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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第2章 忘れられた音

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この世界にない音

 セドリックにそう言われても、エリオはすぐには口を開けなかった。


 十五年間、一度も誰かに話したことのないことだった。


 自分がこの世界で生まれる前に、別の場所で別の人間として生きていたこと。相沢律という名前で暮らし、仕事をし、休日になると音を集めていたこと。そして、見知らぬ少女の声と耳を貫く高音を最後に、気づけばエリオとして生まれていたこと。


 自分にとっては記憶であり、事実だった。


 だが、目の前の四人にとっては違う。


 死んだ人間が別の世界で生まれ直したなどと言ったところで、簡単に信じられる話ではないだろう。


「全部話すと、たぶん長くなります」


 ようやくそう言うと、セドリックは剣から手を離した。


「時間ならある」


「いや、ここ遺跡の地下だけど」


 フィーナが横から口を挟む。


「長話する場所としては最悪じゃない?」


「それはそうだな」


 セドリックは少し考えたあと、円形の部屋を見回した。


「なら要点だけでいい。今の調査に関係するところだけ話してくれ」


 その言い方に、エリオは少しだけ救われた。


 前世の人生すべてを説明する必要はない。


 今ここで必要なのは、少女の声をなぜ知っているのか。それだけだった。


「僕は……この世界で生まれる前にも、生きていた記憶があります」


 フィーナの眉が動いた。


 シリルは何も言わず、バルガスも表情を変えない。


 セドリックだけが静かに続きを待っていた。


「今とはまったく違う場所です。魔法も魔物もなくて、もっと……道具が発達していた世界でした」


「前世の記憶?」


 フィーナが尋ねる。


「たぶん、それが一番近いです」


「転生の伝承なら聞いたことはあるわ」


 意外な言葉に、エリオは彼女を見た。


「あるの?」


「お伽話みたいなものよ。死んだ人間の魂が別の身体へ移るとか、生まれる前の記憶を持った子どもがいたとか。ただ、魔術として証明された話じゃない」


「俺は初めて聞いた」


 シリルが言った。


「普通はそうよ」


 フィーナはそう答えてから、エリオへ視線を戻した。


「それで、その世界であの声を?」


「聞きました」


 エリオは頷いた。


「僕は昔から音を集めるのが好きでした。特殊な道具を使って音を記録して、あとから何度でも聞けるようにしていたんです」


「《残響記録》みたいなもの?」


「近いです。ただ、あっちでは能力じゃなくて道具を使います」


 フィーナは興味深そうな顔をしたが、今は質問を挟まなかった。


「ある日、川の近くで録った音を確認していたら、その中に知らない女の子の声が入っていました」


 エリオは一度だけ息を整えた。


「『まだ、聞こえる?』って」


 誰も言葉を発しなかった。


 先ほど、この地下で全員が聞いたものと同じ言葉だった。


「そのあと、すごく高い音が聞こえました。さっき台座から鳴ったのと同じ音です」


「キン、という音か」


 セドリックが確認する。


「はい。あのときはもっと強くて、耳の中を直接貫かれるみたいでした。視界が真っ白になって、最後に『見つけた』っていう声を聞いたところで意識がなくなった」


「その次に?」


「エリオとして生まれてました」


 自分で口にすると、改めて途方もない話だと思う。


 十五年前ですら、自分自身で理解するのに時間がかかったのだ。


 ところが、セドリックたちは誰も笑わなかった。


 フィーナはむしろ台座へ目を向け、何かを考え込んでいる。


「つまり」


 シリルが慎重に言った。


「お前は、この神殿とは無関係の別世界で、この少女の声と台座の音を聞いている」


「そうなる」


「そしてその直後、この世界に生まれた」


「うん」


「偶然にしては出来すぎてるな」


 エリオもそう思う。


 少女の声だけなら、まだ似た声だったと考える余地があった。


