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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第三章 勇者候補のパーティ

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必要とされる音

 監視塔を離れた一行が街へ戻ったのは、翌日の午後だった。


 山道を下りきる頃には、監視塔で聞いていた鐘の音も、地下から続いていた短い信号も、かなり遠いものになっていた。


 それでもエリオの《残響記録》には、どちらも鮮明なまま残っている。


 八つの鐘。


 短い一音。


 短い二音と長い一音。


 さらに、監視塔に残されていた記録簿を読みながら聞いた、人の声や紙をめくる音まで、意識を向ければ一つずつ思い出すことができた。


 以前なら、分からない音を残したまま山を下りることに、もっと強い引っかかりを覚えていたかもしれない。


 だが今回は違う。


 分からないものを放置したわけではない。


 調べられる範囲を調べ、記録を残し、それ以上は正式な許可と専門家が必要だと判断した。


 そして自分が聞いた音そのものも、次に調査する人間へ渡すことができる。


 そう考えると、途中で手を離すことにも少し納得できた。


「珍しく後ろを振り返らないな」


 前を歩いていたシリルが言った。


「何が?」


「山」


 言われてエリオは振り返った。


 木々の向こうに、監視塔のある尾根が小さく見えている。


「昨日は帰るとき、ずっと見てただろ」


「見てないよ」


「三回は見てた」


「数えてたの?」


「暇だったから」


 シリルが笑う。


 エリオは少しだけ考えてから、もう一度山を見た。


「今回は、続きがなくなるわけじゃないから」


「どういう意味だ?」


「僕たちが調べなくても、誰かが調べるかもしれない」


「なるほど」


「それに、必要なら音は残ってる」


 自分の耳を軽く指すと、シリルは一度納得したように頷いた。


「それ、やっぱり便利だな」


「便利って言うとフィーナに怒られるよ」


「何で私が怒るのよ」


 少し前を歩いていたフィーナが、聞こえていたらしく振り返った。


「前に便利って言ったら、もっとちゃんと調べたいみたいなこと言ってたから」


「便利なのは事実でしょう。でも、《残響記録》がどういう仕組みで音を保存してるか分かってないって話は別」


「ほら」


「何が『ほら』よ」


 そんなやり取りをしながら歩いていると、セドリックが小さく笑った。


 神殿へ向かった頃には、こんな会話をすることはなかった。


 あのときのエリオは、勇者候補のパーティへ一時的に加わっただけの冒険者だった。自分の能力をどこまで信じてもらえるのかも分からず、聞こえたことを説明するたびに根拠を探していた。


