↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第三章 勇者候補のパーティ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/65

ちゃんと帰ってきなさい

 エリオがミラとルークのいるテーブルへ着いたとき、二人の前にはすでに夕食らしい皿が並んでいた。


 ミラは座るように向かいの椅子を足で引き、ルークは何も言わずに空いていた木杯を一つ寄せてくる。ほんの数日前まで当たり前だった光景なのに、古代神殿の地下で不可解なものを見続けたあとでは、食堂の騒がしさも、料理の匂いも、二人の遠慮のなさも妙に懐かしく感じられた。


「それで?」


 エリオが腰を下ろすのを待つこともなく、ミラが身を乗り出した。


「何があったの?」


「どこから話せばいいか考えてる」


「そんなに?」


「たぶん、今までで一番説明しにくい」


 ルークがそれを聞いて笑った。


「お前がそう言うなら相当だな。狼の声を真似して狼を呼んだときでも、説明だけは一瞬だったもんな」


「あれと比べないでよ」


「で、今回は何を呼んだ?」


「呼んでない」


「今の間は何だ」


「何も呼んでないって」


 こういうやり取りをしているだけで、肩に入っていた力が少し抜けていく。


 それでも、話し始めるとなると迷った。


 神殿で起きたことを順番に説明するだけなら難しくはない。問題は、その中にエリオの前世が深く関わっていることだった。


 セドリックたちには必要に迫られて話した。


 ミラとルークには、必要だからではなく、自分で話すかどうかを決められる。


 その違いが、かえって難しかった。


「先に言っておくけど」


 エリオは二人を見る。


「これから話すこと、たぶんかなり変な話だから」


「お前の能力の時点で今さらだろ」


 ルークが即答した。


 ミラも頷く。


「音を聞いただけで壁の向こうの人数まで当てる人に普通を求めてないし」


「そういう意味じゃなくて」


「じゃあ何?」


 エリオは一度息を吐いた。


「僕、ここで生まれる前の記憶がある」


 二人とも黙った。


 さすがにこれは軽く流されなかった。


 周囲では冒険者たちが大声で笑っている。皿が置かれる音も、誰かが受付を呼ぶ声も変わらず聞こえているのに、このテーブルの周りだけ一瞬静かになったように感じた。


 最初に口を開いたのはミラだった。


「生まれる前?」


「別の世界で生きてた記憶」


 ルークが眉を寄せる。


「別の国じゃなく?」


「世界」


「……本当に面倒な話だった」


「だから言ったでしょ」


 ルークは冗談めかして言ったものの、笑ってはいなかった。


 ミラもエリオの顔をじっと見ている。


「それ、神殿で分かったの?」


「違う。記憶自体はずっとあった」


「じゃあ今まで黙ってたの?」


「話す理由がなかったから」


 エリオはそう答えたあと、少し言葉を足した。


「隠したかったっていうより、どう説明していいか分からなかった。僕にとっては今の十五年も普通に自分の人生だから」


 ミラはしばらく考えていたが、やがて椅子の背へ身体を戻した。


「それなら、まずそこから聞く」


「何を?」


「前の世界のあなたは誰だったの?」


 その問いは意外だった。


 転生が本当なのかと疑うでもなく、どうして黙っていたのかを責めるでもない。


 エリオは少しだけ笑って答えた。


「相沢律。男。普通に働いてた」


「何歳?」


「死んだっていうか、こっちに来たときは二十八」


 ルークがすぐに顔を上げた。


「待て。じゃあ今十五だろ?」


「うん」


「合わせたら俺よりずっと上じゃねえか」


「足さないでよ」


「いや、足すだろ普通」


「肉体は十五なんだから十五でいいでしょ」


「急にお前に敬語使いたくなってきた」


「やめて」


 ルークがようやく笑い、ミラも吹き出した。


 予想していた反応に近すぎて、エリオまで笑ってしまう。


 その瞬間、話しても大丈夫だったのだと思えた。


「それで、前の世界では音を集めるのが好きだった」


 エリオはそこから、相沢律だった頃のことを話した。


 魔法も魔物も存在しない世界だったこと。


