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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第三章 勇者候補のパーティ

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姿のない荷馬車

 翌朝、東門へ着いたときには、まだ朝の冷たい空気が町に残っていた。


 門の外では、商人たちが荷車の積み荷を確かめ、護衛の冒険者たちが武器や水袋を点検している。昨夜のうちに雨が少し降ったらしく、石畳の隙間には濃い色が残り、馬が歩くたびに湿った土の匂いが混じった。


 エリオは集合場所へ向かいながら、自然と周囲の音を拾っていた。


 荷車の車輪が一台だけわずかに軋んでいる。


 右手の厩舎では、繋がれた馬が前脚で地面を二度叩いた。


 門番が書類をめくる音。


 遠くでは、町を出る鐘が一度鳴った。


 どれも特別なものではない。


 それでも昨夜、セドリックから言われた言葉を思い出すと、普段聞き流していた音まで少し違って聞こえた。


『恩恵も含めてお前だろ』


 今まで、《残響記録》は自分が持っている道具のように考えることが多かった。


 便利な能力。


 場合によっては役に立つ能力。


 だが、自分そのものと言われると、不思議な感覚がある。


 前世で音を集めていたことも。


 この世界で《残響記録》を得たことも。


 聞こえる音を無視できず、気になれば意味を知りたくなることも。


 全部を切り離す必要はないのかもしれない。


「朝から難しい顔してるな」


 声をかけられ、エリオは顔を上げた。


 セドリックたちはすでに揃っていた。


 バルガスは大きな荷物を背負い、シリルは腰の短剣や弓の状態を確認している。フィーナは片手にパンを持ったまま、もう片方で地図を眺めていた。


「別に難しいこと考えてません」


「本当か?」


「ちょっとだけ」


「やっぱり考えてるじゃない」


 フィーナが地図から目を上げずに言う。


「昨日からずっとそんな感じよ。神殿のこと?」


「それもあるけど」


 エリオはそこで言葉を止めた。


 セドリックから誘われたことを、フィーナたちがどこまで知っているのか分からない。


 その迷いが顔に出たのか、シリルがすぐに笑った。


「昨日セドリックに誘われた件なら、俺たちも知ってるぞ」


「知ってるんですか?」


「そりゃ勝手に一人で決めないだろ」


「そういう言い方をすると俺が普段勝手に決めてるみたいになる」


 セドリックが言うと、シリルは肩をすくめた。


「実際、最後に決めるのはお前だし」


「相談はしてる」


「はいはい」


 エリオは少し拍子抜けした。


「みんな、僕がしばらく一緒にいてもいいんですか?」


 フィーナがようやく地図から顔を上げた。


「嫌だったら昨日のうちに言ってるわよ」


「俺は楽になる」


 バルガスが珍しく口を開いた。


 エリオが驚いてそちらを見る。


「楽になる?」


「後ろを気にしなくていい」


 それだけ言って、バルガスはまた黙った。


 短い言葉だったが、意味はすぐに分かった。


 敵や異変を早く知らせる者がいれば、前衛は目の前の状況へ集中できる。


「俺も賛成」


 シリルが続ける。


「斥候としては競争相手が増えるみたいで微妙だけどな」


「役割違わない?」


「違うけど、俺が頑張って足跡探してる横で『三百メートル先に四人います』とか言われると、ちょっと腹立つ」


「そんな遠くまで毎回分からないよ」


「毎回じゃなきゃいいって話でもない」


 冗談なのは分かっていた。


 そのやり取りを聞いているうちに、昨日から感じていた緊張が少し薄れる。


 セドリック一人に誘われたのではない。


 少なくとも、四人とも自分が同行することを受け入れている。


 それはエリオにとって思っていた以上に大きかった。


「そろそろ出るぞ」


 セドリックの声で、一行は町を離れた。


        ◇


 リュネ村までは二日ほどかかる。


 初日は街道を北西へ進み、途中にある宿場で一泊する予定だった。


 町を出てしばらくは人通りも多かったが、昼前には周囲の景色が開け、畑と草原が広がり始めた。遠くには山々が連なり、その向こうに今回の目的地がある。


 古代神殿へ向かったときとは違い、急ぐ旅ではない。


