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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第三章 勇者候補のパーティ

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自分で選んだ場所

翌朝、リュネ村を出るころには、旧道の怪異についての話はすっかり村中に広まっていた。


 昨夜までなら、日が暮れる前に家へ戻っていたという村人たちも、今朝は道端で普通に立ち話をしている。子どもが旧道の方を指して何かを話し、大人にたしなめられている声まで聞こえた。


 たった一晩で、村の空気が変わっている。


 エリオは出発前、村の入口でその音をしばらく聞いていた。


 昨日までの村を知っているわけではない。それでも、最初に来たときより人の声が多いことは分かる。家の扉が開く音も、道を歩く足音も増えていた。


 怪異だと思われていたものの正体が分かっただけで、人はこれほど動けるようになるらしい。


「何聞いてるの?」


 隣へ来たフィーナが尋ねた。


「村」


「村?」


「昨日より、外に出てる人が多いなって」


 フィーナも周囲を見回した。


「そうね。村長も言ってたでしょう。夜の旧道を怖がって、日が落ちたらみんな家から出なくなってたって」


「音しかしてなかったのに」


「音しか、じゃないわよ。姿が見えないのに近づいてくる方が怖いことだってあるでしょう」


 それは、エリオにも分かる。


 姿が見えれば、少なくとも何がそこにいるのか判断できる。


 見えないものについては、音だけが情報になる。


 その音が何を意味しているか分からなければ、想像できる範囲はいくらでも広がっていく。


「だから、今回の依頼はちゃんと意味があったと思うわよ」


 フィーナはそう言って、先に歩き出した。


 エリオもその後へ続いた。


 村の外では、セドリックたちがすでに準備を終えている。拘束した者たちは昨日のうちにギルド側へ引き渡しているため、帰路は五人だけだった。


「忘れ物はないか?」


 セドリックが全員へ確認する。


 シリルがすぐに答えた。


「フィーナが宿に紙束忘れかけた」


「忘れてない。取りに戻っただけ」


「それを忘れかけたって言うんだよ」


「持ってきたんだから同じでしょ」


「違うだろ」


 二人のやり取りを聞きながら、エリオは荷物を背負い直した。


 この数日で、こうした会話にもかなり慣れた。


 最初にセドリックたちへ同行したときは、勇者候補のパーティというだけで少し身構えていた。実力差も大きく、何をすれば邪魔にならないかばかり考えていた気がする。


 今は、自分の役割がある。


 周囲の音を聞く。


 違和感があれば報告する。


 分からなければ、分からないと言う。


 それだけでも、この四人の中にいるときの感覚はずいぶん違っていた。


 ただ。


 町へ戻れば、答えなければならないことがある。


 セドリックから正式にパーティへ誘われたこと。


 それを、ミラとルークへ話す。


 考えないようにしても、そのことはずっと頭の片隅に残っていた。


        ◇


 帰り道は大きな問題もなく進んだ。


 山を下り、新道へ戻ると人通りも少しずつ増えていく。


 途中で小型の魔物の気配を二度拾ったが、どちらも進行方向から外れていたため、戦闘にはならなかった。


 昼を過ぎたころ。


 エリオが前方の音を聞いていると、シリルが横から声をかけてきた。


「なあ」


「何?」


「昨日の話、もう決めた?」


 何の話か分からないふりをする余地はなかった。


「まだ」


「ミラたちに話してからってやつ?」


「うん」


 シリルはしばらく黙って歩いた。


