盗賊ギルドの帰還 ~みんなと、そして~
ウォーレンスの王様が確かに暗殺された、という情報が入って来たのは、兵を引き始めたという情報からさらに数時間経って入ってきました。
そう――クレドランス城下町は、盗賊ギルドのみんなの手で守られたんです。
それにほっとしたのは本当ですけど、同時に襲ってきたのは息苦しいほどの心配でした。戦場で、一体誰が死んでしまったのか、誰が無事なのか。もう既に戦いは終わったのですから、あたしの家族とも言えるギルド員の中で既に死んでしまった人がいるでしょう。なのに、あたし達はそれを知ることもできず、ただ無事を祈るしかないんです。
あたし達は待ちました。ただひたすら、祈りながら待ちました。そしてそんなあたし達のところに最初に飛び込んで来たのは、嬉しい姿と知らせでした。
それは戦いの終わった次の次の日。朝一番に開いた扉に、「ようこそ盗賊ギルドへ!」とあたしが声を掛けたところで、返ってきたのは聞き慣れた元気な声でした。
「ただいま戻りました!」
「ナナリちゃん! お帰りなさい!」
たった数日しか離れていないはずなのに懐かしい顔。頬に布が貼られてそれを支えるように包帯を巻いているところを見ると、戦いで怪我を負ったんでしょう。だけどナナリちゃんの顔は、戦いを終えて帰ってきた達成感で輝いています。
「おう、ただいま!」
「お、俺達が一番乗りかぁ? がはは、寄り道したのに一番とは、俺達やるなぁ!」
ナナリちゃんと同じ組の仲間達が、次々にみんなギルドに戻ってきます。その一人一人にお帰りなさいを言ってから、あたしはテーブルに陣取った5人の話に耳を傾けます。
「おうナナリ、帰ってきてくれて良かった。怪我ぁ大丈夫か?」
ログロ爺さんにすっかり孫を迎える顔で尋ねられ、「大丈夫、かすり傷です!」とナナリちゃんはぺたぺた頬の布を触ってみせます。
「ごめんなぁナナリちゃん、女の子の顔に傷つけさせちゃって」
「大丈夫です、名誉の負傷って言ってくれたじゃないですかー」
「はははそうだそうだ! 箔がついたな!」
どっと笑い声が上がって、やがて話は武勇伝に移ります。
なんでもナナリちゃんの組は、戦陣を突破しようと戦っているうちに、ウォーレンス軍の城攻め用の兵器が置いてある場所に辿り着いちゃって、そこでウォーレンスの軍隊が撤退を始めたそうなんです。だから兵士が近付いて来る前に、いくつか城攻め用の兵器を壊してきたんですって。流石にかなり敵陣の奥に入っちゃってましたから、戻るのに手間取って敵兵と何度か戦いになり、ナナリちゃんが傷を受けたりしましたけど、幸いその時にはもう医者のセドラさんが隠れてるところの近くで、急いで向かって治療してもらったんですって。
「あのときのナナリは凄かったよ。血が流れてもお構いなしで、敵の喉をざくっと一突き!」
「うむ、ナナリはいい戦士になるだろうなぁ。冒険者になるのもいいかもしれんよ」
「ありがとうございます! でも、冒険者になったらウェイトレス出来なくなっちゃいますかね……」
「暇なときだけやるとかどうよ。何ならあの衣装抱けでも俺はいいぜぇ」
「こら、ナナリにいやらしい目を向けるんじゃない!」
弾けるような笑い声と、最初に5人全員が帰ってきてくれたことに、こり固まったようななっていたあたしの心がほぐれだすのを感じます。こうやってみんな、笑いながら帰ってきてくれるかもしれないって。
だけど、その日の夕方に帰ってきたのは――悲しい知らせが2つと、沈痛な顔をした4人、そしてウォーレンス国王暗殺の顛末、でした。
「ようこそ、盗賊ギルド……お帰りなさい!」
急いで立ち上がり、頭を下げたあたしの声に振り向いて、次々にギルド員達が頭を下げます。盗賊なりに丁重な迎えに頷き、「ただいま」と疲れたように笑うのは、ギルド長その人に他なりません。
