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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第三章 勇者候補のパーティ

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記録にない音

 翌朝、空が十分に明るくなってから、一行は再び監視塔の地下へ降りた。


 昨夜、八つ目の鐘が鳴ったあとに開いた通路は、そのまま残っていた。地下装置の八本の溝はすでに光を失っていたが、壁だけは元の位置へ戻っていない。


 エリオは入口の前で耳を澄ませた。


 昨夜聞こえていた細かな金属音は、今も奥から続いている。ただし、音量はかなり小さい。夜の方が装置全体の動きが強かったのだろう。


「変化は?」


 セドリックが尋ねる。


「音自体は残ってる。でも昨日より弱い」


「魔力も同じね」


 フィーナが杖を見ながら答えた。


「完全に止まってはいないけど、夜間ほど流れてない」


「なら、昼は待機状態ってことか」


 シリルが言う。


「たぶん」


 フィーナはそう答えたものの、すぐに付け足した。


「まだ推測だけどね」


 地下通路はゆるやかな下り坂になっていた。


 石壁の造りは監視塔の地下室とよく似ている。古代神殿で見た滑らかすぎる石材とは違い、継ぎ目も工具の跡もはっきり残っている。


 それだけでも、エリオには少し印象が違って見えた。


 古代神殿は、何をどう作ったのか分からない場所だった。


 だが、ここには人が作った跡がある。


 石を切った跡。


 金属を固定した跡。


 壁を修繕した跡。


 誰かが長いあいだ使っていた施設なのだと分かる。


「こっちは、ちゃんと人間の建物って感じがする」


 エリオが言うと、フィーナも頷いた。


「私もそう思う。少なくとも神殿よりはかなり新しい」


「どのくらい?」


「正確には分からないけど、数百年も前って感じではないわね。百年前後か、もっと新しいかもしれない」


「じゃあ監視塔と同じ時代?」


「可能性はある」


 通路を二十メートルほど進んだところで、シリルが手を上げた。


「部屋がある」


 先は少し広くなっていた。


 そこには八本の細い金属管が壁際に並び、それぞれが天井の方向へ伸びている。中央には古い机と、壁に取り付けられた木製の盤が残っていた。


 盤には、監視塔を中心とした周辺地形が簡略化して描かれている。


「地図?」


 エリオが近づく。


「たぶん」


 フィーナが埃を払う。


 山。


 沢。


 街道。


 監視塔。


 そして、その周囲に八つの印。


 昨夜、鐘が鳴った場所とほぼ一致している。


「やっぱり最初から八か所あったのね」


 フィーナが言う。


 それぞれの印の横には文字が書かれていた。


 古代文字ではない。


 少し古い書式ではあるが、現代語として読める。


「西斜面」


「北尾根」


「旧街道」


「沢沿い」


 シリルが一つずつ読み上げていく。


「全部、監視地点か」


「そうみたい」


 エリオは盤の下を見た。


 そこにはさらに短い説明が残っていた。


「……接近反応?」


 声に出して読む。


 フィーナが隣から確認する。


「『各観測鐘は地脈振動および大型魔物の接近を感知した際、塔へ警報を送る』」


 エリオはもう一度文字を見る。


「魔物?」


「これ、警戒設備ね」


 フィーナの声が少し弾んだ。


「山の周囲八か所に観測装置を置いて、魔力や地面の振動を拾ってたんだわ」


 セドリックも盤を見る。


「鐘は?」


「警報の一部でしょうね」


 フィーナは八本の金属管へ視線を移した。


「各地点で異常を感知すると、魔力信号を塔へ送る。そのとき、現地の鐘も鳴るようになってたんじゃないかしら」


「でも昨日は八つ全部鳴った」


 エリオが言う。


「全部の場所に魔物がいたってこと?」


「それは考えにくい」


