第23話 写真のない花婿『祝言の膳を、俺に供えるな』
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『祝言の膳を、俺に供えるな』
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久我家の門をくぐって、三歩で、噂が嘘になった。
玄関の敷石は打ち水が行き届き、車寄せには真新しい人力車。取り次ぎの女中のお仕着せまで、糊がぱりりと立っている。
爵位を返上して久しい家。没落華族、と口さがない筋は言う。
没落の噂と、羽振りの実物。帳尻の合わない家は、門構えから合わない。
「亡き義弟の、冥婚をお願いしたいの」
奥座敷の未亡人、久我登代様は、四十絡みの、身ごなしの綺麗な人だ。
登代様の夫は、爵位を返した久我家の前当主。三年前に亡くなっている。今夜弔うのは、その弟・久我安治。ひと月前、独り身のまま病で亡くなった——という話だった。
「真柴様の検めの噂を伺ってね。ぜひ、あなたにと」
真柴の検めからこっち続いている、華族の名指し依頼の一件である。手間賃は言い値、支度も言い値。結構な客のはずだった。
結構すぎる客というのは、うちの商売では、だいたい何かがある。
「義弟様は、どのような方でしたか」
「優しい人でした。物静かで、争いごとを好まない」
「お好きだったものなどは」
「……静かな暮らしを、好みました」
優しい。物静か。争いを好まない。
どれも、死んだ人の顔が見えてこない言葉だ。生きた人には癖がある。煙草の銘柄、飯の好み、笑うときの目。十七年会わない息子の話をしたヨネさんの言葉の方が、よほど死んだ人の顔をしていた。
それから、仏間に通されて、決定打があった。
写真が、一枚もない。
遺影の席には、戒名の軸だけが掛かっている。院号のついた、立派すぎる戒名だ。
「義弟様は、写真がお嫌いで」
訊く前に、登代様が言った。訊かれ慣れている速さだった。
「祝言の膳は、二の膳付きの本膳で。鯛も付けてくださいな」
支度の相談で、登代様は膳にばかり念を押した。
「それから、写真師を呼びます。祝言の様子を、写真に残しておきたいの」
「失礼ですが、写真のお嫌いな義弟様では」
「あの人はもう、嫌とは言いませんもの」
扇の陰で、上品に笑う。
笑いの寸法だけ、合っていなかった。
立会人が同席の挨拶をすると、登代様は「あら」と目を細めた。
「お連れの旦那様?」
「立会人です。連続する不審死の調べの筋で」
「仲のよろしい立会人ですこと」
誤解は商いの邪魔にならない限り、訂正は一度でやめる決まりにしている。隣の軍服も、眉ひとつ動かさずに座っている。動かさないにも、程がある。
祝言は、久我家の座敷で挙げた。
本膳、二の膳、鯛の尾頭。行灯は倍の数。写真師のマグネシウムが焚かれるたび、白無垢の袖が閃光で真っ白に飛んだ。
位牌の花婿と、写真に残るための祝言。
三三九度。末期の水。
耳を澄ます。
『——祝言の膳を、俺に供えるな』
綿帽子の内で、うなじがすっと冷えた。
供えるな。この膳は、俺のものではない。
俺は、この家の弟ではない。
閃光がもう一度焚かれ、私の影が襖に飛んだ。写真師は知らない。いま写しているのが、どういう祝言なのか。
私も、判子にされている。
網代屋のときは、保険の判子だった。今夜のこれは——何の、判子だ。
夜明けの茶は、出された。鯛の残りまで折に詰めて持たされかけた。丁重に断って、門を出た。
角を二つ曲がって、川端の蕎麦屋の縁台を借りてから、ようやく口を開いた。
「聞いたままを申します」
立会人は、最後まで黙って聞いた。
「写真のない花婿。遺品のない義弟。登代様の口からは、癖がひとつも出てこない」
「ええ。あの家に、義弟なんて住んでいなかったんです。紙の上のほかは、どこにも」
湯呑みを持つ手に、力が入りすぎていた。立会人は何も言わず、私の茶を白湯に替えさせた。
