第24話 砂埃の遊牧街と、小さなスカベンジャー
錆荒野の地平線に、装甲車両とパッチワークのような巨大なテント群が延々と連なる輪郭が浮かび上がった。都市を隔てる過酷な荒野を移動し続ける巨大コミューン、遊牧街である。
分厚い装甲を持つ多脚歩行の巨大な機体が、最後尾の車両から少し距離を置いた列の端に、重々しい足音を立てて停泊した。
「カーラの情報通り、遊牧街ってのは見つかったが……勝手に列に混ざってもいいのかね」
操縦席の窓から巨大なキャラバンを見上げながら、ガレットが太い腕を組んで呟いた。
「ダメなら誰かが怒鳴り込んでくるだろ。それまではここにいさせてもらうさ。せっかく廃炭鉱街の厄介事から離れたんだ、当分は目立たずにやり過ごすぞ」
アルドは計器盤の電源を落とし、スパナを弄りながらそっけなく答える。
「それもそうだな。とりあえず、これからどうする? 長旅で物資が底を突いてんだ。ここでいくらか稼いでおかねえと、また野たれ死ぬぞ」
ガレットの現実的な問いかけに、アルドは面倒くさそうに頭を掻く。
「俺はこないだ組み上げたミルを換金してくる。お前は……適当にやってろ」
その言葉を聞くや否や、ガレットは手元にあった適当な板切れに魔導インクで『何でも直します』と書き殴り、ハッチを開けて外へ降り立った。
「おい、何してんだよ」
機体の装甲に無造作に看板をぶら下げるガレットを、後ろから降りてきたアルドが一瞥する。
「お前がいらんガラクタ作るより、よっぽど確実な稼ぎになるだろうが」
ガレットは呆れたように言い返し、肩の埃を払った。
『こんな砂埃の真ん中で店開きですか。私の美しい装甲が汚れるのですが』
機内のスピーカーから、不満げな合成音声が響く。
「自分じゃ外見なんて見えねえくせに自意識過剰な奴だ。そもそも最初から泥と錆だらけだろうが」
「違えねえ。新鮮な野菜や水が手に入るなら安いもんだ。少しの間、我慢しろ」
ガレットの言葉にアルドも同意するように短く鼻を鳴らし、二人はベルに文句を言わせたまま周囲の様子を窺った。
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巨大なキャラバンは、それ自体が荒野を往く『移動する街』として機能している。
無数の装甲車両と、それに牽引されるパッチワークのような家屋の群れ。その列の中心部には、住民の生活物資を一手に引き受ける巨大な交易テントが張られ、簡易的なバザールを形成していた。
重工都市のように巨大な魔力炉が黒煙を上げるわけでもなく、廃炭鉱街のように無軌道に油と鉄を浪費する喧騒があるわけでもない。そこにあるのは、すべての物資を丁寧に使い込み、静かに荒野をやり過ごすような独特の穏やかな生活感だった。
そんな遊牧街の商取引の中心地たる交易テントには、外部の人間が持ち込むスクラップや遺物を査定して買い取る、ジャンク屋めいた窓口も併設されている。
列の端からバザールまで歩いてきたアルドは、機内で組み上げた円筒形の重い機械を抱え、その窓口のカウンターへと足を運んだ。
「おい、魔導具の買い取りを頼む」
ドスン、と鈍い音を立てて金属の塊を置くや否や、アルドは店主の返事も待たず、作動用の端子に少量の魔導オイルを垂らした。
瞬間、鼓膜を劈くような轟音がテント内に響き渡り、円筒の内部で猛烈な振動が発生した。あっという間に投入口の穀物が、煙のように細かい粉末へと変貌していく。
「どうだ。どんな硬い豆でも一瞬で細かい粉末になる、最高のミルだぜ」
得意げに笑うアルドに対し、テントの店主は顔を引きつらせて首を横に振った。
「冗談じゃない。たった数秒で魔石燃料が数日分も消し飛んでるじゃないか。それにこの爆音は何だ」
店主は耳を塞ぎながら、機械をカウンターの奥へと押し返す。
「うちは必要最小限の出力で長く使えるものしか扱わないんだ。この街じゃ、派手な性能よりちまちました燃費の良さが一番だからな。よそへ持っていきな。……まあ、このキャラバンのどこへ持ち込んでも買い手はつかないと思うがね」
