第16話 水鏡の祝言『おっかあの味噌汁は、しょっぱい』
◆◆◆
『おっかあの味噌汁は、しょっぱい』
◆◆◆
「祝言は、船の上でお願いしたい」
上等の喪服で土間に立った客は、廻船問屋・網代屋の主人夫婦である。時化の海で若旦那を亡くした家だ。
宗太郎さん、二十六。荷を検めに乗った船が沖で時化に遭い、ひとりだけ波に攫われた——ということになっている。骸は三日後、河口の岸に上がった。
「海の男の弔いは、船で出すのが家の流儀でしてな。それと、急いでいただきたい。初七日までに、どうしても」
言い値の倍が、先に出た。
一言断って、その場で数えさせて頂く。数える間、御新造は主人の半歩後ろで、揃えた指を帯の前に重ねたまま、ひと言も発しなかった。倅の名すら、呼ばない。悲しみの形は人それぞれだ。それでも、帳面をつける性分なので覚えておいた。
もうひとつ、覚えておいたものがある。私を見る、御新造の目である。喪服の客が花嫁を見る目ではない。寄席の木戸で、看板の芸人を値踏みする目だ。
断る理由は、ないはずだった。ないはずなのに、祖母のたけが、珍しく口を挟んだ。
「旦那さん。仏さんの顔は、もう見てやりなすったか」
「……ええ、それはもう。変わり果てた顔を、何度も」
主人は目頭を押さえた。手際のいい押さえ方だった。
祖母は、それ以上何も言わなかった。
祝言は凍てつく冬の夜、港に泊めた弁才船の甲板で挙げた。
帆柱に提灯を吊り、船霊様に塩と洗い米を供える。海の民の流儀は、祖母が知っていた。
「綿帽子はよしな。海風で膨らんで、ろくなことにならない。角隠しにおし」
祖母は白絹を巻きながら言った。理屈のある流儀は、いい流儀だ。
黒い夜の水面に、白無垢が逆さに映る。水鏡というやつだ。水の中のもう一人の花嫁と、水面を挟んで向かい合う祝言になった。
棺は、船倉に安置されていた。
支度のとき、私は死者の手を見た。見るのが、癖だからだ。死者の手は、生きた口より正直である。
櫓だこと、縄擦れの痕。深い、あかぎれの筋。
……妙だ。
若旦那の手ではない。帳場に座る人の手に、縄の癖はつかない。日に灼けた首と、灼けていない額の境も、菅笠の形をしていた。人足の灼け方だ。
三三九度。末期の水。
耳を澄ます。
『——おっかあの味噌汁は、しょっぱい』
訛りが、あった。
北の在の、雪の匂いのする訛り。帝都育ちの若旦那の声では、ない。
それに、網代屋の御新造は、味噌汁を手ずから作るような人ではない。
三の盃は、吞まずに舷から海へ流した。流し盃という海の流儀だそうだ。灯を映した水面に、波紋がひとつ開いて、消えた。
夜明けの茶は、船着き場の荷置き小屋で頂いた。立会人が、火鉢代わりの七輪に炭を熾してくれた。
「妙なことを申し上げます」
「お前が前置きをするときは、妙では済まん話だ」
「棺の中の方は、網代屋の若旦那ではありません」
湯呑みを置いて、順に並べる。
「手が違うんです。あれは縄の手、出稼ぎ人足の手です。灼け方も、菅笠の形をしていました。そして何より、声です。北の訛りの、おっかあの味噌汁を恋しがる声でした。網代屋の帳場で育った人の、最期の言葉ではありません」
「つまり、身代わりの骸か」
「言い値の倍の先払いも、これで読めます。あれは急ぎ賃ではなく、祝言という判子の代金です」
「初七日の期限は」
「海難の保険金かと。仏の検めが済んで、弔いが済んで、書付が揃えば——保険は下ります」
行き倒れの骸をどこかで都合し、時化に合わせて海へ流し、変わり果てた顔の倅として引き取る。倅本人は、どこかで生きて隠れている。
筋書きは単純だ。単純な筋書きに、うちの祝言は、判子代わりに使われた。
冥婚まで挙げた家の死人を、誰が疑うものか——そういう判子に。
御新造のあの目も、今なら読める。あの家にとって、死者の声は花街の客寄せ芸で、うちの白無垢は客を呼ぶ幟の一本だったのだ。
「……鷹尾様。私は今、たいへん腹を立てております」
「知っている。湯呑みが震えている」
「……寒さのせいです」
立会人は問い返さず、七輪に炭をひとつ足した。言い訳のほうへ、炭を足す人である。
「うちの商いは、死んだ方の未練を届ける仕事です。死の体裁を整える道具では、ありません。それに何より」
何より、だ。
棺の中の人は、名前ごと取り上げられている。死んでなお、他人の名前で焼かれようとしている。おっかあの味噌汁を恋しがった人が、どこの誰かも分からないまま。
「調べは俺の筋だ」立会人は立ち上がった。「水上警察と、保険の検査人に貸しがある。網代屋の蔵と、倅の女の家を洗わせる。お前は」
「私は、あの方の名前を探します。訛りは北。手は人足。菅笠。港の施療小屋と木賃宿の控えから、当たります」
十日で、両方の答えが出た。
宗太郎さんは、女の家の二階で生きていた。企んだのは主人夫婦と、出入りの保険外交員。身代わりの骸は、時化の晩に港の施療小屋から、口入れ屋が「遠縁」を名乗って引き取っていた。その夜のうちに網代屋へ銭で渡され、三日後、若旦那の着物を着せられて河口へ置かれた。網代屋は縄付きになり、保険は一銭も下りなかった。
棺の人の名前も、見つかった。
施療小屋の仮控えと、口入れ屋の控えの突き合わせ。北の在から出てきた卯之助さん、三十一。荷揚げの人足で、時化の夜、木賃宿の裏で倒れ、運び込まれて間もなく息を引き取った。身元を届ける前に、骸だけが持ち出されていた。
口入れ屋の帳面には、「男一人」とだけあった。
男一人。三文字である。三十一年生きた人の、荷を担いだ肩も、雪深い在所も、呼んだはずのおっかあも、三文字に丸めてある。
その人の守り袋から、小さく畳んだ紙が出た。幼い、覚えたての字で、卯之助、と名前だけ書いてある。母親の字かもしれないし、幼い日の本人の字かもしれない。どちらにせよ、この世でただ一枚、あの人を三文字にしなかった紙だった。
私はもう一度、白無垢を着た。
今度は誰の判子でもない、卯之助さんひとりのための祝言だ。参列は、祖母と立会人の二人きり。式の前、立会人は棺に深く長い辞儀をした。軍人の礼ではなく、ただの辞儀だった。この人は、死者への礼だけは値切らない。
祭壇には、湯気の立つ味噌汁を一椀、供えた。祖母が濃いめに仕立てた、しょっぱい味噌汁だ。
「北の男はね、薄い味噌汁を水って呼ぶんだよ」
と、祖母は言った。銭の出所のない祝言だから、帳面には「奢り」と付けた。
おっかあの味噌汁は、しょっぱい。
故郷の味は、たぶん、涙と同じ塩梅なのだと思う。
「網代屋に出入りしていた保険外交員だが」
後日、立会人が手帳を開いた。
「面白いものを持っていた。名刺の裏書きだ。後ろ盾に、妙な名がある」
「妙な名?」
「『霜会』。……華族の互助の結社だそうだ。保険屋の後ろ盾が華族の会とは、俺は初めて聞いた」
霜、という字を、私はそのとき初めて見た。
冷たい字だと思った。それだけだった。




