第26話 女たちの聞き込み『日曜のライスカレーに、福神漬を添えるな』
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『日曜のライスカレーに、福神漬を添えるな』
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湯呑みをひとつだけ盆に載せて、朝の縁側に座る。
縁側というものは、湯呑みがひとつだと、妙に広い。
立会人は、三日ほど西へ発っている。汽車で行く先は聞いていない。訊かない代わりに、向こうも言わない。日付の狂った綴りの裏を、取りに行ったのだろうと見当だけつけている。
盆の隅には、伏せたままの湯呑みがもうひとつ。三日、伏せたきりでいる。
広さの勘定はやめて、私は仕事に出た。
洋食屋ヲリオン軒のコック長・辰巳富次さんが死んだのは、十日前だ。
五十四。店じまいの後の厨房で、賄いの鍋を火に掛けたまま倒れていた。心の臓が、齢と立ち仕事の分だけ、先に店じまいをしたのだった。
「親方の冥婚を、頼みます」
依頼に来たのは二番コックの寅蔵さん、二十六。前掛けのまま、油の匂いをさせて土間に立った。
「無愛想で、口より先に鍋が飛ぶ人でした。けど、あの人の日曜のライスカレーだけは……うちの街の、日曜の味なんです」
祝言は店で。厨房の見える席に祭壇を組ませてもらった。鍋もフライパンも磨き上げられ、壁の品書きの「ライスカレー」の字だけ、油煙で飴色になっていた。
日曜の昼どきには、表に行列ができたという。列には、洋食など月に一度の家の子どもらが混じる。その列のための鍋を、親方は四十年、ひとりで振った。
四十年、同じ字の下で同じ鍋を振った人の位牌が、その字を見上げる席に座った。
厨房の火は、この晩だけ落ちている。火の消えた厨房というのは、妙に静かで、妙に広い。
三三九度。末期の水。
耳を澄ます。
『——日曜のライスカレーに、福神漬を添えるな』
……福神漬。
最期のひと言が、福神漬。
この商売、長くやるつもりだが、たぶんこの先も、これより赤い漬物の遺言は聞かない。
夜明けの茶は、ヲリオン軒の珈琲になった。
「福神漬を、添えるな。日曜に限って、ですか」
「妙なんです。親方、日曜だけ、決まった卓の皿に福神漬を付けなかった。俺は忘れてるのかと思って、こないだの日曜、気を利かせて添えたんです。そしたら」
「そしたら?」
「窓際の母子のお客が……お袋さんの方が、皿を見て、急に払いだけ済ませて、それきり来ません」
窓際の母子。日曜ごとに、ライスカレーを一皿だけ頼んで、子に多く取り分ける母子だという。取り分けるのは決まって母親の役で、肉は皿の縁に寄せて、子の側へ置くのだそうだ。
帳場の帳面で、窓際の卓だけを検めた。日曜ごと、ライスカレー、一皿。ふた月遡っても、一皿。
仕入れ帳と突き合わせる。肉の減りが、皿の数と合わない。日曜だけ、決まって肉が一皿ぶん余計に減る。
紙の外で、肉が動いている。
「寅蔵さん。親方は、福神漬のない皿に、何を載せていました」
「……肉の増しです。飯の下に隠して。それで皿の上の釣り合いを取るみたいに、福神漬を抜くんです。俺はてっきり、親方の癖だと」
「癖じゃありません。口上です」
すまんね、今日は福神漬を切らしてる——詫びに、肉を増しといた。
言われた客は、施しではなく詫びを受け取る。子の前で、母親の背筋が曲がらずに済む。福神漬一切れの欠けが、肉ひと切れの言い訳になる。
どこで覚えた口上か、寅蔵さんが思い当たった。親方は孤児院の育ちで、日曜だけ、どこかの洋食屋の親父に「切らした詫び」の皿を食わされて大きくなったのだと、酔った折に、一度だけ話したそうだ。
次の日曜、窓際の母子は店の前まで来て、しばらく入ろうとしなかった。
寅蔵さんが勝手口から顔を出した。
「福神漬を切らしちまいまして。親方がいないと、どうにも仕入れが下手で」
言いながら、飯の下へ隠した肉が見えないよう、皿を卓へ置いた。口上はひどく下手だった。
母親は皿の赤いはずの場所を見て、それから椅子を引いた。
四十年前に富次さんが受け取った一皿が、日曜の窓際でもう一度、湯気を立てた。
祝言の晩、参列に紗雪さんが来ていた。近頃この人は、面白がってうちの祝言に顔を出す。洋食屋の椅子の席で、慣れない数珠を上品に持て余していた。
「孤児院、と伺って思い出したの」
帰り際、紗雪さんは扇を鳴らした。
「若葉寮でしょう。うちの母が世話役をしていてよ。……銀子さん、寄進者の名簿が見たいのではなくて?」
「なぜ、そう思われます」
「あなた近頃、帳面の話をするときだけ、目が算盤になるもの」
図星なので、黙って辞儀をした。
孤児院の名簿は、施しの控えだ。施しの控えには、銭の出所が並ぶ。銭の出所というものに、私はいま、大いに用がある。
三日後、藤宮家の茶室に呼ばれた。
毛氈の上に菓子と、それから寄進者名簿の写しが、さも菓子のついでという顔で置いてあった。
「慈善市の相談、ということにしてあるわ。奥様がたは寄進の綴りを隠さないの。あれは勲章綴りですもの、むしろ見せたがるのよ」
紗雪さんは、社交界という戦場の地図を、扇の先でなぞってみせた。聞き込みに袴も番屋もいらない。茶会と、着物の褒め合いと、名簿の写しがあればいい。
「兵隊さんの動かし方は、あの方に。奥様がたの動かし方は、私に。適材適所と言ってちょうだいな」
「それで、面白いものを見つけてよ」
名簿の古い頁。若葉寮の大口の寄進者に、思いがけない名前があった。
宵坂本家。
うちの、本家である。
庶民の弔いで立ってきた冥婚屋が、孤児院の大口——先代までの本家を知る者なら、頷く名前だという。親のない子の弔いを、銭を取らずに出すのが本家の看板だった時代が、確かにあったのだと。
「それがね」
紗雪さんの扇が、頁の途中で止まった。
「ある年を境に、ふっつり消えるの。減るのではなくてよ。消えるの。以来、十五年、一銭も」
十五年前。
弔いの看板を張っていた家が、弔いの寄進を、音もなくやめた年。
その年に、本家は何をやめて——代わりに、何を始めたのだろう。
「ねえ、銀子さん」
紗雪さんが、扇の内で声を落とした。
「あなたの本家、慈善をやめた年に、何を始めたのかしらね」




