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盗賊ギルドの戦争 ~アリカの場合~

 ナナリちゃんは銀の箸亭で同じ組の仲間達と朝ご飯を食べてから、元気に出発していきました。

「アリカさん、行って来ます! 私、頑張ってきますね!」

 朝来た時は緊張した様子だったナナリちゃんも、仲間達が朝ご飯を食べながら温かく励ましてるうちに、肩の力が抜けたみたいです。笑顔で手を振るナナリちゃんに、あたしはほっと胸を撫で下ろしました。どうせ戦いになれば嫌でも緊張しますし、最初から肩に力が入っていたらいざ戦いのときにガチガチになりすぎて咄嗟に動けないことが多いですから、今のナナリちゃんくらいの気の持ちようが一番です。

「いってらっしゃい、無事に帰って来てね」

「はいっ!」

 頷くナナリちゃんの、決意を決めた人だけが持つ誇らしげな顔が眩しくて、あたしは思わず目を細めます。今はもう、羨ましいという気持ちよりも――この輝く笑顔が二度と見られないなんてことがないように、と無事を祈るばかりです。

「みんなも、どうか気を付けてね!」

 あたしがナナリちゃんと同じ組のみんなにも声をかけると、「おう、アリカちゃん。ナナリちゃんは任せろよ」とか「しっかりぶっ飛ばしてくるぜ!」とそれぞれがやっぱり眩しいほどの笑顔を浮かべます。

 ナナリちゃんに歩みを合わせて、少しだけゆっくり歩く一同を、あたしはやっぱり無事で帰ってくるよう願いながら、見えなくなるまで見送りました。

 そしてさらに何組かを見送り――最後に全員を見送ってから盗賊ギルドを後にしたのは、ギルド長とユメちゃん、ベルンちゃんがいる組でした。

「それじゃー頼むねアリカー。ギルドのことー」

 ギルド長はそう言って、いつものふわっとした笑みを浮かべます。戦を前にしてギルド長が緊張をほぐしているのでしょうけど、きっとあたしがなるべく平常心でいられるように、とも思ってのことなんでしょう。身近な人達の戦場への旅立ちを見送って、内心無事に帰って来てくれるか今からどきどきしっぱなしのあたしには、それがすごくありがたかったんです。

「はい。でも、早く帰って来て下さいね、ギルド長。……もちろんベルンちゃんも、ユメちゃんも」

 あたしが心の底から言うと、ユメちゃんったらいたずらっぽく笑って、ギルド長の腕に自分の腕を絡めるんです。

「どうしよっかなー。仕事終わったらギルド長とゆっくりデートしてから帰ろっかなー?」

「ちょっとユメ先輩、あたしはどうするんですか?」

 むー、と怒ったふりをして頬を膨らませながら言うベルンちゃんに、ユメちゃんはしっかりギルド長と腕を組んだままにやにや。ギルド長もへらーと笑ったまま、ユメちゃんのされるがままになっています。

「ベルンちゃんも早くいい男見つけるんだなー」

「あっ、ユメ先輩は一番いい男に惚れてるからってー」

「当たり前じゃん。しかしほら、アリカちゃんだってプロポーズされたんだし、ベルンちゃんも……」

「ちょっとちょっと、あたしとベルンちゃんじゃ9歳も違うんだし……へ!?」

 変なツッコミを入れてるうちに、聞き捨てならないことをユメちゃんが言ったのに気付きました。

 だってユメちゃん、昨日デュオンが来てからあたしがギルドに戻るまで、ギルドにはいなかったし……。

「な、なんで知って……!?」

「あ、やっぱりそうだったんだー」

「…………えええ!?」

「ちょっとカマ掛けてみちゃった♪」

 あっさり引っかかったことに気付いて、あたしはきゅーっと勢いよく顔に血が上るのを感じました。きっとあたしの顔は、恥ずかしさで真っ赤になってるはず。

「なっ、なななっ、なっ……」

「だってーデュオンさんがアリカちゃんに惚れてるのは見え見えだったしー」

「こんな絶好のチャンスにプロポーズしないわけないですよね!」

 ああ、ユメちゃんだけじゃなくベルンちゃんまで。ギルド長に2人のギルド員まで隣で「おめでとう、アリカちゃん」なんてにこにこしてるんですよまったくもう! もう!