「意外だな」


「何が?」


「すぐ来るって言うかと思ってた」


 エリオは少し眉を寄せた。


「どうして?」


「だって、うちにいた方が面白そうだろ」


「自分で言うんだ」


「神殿だの幽霊馬車だの、変なのばっかり当たるし」


「それは確かに」


「だろ?」


 エリオは笑ったが、答えは変わらなかった。


「でも、それとミラたちは別だから」


 シリルはその言葉を聞くと、少しだけ表情を変えた。


「仲いいもんな」


「最初から一緒だったし」


「冒険者になってから?」


「うん」


 黒牙狼に追われたとき。


 ミラとルークに助けられた。


 そこから一緒に依頼を受けるようになり、廃坑で人を助け、少しずつランクも上がった。


 エリオにとって、冒険者としての経験の大半は二人と一緒に作ったものだった。


「じゃあ、うちに来たら二人とは組まなくなる?」


「それが分からない」


「両方やればいいじゃん」


「セドリックは長期的には難しいって」


「まあ、依頼の期間が伸びるとな」


 シリルは納得したように頷いた。


「でも別に、二度と組めなくなるわけじゃないだろ」


「それはそうだけど」


「なら、そんな難しく考えなくてもいい気がするけどな」


 ミラにも似たことを言われた。


 簡単なことを難しく考えている、と。


 もしかすると、本当にそうなのかもしれない。


 所属するパーティが変わることを、何かを捨てることのように考えている。


 けれど冒険者なら、依頼ごとに一時的な編成を組むこともあるし、以前の仲間と再び組むことも珍しくない。


「シリルは、ずっとセドリックたちと?」


 今度はエリオから尋ねた。


「いや」


「違うの?」


「最初は別の連中と組んでた」


 少し意外だった。


 今の四人は長く一緒にいるように見える。


「いつから?」


「三年くらい前かな。俺がBに上がるちょっと前」


「どうして移ったの?」


「前のパーティが解散したから」


「喧嘩?」


「全然」


 シリルはあっさり答えた。


「一人は結婚して地元に帰った。一人は商隊の専属護衛になった。もう一人は冒険者辞めた」


 エリオは少し驚いた。


「それで終わり?」


「終わりって?」


「もっと何かあるのかと思った」


「何もないぞ」


 シリルは笑った。


「パーティって、ずっと同じとは限らないからな。仲悪くなって終わることもあるし、普通にそれぞれの都合で別れることもある」


「今も会う?」


「たまに。地元帰った奴はさすがに遠いけど、商隊の奴とは去年一緒に飲んだ」


 その話は、エリオにとって少し意外だった。


 パーティを離れることと、関係が切れることは同じではない。


 頭では分かっていたつもりだった。


 だが、実際にそういう経験をした人間から聞くと、少し違って感じる。


「まあ」


 シリルは前を向いたまま続けた。


「お前の場合、今すぐ決める必要ないんだろ?」


「うん」


「なら、ちゃんと話せばいいんじゃねえの」


「そうする」


「ミラって人、怒りそう?」


「怒らないと思う」


「じゃあ何をそんなに悩んでるんだよ」


 それが自分でも分からないから困っている。


 エリオは答えず、代わりに前方へ耳を澄ませた。


        ◇


 町へ戻ったのは翌日の午後だった。


 東門を抜けた瞬間、聞き慣れた騒がしさが戻ってくる。


 商人の呼び声。


 荷車。


 鍛冶場の金属音。


 建物の窓から漏れる話し声。


 数日しか離れていないのに、妙に懐かしい。


 一行はそのまま冒険者ギルドへ向かった。


 リュネ村の依頼については現地の支部から先に連絡が入っているため、報告自体は簡単に終わった。


 音石による偽装だったこと。


