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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第三章 勇者候補のパーティ

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八つ揃うとき

石板を開ける仕組みは、思ったより単純な場所に隠されていた。


 シリルが床の継ぎ目を調べているあいだ、フィーナは周囲の魔力の流れを確認していたが、石板そのものには目立った術式が刻まれていなかった。そのため、最初は力づくで持ち上げる必要があるのかと思われた。


 だが、壁際に残っていた壊れた棚を動かしたとき、その裏から小さな金属板が見つかった。


「これじゃない?」


 フィーナが埃を払う。


 金属板には文字ではなく、三本の短い線と一つの丸が刻まれていた。古代文字にも見えず、現代の建築用記号とも違う。


「押す?」


 シリルが聞いた。


「待って」


 エリオは先に耳を澄ませた。


 金属板の向こうからは、特に機械が動くような音は聞こえない。ただ、床下から続いている低い振動だけは変わらず伝わってくる。


「今のところ、ここを触ったら何か動きそうな音はしない」


「それは安全って意味?」


「安全とは言ってない」


「だよな」


 セドリックがフィーナを見る。


「魔力反応は?」


「ほとんどないわ。少なくとも、この板自体が大きな術式を持ってる感じはしない」


「なら、シリル」


「はいよ」


 シリルが指で金属板を押した。


 最初は何も起こらなかった。


「外れ?」


 そう言った直後、床の下で小さく金属が動く音がした。


 カチ。


 エリオがすぐに石板を見る。


「今、下で何か外れた」


 シリルが石板の縁へ指をかけると、今度はわずかに持ち上がった。


「鍵だったみたいだな」


 バルガスが手を貸し、二人で石板をゆっくり持ち上げる。


 石の蓋の下から、冷たい空気が流れ出した。


 階段がある。


 幅は一人が通れる程度で、石造りの段が暗い地下へ続いていた。


 灯りを近づけても、下までは見えない。


「前の調査員が見つけられなかった理由は分かったな」


 シリルが言う。


「棚の裏の板まで調べなきゃ開かないんだから」


「しかも、今まで一度も開けられてない可能性が高い」


 フィーナは石板の裏側を確認している。


「埃もそうだけど、蝶番部分の錆び方を見ると、少なくとも最近動かした跡はないわ」


 それなら、昨夜の鐘を鳴らしている者が毎回ここへ入っているわけではなさそうだ。


 セドリックは階段を覗き込んだ。


「順番はいつも通りだ。シリルが先頭、次に俺。エリオとフィーナ、最後にバルガス」


「分かった」


 地下へ降りる前に、エリオはもう一度振動を確認した。


 短い音が七回。


 長い音が一回。


 周期は変わっていない。


        ◇


 階段は二十段ほどで終わった。


 そこから先は、監視塔の直下に作られた小さな地下室になっていた。


 広さは地上の一階とほぼ同じだが、造りはかなり違う。


 壁には棚も家具もなく、四方すべてが滑らかな石で覆われている。中央には腰ほどの高さの台座があり、その上に円筒形の金属器具が取り付けられていた。


 エリオが地上で聞いていた低い振動は、そこから出ている。


「これか」


 セドリックが言う。


「触らないで」


 フィーナがすぐに前へ出た。


「かなり古いけど、まだ魔力が残ってる」


「古代遺物?」


「そこまでは分からない。監視塔自体は数十年前まで使われてたんでしょう?」


「記録上はそうだ」


「なら、昔の魔道具って可能性もあるわ」


 フィーナは杖を近づける。


「でも変ね」


「何が?」


「これ、魔力を消費してるというより、どこかから受け取ってる」


 エリオも器具へ耳を向けた。


 円筒の内部では、何かが一定の周期で振動している。


 短い振動が七回。


 最後に長い振動が一回。


 それを繰り返すたび、台座の下からごく小さな反響が返ってくる。


「下にも何かある」


 エリオが言う。


「さらに地下?」


 シリルが床を叩いてみる。


 今度は、ほとんど詰まった音しかしない。


「空洞は分からないな」


「この装置の中を通ってるのかも」


 フィーナは台座を見た。


 正面には細長い溝が八本並んでいる。


 そのうち七本は同じ長さで、一番右だけ少し長い。


 エリオはそれを見て、地上で聞いた振動を思い出した。


「これ」


「同じね」


 フィーナもすぐに気づいた。


「七本と、一本」


 今度は偶然とは言いづらい。


 短い振動が七回。


 長い振動が一回。


 そして、装置にも七本の短い溝と一本の長い溝が刻まれている。


「昨夜の鐘も八回」


 シリルが言う。


「全部つながってると考える方が自然か」


「可能性は高い」


