第19話 俺が用心棒だって忘れてないよな?
廃炭鉱街を背にして、目的地である大戦期のエネルギー変換実験施設を目指す長旅が続いていた。
荒野の轍を、二台の機影が砂塵を巻き上げながら進む。カーラの操る装甲車が先導し、その後ろに巨大な多脚機『オールド・ベル』が地響きを鳴らして追従していた。
景色は次第に変化し、赤茶けた平原から錆びた岩盤が連なる巨大な渓谷へと差し掛かっていた。両脇には切り立った岩山が壁のようにそびえ立ち、二台の巨大な機影すらちっぽけに見えるほどの途方もないスケールで迫ってくる。高低差が激しく、空を狭めるような岩の造形は、命を拒絶するような乾いた荒涼さを漂わせていた。見上げる岩壁には無数の亀裂や岩陰が黒々と口を開けている。
『前方の岩陰に、不自然な熱源を検知しました』
操縦席のコンソールから、合成音声が淡々と告げる。
『多数の生体反応、および旧式の内燃機関の排熱です。十中八九、スカベンジャーの集団による待ち伏せかと』
「チッ、どこの世界にもハイエナはいるもんだな」
助手席で腕を組んでいたガレットが舌打ちをした。
ベルの警告とほぼ同時だった。狭い谷筋へと先行して入り込もうとしていたカーラの装甲車のすぐ足元で、太陽が弾けたかのような強烈な閃光と、鼓膜を破るほどの爆音が高々と上がった。
野盗の仕掛けた旧式の地雷、あるいは手製の爆薬トラップだ。大量の土砂と砕けた岩盤が空高く舞い上がる。凄まじい衝撃波が遅れて届き、後方を走っていたオールド・ベルの分厚い前面装甲にバラバラと無数の礫を打ち付けた。
爆風を至近距離で受けた分厚い装甲車は、下から突き上げるような暴力的な衝撃によって前輪付近から跳ね上がった。ひしゃげた悲鳴のような金属音を谷間に響かせながら、装甲車は不自然な姿勢で岩壁に激突し、濛々たる土煙の中で急停車する。
『前方車両、足回りが大破。足止めを受けました。システム、迎撃態勢に移行。主砲への魔力バイパスを接続し、一帯の岩盤ごと焼き払いますか?』
「待て。おいカーラ、生きてるか!?」
アルドがベルの提案を制し、コンソールの短距離通信機をひったくるように掴んで怒鳴る。
『……派手に揺れたけど、アタシも荷物も無事よ! でも足回りが完全にイカれた!』
ノイズ混じりのカーラの声に、アルドとガレットは微かに安堵の息を吐いた。
「よし。ベル! お前は回避に専念しろ。燃料がもったいねぇ。俺が始末してくる」
ガレットが立ち上がり、ベルの物騒な提案を即座に制止した。
言うが早いか、彼は機体のハッチを蹴り開け、凄まじい速度で身を乗り出した。その手にはすでに、使い込まれた大口径の狙撃ライフルが握られている。
岩場の上方から、足止めされた二台の獲物へ向けて無数の銃弾が雨あられと降り注ぎ始める。金属の装甲に火花が散り、甲高い跳弾の音が耳をつんざく。
しかし、銃弾の嵐の中に身を晒したガレットに一切の焦りはない。彼は激しく揺れる機体の上で、地面に根を張った大樹のように完璧なスタンスを取り、迷いなく引き金を引いた。
空気を切り裂くような轟音が谷に響き渡る。大口径の凶悪な弾丸は、岩山の頂に据え付けられていた野盗の重機関銃座を、分厚い防盾ごと一撃で吹き飛ばした。
ボルトを引き、空薬莢が金属の甲板に甲高い音を立てて落ちる。次弾装填。再び発砲。反撃を試みようと岩陰から顔を出した別の狙撃手が、ライフルを抱えたまま谷底へと転げ落ちる。
上方の脅威を黙らせると同時、ガレットは迷うことなくオールド・ベルの装甲から地面へと跳躍した。数メートルの高さを苦もなく飛び降り、着地の衝撃を殺しながら砂埃の中で前転する。
立ち上がると同時に、彼の真横にまで接近していた野盗がナタを振り上げた。ガレットはライフルの銃身を容赦なく振り抜き、硬い手応えと共に男の顎を砕く。