 危険度も高くないと見られているため、道中では比較的余裕があった。


 それでもセドリックたちは、移動中の役割を明確にしていた。


 シリルが前方の地形や人の痕跡を見る。


 バルガスが隊列の中央寄りを歩き、突然の襲撃に備える。


 フィーナは魔力感知を必要な場面だけ使う。


 そしてエリオには、周囲の音に違和感があればすぐ報告するよう言われた。


 以前からやっていたことではある。


 ただ、今回は最初から役割として組み込まれている。


「左の森に何かいます」


 昼過ぎ、エリオがそう言うと、全員が自然に歩みを緩めた。


「距離は?」


 セドリックが尋ねる。


「百五十くらい。たぶん一匹。四足です」


「大型?」


「そこまで大きくないと思う。足音が軽い」


 シリルが森の縁へ目を向ける。


「こっちに近づいてる?」


「いや、平行に動いてる」


 セドリックは少し考えたあと、そのまま進むことを選んだ。


 結局、森の中にいたものは姿を見せなかった。


 誰も「本当にいたのか」と確認しない。


 それが今では自然になっている。


 エリオ自身も、以前のように「外れていたらどうしよう」と考えることが減っていた。


 聞こえたものを、そのまま伝える。


 判断はセドリックがする。


 自分の役割は、必要な情報をできるだけ正確に渡すことだ。


 その分担がはっきりしているため、余計な不安を抱えずに済む。


「こういうの、前からやってたの?」


 歩きながらフィーナが尋ねた。


「何が?」


「音で周囲を探すこと」


「冒険者になってからは」


「最初から?」


「最初はもっと適当でした。何かいるとか、音がするとか、それくらい」


「今は距離まで言うじゃない」


「慣れたから」


 エリオは少し考えた。


「同じ音を何度も聞いてると、比べられるようになるんです。近いときと遠いときで、反響とか大きさが違うから」


「普通の人でもできる?」


「ある程度なら。でも僕は前に聞いた音をそのまま比べられるから」


 フィーナが納得したように頷く。


「そこが強いのね」


「たぶん」


 《残響記録》の本当の価値が古代魔術にあるかもしれない。


 神殿ではそんな可能性が見え始めた。


 それでも、今やっていることはずっと変わらない。


 聞く。


 比べる。


 違いを見つける。


 その積み重ねだけでも十分に役立つ。


「そういえば」


 フィーナは歩きながら、ふとエリオを見た。


「あなた、音を記録する数に限界ってあるの?」


「今のところ分からない」


「十五年分全部残ってる?」


「意識して覚えてない音もあると思う。でも、ちゃんと聞いたものはかなり」


「前世まで含めたら?」


「それも残ってる」


「頭おかしくならない?」


「その言い方ひどくない?」


「だって何十年分も音が入ってるんでしょう?」


 エリオは少し笑った。


 確かに、すべてが同時に聞こえていたら耐えられない。


 だが《残響記録》はそういう能力ではない。


「ずっと鳴ってるわけじゃないから。必要な音を探して思い出す感じ」


「本棚みたいなもの?」


「それが近いかも」


「ちゃんと分類されてる?」


「自分でしてます」


「そこは恩恵がやってくれないのね」


「やってくれたら楽なんだけど」


 前世でも、録音した音をそのまま放置すると後で探せなくなった。


 日付や場所を付け、用途ごとに整理する必要があった。


 今も同じだ。


 違うのは、保存場所が機械ではなく自分の中になったことくらいだった。


        ◇


 夕方、宿場町へ着いた。


 小さな町だったが、街道沿いにあるため宿と食堂は多い。馬車を泊める大きな厩舎もあり、行商人や旅人の姿が目立った。


 一行はギルド指定の宿へ入り、二部屋を取った。


 夕食まで少し時間があるというので、エリオは一人で宿の外へ出た。


 目的があるわけではない。


 旅先へ来ると、町ごとに音が違うことが気になる。


 大きな都市では人の声や荷車が絶えない。


 農村では家畜や風の音が多い。


 ここは宿場なので、馬の蹄と車輪の音が圧倒的に多かった。


 明日向かうリュネ村で聞こえるというのも荷馬車の音だ。


 エリオは道沿いの柵へ寄り、通り過ぎる荷車を何台か意識して聞いた。


 車輪が石を踏む音。


 軸が軋む音。


