?」
「特に。商会からの評価も問題なしだ」
「岩猪のことは?」
「報告には入ってる。討伐してないから追加報酬はないぞ」
「誰も聞いてないだろ」
シリルがすぐに突っ込む。
「お前なら聞くと思った」
「俺を何だと思ってるんだよ」
「報酬にうるさい斥候」
「否定しにくいな」
そんなやり取りをしながら、一行はギルドを出た。
今日の予定は、あとは宿へ戻って休むだけだった。
◇
翌朝、エリオはいつもより早く目を覚ました。
まだ部屋の外は静かで、一階から朝食の準備をする音がわずかに聞こえる程度だった。厨房で薪が動かされ、鍋か何かが台へ置かれる。その音から考えても、朝食まではまだしばらく時間がある。
起き上がったところで、昨日セドリックに言われたことを思い出した。
朝飯を食べてから。
さすがに一人だけ先に教会へ行けば怒られるだろう。
もう一度横になろうとしたものの、眠れる気はしなかった。
頭の中には、七歳の頃に受けた鑑定の光景が残っている。
白い石板。
淡く広がった光。
結果を確認した司祭の声。
そして、《残響記録》という名前。
当時は、その言葉の由来まで考えたことはなかった。音を覚える力だから、残響を記録する。そういう意味なのだろうと簡単に納得していた。
しかし古代神殿で、正確な音そのものが設備を動かし、さらに自分の《残響記録》へ反応するような現象まで経験した今では、名前さえも単なる説明ではないように思えてくる。
誰かが過去にこの恩恵を持っていたのか。
その人間も、エリオと同じように音を再生できたのか。
古代魔法との関係を知っていたのか。
考え始めると次々に疑問が浮かぶが、今のところ答えは一つもない。
結局エリオは二度寝を諦め、朝食の時間になるまで《残響記録》に残っている神殿の音を思い返しながら、今日確認したいことを頭の中で整理していた。
◇
王都中央教会は、冒険者ギルドから歩いて十五分ほどの場所にあった。
エリオが幼い頃に鑑定を受けた地方教会とは比べものにならないほど大きく、正面には高い尖塔があり、その下には広い礼拝堂が続いている。一般の参拝者が使う入口とは別に、右手側には鑑定や記録管理を行うための棟が設けられていた。
セドリックが事前に話を通していたため、受付で名前を告げると、それほど待たずに一人の司祭が出てきた。
五十代ほどの男性で、白地に灰色の刺繍が入った聖職者服を着ている。
「セドリック・ヴァーン殿ですね」
「はい。昨日ご連絡した件で」
「伺っています。《残響記録》という恩恵について、過去の記録を確認したいとのことでしたね」
司祭の視線がエリオへ向く。
「あなたが?」
「はい。エリオ・アルディスです」
「鑑定記録も確認しています。七歳時、地方教会にて《残響記録》と判定。分類は特殊系。発現例は極めて少ない」
そこまで聞いて、フィーナがすぐに反応した。
「発現例があるんですか?」
「少なくとも記録上は存在します」
エリオも思わず身を乗り出した。
「僕以外にも?」
「ええ。ただし、近年ではありません」
「いつですか?」
司祭は少し考えるように間を置いてから答えた。
「それも含めて確認していただくため、今日は記録室へご案内します」
◇
案内されたのは、鑑定棟のさらに奥にある資料室だった。
壁沿いには背の高い棚が並び、年代別に分けられた記録簿や写本が隙間なく収められている。すべてが原本というわけではなく、年代の古いものほど後世に書き写された資料や索引が中心になるらしい。
司祭は机の上へ三冊の厚い帳簿を置いた。
「《残響記録》について、現行の恩恵分類表から遡って確認しました。現在こちらで直接名称を確認できる資料は、この三つです」
一冊目は比較的新しい。
二冊目は表紙からしてかなり古く、何度も修復された跡が残っている。
三冊目は原本ではなく、さらに古い資料から作られた転写本だという。
エリオは椅子へ座り、まず一番新しい記録を開いた。
そこには恩恵の名称、分類、確認されている能力の概要が簡潔にまとめられていた。
《残響記録》
分類――特殊系。
特徴――聴覚情報の高精度保持。
既知の用途――記録、音声再現。
戦闘適性――低。
発現頻度――極低。
「……今とほとんど同じ」
エリオが呟くと、司祭が頷いた。
「現在の鑑定基準は、この分類表を参照しています」
「じゃあ、僕が鑑定されたときに名前が出たのは、これが登録されていたからですか?」
「少し違います。正確には、鑑定術式そのものが過去の分類体系を基礎にしていると考えられています。どこまで術式が自動的に名称を判定し、どこから人間側の記録を参照しているのかについては、教会でも完全には解明されていません」
「分かってないんですか?」
「鑑定術式自体が非常に古いものですから」
フィーナがすぐに質問を続ける。
「作られた年代は?」
「現在使われている形式へ改修されたのは、およそ三百年前です。ただし基礎となった術式は、それ以前から存在していたとされています」
エリオはその説明を聞きながら、一冊目の《残響記録》という文字をもう一度見た。
古代神殿ほど昔ではない。
それでも、自分が生まれるはるか以前から、同じ名称が存在していたことになる。