 うわー、とかうあー、とか言いながら真っ赤な頬を押さえてじたばたしてるあたしに、ギルド長はにこにこ言います。

「まー、2人の結婚式とかやるなら銀の箸亭を貸し切ってもいいからねー。それじゃ、挨拶考えとくからー」

 あぁもう、照れすぎて頭がくらくらしそうです。でも、挨拶を考えとくってことは……ギルド長は、生きて帰ってくるつもりだってこと。あたしを安心させるためかもしれないけど、死ぬ気で行くんじゃないってことが、あたしには嬉しいんです。

 ……まぁ、銀の箸亭でみんなに祝福されて、とか、最高に照れくさいですけど!

「あ、ありがとうございます! みんな、どうか気を付けて!」

「んー、行って来るねー」

『行ってきまーす!』

 ギルド長達を見送った後、あたしはもう一度祈りました。きっと、叶わない願いでしょうけど。

 ――どうか、全員が無事に戻って来ますように。

 そして、あたしは深呼吸して、ふ、と思いっきり息を吐いて気合を入れます。

 あたしの戦いも、ここから始まるんですから。

 待つ、という名の戦いが。


 静かになってしまったギルドで、じっと受付に座っていると、時間がひどく長く感じられました。

 今みんなはどこにいるのか。まだウォーレンスの軍隊はこの街まで3日ほどのところにいるはずだから、戦いにはなっていないはず。だったらみんな無事だろうけど……いつから、戦いが始まるのか。心ばかり急いて、肝心の時間の方は全然進まないんです。

 それでも、受付の仕事はあります。もちろん上納金を納めに来るギルド員はほとんどいませんけど、情報を買いに来る人がたくさん。盗賊ギルドの存在を知る人の、ほとんどが来ているんじゃないかと思うほどです。

 既に王様からの勅書が来る前から、増え続ける情報を求める人に対応するために、ココットおばあちゃんは情報屋のみんなで全ての情報を共有して、誰でもどんな情報でも話せるようにしてましたけど、今回の戦いには情報屋の多くも参戦していますから、ココットおばあちゃんの負担が増えるのは確実です。そこでココットおばあちゃんは、今回盗賊ギルドに残る全員に、戦いや最近の情勢に関係する情報を教えて、みんなを臨時の情報屋に仕立て上げたんです。もちろん、あたしも例外じゃありません――ゆうべデュオンと別れた後に「絶対に紙に書いたりして残すんじゃないよ」と言われながらココットおばあちゃんに叩きこまれたので、叩きこまれた分が出てこないように必死です。

 けれど、あたしが情報屋として働くのは最終手段。あたしは受付として、情報を買いに来た依頼人の誰にどのギルド員を付けるか考えて、依頼人とギルド員を引き合わせる役目があります。全員が同じ情報をもらっているとはいえ、物覚えのいい人、悪い人、情報をそのまま話す人、自分の予想したことも付け足せる人、むしろ付け足しすぎて確実性がなくなっちゃう人……専業の情報屋じゃない以上、情報を扱う能力もいろいろなんです。わからないことがあっても、途中で交代してもらうわけにもいかないくらい人が多いですから、欲しい情報を確認して、それならどのギルド員とどの依頼人を引き合わせるか考えるのは、結構重要なことでした。

 そしてやって来る人が途切れて、ふっと一息つける状況になると、また心の中にみんなへの心配が浮かんできます。今頃みんなはどこにいるのか……まだ、みんな生きてるかしら……デュオン、どうしてるかな……戦いに決着がつくまで長くてもたった3日間、クレドランスの軍隊と一緒に盗賊ギルドのみんなも進軍するから、恐らくはそれより短い期間、なのに――もう10日も20日も、時間が経ってしまったみたいです。

 最初は多かった情報を買いに来る人の波も、だんだん落ち着いて……物思いの時間が、どんどん長くなって……それなのに。

「アリカちゃん、受付変わってあげるから、ご飯食べといで。銀の箸亭もそろそろ閉まっちまうよ」

 ココットおばあちゃんに声を掛けられて、「え、もうそんな時間ですか?」とあたしは目を丸くしていました。長い長い時間が経ったように感じていたのに――お腹が、少しも減らなかったんです。

「ご飯食べたら寝ちゃいなさい、もう丸1日以上起きてるんでしょ? ログロ爺さんでも座らせとけばいいから」

「……寝れそうに、ないです。ご飯も、いらないかも」

 一度寝てしまえば、時間があっという間に過ぎてしまうんでしょうけど……寝ている間に誰か死ぬんじゃないかって考えてたら、起きててもどうにもできないのにそれが怖くて仕方ないんです。それに、今は受付の仕事があるからまだ何とか平常心でいられますけど、暗い中ベッドに入って、みんなの心配をしていたら――あたしは叫びだしちゃうかもしれません。