 荷台の中で木箱が揺れる音。


 馬の蹄。


 手綱についた金具。


 一口に荷馬車と言っても、積み荷や車体によってかなり違う。


 村人たちが聞いたものを詳しく説明してくれれば、何か比較できるかもしれない。


「仕事熱心だな」


 後ろからセドリックの声がした。


「聞いてただけです」


「それを仕事熱心って言うんだ」


 彼はエリオの隣へ来て、街道を眺めた。


「明日の件、何か考えてるか?」


「現地を見ないと何とも」


「正しい答えだな」


「でも、荷馬車って言ってもいろんな音があるから、村の人にできるだけ詳しく聞きたいです」


「車輪の数まで分かる?」


「音がちゃんと残ってれば」


「馬の数は?」


「たぶん」


「積み荷は?」


「さすがに中身までは無理ですよ」


「聞けば分かるのかと思った」


「僕を何だと思ってるんですか」


 セドリックが笑う。


 昨日までは勇者候補という肩書きを意識することも多かったが、こうして二人で話していると、それほど年上でもない普通の冒険者に見える。


「昨日の話」


 セドリックが不意に言った。


 エリオは何のことかすぐ分かった。


「一緒に組むって話?」


「ああ。急がなくていいと言ったが、一つだけ訂正しておきたい」


「何を?」


「神殿があるから誘ったわけじゃない」


 エリオは彼を見る。


「昨日も言ってませんでした?」


「言った。ただ、お前があまり信じてない顔してたからな」


「そんな顔してた?」


「してた」


 最近、顔に出ていると言われることが増えた気がする。


「お前が神殿の扉を開けられなくても、俺はたぶん同じ話をした」


「どうして?」


「便利だから」


「結局能力じゃないですか」


「便利なのは悪いことか?」


 エリオは答えに詰まった。


 セドリックは続ける。


「剣が上手いから前衛を頼む。魔術が使えるから術師を頼む。追跡ができるからシリルを斥候にしてる。それと同じだ」


「でも」


「能力を理由に必要とされることと、能力だけを見られることは違う」


 エリオは黙った。


 その違いを、これまで深く考えたことがなかった。


「お前は自分で考えて報告する。分からないときは分からないと言うようにもなった。危険だと思えば再生を断る。神殿で一番評価したのはそこだ」


「最初は結構鳴らしてましたけど」


「最初の失敗から学んだなら十分だ」


 黒牙狼のことまで知られているわけではない。


 それでも似たような失敗は、神殿でも起こしかねなかった。


 意味の分からない音を再生すれば、何が起こるか分からない。


 以前の自分なら、好奇心の方が先に立った可能性はある。


「だから、今すぐ答えを出す必要はない。俺たちがお前を見てるように、お前も俺たちを見ればいい」


「僕が?」


「パーティは片方だけが選ぶものじゃないだろ」


 その言葉は、エリオには新鮮だった。


 冒険者になったばかりの頃は、経験の浅い自分が誰かを選ぶ立場だとは考えなかった。


 ミラとルークに助けられ、そのまま一緒に行動するようになったのも、最初から計画していたわけではない。


 相手が自分を必要とするかどうか。


 そこばかり考えていた。


 自分が誰と行きたいのか。


 誰なら命を預けられるのか。


 それも同じくらい重要なのだろう。


「分かりました」


「なら、明日もしっかり見ろ」


「何を?」


「俺たちが失敗するところも含めて」


「失敗する予定なんですか?」


「しない予定で行く」


「じゃあ見られないじゃないですか」


 セドリックが少し笑ったところで、宿の方からシリルの声が飛んできた。


「飯なくなるぞ!」


 セドリックが振り返る。


「行くか」


 エリオも街道から離れた。


 そのとき、一台の古い荷馬車が目の前を通り過ぎた。


 馬は二頭。


 車輪は四つ。


 右後ろの車輪だけ少し軸が緩んでいる。


 荷台には金属製の道具らしい重いものが積まれていて、道の凹凸に合わせて低くぶつかり合っていた。


 エリオは何となく、その音を《残響記録》へ残した。


 明日、使うかもしれない。


 その程度のつもりだった。


        ◇


 翌日の昼過ぎ。


 山道へ入り始めた頃から、空気は明らかに変わった。


 街道は少しずつ狭くなり、左右に木々が増える。遠くから聞こえていた旅人や荷車の音も減り、一行以外の人間の気配はほとんどなくなった。