そして後ろに続くのは――ユメちゃんではなく、ギルド長と一緒に出発したギルド員でした。やはり辛そうな彼の表情、さらな続くギルド員とベルンちゃん……そのまま閉まる扉に、あたしの胸がぎゅっと締め上げられます。誰一人口にしませんでしたけど、誰もがそれを悟って表情を硬くしました。
――ユメちゃんは、帰ってきませんでした。
椅子にゆっくりと体を預けてから、ギルド長は静かに話し始めます。ギルド長達の組が見てきた、3つの死の顛末を。
ギルド長の組は、ベルンちゃんも2人のギルド員も……ユメちゃんも、戦いの腕や夜闇に隠れる技術ではかなりの手練れでした。そんなギルド長達が、最低限の戦いを完全に制し、ウォーレンスの本陣にいる王様のところに辿り着いたのはきっとみんなが予感してたことでしょう。そして辿り着きさえすれば、暗殺が成功するだろうとも信じていたでしょう。
――けれど暗殺に成功した人の末路も、誰も口にはしないけれど知っていたはずです。あっという間に兵士に取り囲まれ、切り伏せられる。
途中までは、その通りだったんです。
幸いだったのは、ウォーレンスの軍隊の一部を占めるのが、傭兵隊だったことでした。揃いの武具を与えられていない傭兵のふりをして、王様に近付くことが出来たんです。
背後から回り込んで警戒の目を逸らし、それでも怪しんで誰何の声を上げる兵士を倒しながら、陣幕の後ろまで辿り着きました。そして支えの柱を切って陣幕ごと倒し、慌てて駆け寄ってくる兵士を他の4人が相手している間に、近衛騎士に助けられて這い出てきたウォーレンス国王の心臓を、ギルド長が一撃で貫いたそうです――あっさりと「倒した」の一言で済ませようとしたギルド長を制して、ベルンちゃんが語ってくれたことでした。
もちろんその場で、近衛騎士達の剣はギルド長に向かいます。突然の国王の死に呆然としていた宮廷魔術師らしき女性も、我に返って魔法の詠唱を始めます。それが一斉にギルド長の方を向いたその時――ギルド長を引き倒しながら、ぬっと現れてその全てを受け止めた人影。
――誰も、自分の目を信じられなかったと言います。あたしも、ギルド員のみんなも、その名を聞いて息を呑んだのですから。
数多の剣で体を貫かれ、魔法の炎に体を燃やされ、なのに誇らしげに微笑んでいたのは、戒厳令が敷かれたあの頃に姿を消していた、ダルムさんだったんです。
そのときにはギルド長も、体勢を整えていました。なぜ、と小さく問いかけたギルド長に、ダルムさんは苦しげな息の下から答えたそうです。
恩返しが、できた。……って。
顔をひどく歪ませた魔術師が、ダルムさんを中心に再び炎の呪文を使う一瞬前、ギルド長はその場を抜け出しました。集まってくる兵士達と斬り結びながら。ダルムさんの命を、無駄にしないために。生き延びるために。
ギルド長は淡々と語っていましたけど、静かすぎるその口調が、力の入った眉が、ダルムさんの死を悼んでいました。ベルンちゃんも、2人のギルド員も、静かに頷きます。一緒に、帰って来たかった、と。
けれど、どういう事情かはともかく――おそらくはクレドランスからの裏切り者のふりをして何とか入り込んだんだろう、手段はともかく、とギルド長も首を傾げていましたけど――ダルムさんがそこにいて、ギルド長の身代わりになってくれたからこそ、ギルド長達はその場を逃げ出すことができたんです。
すぐに兵士達が追ってきましたけど、重い金属鎧の近衛騎士が、盗賊に追いつけるはずはありません。革鎧の一般兵も、何とか振り切りました。けれど、30人ほどの傭兵の一団だけはいつまでも追って来て、ついに追いつかれてしまったんです。傭兵はもともと持久力勝負には強いことが多いですし、もしかしたらウォーレンスの盗賊ギルドからも、傭兵として参加した盗賊がいたのかもしれません。
