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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第三章 勇者候補のパーティ

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八つの鐘

翌朝、エリオが冒険者ギルドへ着いたとき、セドリックたちはすでに受付前に集まっていた。


 フィーナは何枚かの書類を手にしており、シリルはその横から内容を覗き込んでいる。バルガスは少し離れた場所で待っていた。昨日までと同じ四人なのに、これから自分もその中へ正式に加わるのだと思うと、見慣れた光景が少し違って見えた。


「来たな」


 セドリックがエリオに気づき、受付へ手招きする。


「まず登録を済ませる」


「何を書くんですか?」


「パーティ所属の変更と、共同依頼の報酬登録。それから緊急連絡先」


「思ったよりちゃんとしてる」


「何だと思ってたんだ」


「名前書いて終わりくらいかと」


 シリルが笑った。


「俺も最初そう思ってた」


「お前は書類読まずに署名しただけだろ」


 フィーナが呆れたように言う。


「読んだよ」


「読んでない。あとで『これ何の契約?』って聞いてたもの」


「昔の話だろ」


 二人のやり取りを聞きながら、エリオは受付へ向かった。


 担当した職員は、昨日の依頼報告でも顔を合わせた女性だった。エリオの名前を見ると、特に驚いた様子もなく書類を用意する。


「エリオ・アルディスさん。現在はミラさん、ルークさんとの登録がありますが、こちらは解消せず、セドリック・ヴァーンさんのパーティにも共同所属という形でよろしいですか?」