 エリオは答えた。


「でも、まだ何のための仕組みかは分からない」


 セドリックが周囲を見る。


「鐘を鳴らす装置?」


「それなら、ここから山の八か所に信号を送ってることになる」


 フィーナは台座に触れず、杖だけを近づけた。


「魔力の流れは外向きじゃないのよね」


「外じゃない?」


「むしろ逆。外からここへ集まってる」


 全員が少し黙った。


 エリオは昨夜の鐘を思い返した。


 塔を中心に順番に鳴った八つの鐘。


 これまでは、塔から何かが送られて鐘を鳴らしているのではないかと考えていた。


 だが、フィーナの観測が正しければ、その逆かもしれない。


「八か所から、ここに何か送ってる?」


「少なくとも魔力はそう見える」


「じゃあ鐘は」


 エリオは言いかけて止まった。


 鐘そのものが目的ではない。


 八つの地点で何かが起こり、その結果として鐘が鳴っている。


 そう考えた方が合うかもしれない。


「夜にだけ動く理由は?」


 バルガスが尋ねた。


「そこが分からない」


 フィーナは装置を見たまま答えた。


「時間で起動する術式か、周囲の魔力が一定条件になったときだけ反応するのか」


「月とか?」


 シリルが言う。


「毎晩なら月齢は関係なさそうだけど、日没はありえる」


「昨夜は完全に暗くなってからだった」


 エリオが言う。


「猟師の証言も夜だけだったし」


「じゃあ今夜、ここで待つ?」


 フィーナがセドリックを見る。


 セドリックはすぐには答えず、地下室全体を確認した。


「その前に、外の八か所を一つは見ておきたい」


「一つだけ?」


「全部回る時間はない。エリオが一番近いと判断した地点を調べる」


 エリオは昨夜の一音目を思い出した。


「西側が一番近いと思います」


「なら、昼のうちにそこへ行く」


        ◇


 監視塔を出た一行は、西側の斜面へ向かった。


 昨夜の音から推定した位置までは、歩いて二十分ほどだった。


 地図には道がない。


 シリルが前を進みながら、木々の間を慎重に確認する。


「人が通った跡はほとんどないな」


「鐘が置いてあるなら、昔は道があったはずじゃない?」


 フィーナが言う。


「何十年も使われてなきゃ消えるだろ」


 エリオは方向を修正しながら進んだ。


 山小屋から聞いた音なので、距離にはかなり誤差がある。ただ、谷の反響を考慮しても、大きく外れてはいないはずだった。


「もう少し右」


「こっち?」


「うん」


 さらに斜面を上ったところで、シリルが止まった。


「何かある」


 木の根元。


 落ち葉と苔に覆われた石が、半円形に並んでいる。


 自然にできた形ではない。


 バルガスが枝を払い、周囲の土を少し除けると、石の中央から細い金属柱が現れた。


 高さは膝より少し低い。


 上部には、小さな鐘が取り付けられていた。


「本当にあった」


 フィーナがしゃがむ。


 鐘は手のひらより少し大きい程度で、昨夜聞いたような重い音を出せる大きさには見えない。


「これが一音目?」


 シリルが尋ねる。


「たぶん。でも」


 エリオは鐘に近づいた。


「これだけ小さいのに、あんな低い音が出るかな」


「普通は無理ね」


 フィーナも同意する。


 鐘の下には細い金属棒が伸び、そのまま地面へ埋まっている。


 フィーナが魔力を確認すると、わずかだが反応があった。


「塔の地下と同じ系統の流れ」


「どっち向き?」


「ここから塔へ向かってる」


 やはり。


 塔が鐘へ何かを送っているのではない。


 この場所から、塔へ何かが流れている。


「音は?」


 セドリックがエリオを見る。


「今は何も鳴ってない」


「夜になれば動くか」


「たぶん」


 エリオは鐘へ耳を近づけた。


 金属自体は静かだった。


 だが。


 その下。


 地面へ埋まった棒から、かすかな音が聞こえる。


 水が流れるような。


 細い風が管を通るような。


「これ、地下でつながってる?」


「塔まで?」


 フィーナが尋ねる。


「分からない。でも、棒の下で何かがずっと鳴ってる」


 フィーナが土へ杖を近づけた。


「魔力の流れも地下へ続いてる。地面の下に導線みたいなものがあるのかも」


「八か所全部つながってるなら」


 シリルが塔の方向を見る。


「結構大きな設備だぞ」


 監視塔は、単なる見張りのための建物だと思われていた。


 少なくとも、近年の記録ではそうなっている。


 だが、地下装置と山中の八つの鐘が同じ仕組みの一部なら、この塔には別の用途があったことになる。


「いつ作られたんだろう」


 エリオが言う。


「塔と同じ時代とは限らないわね」


 フィーナが鐘の金属部分を調べながら答える。


「塔をあとから建てた可能性もあるし、逆に古い設備を監視用に流用した可能性もある」


「神殿より新しい?」


「見ただけでは何とも言えない」