 だが、高音まで同じだった。


 さらに、神殿の少女は最後に「音を、忘れないで」と語り、その意味を理解できたのはエリオだけだった。


 ここまで重なれば、もう偶然で片づけることはできない。


「もう一つあります」


 エリオは言った。


「さっき少女が最後に言った言葉。僕には『音を、忘れないで』って聞こえました」


「私たちには古語のままだった」


 フィーナが頷く。


「どうして僕だけ分かったのかは分かりません」


「《残響記録》の力じゃないのか?」


 セドリックの問いに、エリオは首を振った。


「《残響記録》は音を覚えるだけです。意味が分からない言葉を翻訳できたことなんて、一度もありません」


 少なくとも今までは。


 この世界の言葉を覚えたのも、自分で一つずつ意味と音を結びつけた結果だ。聞いたことのない言語を理解するような力はない。


「なら、少女があなたにだけ意味を伝えた?」


 フィーナが呟く。


「そんなことできるの?」


「今見たもの自体、私の知ってる魔術では説明できないもの」


 彼女は台座へ近づいたが、今度は触れなかった。


「何百年、もしかしたら何千年も前の魔術を、現代の常識で考える方が間違ってるのかもしれない」


 エリオはその言葉を聞きながら、台座の上に現れた少女の姿を思い出していた。


 自分より少し年下に見えた。


 長い髪。


 知らない服。


 そして、あの声。


 自分をこの世界へ呼んだのは、彼女なのだろうか。


 だとしたら、なぜ。


「エリオ」


 セドリックの声で、思考が戻った。


「話してくれてありがとう」


「……信じるんですか?」


 思わず尋ねると、セドリックは少し笑った。


「全部を理解したとは言ってない」


「ですよね」


「でも、ここで聞いた声と、君が台座の音を知っていたことは事実だ。君が嘘をついているなら、もっと簡単な嘘をつくだろ」


「それは確かに」


 フィーナも頷く。


「わざわざ『別世界から生まれ変わりました』なんて話を選ぶ必要ないものね」


「もう少し言い方ない?」


「褒めてるのよ」


 たぶん褒めてはいない。


 それでも、少しだけ肩の力が抜けた。


 十五年間抱えていた秘密を初めて他人へ話したというのに、思っていたほど怖くはなかった。


        ◇


「さて」


 セドリックが八つの扉へ目を向けた。


「話は分かった。問題は、ここからどうするかだ」


 円形の部屋には、形の同じ扉が等間隔に並んでいる。


 少女の映像が消えてから、台座は完全に沈黙していた。


「順番に調べるしかないんじゃない?」


 フィーナが言う。


「罠なら俺が見る」


 シリルが最も近い扉へ向かおうとした。


「待って」


 エリオは声をかけた。


「何だ?」


「さっき少女が話してる間、何か音してなかった?」


「少女の声以外に?」


「うん」


 三人は顔を見合わせる。


 バルガスが首を振った。


「俺は気づかなかった」


 エリオもその場では意識していなかった。


 だが《残響記録》には、少女が現れていた間のすべての音が残っている。


 エリオは目を閉じ、記録を呼び出した。


 少女の古語。


 フィーナの小さな呼吸。


 誰かの装備がわずかに擦れた音。


 その奥に。


 あった。


「鳴ってる」


 エリオは目を開いた。


「何が?」


「扉」


「扉?」


 八つ全部ではない。


 少女が特定の言葉を口にするたび、部屋のどこかから小さな高音が返っている。


 あまりにも小さく、少女の声に隠れていた。


 だが、一度気づけば区別できる。


「もう一回、記録を聞きます」


 エリオは少女の言葉を頭の中で再生しながら、音の方向まで確認する。


 一つ目。


 右奥。


 二つ目。


 左手前。


 三つ目。


 正面。


 そのあとも順番に別の方向から音が返る。


 全部で八回。


「八つ」


 エリオは呟いた。


「扉と同じ数だ」


 セドリックの表情が変わる。


「順番があるのか?」


「たぶん」


 少女が話した古語に合わせて、八つの扉がそれぞれ一度ずつ音を返していた。


 エリオは部屋の中央に立ち、音がした順番を指で示した。