「できますか?」


「可能です。ただし、長期依頼が重なった場合の優先関係はパーティ間で調整してください。ギルド側では管理しません」


 昨日セドリックから聞いた通りだった。


「それでお願いします」


 職員が書類を一枚ずつ説明していく。


 パーティ名。


 代表者。


 所属者。


 報酬分配。


 負傷時の取り扱い。


 依頼途中での離脱条件。


 これまで三人で依頼を受けていたときには意識していなかった項目まで細かく決められていた。


「報酬は均等分配で登録されています」


 職員が言う。


 エリオはやはり少し気になったが、昨日セドリックに言われたことを思い出して何も言わなかった。


「こちらへ署名を」


 ペンを受け取る。


 エリオ・アルディス。


 書き慣れた自分の名前。


 ただ、その横にはすでに四人の名前が並んでいた。


 セドリック・ヴァーン。


 フィーナ。


 バルガス。


 シリル。


 そして最後に自分。


 署名した瞬間に何か特別な感覚があるわけではなかった。


 魔力が反応することもない。


 ただの紙だった。


 それでも。


「これで正式に登録完了です」


 職員に言われると、少しだけ実感が湧いた。


「よろしく」


 フィーナが言う。


「昨日までと何か変わる?」


 エリオが尋ねる。


「報酬が増える」


 シリルが即答した。


「そこなの?」


「大事だろ」


 バルガスがエリオの肩を一度だけ軽く叩いた。


「よろしく」


「はい」


 セドリックは最後に頷く。


「一か月。まずはそれでやってみよう」


「分かりました」


 試される。


 そんな感覚より。


 自分も相手を見ていい。


 そのことを昨日教えられた。


 だから今は、必要以上に緊張しなくてよかった。


        ◇


 登録を終えたあと、五人はギルドの奥にある小さな打ち合わせ用の机へ移った。


「次の依頼?」


 エリオが尋ねると、セドリックは三枚の依頼書を並べた。


「候補だ」


 一つ目は、街道沿いで増えている魔物の討伐。


 二つ目は、領主の護送。


 三つ目は、山岳地帯にある古い監視塔の調査だった。


 エリオの視線は自然と三枚目へ向いた。


 それに気づいたフィーナが笑う。


「絶対それ見ると思った」


「まだ何も言ってない」


「顔に出てる」


「最近そればっかり言われる」


 エリオは依頼書を手に取った。


 山中にある古い監視塔。


 数十年前までは街道の監視に使われていたが、新しい砦が建てられてから放棄されている。


 最近、付近を通った猟師が、夜になると塔の上から鐘の音が聞こえると報告した。


「また音?」


 エリオがセドリックを見る。


「偶然だ」


「本当に?」


「ギルドから提示された候補の一つだ」


「これ選ぶ気だったんじゃないですか?」


「お前がいなかったら討伐の方を選んでたかもしれない」


 それはつまり、自分がいるから候補になったということだ。


 エリオはもう一度依頼書を見る。


「鐘は残ってるんですか?」


「報告では、塔の鐘楼は十年前に崩れている」


「鐘そのものは?」


「不明」


「誰か調査した?」


「一組。昼間に塔へ入ったが、異常なし。鐘も見つからなかった」


「夜は?」


「泊まってない」


 エリオは眉を寄せた。


「どうして?」


「依頼の危険度が低かったから、その日のうちに帰ったらしい」


「じゃあ、音を確認してない?」


「そうなる」


 フィーナが依頼書を覗き込む。


「それなら私もこっちがいい」


「古い建物だから?」


「それもあるけど、鐘がないのに鐘が鳴るって面白いじゃない」


「僕と同じじゃん」


「私は研究的好奇心」


「僕もそうです」


「あなたは音なら何でもいいでしょう」


「そんなことない」


 シリルが二人を見て笑った。


「もうこの二人で決まりじゃねえか」


 セドリックは残りの二人にも確認した。


 バルガスは特に希望はないらしく、シリルも監視塔で構わないという。


「ならこれを受ける」


 決定は早かった。


 正式なパーティに入って最初の依頼。


 そう意識した瞬間、エリオの中に小さな期待が生まれた。


        ◇


 出発は翌日になった。


 それまでの時間を使って、エリオはミラとルークのところへ顔を出した。


 正式登録を済ませたことは、昨日の時点で伝えるつもりだったが、二人は先にギルドから聞いていたらしい。


「見たよ」


 ミラが言った。


「何を?」


「パーティ登録」


「早いな」


「同じギルドなんだから分かるって」


 ルークはテーブルの向こうでパンをちぎりながら、楽しそうに言う。


「五等分だって?」


「うん」


「いいじゃん。稼いできなよ」


「そこ?」


「大事だろ」


 シリルと同じことを言われ、エリオは少し笑った。


「次は監視塔」


「また変な音?」


 ミラがすぐに聞く。


「鐘」


「鐘があるの?」


「ないらしい」


「じゃあ鳴らないじゃない」


「だから調べる」


 ミラはしばらくエリオを見てから、深く息を吐いた。


「本当にそういうのばっかり引くわね」


「僕が選んだわけじゃないよ」


「でも喜んでる」


「少し」


「ほら」


 ルークが笑う。