「次を見てもいいですか?」
「もちろんです」
二冊目を開く。
こちらは文字の形自体がやや古く、エリオには読みづらい箇所もあったため、司祭が横から該当する部分を示してくれた。
身体強化系。
魔術補助系。
感覚系。
特殊系。
多くの恩恵名が並ぶ中に、《残響記録》は確かに存在していた。
「これ、何年前ですか?」
「およそ五百年前の分類表を転写したものです」
「五百年前……」
エリオは思わず声を落とした。
父や母が生まれるよりはるか昔どころか、自分の住んでいた町の形も、今とはかなり違っていたはずの時代だ。
その頃にはすでに、同じ恩恵名が記録されている。
「能力の説明は?」
「そこが少し問題でして」
司祭がページの下部を指す。
他の恩恵には一行か二行程度の簡単な説明が付いているが、《残響記録》の横にはほとんど記載がなかった。
「……音声保持?」
エリオがかろうじて読める文字を確認する。
「現在はそう解釈されています」
フィーナが眉を寄せた。
「ほかは?」
「ありません」
「使用例や、過去の発現者についても?」
「この資料には残されていません」
名前はある。
能力の一部も、今のエリオと一致している。
それでも肝心の使い道がほとんど記録されていないことに、エリオは少し引っかかった。
発現例が極端に少なかったなら、詳細な記録がないこと自体はあり得る。
しかし、五百年前にも分類表へ載るほど認識されていた恩恵が、現在までほとんど研究されていないというのは、少し奇妙にも思える。
「三冊目は?」
エリオが尋ねると、司祭は最後の帳簿を開いた。
こちらはさらに古い索引をもとに作られた転写で、恩恵の名称だけが縦に並んでいる。
元になった資料の正確な年代は不明。
ただし、この写本が作られた時点ですでに「古記録」と記されていたという。
エリオは上から順に名称を追っていった。
現在も存在する恩恵。
聞いたことのない恩恵。
名称だけでは用途さえ想像できないもの。
その途中で、指が止まった。
《残響記録》
ここにも同じ名前があった。
ただし、二冊目までとは違うものが一つだけ付いている。
名称の横に、小さな記号が記されていた。
「これ、何ですか?」
エリオが尋ねると、司祭は少し困ったような表情を見せた。
「分かっていません」
「分からない?」
「同じ記号が付いている恩恵が、ほかにもいくつかあります。ただ、その印が何を意味していたのかを説明する資料が現存していないのです」
フィーナがすぐにページを覗き込んだ。
「いくつあるんです?」
「この索引では十一種類です」
「共通点は?」
「今のところ確認できていません。分類も統一されていませんし、現在では発現が確認されなくなった恩恵も含まれています」
エリオは記号をじっと見た。
小さな円の中に一本の線が引かれている。
複雑な印ではない。
古代神殿で見た文字や記号とも違うため、そこへ無理に結びつける理由はなかった。
ただ、《残響記録》が単に古い恩恵だというだけではなく、さらに何か別の区分へ入れられていた可能性だけはある。
「この索引の原本は?」
フィーナが尋ねる。
「残っていません」
「いつ失われたんですか?」
「それも不明です。中央教会の記録庫は過去に何度か移転していますし、大きな火災も経験しています。そのどこかで失われた可能性が高いとされています」
「じゃあ、この索引が何を元に作られたのかも、完全には分からない?」
「一部の資料名は確認できますが、すべてではありません」
エリオはしばらく何も言わず、ページに残っている《残響記録》の文字を見つめた。
分からないことは増えた。
それでも、何も分からなかったわけではない。
少なくとも《残響記録》は、自分の代で初めて現れた珍しい恩恵ではない。五百年前の資料に名称があり、さらに年代不明の古記録にも存在している以上、相当昔から人間に認識されていた可能性が高い。
問題は、それほど昔から名前だけは残っているにもかかわらず、詳しい使い方や発現者の記録がほとんど見つからないことだった。
「過去に《残響記録》を持っていた人の個人記録はないんですか?」
エリオが尋ねると、司祭は少し考えてから答えた。
「見つかる可能性はあります。ただし、個人の鑑定記録は分類表とは別の書庫で管理されています。かなり古い年代まで遡ることになりますので、まず索引から発現者を探す必要があります」
「今日見られます?」
エリオがすぐに聞くと、司祭は申し訳なさそうに首を振った。
「今日中は難しいでしょう。年代も絞れていませんから」
思わず残念そうな顔をしたらしく、横でセドリックが小さく息を吐いた。
「その顔するな」
「してないです」
「してるわよ」
フィーナにも言われる。
司祭は二人のやり取りを見て少し笑ったあと、三冊の帳簿を丁寧に閉じた。
「こちらでも探しておきます。該当する発現記録が見つかれば、セドリック殿を通じてご連絡しましょう」
「お願いします」
今すぐ確認できないものは仕方がない。
エリオはそう自分へ言い聞かせながら、素直に頭を下げた。
◇
教会を出た頃には、すでに昼を過ぎていた。
