第39話 青い鳥は家にいたなんて、どこのお伽話だよ
中継オアシスの外れ。
巨大な多脚機が、砂埃を被った巨体を休めるように停泊していた。
機内のキッチンでは、ガレットが買い入れたばかりの泥臭い乾物をナイフで削り落とし、鍋に放り込んでいる。煮え立つスープから上がる湯気を、換気扇が鈍い音を立てて吸い出していた。
その隣の区画──工作室の作業台で、アルドは油まみれの指先を素早く動かしていた。
集落のジャンク屋から請け負った、スープ加熱器の修理。日銭を稼ぐための、ごく単純な依頼のはずだった。
だが、作業台の上に鎮座しているのは、もはや元の姿をとどめていない異形の鉄塊だった。
「熱伝導の効率が悪すぎる。これじゃあ中心まで熱が通る前に底が焦げつく」
アルドは悪態をつきながら、元の陳腐な加熱器を引き剥がして放り捨てた。代わりに多重熱量制御ロジックを組み込んだ分厚い基盤をねじ込み、手当たり次第に放熱フィンと耐熱装甲を溶接していく。
「これで数秒で沸点に到達する。しかも絶対に焦げ付かない。完璧だ」
満足げに息をつき、溶接トーチの火を落とした。
『マスター。ただお湯を沸かすだけの機能に、毎回よくもまあそれほどの無駄なロジックを盛り込めるものです』
頭上のスピーカーから、ベルの冷え切った合成音声が降ってきた。
『貧民街ごと火球になりかけた温室用ボイラーや、空力を追求しすぎた自走式ティーポットに続き、今回は器が耐えきれないほどの超効率制御ですか。……ふふ。「絶対に焦げ付かない」でしたか。ええ、私の計算でもその結論は支持されます。焦げ付くよりも先に、器そのものが融解して消滅するのですから』
「素人が適当なこと言ってんじゃねえ。この装甲と排熱スリットを見ろ。計算上はギリギリ融解温度の三度手前で均衡が取れるようになってる」
『その「ギリギリの均衡」を保つために、本体の三倍もの体積の装甲を後付けしている時点でおかしいと気付かないのが、マスターの設計思想のバグです。ジャンク屋の店主も、まさか軍用兵器のような唸り声を上げるバケモノが納品されるとは夢にも思っていないでしょうね』
「文句を言われる筋合いはねえよ。要求スペックの百倍の性能で返してやるんだからな」
アルドは手元のレンチを握り直し、耐熱装甲のボルトをギチギチと執拗に締め上げた。
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灰色の波が、打ち捨てられた巨大な鉄の残骸を冷たく洗っている。
厚い鉛色の空の下。海風に晒されて赤茶けた廃ドックの跡地に、一台の装甲車が鈍い排気音を響かせて停まっていた。
アルドたちが乗り捨てた船の残骸を背に、ジャック、カーラ、ルカの三人は出発の準備を整えていた。
「さて、ここからあいつらがどこへ消えたかだが」
ジャックが手帳を開き、荒野の地図を睨む。
「あいつら、遊牧街を出てそのままここに来たんだろ」
ルカが装甲車の荷台から身を乗り出し、淀んだ風に目を細めながら口を開いた。
「なら次は必ず補給だ。アルドとベル姉だけならともかく、あのおっさんがいて補給を無視するわけがない」
「……違いないな」
ジャックは短く同意し、カーラも無言で頷いた。
「補給をするなら、どこに向かうと思う?」
カーラが道案内であるルカに尋ねた。
「ここから進むとして、一番近い水場はあそこだな」
ルカは迷いなく荒野の南西の方角を指差した。
「確か小さな集落もあったはずだ。そこなら水も燃料も手に入る」
ルカの案内に従い、装甲車は砂利を巻き上げて荒野を駆けた。
数時間後、一行は岩陰に身を寄せるように作られた、小さな水場の集落へと辿り着いた。
到着するなり、三人は手分けして雑多な闇市の情報網を洗い始めた。
「いたらしいわ。でかい多脚機と、むさい男二人」
やがて装甲車の前で落ち合ったカーラが、ジャックへ報告する。
「ただの紙くずみたいな古書を、喜んで買っていった技術者風の男がいたって。間違いないわね」
「なるほどな。ルカの言う通り、あの用心棒のおっさんが移動の生命線を握ってるってわけだ」
ジャックは感心したように息を吐き、手帳の地図に新たな印を書き込んだ。
「さらにここからどこへ向かったか、だが」
ジャックは手帳から顔を上げ、二人に視線を向けた。
「あいつら、今は何か明確な目的地があって移動していると思うか?」
「どうかしら。こんな辺境の闇市で呑気に古書を漁っているくらいだし、宛てもなく立ち寄った先で好き勝手やってるだけじゃない?」
カーラが肩をすくめて答える。