ともあれ――これ以上走ればクレドランスの街におめおめと傭兵を突入させてしまうか、そうでなくても隠れているセドラさんが見つかってしまうかもしれない場所まで、傭兵達は追って来ていました。国王暗殺の犯人を捕まえれば莫大な報酬がもらえるだろうという目論見の他に、ベルンちゃんとユメちゃん、2人の女の子がいたことも、執拗な追跡に繋がったのかもしれません。けれど、これ以上は逃げられない、勝てないとしても戦わなくちゃ、というところで――、
ユメちゃんが、申し出たんです。「あたしが残るから、みんなは逃げて」って。
――止めることは、誰にもできませんでした。30人の傭兵を相手に、5人の盗賊が正面から戦ったって、勝敗は見えています。このままでは戦って全員が死ぬか、それとも敵軍を街まで案内してしまうか。「それならあたしも行きます」ってベルンちゃんは言いましたけど、1人で大丈夫、とユメちゃんは笑って首を振ったそうです。自分が一番、攪乱が得意だからって。
――これはギルド長の話じゃなくて、あとでベルンちゃんが泣きながら話してくれたことですけど。
「みんな、元気でね」と行こうとしたユメちゃんを引きとめて、ギルド長はユメちゃんを抱き締めて、そっと短いキスを交わしたそうです。「ごめんね」と言うギルド長に、ユメちゃんは「これで、十分です」とだけ言って――1人、追いかけて来る傭兵達へと向かって行きました。
闇に溶ける漆黒のマントを脱ぎ捨てれば、その下に着ていたのは、あの銀色と虹色に輝く、怪盗としてのユメちゃんが纏っていた服だったそうです。どんな思いでユメちゃんが、怪盗としての姿をマントの下に隠して戦いに挑んだのか……帰って来られない覚悟も、していたのでしょうか。
傭兵達が色めき立つ声と、「夢の早足、参る」と叫んだユメちゃんの言葉を残して、ギルド長達は駆け抜けました。ユメちゃんに構わずに追いすがった数人の傭兵は、あとの4人の投げナイフで仕留め、あるいは足止めし――それでも一度街から少し離れた場所に隠れて、完全に追っ手を振り切ったのを確かめてから、ここに戻って来たとのことでした。
激闘。そうとしか言えないようなギルド長の話に、あたし達は誰も口を開くことが出来ませんでした。ウォーレンスの王様、ダルムさん、ユメちゃん。3人の誰が死ななくても、ギルド長達は無事に帰っては来られなかったでしょう。ナナリちゃん達が帰って来た時は、その健闘を称えたりできましたけど――それすらもできないような苦しみが、ギルド長やベルンちゃん、2人の盗賊からは感じられました。
「ごめんね。今は、休ませて」
そう言ってギルド長が部屋に戻った後、ベルンちゃんは受付に戻ったあたしの隣に座りました。「1人になりたくないんです」と言って。「1人になったら、ダルムさんもユメちゃんももういないってことが、あたしが近くにいたのにどっちも助けられなかったってことが、頭に浮かんじゃうから」って。
ベルンちゃんは、ギルド長の話に付け加えるように、思ったことを、起こったことを、話してくれました。途中からぽろぽろ涙を流し始めるベルンちゃんの肩を抱き締めて、あたしも一緒に泣きました。心配そうに隣に来たナナリちゃんも話を聞いて、堪りかねたように泣き出しました。カードを手繰って勝っても負けても楽しそうに笑っていたダルムさんを、ギルド長に夢中できらきら輝くような恋心を胸に宿した恋する乙女であり、美しく盗み華々しくばら撒く華麗な怪盗だったユメちゃんを思って、3人で涙が尽きるまで泣きました。
それからも、何組かのギルド員達が何日かにかけて帰って来ました。全員が生きて帰って来た組は楽しそうに武勇伝を語り、誰かの死を看取った組は、死んだときの様子や残した言葉をみんなに伝えました。あたし達はそのたびに頷き、武勇伝ならば笑ってその組の武勇を称え、誰かの死の話ならその人が生きていた時の様子を思い出して、泣きながら残された人達をねぎらいました。盗賊ギルドには少しずつ人が増え、それと並ぶように危機の去った街には、だんだんと活気が戻って来ています。
だけど、あたしの心の方は、まだ心配を抱えたまま。