「怒りには、茶より白湯だ。軍で覚えた」
「……怒ってなど」
「湯呑みが割れる前に飲め」
白湯を飲んだ。怒っていた。
うちの祝言は、弔いだ。死んだ人の未練を聞いて、名前ごと送るための夜だ。それが今夜は、ありもしない弟と、その「妻」を「あったこと」にする証文へ使われた。膳も、写真も、私の白無垢も、ぜんぶだ。
「調べは俺の筋だ」と、立会人は言った。「久我家の戸籍は爵位局の外にある。返上した家の紙なら、辿れる」
「……辿って、それから?」
「それを、いま考えている」
この人にしては、珍しい言い方だった。
踏み込めば、久我の後家一人は捕まえられるかもしれない。だが後ろの網は、糸を切って沈むだけだ。番屋に持ち込む線を、この人は呑み込んで捨てた。私も捨てた。呑み込んだ線は、白湯より苦い。
十日かけて、立会人は「義弟」の出どころを突き止めた。
川向こうの施療院の、死亡帳だ。頁の角が丸くなるほど繰られた綴りに、労咳の二文字ばかりが並んでいる。その並びの、一行。
佐野安治さん、三十八。労咳で亡くなった、身寄りのない鋳掛屋。骸は死んで三日目に「遠縁」を名乗る者が引き取っていた。引き取りの署名は、達者な字だった。身寄りのない人の遠縁は、字まで達者だ。
古株の看護人が、ひとつ覚えていた。
死ぬ半月ほど前、その「遠縁」が一度だけ、枕元に来たという。見舞いの品はなし。声を低くして、死んだ後の籍がどうの、という話をしていった。身寄りがないのなら、仏になってからの名前は好きにさせてもらう——聞くつもりもないのに、そう聞こえてしまったそうだ。
その晩、佐野さんは、出された粥に箸をつけなかった。
金の筋も、割れた。久我家が爵位を返した折、旧臣筋の積んだ祭祀料と屋敷の一部は、預け金にされた。覚書の条件は妙に細かい。前当主の弟が妻を残して死んだなら、その未亡人が家祭を継ぐ。未亡人は祭祀を継ぐ男子を養子にでき、その時点で預け金と屋敷を受け取る。弟にも妻にも実在の証しがなければ、金は旧臣会へ戻る。
登代様ひとりでは、触れない金だった。
だから、膳と写真なのだ。戸籍の写しだけでは足りず、久我の家で義姉が立ち会い、弟の妻として迎えた証しを、旧臣会が求めていた。二の膳、鯛、マグネシウムの閃光。写真そのものに花嫁の名は写らない。後ろへ、本家が用意した別の女の妻記録と、久我家の儀礼証明を添える。
まず、身寄りのない死者を「弟」にする。次に、冥婚の花嫁の姿を、その「妻」が実在する証しにする。用意した未亡人名義で金を受け、選んだ男を養子へ入れる。登代様には、舞台を貸した取り分が入る。
祝言の膳を、俺に供えるな。
俺はこの家の弟ではない。この膳を受ける筋はない。粥のひと椀から祝言の鯛まで、筋の通らない膳には、箸をつけない。鋳掛屋は、他人の鍋の穴を塞いで歩く商売だ。自分が他人の家の穴埋めにされて、黙っていられるものか。
「お墓に、名前を返したいんです」
「今は動かせん。墓を触れば、網に触る」
「分かっています。ですから——」
私は写し帳を開いて、新しい頁に書いた。
佐野安治。鋳掛屋。労咳にて没。
「預かっておきます。石に返せる日まで、うちの帳面が、あの人の墓標です」
立会人は頁を覗き込み、長いこと黙ってから、一言だけ言った。
「いい帳面だ」
求婚よりも、効いた。効いたことは、帳面には付けない。
帰り道、雪江さんの言葉を思い出していた。本家さんは、死人を選り好みするって。金になる仏様のところにばかり行くんだって。
金になる仏様。
うちの本家が長年選り好みしてきた上客の祝言は、いったい、いくつが今夜のような祝言だったのだろう。
家に帰って、行灯の下で、写し帳のさっきの頁をもういちど開いた。
佐野安治。鋳掛屋。労咳にて没。
乾いた墨の上に、指をそっと置く。
墓参りの、代わりである。
返せる日まで、ではない。返す日まで、だ。