 今は少し違う。


 エリオが何かを聞いたと言えば、セドリックたちはまずその情報を受け取る。


 それが何を意味するのかは一緒に考える。


 信じることと、決めつけることを分けてくれている。


 その距離が、エリオには心地よかった。


        ◇


 街へ着くと、まず冒険者ギルドへ向かった。


 今回の依頼は領主府からギルドを通して出されたものだったため、最初の報告先はギルドになる。


 受付で帰還を伝えると、一行は通常の依頼完了窓口ではなく、奥にある小さな応接室へ案内された。


 そこにはギルド職員のほかに、領主府から来たという中年の男が待っていた。


 灰色の上着を着た、細身の男だった。


「監視塔調査を担当されたセドリック殿の一行ですね」


「はい」


 セドリックが代表して答える。


「領主府施設管理局のハルトと申します。今回の報告について、設備に関する記録がかなり残っていたと聞きまして、直接確認に参りました」


 机の上へ、監視塔から持ち帰った記録の写しやシリルが描いた設備図が並べられていく。


 セドリックがまず、調査全体の概要を説明した。


 夜間に山の八方向から聞こえていた鐘は、かつて大型魔物を監視するために設置された観測設備の定期点検音である可能性が高いこと。


 八つの観測地点が現存しており、少なくとも一部は今も稼働していること。


 監視塔の地下設備も完全には停止していないこと。


 ハルトは何度も記録へ目を落としながら聞いていたが、八つの観測地点が残っていると聞いたところで驚いた顔をした。


「設備そのものが?」


「かなり劣化はしています」


 フィーナが補足する。


「ただ、魔導線の一部は今も機能しています。何も知らずに撤去するのは勧めません」


「監視塔については、外壁の補修以外ほとんど手を入れていませんでした。地下設備が残っていること自体、現行の管理記録にはありません」


「古い図面は?」


 フィーナが尋ねる。


「領主府の書庫を確認する必要があります。少なくとも、私が見た現行資料には」


 そこでハルトは一度言葉を切り、机の上に置かれた紙へ目を向けた。


「それと、この旧坑道というのは?」


「第三観測地点の地下です」


 セドリックが答えた。


「現地では、監視設備とは別系統の弱い魔力反応が確認されています。また、過去の記録にも第三観測点の地下から音があったという記述が残っていました」


「坑道の入口は?」


「記録では南側が崩落済みです。現地で掘削はしていません」


「助かります」


 ハルトはすぐにそう答えた。


「古い鉱山跡は、内部の地盤がどうなっているか分かりません。冒険者の方が入られる場合でも、領主府の許可と技師の確認が必要になります」


 セドリックがエリオを一度見た。


 言わなくても意味は分かった。


 勝手に掘らなくて正解だった。


 エリオは何も言わずに頷いた。


「ただ」


 ハルトが記録をめくる。


「報告書に『音による信号を確認』とありますが、これはどういうものです?」


「そこはエリオから説明した方がいい」


 セドリックに言われ、ハルトの視線がエリオへ向いた。


「あなたが?」


「はい」


 エリオは少し姿勢を正した。


 こうして調査結果を正式な場で説明するのは初めてだった。


「第一観測地点と第三観測地点で、鐘とは別の高い音が聞こえました。第一地点では短い音が一回。第三地点では短い音が二回、そのあと長い音が一回です」


「現地で聞き取れるほど大きい音なのですか?」


「普通に立っていたら、たぶんほとんど聞こえないと思います」


「では、どうやって?」


 エリオが答える前に、セドリックが簡単に説明した。


「彼の恩恵は《残響記録》です。一度聞いた音を正確に記憶し、再生できます。微かな音の識別も得意です」


 ハルトはそこで初めて、明らかに興味を示した。


「再生?」


「聞かせることができます」


 エリオが言うと、男は少し戸惑った。


「今ここで?」


「できます。ただ、最初に普通の鐘の方から聞いてもらった方が分かりやすいと思います」


 セドリックが頷いたため、エリオは監視塔で最初に聞いた八つの鐘を思い出した。


 そのまま全部を鳴らす必要はない。


 まず、一番目の鐘。


 音量を実際の山中より抑え、室内で聞ける程度にして再生する。


 澄んだ高い鐘の音が、応接室へ響いた。


 ハルトの目が少し大きくなる。


 続けて三番目。


 高さの違う鐘。


 そしてエリオは、鐘の余韻を途中で切った。


「ここまでは観測鐘です」


「……本当に鐘そのものですね」


「次が、後ろに入っていた音です」


 第一地点で聞いた高音。


 短く一度。


 キィ、と細い音が鳴る。


「これが短音一回」


 次。


 第三地点。


 短い音を二度。


 わずかな間。


 長い音を一度。


 室内へ再生する。


 ハルトは何も言わずに聞いていた。


「もう一度お願いできますか?」


「はい」


 まったく同じ長さ。


 同じ高さ。


 同じ間隔で再生する。


 今度はギルド職員も机の紙を見ながら聞いていた。


「この線と対応しているんですね」


 職員が信号表の写しを指した。


「はい」


「第一地点の短音一回が『了解』」


「監視塔に残っていた紙には、そう書かれていました」


「第三地点の方は?」


「意味が書かれていた部分が破れていました」


 ハルトが難しい顔をする。


「しかし、過去の記録には地下音と同じ符号があった」


「はい。八十年以上前の記録にも『二短一長』とあります」


 エリオが答えると、ハルトはしばらく黙っていた。


 やがて、机の上の報告書とエリオを交互に見る。


「これはありがたい」


「何がですか?」


「文章だけなら、『短い音二回、長い音一回』と書かれていても、実際にどれほどの間隔だったのか分かりません。技師を現地へ送る前に、音そのものを確認できる」