ハンスくんと2人の盗賊は、傷だらけになりながらも何とか帰ってきました。リュンスさんはそれよりずっと遅れて、今までに帰ってきている人の中では一番遅く戻りました。帰ってこなかったギルド員は、死んだところを目撃されたか、生きては帰れなかっただろうと同じ組の仲間が証言した人ばかりです。
――ただ、1人。
デュオンは、帰って来ませんでした。
そしてデュオンの行方を知る者は、誰もいませんでした。
いつの間に、春は終わっていたんでしょう。
はらはらと舞っていた花びらはしっかりと木にしがみついて揺れる若葉に変わり、日が暮れる時間もかなり遅くなって、盗賊ギルドの夜勤にあたしが向かう今も、まだ夕焼けが始まったばかり、薄紅色の雲をたなびかせてはいても、まだまだ空は明るい青に染まっています。太陽の復活祭と同じくらい盛大にお祝いする、太陽が一番長くこの大地を照らす夏至のお祭り、別名太陽の降臨祭までも、あと数日を数えるまでです。
太陽の降臨祭に向けて、商店街は初夏の花々と落葉樹の枝で飾り付けられ、それを燻してしまいそうな煙が、美味しそうな香りと共に漂います。この通りに屋台が戻ってくるまでは、あっという間でした。屋台は畳むのも簡単だし、また建て直すのも簡単なんでしょう。
だけどあたしは、去年の今頃みたいに無邪気に夜食を買って行く気には、なれませんでした。気持ちの上でも、お財布の事情でも。
足早に商店街を通り抜けて、あたしは銀の箸亭の勝手口をくぐり、そのまま盗賊ギルドへと下ります。静かに開いた扉の向こうで、受付に座っていたハレスくんがあ、と声を上げ、途端にすまなさそうな顔になります。
「……こんばんは、アリカさん」
「ん、こんばんは。今日もお疲れ様っ」
そう空元気を出して言うのが、精一杯でした。本当は申し訳なさそうにされるのはあたしも辛いし、何よりデュオンがまだ帰って来ないのはハレスくんのせいじゃないって言いたいんです。でも、あのことをかなり気に病んでいるらしいハレスくんにそれを説明して納得してもらうだけの気力は、あたしにはありませんでした。
――デュオンの組は、ちょうどウォーレンスの王様を暗殺して逃げていたギルド長達を見つけて、それを助けようとウォーレンスの傭兵達に戦いを挑んだんです。ギルド長達には気づかれないまま、傭兵の軍勢のいくらかを引き受けて。
リュンスさんは歴戦の猛者ですし、デュオンもあとの2人もかなりの腕前でした。ハレスくんはちょっと危なっかしかったけど、それでも立派に傭兵達と渡り合ってたそうなんです。でも戦っているうちに、ギルド長達を追っていた正規兵達も追い付いて来ちゃったんです。
それに気付いたリュンスさんとデュオンは、まず他の3人をまだ兵士が集まらないうちに逃がしました。そして2人で左右に分かれて、上手く兵士達をまく算段だったんです。
それに成功して、リュンスさんは遅くはなったけど戻って来ました。でも、デュオンは……春の盛りに出陣して、花が散り、夏の足音が聞こえる今も、まだ。
戻っては、来ません。
自分が足手まといだったから、ってハレスくんは責任を感じてるんでしょう。それは事実かもしれませんけど……だからって、ハレスくんが悔やんだらデュオンが帰って来るわけじゃありませんし。
何よりあたしは、デュオンが死んだと思いたくないんです。ハレスくんは、デュオンがもう死んだみたいに暗い顔をしてるんですもの。
みんなを待って眠れない夜を過ごした日、ココットおばあちゃんから聞いた話みたいに――絶対にどこかで生きてるって、思いたいんです。
ハレスくんと交代で受付に座ったあたしのところに、セドラさんが来てそっと耳打ちします。
「やっぱり、見つからんよ」
「……そう。じゃあ、またお願いします」
あたしはお財布を取り出して、情報集めの代金を払おうとします。そこそこ余裕のある額を入れてたお財布も、ずいぶん軽くなっちゃいました。