 お腹も全然空いていなくて、食事が喉を通る自信もないくらいです。そういえば、朝ご飯もろくに食べていなかったのに……いつも食い意地の張っているあたしにとっては、こんなに長い時間ご飯を食べていなくて、さらに食べたくないことなんて、なかったのに。

「ココットおばあちゃん、ありがとう。でも、あたしやっぱり受付してます」

「駄目よ、アリカが倒れちゃったら大変でしょ?」

「でも……本当に、食べたくも眠りたくもなくって……」

 あたしがすごく我が儘を言ってるみたいで申し訳なかったんですけど、ココットおばあちゃんは呆れたりしませんでした。

「よくわかるわ、あたしもそうだったもの」

 そう言って、あたしの頭をぽんぽんと優しく撫でてくれました。何だか、まるで本当のお祖母ちゃんに撫でてもらってるみたいで……ぴりぴりしていた心が、ゆっくりと落ち着いて来ます。

「でも、せめてご飯は食べてらっしゃい。スープくらいだったら、喉を通るかもしれないわ」

「……ありがとう、ココットおばあちゃん」

 ココットおばあちゃんの手と言葉に落ち着かせてもらって、確かにスープくらいなら食べられそうな気がしました。素直にココットおばあちゃんの言葉に甘えることにして、あたしは階段を昇って行きます。普段ならひょいひょい昇れる階段で息切れして、確かに心だけじゃなくて体もひどく疲れているのを感じました。

 銀の箸亭は、もうご飯を食べている人もなく静かです。その中でマスターだけが「よぉ、何食べる?」とメニューを取り出してくれます。もしかしたら、もうとっくに店は閉まっていて、あたしを待っててくれたのかもしれません。

「えっと……遅くなってごめんねマスター。何か、軽めのスープとかある?」

「待ってな、今温めて来てやる」

 マスターが奥に消えてすぐに、いい香りが漂ってきました。寒い地方でもよく獲れる香草を使ったスープの香りでしょう。お腹が空いた気はしませんけど、身体が食べ物を求めているらしいのはわかります。

「あいよ、お待たせ」

 ほどなくして運ばれてきたスープに、「ありがと、美味しそう」とマスターに返したのは本心でした。湯気が顔に当たるのも気持ち良くて、食べ物が喉を通るか不安だった気持ちがすーっと薄れていきます。少し多めに入っている野菜も、とろとろに溶けそうなほどに煮込まれていて……スプーンですくって飲んだ時の、温もりが体に染み込んでいく感じがたまりません。ほう、と息を吐いて、再びスプーンを口に運び、また一息ついて……それを繰り返しているうちに、すっかりスープを飲み干しちゃってました。これ以上は口に入りそうになかったですけど、ほっこりと体が温まって、体の隅々に力が行き渡るのを感じます。

「ありがと、マスター。ごちそうさまでした」

「もういいのかい?」

 そう問いかけるマスターに「大丈夫、遅くまでありがとう」と頷いて、あたしは再び地下への階段を下りて行きます。明らかに足取りが軽くなり、とにかく心配だった気持ちも少し前向きになっているのを感じます。あったかい食べ物って大事なんだなぁって実感しながら、あたしはギルドの扉を開きます。

「ただいま、ココットおばあちゃん。ありがとうね」

「お帰り、眠くはないのかい?」

「うん……ちょっと、ね」

 お腹がいっぱいになって気持ちが落ち着いたら眠くなるかと思いましたけど、どうやらそういうわけでもないみたいです。今まで眠くて困ったことはあっても、眠れなくて困ったことなんてほとんどなかったんですけど……やっぱり前向きにはなっても、みんなのことは考えちゃいます。

「そうかい? まぁ、無理して寝るもんでもないからね。食事は無理してでもとった方がいいけどね」

 そう言ってココットおばあちゃんは、受付の椅子をあたしに譲ってくれた後、近くの椅子を持ってきて隣に座ります。「もうこんな夜更けじゃ依頼人も来ないだろうし、年寄りの昔話でも聞いとくれ」と笑ったココットおばあちゃんは、あたしが頷くとゆっくりと話し始めました。


「――あたしの恋人はね、冒険者だったのさ。その頃はあたしの先代の情報のまとめ役がいて、あたしは一介の情報屋だったけど、そいつはよくあたしのところに情報を買いに来てね……そういう仲になるまで、そんなに長いことじゃなかった」

 ココットおばあちゃんの昔話を聞くのは、初めてのことでした。頷きながら耳を傾けていると、ログロ爺さんが後ろから「ココットのやつがな、自分から惚れこんで誘ったのさ」とにやりと笑って、「うるさいよ!」とココットおばあちゃんに怒られて肩を竦めます。