 エリオは少し驚いた。


 自分では当然のことだと思っていた。


「領主府の技師にも聞かせられます」


「ぜひお願いしたい」


 ハルトは即答した。


「必要であれば、後日改めて来ていただくことになるかもしれません」


「僕がですか?」


「ええ」


 エリオは思わずセドリックを見た。


 セドリックは特に驚いた様子もなく、わずかに笑っている。


「言っただろ。報告にも使えるって」


「僕が言ったんですけど」


「そうだったな」


 ハルトは二人のやり取りを見て少し笑ったあと、再び真面目な表情へ戻った。


「今回の依頼については、原因の特定という意味では十分な成果です。第三地点地下については、領主府側で旧鉱山の資料を調べます。必要なら追加調査を正式に依頼します」


「分かりました」


 セドリックが答える。


 これで、監視塔の依頼は正式に終了した。


        ◇


 応接室を出たあと、ギルドの受付で依頼完了の処理を待つことになった。


 フィーナは領主府へ提出する追加記録について職員と話しており、セドリックも報酬の確認に呼ばれている。


 エリオはシリルとバルガスと一緒に、壁際の椅子へ座っていた。


「お前、領主府に呼ばれるかもしれないな」


 シリルが言う。


「音聞かせるだけだけど」


「それができる奴が他にいないんだろ」


「たぶん」


「そういうのを役に立つって言うんじゃないのか?」


 エリオは少し考えた。


「役には立つと思う」


「何だその微妙な返事」


「いや」


 エリオは自分の手を見た。


 この能力を初めて知った頃、《残響記録》は音を覚えるだけのものだった。


 冒険者になってからは、周囲の異変を見つけられる能力になった。


 古代神殿では、失われた設備を動かす鍵になった。


 そして今は。


 自分が聞いたものを、そこにいなかった人間へ渡すことができる。


 一つの能力なのに、使う場所によって役割が変わる。


「昔は、聞こえるだけだと思ってたから」


 エリオが言うと、シリルが首を傾げた。


「何が?」


「《残響記録》。聞いた音を覚えられるだけ。でも最近、覚えるだけじゃないんだなって」


「再生できるんだから最初からそうだろ」


「そうなんだけど」


 うまく説明できない。


 能力そのものが変わったわけではない。


 変わったのは、エリオの使い方だった。


 あるいは。


 周囲の人間が、その使い道を見つけてくれている。


 そこでバルガスが静かに言った。


「道具も、使う場所で意味が変わる」


 エリオとシリルが同時に彼を見る。


「急にしゃべった」


「シリル」


「悪い」


 バルガスは気にした様子もなく続けた。


「盾は攻撃を防ぐだけじゃない。道を塞ぐこともできる。怪我人を運ぶ板にもなる」


「お前、怪我人を盾に乗せて運んだことあるのか?」


「ある」


「あるんだ」


 エリオは思わず笑った。


 その例えは妙に分かりやすかった。


「じゃあ、《残響記録》も同じ?」


「たぶんな」


 バルガスはそれだけ言った。


 エリオは少し考えてから頷いた。


 能力の名前だけを見れば、音を記録するもの。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 でも、記録した音で誰かを助けることもできる。


 危険を見つけることも。


 失われた仕組みを動かすことも。


 調査結果を次の人へ渡すことも。


 使い方は、一つではない。


        ◇


 しばらくして、セドリックたちが戻ってきた。


「終わったぞ」


「報酬?」


 シリルがすぐに立ち上がる。


「お前はそれしか興味ないのか」


「重要だろ」


「否定はしない」


 セドリックが苦笑しながら、依頼完了証を見せた。


「追加調査の可能性はあるが、今回の分はこれで完了だ」


「じゃあ次は?」


 フィーナが尋ねる。


「明日は休み」


「その次」


「まだ決めてない」


「珍しい」


「お前たちは休むという選択肢を覚えろ」


 セドリックがそう言ったあと、少し間を置いた。


「ただ、二日後に一つ候補がある」


 エリオは自然と彼を見る。


「どんな依頼?」


「街道沿いの護衛だ」


「調査じゃないんだ」


「だから候補にした」


 セドリックはエリオを見た。


「ここ最近、神殿と監視塔で調査ばかりだったからな。次は普通の冒険者らしい仕事もしておいた方がいい」


「護衛か」


 エリオは頭の中で依頼の形を想像した。


 人や荷物を守りながら移動する。


 魔物が出れば戦う。


 周囲の警戒が重要になる。


 《残響記録》が使える場面も多そうだった。


「行きたいです」


「まだ詳細を話してないぞ」


「護衛なら聞くこと多そうだから」


 セドリックが呆れた顔をする。


「結局そこか」


「でも役に立つでしょう?」


 言ってから。


 エリオ自身が少し驚いた。


 以前なら、自分からそんな言い方をしただろうか。


 《残響記録》が役に立つ。


 自分で。


 ためらわずに言った。


 セドリックは一瞬だけ何かを考えるような顔をしてから、静かに頷いた。


「ああ」


 それだけだった。


 だが、その返事には迷いがなかった。


「かなりな」


 エリオは少しだけ笑った。


 外れスキルと呼ばれた能力が、本当は何なのか。


 その答えはまだ分からない。


 古代神殿との関係も。


 少女の声も。


 七つの意味も。


 何一つ終わってはいない。


 それでも。


 少なくとも今は。


 この能力が自分たちの旅に必要とされている。


 それだけは、もう疑わなくてよかった。

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