 無許可採掘が行われていたこと。


 坑道の一部が崩落したこと。


 救出者が出たものの死傷者はいなかったこと。


 セドリックが報告し、フィーナが音石について補足する。


「エリオの聴覚がなければ、崩落の兆候を見つけられなかった可能性が高い」


 受付職員がそう記録へ付け加えた。


 エリオは横から紙を見ていたが、少し居心地が悪くなった。


「そこまで書くんですか?」


「功績記録だからな」


 シリルが答える。


「必要でしょ」


 フィーナも当然のように言った。


「ランク査定にも関係するんだから」


「でも、セドリックが判断してシリルが助けに行ったし」


「だからパーティの功績でもある。でも、最初に異常を見つけたのはあなた」


 エリオはそれ以上何も言わなかった。


 以前なら、自分がやったことを大きく扱われるのが落ち着かなかった。


 今も完全に慣れたわけではない。


 ただ、それを全部否定することも違う気がしてきた。


 自分が聞いた。


 自分が判断した。


 その結果、人が助かった。


 それは事実だ。


        ◇


 報告が終わったあと。


 エリオはギルド内を見回した。


 ミラとルークの姿はない。


「いないな」


 思わず口にすると、フィーナがこちらを見る。


「探してる?」


「うん」


「受付で聞けば?」


 エリオは少し迷ったが、その通りにした。


 受付職員によれば、二人は朝から近郊の討伐依頼へ出ており、夕方までには戻る予定らしい。


「じゃあ待つか」


 エリオが言うと、セドリックは頷いた。


「今日はもう予定はない。俺たちは宿へ戻る」


「分かりました」


 そこで一度、全員と別れることになった。


 ただ、フィーナだけはまだ神殿関連の資料を確認したいと言って、ギルドに残った。


「エリオも見る?」


「今日はいい」


「珍しい」


「ミラたち待つから」


「そっち優先ね」


 フィーナはそれ以上何も言わなかった。


 エリオは食堂の端に座り、飲み物だけ注文した。


 時間は思ったよりゆっくり進んだ。


 その間にも冒険者が何人も出入りする。


 知らないパーティ。


 以前どこかで見た顔。


 依頼を終えて笑っている者。


 負傷して戻ってきた者。


 エリオは何となく、それぞれの会話を意識しないようにしていた。


 聞こうと思えば聞こえる。


 だが、聞こえるからといって全部を拾う必要はない。


 《残響記録》を使い始めた頃は、聞こえる音をできるだけ覚えておきたいと思っていた。


 今は少し違う。


 必要なものを選ぶ。


 それも使い方の一つなのだと分かってきた。


 夕方近くになって。


 入口の扉が開く音がした。


 続いて、二人分の足音。


 片方は少し重い。


 もう片方は軽い。


 顔を見る前に分かった。


「おかえり」


 エリオが声をかけると、ミラがこちらを見た。


「あれ、先に帰ってたの?」


「さっき」


 ルークも手を上げる。


「幽霊馬車どうだった?」


「偽物だった」


「早いな説明」


「詳しく話すと長いよ」


「じゃあ飯食いながら聞く」


 二人は依頼の報告を先に済ませ、それからエリオのテーブルへ戻ってきた。


 いつものように三人で座る。


 エリオはリュネ村であったことを簡単に話した。


 音石。


 無許可採掘。


 坑道の崩落。


「また廃坑で人助けたの?」


 ミラが呆れたように言う。


「今回僕は中に入ってない」


「そういう問題?」


「崩れる音がしたから伝えただけ」


「だけ、で三人助かったんだろ」


 ルークが言った。


「なら十分じゃん」


 エリオは少し笑った。


 以前なら「たまたま聞こえただけ」と返していたかもしれない。


 今日はそう言わなかった。