「冒険に出かける度に、そりゃぁ不安だったよ。眠れないし、食事も喉を通らないし、情報をど忘れしてこっぴどく先代に怒られたりもしたさ。あいつは手練れだったから、危険なとこにもよく行ったしね……」

 ……だから、ココットおばあちゃんはあたしに優しい言葉をかけたり、気遣ってくれたりしたんだな、とあたしは気付きました。今のあたしと同じ思いを、ココットおばあちゃんは何度もしてきたんです。

 でも、ココットおばあちゃんは、独身だったはずです。だったら、その人は……。

「ある日ね、いつものように冒険に出かけたそいつは、いつまで経っても帰ってこなかった」

 やっぱり、そういうことだったんでしょう。きゅ、と胸が締め付けられるのを感じます。自分のことじゃないのに、自分のことみたいで。

「そりゃ探したさ。自分でお金を出して、仲間の情報屋に頼んだりもした。冒険者の仲間に頼んで、そいつが行った遺跡に行ってみたりもした。できることは何でもやった……見つかったよ」

「……え?」

 てっきり「見つからなかったよ」と続くのかと思っていたあたしは、その言葉に頷きそうになって慌てて聞き返します。……見つかった?

「そ。なんとその冒険で一攫千金、たっぷりお宝を手に入れたそいつはね、なんと没落貴族のお嬢様にとんでもない額の結納金を払って、そこの御曹司に収まってたんだよ。いやぁ腹が立ったねぇ、結局あたしより地位を取ったんだからねぇ」

「なんというか……ココットおばあちゃんが、そんなろくでもない男に引っかかっちゃったなんて信じられないわねぇ」

 思わずまじまじとココットおばあちゃんの顔を見つめてしまいます。ココットおばあちゃんはころころと鈴を転がすように笑って、「あたしだって若い頃からこんなに老練しちゃいないさ、失敗だらけだよぉ」とおかしそうに言います。

「それで……どうしたの?」

「どうしたって、女が男に裏切られたら、やることは1つだろ? ぶん殴ってやりに行ったのさ」

「貴族のお屋敷に!?」

 若い頃は失敗だらけとかさっき言ったばっかりですけど……うん、やっぱりココットおばあちゃんは凄い人です。

「そうそう、狩りだかに出かける所をね。あたし1人じゃ腕っぷしに自信がないから、腕っぷしの効く男達について来てもらってね。そこのログロも『馬鹿な男に騙されたもんだ』って笑いながら協力してくれたもんだよ」

「へぇ……」

 ログロ爺さんは冒険の途中で足を失って、今では盗賊ギルドの教官に収まってますけど、昔は盗みも冒険もかなりの手練れだったとのこと。そのログロ爺さんまで手伝ったんですから、さぞかし派手な仕返しになったことでしょう。

「馬から引きずりおろしてもらってね、顔に一発拳骨と、股間に一発蹴り入れてやったのさ。やっこさん、悶絶してたよぉほほほほほっ」

「ココットばあさん、それを笑うのは酷ってもんだぜ。あそこを蹴られりゃ、大抵の男は悶絶して情けない顔にもなるってもんだ」

 そう言うログロ爺さんも、肩を震わせています。あたしもそんな2人を見比べているうちに、思わず噴き出していました。

「そうさ、アリカちゃん。戦いで死ぬやつもいるけど、しぶとく生き延びちまうやつもいるもんさ。どっちかわからなかったら、地の果てまでも探しておやり。生きてるか死んでるか、本当にわかるまでね。ま、あのアリカちゃんにべた惚れしてるデュオンなら、間違っても女関係じゃないだろうけどねぇ」

 ……そっか。

 ずっとあたしがみんなの心配をしてたのは、ココットおばあちゃんには丸わかりだったんでしょう。だからこそ、あたしを笑わせて、そして希望を持たせてくれたんです。そしてもし誰かが行方不明になっても、一緒に探し出そう、とも伝えてくれたんじゃないかな、って思いました。