 小さな録音機を持ち歩き、雨や電車、風、街の雑踏などを録っていたこと。


 録音した音を整理して、自分で作った小さな場所へ効果音として公開していたこと。


 ミラは途中で何度か質問したが、録音機そのものについては説明しても想像しにくいらしく、「つまり《残響記録》を道具でやってたようなもの?」とまとめた。


「かなり違うけど、説明するならそれが近いかも」


「じゃあ《残響記録》をもらったとき、妙に扱い慣れてたのって」


「前から音を集めてたからだと思う」


「納得した」


 ミラが頷く。


「七歳であんな能力もらって、普通なら木を叩いて違いを比べようとか思わないもの」


「僕だってすぐ思いついたわけじゃないよ」


「でも思いついたでしょう?」


「まあ」


「やっぱり」


 ルークは途中から食事の手を止め、完全に話を聞く側になっていた。


「それで、その前世が今回の神殿とどうつながったんだ?」


 エリオは、川辺で録音した最後の音の話をした。


 何気なく録った川の音。


 帰宅して確認したとき、その中に入っていた少女の声。


『まだ、聞こえる?』


 そして、頭を貫くような高い音。


 最後に聞いた『見つけた』という言葉。


「そのあと気づいたら、こっちで赤ん坊だった」


 そこまで聞いたミラは、さすがに何も言わなくなった。


 ルークも表情を変えている。


「それと同じ声が、神殿にいた?」


「いたっていうか、残ってた」


 エリオは神殿の地下について、できるだけ順番に説明した。


 古式詠唱に反応する隠し階段。


 八つの扉。


 中央の台座から現れた少女の姿。


 誰にも意味の分からない古語を話していたのに、エリオだけが最後の言葉を『音を、忘れないで』と理解したこと。


 最初の部屋で、前世に存在した列車の音が再生されたこと。


 白い円盤が、前世の母の声を再生したこと。


 そして、記憶にない少女の言葉まで聞かせたこと。


 話が進むにつれて、ミラの表情は少しずつ真剣になっていった。


「つまり」


 途中で彼女が確認する。


「その神殿の何かが、エリオの頭の中を見たってこと?」


「最初はそう思った。でも今は、《残響記録》の中に保存された音を読み取ってる可能性もある」


「違いが分からない」


「僕にもまだ分からない」


 エリオは六つ目の区画で起きたことまで話した。


 ガイルやリディア。


 ミラとルークの声まで円盤から流れたこと。


「私の声も?」


「黒牙狼のあとに言われたやつ」


「何て?」


「『聞こえるなら先に言いなさいよ!』」


 ミラは一瞬黙り、それから額を押さえた。


「なんでよりによってそれを保存してるの」


「僕が選んだわけじゃないよ」


「別のもっといいこと言ったのなかった?」


「探せばあると思う」


「今探さなくていい」


 ルークが笑いながら尋ねる。


「俺は?」


「『お前、その能力、普通に便利じゃねえか』」


「ああ、言ったな」


「覚えてるの?」


「お前と組み始めた頃だろ。そりゃ覚えてる」


 エリオにとってはすべての音が残っているため、他人がどこまで昔の会話を覚えているのか分からなくなることがある。


 ルークがそれを覚えていたことが、少し嬉しかった。


「で、その円盤が最後に『まだ、足りない』って言った」


「何が?」


「分からない」


「本当に分からないことだらけね」


「だから説明が難しいって言ったんだよ」


 そして最後に、帰りの階段で地下のさらに下から『七つ』という現代語を聞いたことを話した。


 ミラは腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。


 ルークもさすがに冗談を挟まない。


 エリオは二人の反応を待った。


 最初に転生の話をしたときより、むしろ今の方が緊張していることに気づく。


「……で」


 やがてミラが口を開いた。


「エリオはどうしたいの?」


 予想していなかった質問だった。


「どうしたいって?」


「その神殿。続きを調べたい?」


「それは」


 答える前から分かっていた。


「調べたい」


 ミラは呆れたように息を吐いた。


「だと思った」


「止める?」