 しばらく三人で依頼の話をした。


 旧道の幽霊荷馬車をどうやって作っていたのか説明すると、ルークはかなり面白がっていた。


「音だけで幽霊作れるのか」


「作れるっていうか、騙してただけだけど」


「お前もできる?」


 エリオは少し間を置いて答えた。


「たぶん」


「じゃあ今度、ミラの後ろから村長の声で――」


「やったら殴る」


 ミラが即答した。


「まだ何も言ってない」


「言わなくても分かる」


 笑いが起きる。


 その空気が落ち着くまで、エリオは本題を切り出せなかった。


 どう言えばいいのか考えていると、ミラの方が先に気づいた。


「で?」


「何?」


「まだ何かある顔してる」


「そんな分かりやすい?」


「かなり」


 ルークも頷く。


「依頼の話だけじゃないだろ」


 逃げる意味はない。


 エリオは一度息を吐いた。


「セドリックに、正式にパーティへ入らないかって言われた」


 二人とも、すぐには反応しなかった。


 ミラは驚いたように目を少し開き、ルークも一瞬だけ表情を止めた。


「正式に?」


 ミラが確認する。


「うん。前みたいな臨時同行じゃなくて」


「いつ?」


「リュネ村で」


「返事は?」


「まだしてない」


 ミラはそこでエリオをじっと見た。


「どうして?」


 思っていた質問と違った。


「どうしてって」


「行きたいんでしょう?」


 エリオは言葉に詰まった。


「分からない」


「嘘」


「嘘じゃない」


「じゃあ、セドリックたちと一緒にやってみたい?」


 今度は答えられた。


「……やってみたい」


「じゃあ、それでいいじゃない」


 あまりにも簡単だった。


 エリオは思わずミラを見る。


「いいの?」


「何が?」


「僕、こっちのパーティなのに」


「前にも言ったでしょ」


 ミラは少し呆れたように笑った。


「別に追い出してないし、閉じ込めてもない」


「でも、正式に入ったら依頼が重なることもあるし」


「それはそのとき相談すればいい」


「長期的には両方は難しいって」


「じゃあ長期的になったとき考えれば?」


 まただ。


 この人は、自分が先の先まで考えて悩んでいることを、簡単に現在へ戻してくる。


「ルークは?」


 エリオが見ると、彼は少し考えてから答えた。


「俺は行った方がいいと思う」


「そんなすぐ?」


「だって、うちでできることより向こうでできることの方が多いだろ」


「それ、前にも言ってたけど」


「今も同じ」


 ルークは真面目な顔だった。


「俺らと組んでるのが嫌になったとかなら話は別だけど」


「そんなことない」


「なら問題ないじゃん」


 エリオは黙った。


 本当に。


 二人は驚くほど簡単に言う。


 自分だけが、何か大きな選択だと思っていた。


「寂しくないの?」


 口に出してから、自分でも少し子どもっぽい質問だと思った。


 ミラは一瞬だけ目を丸くした。


 それから笑った。


「そりゃ寂しくないって言ったら嘘だけど」


 エリオは彼女を見る。


「でも、それで行くなって言う方が嫌」


「どうして?」


「エリオが自分で見つけた場所でしょう?」


 神殿も。


 セドリックたちも。


 そこへ連れて行かれたのではなく、自分が音を追って辿り着いた。


「だったら、一回ちゃんと行ってみればいいじゃない」


 ミラは続ける。


「合わなかったら戻ってくればいいし」


「戻っていいの?」


「何その確認」


 ミラが笑う。


「帰ってきなさいって言ったでしょ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸の中にあった引っかかりが、少しだけほどけた。