男が崩れ落ちるより早く、ガレットはライフルを背中のスリングに回した。空いた左右の手には、すでに刃渡りの長い大型のサバイバルナイフと、武骨な大口径拳銃が握られている。
無造作に振るわれた刃が閃き、血飛沫が舞う。至近距離から短い銃声が連続して鳴り響く。怒声と悲鳴が入り混じる乱戦の中にあって、彼はただ一人、呼吸を乱すことすらなく淡々と群がる野盗たちを排除し続けていった。
『警告。飛来する銃弾の予測軌道上に自機を検知。多脚フレームによる緊急回避機動に入ります』
合成音声のアナウンスと共に、オールド・ベルの巨体が右へ左へと急激に傾き、激しく上下に揺さぶられる。
「おいベル、そんなに機体を揺らすな! 計器が読めねぇだろうが!」
コンソールにしがみつきながら、アルドが怒鳴り声を上げた。
『マスターこそ、そこのインク瓶を早く片付けてください。その黒い液体がこぼれて私の大切な書庫が汚れたら、本気で怒りますよ』
「無茶言うな、この揺れで両手が離せるか! もう少し大人しく走れ!」
『物理的な質量の限界です。文句なら、無謀な襲撃を仕掛けてきた連中に言ってください』
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数分後。
銃声は完全に鳴り止み、渓谷には火薬の匂いと硝煙だけが漂っていた。
野盗の集団はガレット一人によって完全に制圧されたが、被害は甚大だった。岩壁に突っ込んだカーラの装甲車の底面からは、真っ黒な煙がもうもうと上がっている。
アルドは工具箱を抱えて機体から降りると、装甲車の下に潜り込んで足回りを調べた。カーラも苛立たしげにボンネットを開け、各所の状態を確認している。
やがて、煤だらけになって這い出してきたアルドは、手にしたスパナを地面に投げ捨てた。
「ダメだ。多軸シャフトがへし折れてる。サスペンションも完全にひしゃげてやがる。専用のドックと大型プレス機でもなきゃ、どう逆立ちしても直らん」
カーラが舌打ちをし、少し離れた場所で別の破損箇所がないか執念深く調べ始めた。
その隙に、ライフルを肩に担いだガレットがアルドに近づいてきた。二人はカーラに聞こえないよう、声を潜める。
「……牽引は無理だな。この図体じゃ引っ張れねぇし、足回りが死んでる車を引っ張ったら余計に壊れる」
「ああ。かといって、あいつをここに置いて部品を取りに戻るのも現実的じゃねぇ。俺たちも、あの街にはしばらく戻りたくねぇしな」
アルドが頭を掻きむしり、忌々しそうにオールド・ベルの巨大な装甲を見上げる。
「……乗せるしかねぇか」
「だな。まあ、あいつなら口は堅ぇだろうよ」
ガレットの言葉に、アルドは腹を括ったように重いため息を吐き出した。
アルドは立ち上がり、装甲車の前で腕を組んでいるカーラの元へ歩み寄った。
「あんたをここに置いていくわけにはいかない。……だが、うちの機内にはあんまり見られたくないものがある。絶対に他言しないと約束できるなら、乗せてやる」
カーラは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑って肩をすくめた。
「……商売人の口の硬さを舐めないでよね。契約成立よ。恩に着るわ」
そう言って、彼女は装甲車から貴重品の入った鞄だけを拾い上げた。
「積荷は後で俺たちが運ぶ。あんたは先に入ってろ」
「……は? あんたたちの機体に、アタシの荷物まで全部積むスペースなんてあるわけ……」
怪訝な顔をするカーラをよそに、アルドはオールド・ベルの分厚いハッチのロックを解除した。シューッという空気の抜ける音と共に、重厚な金属扉が開く。
「いいから、入れ」
促されるままカーラがハッチを潜り抜け、オールド・ベルの真の内部へと足を踏み入れた瞬間――彼女は息を呑み、その場に釘付けになった。
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