「この先で新道と旧道が分かれる」


 セドリックが地図を確認する。


 しばらく進むと、確かに道が二つへ分岐していた。


 右側は比較的新しく整備された広い道で、轍も新しい。


 左側は木々の間へ入っていく細い道だった。


 古い標識が傾き、草がかなり伸びている。


「あれが旧道?」


「そうだ」


 目的のリュネ村へは新道から向かえる。


 旧道は山の中を大きく回り込み、村の北側へ下りてくるらしい。


 夜になると、その旧道から荷馬車の音が聞こえる。


 エリオは分岐点で足を止め、しばらく耳を澄ませた。


「何か聞こえる?」


 フィーナが尋ねる。


「今は特に」


 鳥。


 風。


 木の上を走る小動物。


 ずっと奥に水の流れる音もある。


 荷馬車はもちろん、馬の足音もない。


「今日は村へ行く。旧道の調査は村人から話を聞いてからだ」


 セドリックの判断で、一行は新道を進んだ。


 村が見えてきたのは夕方近くだった。


 山の斜面に沿って家々が並び、その中央を細い川が流れている。小さな畑と牧草地があり、入口近くには古い石造りの祠が立っていた。


 到着を知らせるため村長の家へ向かうと、すでに話が通っていたらしく、五人はすぐ中へ案内された。


 村長は六十歳を過ぎた小柄な男だった。


「よく来てくださいました」


 挨拶を交わしたあと、セドリックが早速本題へ入る。


「荷馬車の音について、最初から詳しく聞かせてもらえますか」


「もちろんです」


 村長は頷き、最初に音が聞こえた夜の話を始めた。


 一か月ほど前。


 深夜。


 旧道の方から、荷馬車が村へ向かってくる音がした。


 最初に気づいたのは村外れに住む老人だった。


 珍しい時間に誰か来たと思い、家の外へ出た。


 音は確かに近づいてくる。


 馬の蹄。


 車輪。


 荷台が軋む音。


 ところが、道を見ても何もいない。


「その人は、どのくらい近くまで聞こえたと言ってます?」


 エリオが尋ねる。


「村の北門のすぐ外まで来たように聞こえたそうです」


「そこで消えた?」


「はい。突然」


「少しずつ遠くなったんじゃなく?」


「消えた、と」


 エリオは頷きながら記憶する。


「馬は何頭か分かります?」


 村長は少し驚いた顔をした。


「そこまでは……」


「車輪が何個かとか、何か金属が鳴ってたとか」


「聞いた者を集めましょうか?」


「お願いします」


 しばらくすると、その夜や別の日に音を聞いた村人が六人ほど集められた。


 エリオは一人ずつ話を聞いた。


 聞こえた方向。


 時刻。


 どんな音だったか。


 どこで消えたか。


 証言には多少の違いがあった。


 だが、共通している部分も多い。


 馬は一頭か二頭。


 車輪は普通の荷馬車。


 速度は速くない。


 荷台から、ときどき硬いものがぶつかる音がする。


「硬いものって、金属?」


 エリオが尋ねると、三人が似たような答えをした。


「鐘みたいな音だった」


「鐘?」


「大きな鐘じゃないですよ。カン、と鳴るような」


 エリオは昨日宿場で聞いた荷馬車を思い出した。


 金属製の道具を積んだ車。


 似た音なら、積み荷の種類によって出る。


「あと」


 一人の老女が遠慮がちに手を上げた。


「歌が聞こえたことがあります」


 部屋の空気が変わった。


「歌?」


 セドリックが確認する。


「はい。馬車の音の向こうから。ほんの少しだけ」


「人の声ですか?」


 エリオが尋ねる。


「女の人だったと思います」


「言葉は?」


「分かりませんでした」


 エリオは慎重に続けた。


「同じ夜に荷馬車を聞いた人で、その歌を聞いた人は?」


 誰も手を上げなかった。


 老女だけが聞いている。


「どんな歌だったか覚えてます?」


「歌というか……声を伸ばしていただけかもしれません。高くて、細い声でした」


 フィーナがエリオを見る。


 神殿の少女を連想したのだろう。


 エリオも一瞬は考えた。


 だが、すぐに切り離す。


 似た要素があるからといって、何でも神殿へ結びつけるべきではない。


「今夜、音がするかは分からないんですよね」


「ええ」


 村長が頷く。


「昨夜は聞こえませんでした。ですが、その前は二晩続けて」