「何かデカい目的があるなら、灰の海へ向かった時みたいに一目散に真っ直ぐ移動するはずだろ」
ルカも同意するように頷いた。
「それに商人の話じゃ、あいつらここで大した量の水は買ってないらしいわ。つまり、またすぐどこか近くで補給する気で出て行ったってこと。寄り道する気満々ってわけね」
カーラの得た情報と、ルカの地形の記憶がピタリと重なる。
「なら、ここから一番近い、でかい水場だな。中継オアシスだ」
ルカが手帳の地図の先を指差した。
「決まりだ。乗れ」
ジャックは手帳を閉じ、装甲車の助手席へと乗り込んだ。カーラとルカも素早く車内へ戻る。
重いドアが閉まる音と共に、カーラがアクセルを踏み込む。装甲車は確信を持って、次なる目的地へと一直線に走り出した。
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中継オアシス。
砂よけの壁に囲まれた集落のジャンク屋の店先で、ジャックは足を止めた。
「……おい」
ジャックの視線が、店先のガラクタの山に無造作に置かれた「それ」に釘付けになっていた。
「どうしたの」
カーラが隣に並ぶ。
ジャックが指差したのは、どう見ても不格好な金属の塊だった。スープを温めるための安物の筐体のはずが、なぜか分厚い耐熱装甲で覆われ、無数の放熱フィンがハリネズミのように飛び出している。
試しにジャックが起動スイッチを押し込むと、それは軍用兵器のような重低音の唸りを上げ、数秒で内部の水を沸騰させて猛烈な蒸気を吹き出した。
「何これ」
「ただのお湯沸かし機だ」
ジャックは呆れ果てたように天を仰いだ。
「数秒で中身を沸騰させる異常な火力と、それを無理やり抑え込むための無駄に厳重な耐熱装甲。スープを温めるだけの目的に、なんでここまで過剰な機能を持たせる必要がある? こんな馬鹿げた仕様の無駄遣いをする修復師なんて、世界に一人しかいねえよ」
ジャックが口元を歪めると、カーラも同意するように鼻で笑った。
彼女はすぐさま、奥から顔を出した呆れ顔の店主を捕まえ、手早く話を聞き出した。
「あいつら、ここへ来たんだな」
ジャックが尋ねると、カーラは呆れたように首を振って戻ってきた。
「ええ。だが、あまり良い別れ方じゃなかったみたいよ。店主の話じゃ、『一応直してはくれたが、こんな意味不明なバケモノ売れるか。悪いが報酬は弾めないぞ』と出し渋ったらしいわ。そしたらアルドが『くそ。やっぱり廃炭鉱街が一番好きに作業できるな』って、悪態をついて去っていったそうよ」
「おい親父! その素晴らしいバケモノ、俺が買い取ってやる!」
ジャックは即座に懐から銀貨を取り出し、店主へ向かって弾いた。
「ちょっとジャック、そんなガラクタを車に積む気?」
カーラが呆れるのも意に介さず、ジャックは満面の笑みでその不格好な鉄塊を抱え上げる。だが次の瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
「……待てよ。アルドはなんて言ったって?」
「『廃炭鉱街が一番好きに作業できるな』って……」
ジャックの顔から、スッと笑みが消えた。
「……おい、冗談だろ」
手の中のイカれた鉄塊と、その言葉。アルドたちの次なる目的地に思い至り、ジャックは絶句した。
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「あいつら……一番追っ手が多い元の拠点に、わざわざ舞い戻ったっていうのか!?」
装甲車の助手席で、ジャックが頭を抱えて声を荒げた。
「意味わかんねえよ。あのおっさんが一緒にいるのに、なんでわざわざ死にに行くような真似するんだ?」
後部座席でルカが呆然と呟く。
「本当に、どうしようもないバカね」
カーラも小さく溜息をついた。だが、その目は笑っていない。
無言で装甲車のギアを入れ、ボイラーの限界までアクセルを踏み込む。
猛スピードで荒野を駆け抜ける。パチッ、とジャックの手首の腕輪が放電し、彼が短い悲鳴を上げるが、カーラは減速しなかった。
やがて、フロントガラスの向こう、赤茶けた地平線の先に黒い影が浮かび上がる。
天を突く無数の煙突群。煤煙に霞む重層的な市街地。そして、見覚えのある巨大なドックのシルエット。
無法と鉄くずの吹き溜まり──廃炭鉱街。
追跡者たちを乗せた装甲車が、煤煙の立ち込めるその懐へと滑り込んだ。
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