「で、いつ戻る?」


「三日くらいの予定」


「なら帰ってきたら飲もうぜ」


「僕まだ十五」


「水でいいだろ」


「それ飲むって言わない」


「雰囲気だよ」


 会話は、以前とほとんど変わらなかった。


 パーティ登録が変わったからといって、二人との関係が急に変化するわけではない。


 それを実感すると、エリオは少し安心した。


        ◇


 翌朝。


 五人は町を出て北東へ向かった。


 監視塔までは一日半。


 最初は平坦な街道だったが、午後には少しずつ山へ入り始めた。


 エリオはいつものように周囲の音を拾っていた。


 森の鳥。


 風。


 遠くの沢。


 獣。


 特に異常はない。


「昨日の鐘」


 歩きながらフィーナが尋ねた。


「何か予想してる?」


「まだ」


「幽霊馬車と同じだと思わない?」


「音石?」


「そう」


「可能性はある。でも」


 エリオは少し考える。


「監視塔の周りで誰かが鳴らす理由が分からない」


「人を近づけたくないとか」


「それなら幽霊馬車と同じですね」


「二回続けて同じ仕掛けだったらつまらないわね」


「依頼に面白さ求めないでよ」


「あなたに言われたくない」


 フィーナは笑った。


 エリオも否定できなかった。


 それでも、今度は最初から「録音された音かもしれない」という可能性を持っている。


 前回の経験がある。


 自然な鐘の音。


 繰り返される記録。


 遠くから反射してくる別の場所の音。


 魔道具。


 魔術。


 考えられる原因はいくつもある。


 同じ「聞こえる」でも、調べ方は変わる。


 それが少し楽しかった。


        ◇


 日が暮れる前、一行は監視塔から数キロ離れた小さな山小屋へ着いた。


 旅人向けの避難小屋として使われているらしく、最低限の寝床と炉だけがある。


 ここで一晩過ごし、翌朝塔へ向かう予定だった。


 セドリックとシリルが周囲を確認し、バルガスが薪を集める。


 エリオは水を汲みに行こうとしたところで、ふと立ち止まった。


「どうした?」


 フィーナが尋ねる。


「今」


 耳を澄ませる。


 遠い。


 かなり遠く。


 山の奥から。


 低い金属音が一度だけ聞こえた。


 ゴォン。


 それは村で鳴る鐘よりずっと大きく、重い音だった。


 余韻が長い。


 谷の間を通り、何度も反射しながら消えていく。


「鐘?」


 フィーナにも聞こえたらしい。


 セドリックたちも動きを止めている。


「方向は?」


「監視塔の方です」


 依頼書には。


 鐘楼は十年前に崩れたと書かれていた。


 鐘そのものが残っているかも分からない。


 それでも。


 もう一度。


 ゴォン。


 今度は少し長く。


 同じ方向から鳴った。


 エリオは《残響記録》へ保存しながら、一つ目と二つ目を比較した。


 似ている。


 同じ鐘の音に聞こえる。


 だが。


「……違う」


 エリオが呟く。


「何が?」


 セドリックが尋ねる。


「二回目の方が低い」


「別の鐘?」


「分からない。でも、同じ鐘が二回鳴った音じゃない」


 フィーナが監視塔のある方向を見る。


「鐘が二つある?」


「それなら、崩れた鐘楼に一つも残ってないって話と合わない」


 エリオはさらに耳を澄ませた。


 三度目。


 ゴォン。


 今度は。


 さらに低い。


 それだけではない。


 一音目より余韻が短い。


 二音目とは反響する方向も少し違う。


 三つの鐘。


 そう考えかけて。


 エリオは違和感に気づいた。


「位置も違う」


「塔じゃないの?」


「全部、塔の方向にはある。でも、少しずつ離れてる」


 三つの音は。


 一つの場所から鳴っているのではない。


 山の斜面に沿って。


 少しずつ場所を変えながら鳴っている。


「移動してる?」


 シリルが言った。


 エリオは答えなかった。


 鐘を持って人が移動しているような速度ではない。


 それに、鐘を鳴らす前後の足音も聞こえない。


 四度目。


 ゴォン。


 さらに遠く。


 監視塔を中心に。


 何かが。


 山の中を一周するように。


 音だけを移動させていた。


 エリオは暗くなり始めた森の先を見つめた。


 前回の荷馬車とは違う。


 同じ音を繰り返しているのでもない。


 これは。


 鳴るたびに、音そのものが変わっている。


「明日まで待った方がいいですね」


 エリオが言うと、セドリックが頷いた。


「珍しく俺より先に言ったな」


「今回は夜に追いかける方が危ない」


「成長したじゃない」


 フィーナが笑う。


「でも」


 エリオは監視塔の方向から耳を離さなかった。


「これ、鐘の位置を順番に覚えておきたい」


「何のため?」


「並べたら何か分かるかもしれない」


 一音目。


 二音目。


 三音目。


 四音目。


 それぞれの方向と距離を頭の中へ残す。


 点として地図に置けば。


 どんな形になるのか。


 その夜。


 監視塔の周囲では。


 全部で八回。


 鐘が鳴った。

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