 フィーナは少し考えた。


「夜間の定期試験かもしれない」


「定期試験?」


「装置が壊れてないか確認するために、順番に全部動かすの。今でも古い防護装置で似た仕組みはあるわ」


 なるほど、とエリオは思った。


 昨夜の鐘は、何か異常が起きていたのではなく、設備自身が動作確認をしていただけなのかもしれない。


「じゃあ怪異でも何でもなかった?」


 シリルが言う。


「少なくとも鐘そのものはね」


 エリオは少し笑った。


「また普通の仕組みだった」


「十分面白いでしょ」


 フィーナが返す。


「百年近く前の設備がまだ動いてるんだから」


 確かに。


 古代魔法ではない。


 失われた超常の力でもない。


 それでも、昔の人間が音と振動を使って山全体を見張っていたというのは、エリオには十分興味深かった。


 現代日本で言えば、センサーや警報装置に近いのかもしれない。


 自分が以前いた世界でも、見えない情報を音に置き換えて知らせる仕組みはいくらでもあった。


 この世界でも。


 やり方は違っても、考えることは似ているらしい。


        ◇


 机の引き出しからは、かなり傷んだ記録簿も見つかった。


 紙は湿気で一部読めなくなっていたが、残っている箇所だけでも設備の用途はかなり分かった。


 この一帯は昔、大型魔物が山から街道へ下りてくることが多かったらしい。


 監視塔の役割は、敵兵を見ることだけではなかった。


 山中の八つの観測地点から集めた反応を監視し、危険な方向を鐘の高さで知らせる。


 一番高い鐘が西。


 次が北西。


 順番に低くなり、最も低い鐘が南西。


「だから音程が違ったのか」


 エリオは記録を読みながら言った。


「どの方向で異常が起きたか、音だけで分かるようにしたんだ」


「夜でも見張れるから便利だったでしょうね」


 フィーナが答える。


「見張りの人が地図を見なくても、鐘を聞くだけで方向が分かる」


「八音全部覚えないといけないけど」


「訓練すればできるでしょ」


「僕ならすぐできる」


「あなた基準で言わないで」


 シリルが笑った。


 記録簿には、鐘の聞き分け訓練についての記述まで残っていた。


 新人の見張りは、最初の一週間で八種類の鐘を覚えること。


 夜間の定期試験では、全方向の鐘を順番に鳴らし、設備の動作を確認すること。


 故障がある場合は、該当地点の鐘が鳴らないか、塔へ信号が届かない。


「つまり昨夜は」


 セドリックが言う。


「設備が正常に動いたから八つ全部鳴った」


「そういうことね」


 フィーナが頷いた。


「ただし」


 エリオは記録簿から顔を上げた。


「一つ合わない」


「何が?」


「鐘の音」


 全員がこちらを見る。


 エリオは《残響記録》の中で昨夜の八音をもう一度比べた。


 記録簿には、各方向を知らせるため八種類の鐘を使うと書いてある。


 それ自体は合っている。


 だが。


「昨夜の一番目と三番目、少し変な音が混ざってた」


「変な音?」


「鐘そのものじゃなくて、その後ろ」


 エリオは説明しながら、記憶を細かく分けていった。


 鐘。


 谷の反響。


 風。


 金属柱の振動。


 それらとは別に。


 ほんの一瞬だけ。


 細い高音が混じっている。


「他の鐘には?」


「ない」


「どんな音?」


 フィーナが尋ねる。


「まだ分からない。すごく短い」


「再生は?」


「ここではやめた方がいい」


 エリオはすぐに答えた。


 今回の設備が音に反応する仕組みを持っている以上、用途の分からない音を装置のそばで再生する理由はない。


 フィーナも異論はなかった。


「記録に書いてない?」


 シリルが記録簿をめくる。


 それからしばらく全員で残された文書を調べたが、それらしい記述は見つからなかった。


 設備の故障。


 警報。


 魔物。


 定期試験。


 八種類の鐘。


 どれも説明できる。