 そこでフィーナは少し間を置いた。


「でも、少なくとも神殿で見た装置とは作り方が違う」


 エリオはその言葉に少し安心した。


 八という数が重なったからといって、すぐに古代神殿と同じものになるわけではない。


 違う仕組みなら、その違い自体が重要な情報になる。


        ◇


 夕方になる前に、一行は監視塔へ戻った。


 今夜は地下室で装置の変化を確認する。


 ただし全員が地下へ入るわけではない。


 シリルとバルガスは地上。


 セドリック、フィーナ、エリオが地下。


 鐘が鳴り始めたら、地上と地下の動きを同時に確認する。


 日が沈み、塔の中が暗くなっていく。


 地下室ではフィーナが装置の魔力を測り続け、エリオは振動を聞いていた。


 短い七回。


 長い一回。


 昼と変わらない。


「まだ?」


 セドリックが尋ねる。


「変化なし」


 完全に日が落ちてから、しばらく経った。


 そのとき。


 エリオは最初に気づいた。


「増えた」


「何が?」


「下の音」


 円筒形の装置の内部で、これまで一定だった低い振動が少しずつ強くなっている。


 フィーナも杖を見る。


「魔力も上がってる」


 八本の溝のうち、一番左の短い溝が淡く光った。


「来る」


 エリオが言った直後。


 遠くから。


 ゴォン。


 昨夜の一音目と同じ鐘が鳴った。


 ただし今度は、地下にいるため外からの音はかなり小さい。


 それよりも。


 エリオは装置の中で起きた変化をはっきり聞いていた。


 鐘が鳴った瞬間。


 一つ目の短い振動が消えた。


 そして。


 円筒の内部で、何かが一度だけ深く響いた。


「今、受け取った」


 エリオが言う。


「何を?」


「分からない。でも、鐘が鳴った瞬間に装置の音が変わった」


 フィーナが杖を確認する。


「魔力も増えたわ。外から入ってきた」


 やはり、鐘は外へ送るためのものではない。


 八つの地点から。


 何かを集めている。


 数分後。


 二つ目の溝が光る。


 二音目の鐘。


 そして、さらに魔力が増える。


 三つ目。


 四つ目。


 順番に。


 塔の周囲から何かが地下装置へ集まっていく。


「これ、満たしてるのか?」


 セドリックが言った。


「たぶん」


 フィーナの声にも緊張が混じっていた。


 七つ目の鐘が鳴ったとき。


 短い溝はすべて光っていた。


 残っているのは。


 一番右の長い溝だけ。


 エリオは息を止めずに、装置の音へ集中した。


 八音目。


 昨夜最も低かった鐘が鳴る。


 ゴォォン。


 長い溝が光った。


 八本すべてが揃った瞬間。


 円筒形の装置が、それまでとは違う音を出した。


 カン。


 小さく。


 金属同士が噛み合うような音。


 そのあと。


 地下室の奥で。


 重いものが動き始めた。


 石壁の一部が、ゆっくり横へずれていく。


 シリルたちのいる地上からも、何かが動く音に気づいたらしく声が聞こえた。


「下で何か開いたのか!」


「開いた!」


 セドリックが答える。


 壁の向こうには。


 暗い通路が続いていた。


 フィーナはすぐに灯りを向けたが、その先は途中で下へ傾斜しており、奥までは見えない。


 エリオは入口の前で耳を澄ませた。


 風が来ている。


 つまり、完全に閉じた空間ではない。


 そして、その奥から。


 かすかに。


 金属の響きが聞こえる。


 鐘ではない。


 もっと細かく。


 いくつもの音が重なっている。


「まだ続いてる」


 エリオが言った。


 セドリックが通路を見る。


「この先に?」


「うん。八つ集まって終わりじゃないみたい」


 今回の鐘は、誰かを驚かせるための怪異でも、単なる古い設備の故障でもなかった。


 八つの音は、監視塔の地下に隠された通路を開くために必要な手順の一部だった。


 ただし、その通路が何のために作られ、どこへ続いているのかは、まだ分からない。


 セドリックはしばらく奥を見たあと、その場で進むことを止めた。


「今日はここまでだ」


「行かないの?」


 フィーナが少し意外そうに聞く。


「地下構造も分からない。八つの装置が何を集めていたのかも分からない。夜中に入る理由はない」


「賛成」


 エリオもすぐに答えた。


 以前なら、聞こえる音の先をすぐ確かめたくなったかもしれない。


 今も知りたい気持ちはある。


 だが、聞こえたから進むのではなく、聞こえたものをどう判断するかが大切だということを、最近は何度も思い知らされている。


 通路の奥から届く金属音を《残響記録》へ保存しながら、エリオは入口から一歩離れた。


 明るくなってから調べればいい。


 音は逃げない。


 少なくとも、自分が覚えている限りは。

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