セドラさんに情報集めを頼んでるのは、もし怪我をしてどこかに運び込まれていたら、医者同士で何か伝わるはずと思ったからです。とはいえあたしは情報屋全員にデュオンの消息探しを頼んでるので、それぞれの人に頼んだ理由なんて後で考えたようなものですけど。
机の上に規定枚数載せた銀貨に、けれどセドラさんは眉を寄せたまま手を付けません。
「……アリカさん、これ以上は無意味じゃないかな」
「っ!」
――いつかは言われると、思ってましたけど……実際に言われると、体の震えが止まりませんでした。
情報を集めるのが無意味。それは、デュオンがもう死んでるだろうって認めざるを得ないってことですから。
「怪我をして医者に運び込まれるなら、ずっと早い段階で情報が入ってるはずだよ。春に戦があって、今さら生きて運び込まれることはない」
正論、でした。
セドラさんは俯くあたしに、「これは受け取れないよ」と銀貨を押し戻します。でも、あたしはそれを手で思いっきり食い止めてました。積み上げた銀貨が崩れて床に何枚か落ち、きいんと澄んだ音が耳に突き刺さります。驚くセドラさんの顔がにじんで歪んで、音を立てて涙が落ちて……もう、嗚咽を止められませんでした。
「やっ……なの……諦、め、たくっ、ないっ……」
泣いちゃだめ、笑わなきゃ。いつも通りにしてなきゃ。そしたらデュオンがひょっこり帰って来るんでしょうから。そう心の中で自分に言い聞かせてるのに、涙も嗚咽も止まらなくて。でもハンカチを取り出したら、泣いてるって認めるみたいで。そしたらデュオンが帰って来ないんじゃないかって……そのときのあたしの頭の中は、ひどく支離滅裂でした。でも、その滅茶苦茶な理論にすがってないと、心がバラバラになりそうだったんです。
「けっこん、す、るって、言った、の。だからぁ、ぜった、ぜったい、戻っ、て、こな、来なきゃ、ダメなのおおお!」
しゃくりあげる喉の動きに呼吸が邪魔されて苦しいのに、口に出さないとデュオンの死を受け入れてしまう気がして。手足がしびれて、口もだんだん動かなくなって、わけのわからないことをもごもご言いながら、あたしはそれでも口の端を必死に吊り上げようとしてました。笑っていたら、デュオンが帰って来る気がして。
ついに椅子から落ちそうになった体を、誰かの腕が受け止めます。ありがとうございます、と言ったつもりでしたけど、もう口もろくに動きません。
「アリカちゃん、今日は休みな」
聞こえてきたのは、ギルド長の声でした。ちゃんと受付にいなきゃ、という一心で首を振るあたしに、ギルド長は優しく言います。
「ろくに寝てないんでしょー? 心が追い詰められてるから、一旦休まなきゃだめだよー」
今思えば、あの戦いから口数も少なく仕事に出ることもなくなっていたギルド長は、あえてあたしを落ち着かせるために、いつも通りの口調で言ってくれたんでしょう。なのにあたしは、ひたすら首を振るばかり。
ふ、と口を布が覆いました。息を吸い込むと、ふっと意識が遠のきます。
薬によってようやく、あたしはひどく久し振りの深い眠りに落ちていきました。
悲しい夢を見ていたような気も、嬉しい夢を見ていたような気もしながら、あたしが目を開けると――ランプの光が瞳を貫いて軽い痛みが走ります。思わず顔に力が入ったのがわかったのか、「あ、よかった目が覚めたんですね」と横から声が聞こえました。
……ゆっくりと、思い出していきます。涙はすっかり乾いてましたけど、ぎゅっと心臓が掴まれるような気がして、あたしはがばっと布団を跳ね上げて飛び起きました。
「…………ナナリちゃん?」
「はいっ。おはようございます、アリカさん」
ナナリちゃんのほっとしたような顔を見ているうちに、高鳴っていた鼓動もようやく落ち着いてきます。どうやら時間は夜、体が明らかに軽くなっているので、1日以上は寝たんでしょうけど……。
「ナナリちゃんが見ててくれたの? ありがとね」
「はいっ。ココットおばあちゃんやベルンさんとも交代ですけど……」
……交代?