 あのときの言葉は。


 依頼から無事に戻ってこい、という意味だけではなかったのかもしれない。


 エリオがどこへ行っても。


 ここへ戻ってくればいい。


 そういう意味にも聞こえた。


「じゃあ」


 エリオは少し迷ってから言った。


「行ってみようかな」


「うん」


 ミラはそれだけ答えた。


 ルークも笑う。


「勇者候補パーティの一員か。出世したな」


「まだ決まってないって」


「今決めたようなもんだろ」


「セドリックに返事してない」


「じゃあ早くしろよ」


「今日?」


「今日でいいだろ」


 エリオは少し考えた。


 もう、先延ばしにする理由はなかった。


        ◇


 食事を終えたあと。


 エリオはセドリックたちが泊まっている宿へ向かった。


 ミラとルークはついてこなかった。


「自分で言ってきなさい」


 ミラにそう言われたからだ。


 宿の一階へ入ると、セドリックはシリルと話していた。


 エリオに気づくと、すぐにこちらを見る。


「どうした?」


「話した」


 それだけで何のことか分かったらしい。


「二人と?」


「うん」


 セドリックは返事を急かさなかった。


 エリオが自分から続けるのを待っている。


「しばらく」


 エリオは言葉を選んだ。


「一緒にやってみたいです」


 シリルが少し笑った。


 セドリックは表情を大きく変えなかったが、わずかに肩の力が抜けたように見えた。


「分かった」


「それだけ?」


「何を期待してた?」


「もう少し何かあるのかと」


「歓迎する」


「今付け足したでしょ」


「必要かと思って」


 エリオは少し笑った。


「手続きは?」


「明日ギルドでやる。ただし」


 セドリックはそこで少し真面目な表情に戻った。


「最初から無期限にはしない」


「どういうこと?」


「まず一か月」


「一か月?」


「正式加入扱いにはするが、試用期間みたいなものだと思えばいい。その間に、お前も俺たちも実際に続けられるか判断する」


「そんな制度あるんですか?」


「ギルドの制度じゃない。うちのやり方だ」


 シリルが横から口を挟む。


「俺のときもそうだったぞ」


「そうなの?」


「三か月くらい居座ってから気づいたけどな」


「それ試用期間になってないじゃん」


「細かいことはいいんだよ」


 セドリックは続けた。


「ミラとルークとも、必要なら依頼を受けて構わない。ただし、こっちの長期依頼が入っているときは事前に相談してくれ」


「分かりました」


「あと報酬は五等分」


 エリオは一瞬聞き返しそうになった。


「僕も?」


「五人いるんだから当然だろ」


「でも戦闘では」


「その話はもうした」


 セドリックはそこで切った。


「役割で報酬を変えるなら、毎回誰がどれだけ働いたか計算することになる。うちは基本的に均等だ」


「フィーナもシリルも?」


「全員」


 エリオは少しだけ戸惑った。


 自分がこれまで受けてきた依頼では、三人で同じだけ分けることが多かった。


 だが、セドリックたちの依頼は報酬額自体が大きい。


 そこへ自分が同じ割合で入ることに、少し抵抗があった。


「嫌なら、お前だけ減らすか?」


 セドリックが尋ねた。


「それは嫌です」


「なら決まりだ」


 言われてしまえば、それ以上何も言えなかった。


「明日の朝、ギルドに来い。登録を済ませたら、次の予定を確認する」


「次ももうある?」


「候補はいくつか」


 シリルが楽しそうに笑う。


「今度は何が聞こえるんだろうな」


「僕がいる前提で怪異探さないでよ」


「でも得意だろ」


「怪異じゃなくて音」


「同じようなもんじゃん」


「全然違う」


 そんなやり取りをしながら。


 エリオは、ふと気づいた。


 数週間前まで。


 勇者候補のパーティというのは、遠くから見るものだった。


 自分とは違うランク。


 違う仕事。


 違う世界にいる人たち。


 それが明日から。


 自分も、その五人目として登録される。


 不思議だった。


 怖くないわけではない。


 自分が本当にここでやっていけるのか。


 足を引っ張らないか。


 まだ分からない。


 でも。


 ミラが言った。


 合わなかったら戻ってくればいい。


 その言葉があるだけで。


 試してみようと思えた。


 エリオは宿を出ると、夜の町を一人で歩いた。


 遠くで鐘が鳴る。


 人の声。


 馬車。


 店を閉める扉。


 聞き慣れた町の音の中を歩きながら、自分の足音だけが少し違って聞こえた。


 明日から何かが大きく変わるわけではない。


 《残響記録》が急に強くなるわけでもない。


 古代神殿の謎が解けるわけでもない。


 それでも。


 冒険者になってから初めて。


 自分で選んで。


 次の場所へ行く。


 そのことだけは。


 確かに、これまでとは違っていた。

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