 だが、一番目と三番目に混じっていた高音だけは分からない。


「壊れかけた金属の音じゃないか?」


 バルガスが言う。


「それもありえる」


 エリオは答えた。


「だから今すぐ特別なものだとは思わない」


 リュネ村で音の使い方を学び、ここでは音をすぐ神殿へ結びつけないと決めた。


 説明のつかない音が一つあっただけで、古代魔法だと考えるのは早すぎる。


「まず設備を全部調べればいい」


 セドリックが言う。


「一番目と三番目の観測地点だな」


「うん」


 エリオもそのつもりだった。


        ◇


 その日の午後、一行は一番目の観測地点を再び確認した。


 昨日見つけた小さな鐘と金属柱。


 フィーナが術式を詳しく調べ、シリルが周囲の構造を確認する。


 特別なものはなかった。


 金属柱は地下の細い魔導線へつながり、振動と魔力反応を塔へ送るためのものだった。


「劣化してるところはあるけど、変な術式はないわ」


 フィーナが言う。


「じゃあ高音は故障?」


「可能性はある」


 エリオは鐘へ耳を近づけた。


 昼間は動いていない。


 風が触れたときにわずかに金属が震える程度だ。


「三番目も見ます?」


「時間があるうちに行こう」


 セドリックが決めた。


 三番目の地点は北東側の尾根近くにあった。


 一番目よりも道が険しく、見つけるまで少し時間がかかった。


 そこにも、同じような石組みと金属柱があった。


 ただし。


 エリオは近づく前に足を止めた。


「何かある」


「魔物?」


 シリルが弓へ手を伸ばす。


「違う」


 耳を澄ませる。


 金属柱の下。


 地面の中。


 かすかに。


 高い音が続いている。


 昨夜、鐘の後ろに混じっていたものと似ている。


「これだ」


 エリオは言った。


「昨日の鐘に入ってた音」


 フィーナがすぐに杖を出す。


「魔力反応は?」


「待って」


 しばらくして、彼女の表情が変わった。


「観測装置の魔力とは別に、もう一つある」


「別?」


「すごく弱い。でも下から来てる」


 エリオは地面へ意識を向けた。


 高音は一定ではない。


 少し鳴って。


 消えて。


 また鳴る。


 壊れた部品が擦れている音にも聞こえる。


 だが、その間隔が妙だった。


 自然に揺れているようには思えない。


「規則がある」


「どんな?」


 エリオは数回聞いてから答えた。


「短いのが二回。そのあと長いのが一回」


 少し間を置き。


 また。


 短い二回。


 長い一回。


 同じ繰り返し。


「設備の信号?」


 セドリックが尋ねる。


「記録にはなかった」


 フィーナが言う。


「少なくとも観測鐘の仕組みとは別よ」


 エリオはしばらく黙って聞いていた。


 今度こそ。


 すべてが説明できると思っていた。


 八つの鐘も。


 地下装置も。


 夜だけ動く理由も。


 実際、そのほとんどは説明できた。


 だからこそ。


 最後に残ったこの音が、余計に気になった。


 ただ、それでも今の段階で意味を決めることはできない。


 故障かもしれない。


 後から追加された別の設備かもしれない。


 あるいは、誰かがまだ知らない目的で残したものかもしれない。


「掘る?」


 シリルが尋ねた。


 セドリックは地面を見てから首を振った。


「今日はやめる。この設備はギルドだけじゃなく領主側の管理物だった可能性がある。勝手に壊すわけにはいかない」


「じゃあ報告?」


「ああ」


 エリオも反対しなかった。


 聞こえたからといって。


 すぐ追いかける必要はない。


 ただ。


 記録しておけばいい。


 エリオはその高音を《残響記録》へ保存した。


 監視塔の怪異は、ほとんど解けた。


 それでも。


 一つだけ。


 記録にない音が残った。

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