朝から長いあいだ資料室にいたため、外へ出た瞬間、通りの明るさが妙に強く感じられる。中央広場から鐘の音が聞こえ、その高さと間隔から正午を少し回った頃だとエリオには分かった。
「結局、分かったような分からないような感じね」
フィーナが歩き始めながら言う。
「でも、少なくとも昔からあったことは分かった」
エリオは先ほど見た資料を頭の中で整理しながら答えた。
「五百年前の分類表にも名前があったし、それより古い索引にも載ってた。僕が思ってたより、ずっと昔から知られてた恩恵だったんだと思う」
「そこはかなり大きいわね。神殿との関係を証明する材料にはならないけど、《残響記録》そのものに過去があることは確かになった」
「それなのに、能力の説明がほとんど残ってないんですよね」
エリオが気になっているのはそこだった。
発現者が極端に少なかったために研究する機会がなかった可能性はあるし、実際に使い道が限られていたため重要視されなかっただけなのかもしれない。その場合、何百年も経つうちに詳しい記録が失われていても、それほど不自然ではない。
ただ、古代神殿で《残響記録》によって設備が反応したことを知っている今のエリオには、それだけで説明してしまうことにも抵抗があった。
本来は別の用途があったのに、後世へ伝わらなかった可能性もある。
逆に、今の自分が古代神殿との関係を意識しすぎているだけで、本当にただの珍しい恩恵なのかもしれない。
どちらも今の情報では否定できなかった。
「考えすぎるなよ」
少し前を歩いていたセドリックが振り返った。
「顔に出てました?」
「さっきから黙ってるから分かる」
「でも気になるでしょう。何百年も前から名前があったのに、使い道の記録がほとんどないんですよ」
「気にはなる。俺だって気になるから、個人記録まで探してもらうことにした」
セドリックはそこで一度足を緩め、エリオの横へ並んだ。
「ただし、資料がないところを想像で埋めるな。発現者が少なかっただけかもしれないし、記録が火災で失われただけかもしれない。古代神殿と関係がある可能性もあるが、今の段階じゃ全部同じくらい『かもしれない』だ」
神殿の調査をしていた頃から、何度も言われてきたことだった。
聞いた音が何か分からないなら、分からないまま記録する。
似ているものがあっても、同じだと決めつけない。
エリオ自身、監視塔でそれを覚えたつもりだったが、自分の恩恵に関することになると、どうしても答えを早く見つけたくなるらしい。
「分かってます」
少し考えてから答えると、セドリックは一度だけ頷いた。
「ならいい。続きは記録が見つかってから考えればいい」
その言葉に、エリオもようやく少し気持ちを切り替えた。
前の世界にいた頃も、録音した音の正体が分からないことはあった。遠くで鳴った金属音や、夜中の河川敷で一度だけ入った正体不明の音を、無理に何かへ分類せず、そのまま保存していたこともある。
音は、答えが分からなくても残しておける。
なら記録についても同じなのかもしれない。
今見つかっている事実だけを覚えておき、続きが見つかったときに改めて考えればいい。
「じゃあ飯にするか」
シリルが話題を変えるように言った。
「朝からずっと本読んでただけなのに腹減った」
「あなた、ほとんど読んでなかったでしょう」
「横でちゃんと見守ってただろ」
「途中で寝てたじゃない」
「目を閉じて考えてたんだよ」
「何を?」
「昼飯」
フィーナが呆れた顔をし、バルガスが小さく笑った。
エリオもつられて笑いながら、四人と一緒に中央広場へ向かう。
王都へ戻ったばかりなのに、すでに調べたいものは増えている。
過去の《残響記録》発現者。
年代不明の索引。
十一種類の恩恵に付けられた意味不明の印。
それでも、今すぐすべてを追いかける必要はない。
教会には教会の調査があり、自分たちには自分たちの仕事がある。
そのまま歩いていると、シリルがセドリックへ尋ねた。
「そういえば、次の依頼どうするんだ?」
「まだ決めてない」
「休みじゃないのか?」
「お前、昨日は三日くらい暇だって言ってただろ」
「今日教会に付き合ったから、そのうち一日分は働いたことにならない?」
「ならないわよ」
フィーナが即座に否定する。
セドリックたちは、もう次の仕事の話をしている。
エリオも自然にその会話を聞きながら、次はどんな依頼になるのだろうと考えていた。
《残響記録》について分からないことは多い。自分がなぜこの恩恵を持っているのかも、古代神殿との関係も、まだ何一つ答えは出ていない。
しかし、その答えを探しているあいだも冒険者としての日々は続くし、セドリックたちと一緒に依頼へ出れば、エリオにはその中で果たす役割がある。
次の仕事でも、必要になればセドリックは特別な意味など込めずに「何か聞こえるか」と尋ねるだろう。
そしてエリオも、それを自分だけが持つ珍しい能力を披露する場面だとは考えず、周囲の状況を確認するために耳を澄ませるはずだった。
そうやって《残響記録》を使うことは、いつの間にか五人にとって特別なことではなくなりつつある。
今のエリオは、その変化を心地よいものとして受け入れていた。