「最初はあれ。その次がこっち。三番目が正面」


「待って」


 フィーナが言う。


「ということは、その子の言葉が扉を選んでいた?」


「それか、扉の方が答えてた」


「どっちにしろ、意味がありそうね」


 シリルは最初に開けようとしていた扉から離れた。


「適当に開けなくて正解だったかもな」


 八つの扉を調べると、それぞれの中央に小さな円形のくぼみがあることが分かった。


 台座にあったものとよく似ている。


 ただし、一つだけ違う。


 一番最初に音を返した扉のくぼみには、薄い光が残っていた。


「ここから?」


 セドリックが確認する。


「たぶん」


「開け方は?」


「それは……」


 エリオは扉を見た。


 取っ手はない。


 押しても動かない。


 魔力を流す場所のようにも見える。


 そして、壁を開いたときと同じように、古い魔術が使われている。


 音。


 言葉。


 正しい順番。


 そこまで考えたところで、一つの可能性が浮かんだ。


「少女の言葉を使うんじゃないかな」


「全部?」


「いや」


 エリオは《残響記録》の中から、最初の扉が反応した瞬間を取り出した。


 少女がその直前に口にしていた音だけを切り出す。


 意味は分からない。


 短い二音節。


『――エル・ナ』


「これ」


 フィーナが表情を強張らせた。


「再生する気?」


「扉の前なら」


「何が起きるか分からないわよ」


「分かってる」


 エリオは黒牙狼の一件を忘れてはいない。


 意味の分からない音を不用意に使わない。


 だからこそ、今回は状況が違う。


 少女がその言葉を発した直後、扉が反応した。


 少なくとも完全に無関係な音ではない。


「全員離れて」


 セドリックが言った。


 バルガスが盾を構え、その後ろへフィーナが下がる。シリルもすぐに退路を確保した。


 エリオは扉から数歩離れた場所に立つ。


「一回だけやります」


「危険だと思ったらすぐ止める」


「はい」


 エリオは記録した音を正確に再生した。


『――エル・ナ』


 短い声が円形の部屋へ響く。


 直後。


 扉の中央にあるくぼみが白く光った。


 光は円を描き、そのまま石の表面へ細い線となって広がっていく。


「反応した」


 フィーナが小さく声を上げる。


 扉の奥で何かが動いた。


 重い石が擦れる。


 全員が身構える中、扉はゆっくりと左右へ開いた。


 その先には、小さな部屋があった。


 敵の姿はない。


 罠らしいものも動かない。


 中央に置かれていたのは、一つの石台。


 その上に、黒い円盤のようなものが載っている。


「何だ、あれ」


 セドリックが呟く。


 エリオはすぐには近づかなかった。


 まず耳を澄ませる。


 部屋の中から危険な音は聞こえない。


 代わりに。


 黒い円盤から、微かな音がしていた。


 声だった。


 非常に小さい。


 何人もの人間が、遠くで同時に囁いているような音。


「また何か聞こえる」


「少女?」


「違う」


 エリオは眉を寄せた。


 これは一人ではない。


 何十人。


 いや、もっと多い。


 無数の声が重なっている。


 何を言っているかは分からない。


 だが、その中に。


 一つだけ。


 知っている音が混じっていた。


 エリオの表情が変わる。


「どうした?」


 セドリックが聞く。


 エリオは答えず、さらに耳を澄ませた。


 聞き間違いではない。


 無数の古い声に混ざって、確かに存在している。


 電車が線路を走る音。


 前世で何千回と聞いた、金属の車輪が継ぎ目を通過する規則的な音だった。


 この世界に。


 存在するはずのない音が。


「……これ」


 エリオは黒い円盤を見つめた。


「僕のいた世界の音が入ってる」


 その瞬間。


 円盤の中で、無数の声が一斉に止んだ。


 完全な静寂が訪れる。


 そして、たった一人の少女の声が聞こえた。


『やっと、ひとつ戻った』


 今度も。


 その意味を理解できたのは、エリオだけだった。


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