 セドリックは全員を見る。


「今夜は村の北側で待つ。音がしなければ、明日旧道を直接調べる」


 全員が同意した。


        ◇


 夜。


 エリオたちは村の北端にある空き家を借り、旧道が山から下りてくる方向を監視していた。


 灯りは最小限。


 外にはシリルが出ている。


 エリオは窓際に座り、目を閉じて耳を澄ませていた。


 山の夜は静かだった。


 川。


 虫。


 風。


 家畜。


 遠くで枝が折れる音が一度した。


 それから長い時間、何も起こらない。


「今日は外れかもね」


 フィーナが小声で言った。


「まだ分からない」


 エリオは耳を澄ませたまま答える。


 深夜に近づいた頃。


 最初に聞こえたのは馬だった。


 遠い。


 山の上。


 一定の間隔で、硬い地面を踏む蹄の音。


 エリオはすぐに顔を上げた。


「来た」


 全員が動きを止める。


 セドリックが声を落とした。


「どこだ?」


「旧道。かなり上です」


 エリオは集中した。


 一頭。


 いや。


「馬は二頭」


 続いて車輪の音。


 四輪。


 木製。


 速度はゆっくり。


 荷台もある。


 村人たちの証言と一致する。


「確かに荷馬車です」


「見える?」


 外にいたシリルから小さな合図が入る。


 姿は見えない。


 それでも音は確実に近づいている。


 エリオは《残響記録》へ一つずつ保存しながら、細かな違いを探した。


 右前の車輪が少し高い音を出している。


 荷台は重い。


 そして。


 カン。


 小さな金属音。


 村人が言っていたものだ。


「積み荷に金属がある」


 セドリックが頷く。


「距離は?」


「まだ七、八百メートルくらい」


 音は少しずつ近づく。


 だが。


 エリオの中に違和感が生まれた。


 何かがおかしい。


 荷馬車の音自体は自然だった。


 車輪も。


 蹄も。


 積み荷も。


 だからこそ気づく。


「……地面の音がない」


「何?」


 フィーナが聞き返す。


「馬も車輪も鳴ってる。でも、道そのものの音が聞こえない」


 セドリックが眉を寄せる。


「どういう意味だ?」


「普通、車輪が石を踏んだり土を削ったりする音が混ざる。蹄も地面によって響き方が変わる。でもこれは」


 エリオはさらに集中した。


 車輪だけが鳴る。


 馬の蹄だけが鳴る。


 荷台だけが軋む。


 まるで、それぞれの音だけを別々に重ねたように。


「道を走ってる音じゃない」


 その瞬間。


 遠くから女の声が聞こえた。


 老女の証言にあったものだ。


 高い。


 細い。


 言葉ではないように聞こえる。


 エリオはその音を記録しながら、無意識に息を止めた。


 聞き覚えがあるからではない。


 むしろ逆だった。


 少女の声とはまったく違う。


 古語でもない。


 ただ。


 声の下に、もう一つ音がある。


 非常に低く。


 規則的に。


 同じ間隔を繰り返している。


 エリオはその音だけを分離する。


 そして、気づいた。


「これ……人が作ってる」


 セドリックがすぐにこちらを見る。


「何が?」


「荷馬車の音です」


 エリオは耳を澄ませたまま答えた。


「同じ部分が繰り返してる」


 車輪の軋み。


 馬の一歩。


 金属がぶつかる音。


 最初は自然な揺らぎに聞こえていた。


 だが、一定時間ごとに。


 まったく同じ音が。


 同じ順番で戻ってくる。


 エリオには分かる。


 一度聞いた音を完全に覚えているからこそ。


 自然に起きている音なら、ここまで同じにはならない。


「誰かが録った音を繰り返してるみたいだ」


 前世の言葉が、思わず口から出た。


 フィーナには意味が分からなかったらしく、すぐに尋ねる。


「つまり?」


「本物の荷馬車が走ってるんじゃない」


 エリオは暗い旧道の先を見つめた。


「同じ荷馬車の音を、何度も鳴らしてる」


 音は今も近づいている。


 姿のない荷馬車が。


 まるで決められた記録を再生するように。


 山の中から、村へ向かって下りてきていた。


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