「なかなか目が覚めないからドキドキしました。もう太陽の降臨祭の宴会、始まってますよ?」
「…………え、えええええ!?」
どうやらあたしは、数日を熟睡して過ごしちゃったみたいです。……いくらろくに眠れてなかったからって、ちょっと寝過ぎでしょう。
「私は家に戻りますけど、アリカさんは宴会に行きます?」
少し考えてから、あたしは首を振りました。ギルド員のみんなの前でさんざん泣きわめいた手前、恥ずかしかったのもありますし……それに、またデュオンのことは諦めろって言われるのが、怖かったからです。
「わかりました」
ナナリちゃんは深くは聞かずに頷いてくれました。部屋を出ようとしたところで、くるりと振り向きます。
そして、にっこり笑ってこう言ったんです。
「きっと、デュオンさん戻って来ますよ」
「……っ!」
目を見開いたあたしに、ナナリちゃんは笑顔のまま口を開きます。
「剣を教わってたとき、デュオンさんってばアリカさんにもらった護符、すっごく自慢してたんです。『これをもらった以上、死んだり捕まっちまったらアリカのせいになっちまうから、絶対ヘマできないだろ?』って」
デュオンさんは、誓いを破る人じゃないですから。
そうナナリちゃんは言って、「大丈夫ですよ」と頷いて。
「あ……ありがとう」
呟くようにしか言えなかったあたしにウィンクして、部屋を飛び出して行きます。
(……ありがとう)
きっとそれは、あたしが欲しかった言葉でした。
ナナリちゃんに力をもらって起き上がったあたしは、身支度を整えて銀の箸亭の勝手口から飛び出し、あの場所に向かいました。
約束を交わした場所へ。太陽の降臨祭の朝日が良く見える、あの場所へ。
次第に明けてゆく空の下、あたしは太陽が顔を出すのを祈りながら待ちます。
デュオンが、生きて戻って来てくれるように。
太陽の降臨祭は、最も太陽の力が強くなる日。普段なら叶わない願いも、叶うかもしれません。
ゆっくりと白んでいく山の端から、太陽の光が現れたとき。
祈りの形に手を組んだあたしの後ろで、がさりと草を踏む音が聞こえて、肩に置かれた手の形。「ただいま」と言う声。――待ち望んでいたはずなのに、いざとなったら幻じゃないかと怖くて。
「遅くなってごめんよ。ひどい怪我をして、死んだようになってたとこを、避難から戻ってきた農村の人に拾われたんだ。歩けるまで、こんなにかかっちまった」
幻なんかじゃない。
こんなに生き生きした声が、幻のはずない。
わかってるのに、振り向けなくて。何を言っていいのか、わからなくて。
だけど、答えはデュオンが伝えてくれました。
「アリカ。いつものアリカの声で迎えてくれないか?」
頷いて振り向いたあたしの前に立っているのは、確かにデュオン。あたしの大好きなデュオン。
手を伸ばしながら、あたしはこぼれてきて仕方ない笑顔で口を開きます。
大切な大切な、あたしの心を盗んだ盗賊に。
「ようこそ、盗賊ギルドへ!」
ここまで読んで下さった方に、そっと全力のありがとうございました、を。
完結させることが出来たのは、皆様のおかげです。
また何か書いてみたいと思うので、その時はよろしくお願いいたします。