「止めても行くでしょう?」


「勝手には行かないよ」


「そこは成長したのね」


「最初からそこまで勝手じゃないと思うけど」


 ルークが横から首を振った。


「いや、わりと危なかったぞ」


「二人とも僕を何だと思ってるの」


「音がすると寄っていく奴」


 セドリックとほとんど同じことを言われ、エリオは反論を諦めた。


 ミラは少し笑ったあと、今度は真面目な表情でエリオを見る。


「調べるのはいい。でも、今の話を聞く限り、私たち三人で行く場所じゃないと思う」


 その言葉にはエリオも同意できた。


 ミラとルークの実力を疑っているわけではない。


 ただ、古代魔術に詳しいフィーナがいても分からないことばかりだった。王都へ報告が必要な規模の遺跡へ、Dランクになったばかりの三人で入り直すのは無謀だ。


「セドリックたちと続きを調べることになるかもしれない」


「それなら行けばいい」


 あまりにもあっさり言われ、エリオはミラを見る。


「いいの?」


「何が?」


「だって、僕は二人のパーティに入ってるし」


「だからって、四六時中一緒にいなきゃいけない決まりはないでしょう?」


 ミラは当たり前のように答えた。


「それに今回だって一週間だけ貸したんだし」


「貸したって言い方やめてよ」


「返却予定は守ってもらうけどね」


 ルークも笑いながら頷く。


「セドリックたちと行った方がお前にできることも増えるだろ。俺らと薬草採ってるだけじゃ古代神殿なんて出てこねえし」


「薬草採取も大事だよ」


「そういう話じゃない」


 分かっている。


 ただ、胸のどこかに小さな引っかかりがあった。


 セドリックたちと行動した数日間は、刺激的だった。


 自分の知らない魔術。


 高度な戦闘。


 大規模な調査。


 《残響記録》を、これまでとは違う方法で使う機会も多かった。


 楽しかったのだと思う。


 その一方で、ミラとルークのところへ戻ってきたときには、はっきりと安心した。


 二つは矛盾していない。


 それでも、どちらを選ぶのかと聞かれたような気がして、エリオは勝手に迷っていた。


「そんな顔しなくていい」


 ミラが言った。


「別に追い出してないから」


「顔に出てた?」


「ものすごく」


 エリオは少し恥ずかしくなって木杯へ手を伸ばした。


「まだ何も決まってないよ」


「なら決まってから考えればいいじゃない」


「簡単に言うね」


「簡単なことを難しく考えてるのはエリオでしょう?」


 それを言われると返せなかった。


        ◇


 エリオが二人への説明を終える頃には、セドリックたちの一次報告も終わっていた。


 ただし、当然ながら正式な調査報告がそれだけで済むはずもない。


 受付の奥にある小部屋へ場所を移し、神殿から持ち帰った透明な筒やフィーナたちの記録を確認した結果、ギルド側は翌朝改めて詳細な聞き取りを行うことになったらしい。


「王都にも連絡を出すって」


 戻ってきたフィーナは、かなり疲れた顔で椅子へ座った。


「でしょうね」


 ミラが答える。


「古代遺跡が現役で動いてました、地下がまだ続いてます、じゃ放っておけないもの」


「しかも、今まで確認されてない術式だらけ」


「楽しそうね」


「楽しいけど書類は楽しくない」


 フィーナは本気で嫌そうだった。


 セドリックは受付でもらった紙を確認している。


「明日の聞き取りが終われば、今回の依頼自体は一度完了扱いになる。その後、神殿をどうするかは王都とギルドの判断待ちだ」


「すぐには戻れない?」


 エリオが尋ねる。


「たぶんな」


「そうですか」


 思ったより自分の声が残念そうになり、シリルが笑った。


「本当に戻りたいんだな」


「気になるから」


「地下の声が?」


「全部」


 調べていない二つの扉も。


 さらに下の階層も。


 七つという言葉の意味も。


 少女が言った「まだ、足りない」が何を指しているのかも。


 一度考え始めると、いくらでも浮かんでくる。


 セドリックはそんなエリオを見ながら、紙を畳んだ。


「ちょうどいい。待っている間に、別の依頼へ付き合ってもらえないか?」


 エリオは瞬きをした。


「僕が?」


「嫌なら断っていい」