「……ちっ。せっかく鉱山用の岩盤粉砕ロジックを綺麗に組み込んでやったってのに、つまらん街だ」
背後から投げられた憎まれ口に、アルドは忌々しげに舌打ちをし、粉砕ミルを抱えてテントを後にした。
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アルドが粉砕ミルを抱えてオールド・ベルの機体の前まで戻ってくると、入り口のハッチのそばで、ガレットが誰かと話し込んでいるのが見えた。
「おーい、アルド!」
機体のかたわらから顔を出したのは、煤と砂にまみれた小柄な少女――雷鳴の谷で別れたスカベンジャーのルカだった。
「変なデカい多脚歩行機が列の後ろに合流したって噂を聞いてな。まさかと思って見に来たら、やっぱりお前らだったよ」
呆れ半分、嬉しさ半分といった顔で笑うルカに、アルドは少しだけ口角を上げ、短く鼻を鳴らす。
「お前こそ、なんでこんな所にいる。相変わらず薄汚えガキだな。ちゃんと飯は食ってんのか」
腕を組んだガレットが、呆れたようにため息をつきながら尋ねた。
「谷を出た後、スクラップの回収施設を回ってたら、たまたまこのキャラバンに遭遇したんだ。今は、技師の兄ちゃんのところで適当に手伝いしながら食わせてもらってるよ」
えっへんと、ルカが胸を張った。
「そうか、そりゃあ良かったな。だが、その割には相変わらず細っこいまんまじゃねえか。……ほら、入れ」
ガレットは苦笑交じりに息をつき、機内の奥へと顎をしゃくった。
数分後。ルカは機内のリビングにある硬いソファに座り、温室のトマトを使った熱いスープを勢いよく平らげていた。
「ほれ、慌てて食うな。足りなきゃおかわりもあるぞ」
「うるせえおっさんだな! 頼んでねえのに勝手に出してきやがって!」
口では悪態をつきながらも、スプーンを動かす手は止まらない。
ふと、アルドの視線がソファの脇へと向いた。そこには、かつて彼が回路を繋ぎ直してやった避雷針の傘が大事そうに立て掛けられている。
視線に気づいたルカは照れくさそうに顔を逸らし、わざとらしくその金属の柄をポンと叩いた。
『まったく……ルカ、少し見ない間にまた一段と泥まみれになりましたね。後で念入りに消毒液を散布しますよ』
天井のスピーカーからオールド・ベルの冷ややかな声が落ちてくる。
「へへっ、文句言いながらもあったかくしてくれてんじゃんか、ベル姉」
ルカの言う通り、室温は泥まみれの彼女が冷えないように、あるいはガレットがせっかく作ったスープが冷めないように、いつの間にか最適な温度へとこっそり引き上げられていた。
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「まさか、こんなに客が来るとは思わなかったな……」
粉砕ミルの換金こそ失敗に終わったものの、ガレットが勝手に掲げた看板の効果は覿面だった。
キャラバンの住民たちが、次々とオールド・ベルの前に並び始めたのだ。持ち込まれるのは、年代物の水汲みポンプや、歯車が欠けた生活用の日用機械ばかりだ。
アルドが持ち前の精密な技術で不具合をあっさりと直してのけると、住民たちは深く感謝して日銭や物資を置いていった。
「目新しい古書を買うほどの稼ぎにはならねえが、飯の足しにはなるか」
入り口のハッチのそばで、アルドは受け取った硬貨を弾きながらぼやいた。
「こいつは温室で育てられそうだな。廃炭鉱街じゃお目にかかれねえ代物だ」
修理代の代わりに受け取った物資の中には、珍しい香草や種も混ざっていた。ガレットはそれらを丁寧に仕分けながら、ご満悦な様子で頷く。
「料理の幅も広がるし、しばらくここで腰を据えてみるのもアリかもしれないぜ」
『私のデータベース拡張には物足りませんが、マスターの散財が減り、食卓の質が上がるなら歓迎しますよ』
ベルもまたどこか満足げに同意する。
砂埃の舞う巨大な遊牧街での新たな日々は、思いのほか順調な滑り出しを見せていた。
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