第11話 迎え火の日『迎え火は、十六日に焚け』
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『迎え火は、十六日に焚け』
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「倅の武志は、南の島で名誉の戦死を遂げました」
仏壇店の主人は、私を仏間に通すなり、背筋を伸ばしてそう言った。
軍から届いた公報が、額に入れて飾ってある。戦死の日付、場所、階級。折り目まで、誇りの形をしていた。
盆の入りが近い。死者の帰る季節に、死者に嫁を娶らせる家が増える。この依頼も、そういう盆支度の一件だ。
「嫁を取る前に征った子です。向こうで独り身では不憫だと、家内が。……盆の前に、祝言を」
店は盆前の書き入れ時のはずだ。仏壇屋の盆は、うちの盆と同じで、休む季節ではない。その書き入れ時に店を閉めて、この人は倅の祝言の席を整えた。商いとしては大赤字である。赤字と承知で出す銭がある。弔いとは、たいていそれだ。
仏間には、遺髪と爪だけの小さな骨箱。南の島からは、それしか帰らなかったという。
骨箱の前に、真新しい位牌。ひと目で上物と分かる塗りだった。
「店で一番の木地に、一番の塗りを掛けました。四十年、人様の位牌ばかり商ってまいりましたが……倅のを誂える日が来るとは、思いませなんだ」
父親の声はそこだけ商売人の声に戻り、戻ったのを恥じるように小さくなった。
銚子には雄蝶雌蝶。折り目の甘い、不揃いの蝶だ。買えばいくらもしない飾りを、母親は自分の指で折ったらしい。
母親は祝言の間じゅう、公報の額を膝に抱えていた。
三三九度。末期の水。
耳を澄ます。
『——迎え火は、十六日に焚け』
十六日?
迎え火は、十三日の夕方に焚くものだ。十六日に焚くのは、送り火である。死者を迎える火と、送る火。間違えようのない、盆の作法のいろはだ。
仏壇店の息子が、それを間違えるだろうか。
綿帽子の内で、いつもの数えごとを始める。
迎え火は十三日。これは暦より固い。
仏壇店の子が、それを知らぬはずがない。飯の炊き方より先に仕込まれて育つ家だ。
なら、間違いではない。選んで、そう言っている。
選んでまで、十六日と言う理由。そこで、折っていた指が止まった。
持ち越しだ。祝言の座敷で弾いていい珠ではない。
「作法違いの謎かけ、ですか」
夜明けの茶で、立会人が湯呑みごしに言った。近頃この人は、私の癖を覚えてきた。指を折る前に、茶を注ぎ足してくる。
おかげで検算の間、湯呑みが空になったためしがない。茶代をどちらの払いに付けるべきか、本気で迷っている。
「間違いではないと思うんです。仏壇屋の子が迎え火の日を間違えるのは、うちの子が白無垢の畳み方を間違えるようなものですから」
「なら、意味はひとつだ」
「ええ。——十三日には、まだ帰っていない。俺が帰るのは、十六日だ」
言ってから、自分の言葉に自分で引っかかった。
帰りが遅れるのではない。十三日には、帰れなかったのだ。
帰るもなにも、ない。あの人はその日、まだ島で生きていたことになる。
「……鷹尾様。公報の戦死の日付は」
「見た。七月の、十三日だ」
私たちは、同じところで黙った。
膝の上で、指を折ってみる。十四、十五、十六。三本。
死んだ日が、三日、ずれている。そうとしか読めない置き方だった。
冷めた茶を、それでも飲み干して、立会人は立ち上がった。
「詳報を当たる。軍務の伝手で、写しくらいは繰れる」
「お願いいたします。お手間の分は、こちらの払いに」
「要らん。日付の乱れは、俺の管轄だ」
軍刀の鞘を直しながら、思い出したように付け加える。
「それと、求婚だが。本日の分は、日付の話で席が塞がった。盆明けに繰り越しておけ」
「うちは役所の窓口ではございません」
「なら盆明けに、新規で承れ」
「その日に、お持ち込みください」
言ってから、盆明けは幾日だったかと指を折りかけて、その手を袖に仕舞った。
立会人は、約束通り当時の戦闘詳報を繰ってくれた。公にできる範囲で、と断りながら。
武志さんの属した小隊が最後の戦闘に入ったのは、公報の日付の三日後だった。つまりあの人は、十三日にはまだ生きて、島の岩陰で、あと三日ぶんの朝を数えていたことになる。
「公報の日付が、戦闘詳報と合っていない」
「お役所の、書き間違いでしょうか」
「かもしれん。戦地の報せは乱れる。珍しいことではない、が」
立会人は、手帳に何かを書き付けた。
「日付というのは、書き間違えても誰も死なない代わりに、書き直しても誰も気づかん。覚えておこう」
迎え火は、十六日に焚け。
聞いた晩には作法違いだったひと言が、今は日付の狂った伝票に見える。俺の帰る日を、間違えるな。あの人は最期の息で、帳面を直して逝ったのだ。
両親には、こう伝えた。息子さんの迎え火は、十六日に焚いてあげてください。あの人はきっと、盆の終わりまで、ゆっくり帰ってきますから。
四十年、作法を売って暮らした人に、作法を違えてくれと頼んだのだ。安い頼みではない。
作法違いの迎え火を、仏壇店の父親は「倅がそう言うなら」と笑って、それから初めて泣いた。
十六日の夕方、あの家の門先には、きっと小さな火が焚かれる。
三日遅れの帰り道を、照らすために。
帰り際、母親が骨箱の隣の写真を持たせてくれようとした。軍服の、若い笑顔だ。
「息子の顔、覚えてやってくださいな。花嫁さんの覚えていてくれる顔が、ひとつ増えるだけで」
「写真は頂けません。その代わり、覚えて帰ります」
これは本当だ。私は死者の顔を忘れない。忘れないのが、この商売の唯一の売り物だからだ。
母親は写真を胸に戻し、深々と辞儀をした。よかった、うちの子に嫁が来てくれた——そういう辞儀だった。
銭の他に、こんなものまで頂いては、帳尻が合わない。合わない分は、覚えておくことにする。
ただ、帰り道に考えていたのは、顔ではなく日付のことだった。
三日のずれ。
書き間違いなら、それでいい。それで済む話だ。
でも、もし書き間違いでないなら。
日付ひとつで動く銭を、数えてみる。恩給。弔慰金。保険。……ある。動かして得をする銭が、いくらでもある。
誰が、動かした。