「何の依頼ですか?」


「まだ正式には決まっていない。王都へ戻る途中で、いくつか調査を頼まれている場所がある。そのうち一つが、お前の能力と相性が良さそうなんだ」


 ミラとルークを見る。


 二人ともエリオを見返した。


 ミラは何も言わない。


 自分で決めろということなのだろう。


「どんな場所?」


「山間の村だ。夜になると、誰もいないはずの旧道から荷馬車の音が聞こえるらしい」


 エリオの意識が、一瞬でそちらへ向いた。


 それを見たミラが盛大にため息をつく。


「もう行く顔してる」


「まだ決めてないよ」


「今ので?」


「詳細聞いてから」


「そこだけ妙に慎重になったわね」


 黒牙狼以来、意味の分からない音へ何も考えず近づくことはしないと決めている。


 だが、調べたくないわけではない。


「期間は?」


 エリオが尋ねる。


「往復を含めて三、四日。危険度自体は高くないと見られている。ただ、同じ場所へ調査に行った冒険者が何も見つけられなかった」


「音だけする?」


「報告ではな」


 エリオは考えた。


 古代神殿とは直接関係がないかもしれない。


 単なる自然現象かもしれない。


 誰かが人為的に音を出している可能性もある。


 それでも、「何もないのに音だけがする」という現象なら、《残響記録》で調べられることは多い。


「行きたい」


 結局、答えは早かった。


 セドリックが頷く。


「なら、明日の聞き取りが終わったら正式に手続きをする」


「分かりました」


 そのやり取りを見ていたルークが、突然思い出したように言った。


「そういや、一週間の約束は?」


 全員が一度黙る。


 最初にセドリックたちへ同行すると決めたとき、期間は一週間だった。


 神殿の調査で、その大半を使っている。


「切れるな」


 セドリックが言った。


「じゃあ一回返却?」


 シリルが笑う。


「だから物みたいに言わないで」


 エリオが抗議すると、ミラが腕を組んだ。


「延長料金取ろうかしら」


「僕に入らないなら絶対嫌だ」


「そこなの?」


 笑いが起こる。


 ほんの数時間前まで、前世と古代施設のつながりについて考えていた。


 それが今は、次の依頼の話をしている。


 エリオには、その切り替わりが不思議だった。


 大きな謎を見つけたからといって、世界のすべてがそこへ向かうわけではない。


 冒険者である以上、依頼を受け、町を移動し、報酬を得て生活する。


 神殿の謎が解けるまで、ほかのことを何もしないわけにはいかない。


 むしろ、そうしていく中で新しい音を聞き、新しい経験を重ねることが、結果としてあの場所の謎につながる可能性だってある。


『まだ、足りない』


 あの少女が何を求めているのかは分からない。


 けれど、《残響記録》に保存される音は、これからも増えていく。


 もし本当に何かを集める必要があるのなら。


 答えを探すためにできることは、神殿へ閉じこもることだけではないのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ミラがエリオの前へ新しい皿を置いた。


「何?」


「何って、食べなさいよ。帰ってきてから何も食べてないでしょう」


 言われて初めて、かなり空腹だったことに気づく。


「ありがとう」


「次の依頼でまた変なもの拾ってきてもいいけど」


「拾ってない」


「声でも石でも何でもいいから、ちゃんと帰ってきなさい」


 エリオは一瞬だけミラを見た。


 本人はもう自分の皿へ戻っていて、特別なことを言ったつもりはなさそうだった。


「分かってる」


 そう答えて、エリオは食事へ手を伸ばした。


 明日から何が始まるのかは、まだ分からない。


 神殿の続きがいつになるのかも分からない。


 それでも、今はそれでよかった。


 一度聞いた音は失わない。


 だから、急いですべてを追いかける必要はない。


 残された音も。


 これから聞く音も。


 必要になったときに、もう一度確かめることができる。


 エリオはそう思いながら、久しぶりに落ち着いて食事をした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。