「ありがとう、ココットおばあちゃん」

「なんだい、話聞いてもらったんだからこっちがありがとうだよ」

 そう言ってココットおばあちゃんは、こわばっていたあたしの表情が緩んだのを確かめたのか、あったかい笑顔でにっこり頷いてくれました。

 ――結局眠ることはできなくて、ずっと受付にいてギルド員達と話したりしてましたけど……長い夜を落ち着いて過ごせたのは、ココットおばあちゃんやみんなのおかげでした。

 だからあたしは次の日、また元気に依頼人のみんなを迎えることができたんだと思います。

 扉が開いた時に、元気に言うことができたんだと思います。

 そう――「ようこそ、盗賊ギルドへ!」と。


 けれど流石に、ココットおばあちゃんが放っていた密偵が、戦いの始まりを告げた時には、盗賊ギルドにもあたしの中にも緊張が走りました。

 足の速い密偵が駆け込んで来たのは、みんなが出かけた次の日の夕暮れの頃でした。敵の姿が見えたのを確認して、すぐに引き返して情報を告げてくれたので、ちょうど知らせが入った頃には、戦いが始まっているはずです。

 よく知っている人が亡くなるときには、何か直感で気付くとか、嫌な予感がするとかいう物語がありますけど、全然そんなことはわかりませんでした。体は凍り付いたように動かなくて、それなのに震え続けて。盗賊ギルドのみんなも、何も言いませんでした。ただただみんなの無事を、戦いの勝利を、祈り続けていたんでしょう。あたしは両手を握り合わせ、ただどくどくと心臓の脈打つ音を聞くばかりでした。

 地下にある盗賊ギルドからではどんな様子かもわかりませんけど、野戦になったのは結果的には盗賊ギルドに有利に働くはずです――いくらクレドランスの軍隊が戦争慣れしていなかったとしても、ウォーレンスの国王さえ倒せば、ウォーレンスの軍隊は退かないといけないんですから。

 だから、どうか無事で。みんなが夜闇に紛れて無事に帰ってきますように。

 どの神様に祈って良いのかわからなくて、とにかく名前の浮かぶ神様みんなにあたしは祈りました。そして、最後に祈ったのは、新年のときに見た太陽。

 夜に生きる盗賊が、夜の戦いの勝利を、太陽に祈るのはおかしいかもしれませんけど――クレドランスを守ってくれるのは、きっと太陽への祈りだと思ったんです。太陽の光を受けて、美しく輝く王城を持ち、太陽に祈る習慣を持つ、クレドランスの国なのですから。

 次の密偵が告げたのは、両軍が交戦に入ったという知らせでした。さらに少しして、クレドランスの軍隊が押されているという知らせが入りました。――予想は、付いていました。いつも戦争をしているウォーレンスの軍隊は鍛え上げられていますから、クレドランスの軍隊が敵うわけはないっていうのは、ココットおばあちゃんとログロ爺さんが揃って言ったことでした。だからこそクレドランスの王様は、盗賊ギルドに暗殺なんて手段を頼んで来たんですもの。

 だから知りたいのは、暗殺が成功したかどうか。みんなが生きて戻ることを祈る一方で、ウォーレンスの王様が死ぬことを願うのは、何だかおかしな気もしますけど……ウォーレンスの王様が生き残ったら、この街も盗賊ギルドも滅びるのかもしれないんです。人に死んでほしいと願ったのは初めてでしたけど、少しだけ悪いかなとも思いましたけど、祈ることをやめたりはしませんでした。早くウォーレンスの王様が死んで、みんなが無事に帰って来るように、祈り続けました。

 次の密偵がギルドに飛び込んでくるまで、長い長い時間がかかったように思いました。結局丸2日以上一睡もしていないのに、眠くもなりませんでした。けれど、体を少しも動かすことが出来なくて、ただ祈りの言葉を心の中で繰り返し続けました。

 ――ばたん、と扉が勢いよく開きました。あたしは跳ね起きるように顔を上げて、そのまま流れるように口を開いていました。

「ようこそ、盗賊ギル……」

「ウォーレンスの軍隊が撤退を始めました!」

 けれど、あたしが言い終わるより先に、密偵の叫びにみんなぴたりと動きを止めました。

 空気すら凍ったような沈黙。その中であたしも誰も彼もが、その言葉を頭の中で繰り返していたんでしょう。

『……勝った』

 ログロ爺さんとココットおばあちゃんが、同時に呟きました。

 歓喜の叫びは、ありませんでした。ただ安堵の溜息を零して、全員が力が抜けきったように椅子の上に崩れ落ちました。もちろんあたしも、例外ではありませんでした。

 この街は、守られたんです。他ならぬ盗賊ギルドの力によって。

 ありがとうございます、とあたしは祈りを捧げた全ての神様に、そして太陽に心の中でお礼を言います。

 けれど、眠気はまだ訪れませんでした――無事に帰ってくるみんなを迎えるまで、眠れないような気がしました。

 もう一度、あたしは祈りを捧げます。どうか――みんな、無事に帰って来てくれますように――。

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