第17話 俺は荒野の何でも屋
『捕虜の身体に未検証の論理を組み込んだ魔導具を装着させる行為は、明確な安全基準違反です。直ちに設計の再検討を推奨します』
機内のスピーカーから、妙に生真面目で口うるさい合成音声が響き渡った。
オールド・ベルの書庫の床に転がされたジャックは、いまだ状況が飲み込めない様子で呆気にとられたように口を開けている。
「……やかましいぞ、ベル」
当のアルドは合成音声の小言を完全に無視し、手元の作業台で真鍮のパーツを組み上げていた。使い込まれた工具が鈍い音を立て、最後の歯車が噛み合う。
アルドは完成したばかりの二つ目の腕輪を手に取ると、ジャックの左腕にガシャリとはめ込んだ。精巧な物理ロックが低い音を立てて噛み合い、二度と外れないように固定される。
「わかっていると思うが、このロックは俺じゃないと絶対に外せない。もう一度言うが、右手の腕輪を下手に外そうとすれば手首が吹き飛ぶからな」
アルドは油で汚れた工具を無造作に置き、床のジャックを冷たい目で見下ろした。
「一生俺たちに音が駄々洩れで、手首が吹き飛ぶのに怯えたくなかったら、ちゃんと報告を終わらせて戻ってくるんだな」
「……ああ、わかってるよ。自分の手首には代えられねぇからな。きっちり依頼主を騙してやるさ」
ジャックは渋面を作りながらも、身をよじってなんとか上体を起こした。
その首元に、今度はガレットが分厚い手を突っ込む。
「ついでに、こいつは『保険』として預かっておくぜ」
「おい、それは企業連からの前金……」
ガレットはジャックの懐からずっしりと重い皮袋を引き抜き、さらに彼が今回の潜入用に携帯していた特殊な構造の潜入用ツールなどを容赦なくその場でひん剥いていく。
「お前がこのまま逃げた場合の、踏み倒しリスクの補填だ。文句はねえよな?」
ジャックは反論を諦め、ただ深くため息をついて肩を落とした。
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煤けた風が吹き荒れる荒野。オールド・ベルのハッチの外で、ジャックはアルドから手渡された鈍色の基盤を受け取った。
「まずは街の連絡拠点に戻る。仲介人に『依頼の品は無事回収した。持っていた盗掘者どもは口封じに始末済みだ』と一報を入れ、引き渡しのアポを組む」
ジャックは今後の段取りを告げると、荒野の砂塵の中へと歩き去っていった。
彼の背中が見えなくなると同時に、アルドは機内へと戻り、作業台の計器を操作する。
「ベル。あいつが仲介人と接触するまでの間、ずっとこっちで音を聞き続けるのは面倒だ。引き渡しや裏切りの兆候があった時だけスピーカーへ繋げ」
『了解しました。音声の監視をバックグラウンド処理に移行します』
合成音声が応じると、計器の針が微かに揺れた。
ただし、それから数日間の間、オールド・ベルの機内には時折、奇妙な音声が響き渡ることになった。
『……痛っ! クソ、またか。とてつもなく地味に嫌だ……!』
ジャックが何かに触るたびに発生する、痛烈な静電気。裏切りの兆候があった時だけ繋げという命令にも関わらず、ベルはその小さな破裂音と情けない悲鳴だけを正確に拾い上げ、ご丁寧にスピーカーから流し続けた。
「傑作だな。良いツマミだ。……しかしお前、こういう地味な嫌がらせを考えさせりゃ本当に天才だな」
ガレットが没収した金貨をテーブルに積み上げつつ、グラスの安酒を呷って呆れたように笑うと、アルドも図面を引きながら微かに口角を上げた。
「否定はしない。……でも、最高だろ?」
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数日後。
『――依頼の品はきっちり持ってきたぜ。ああ、例の盗掘者どもなら俺が口封じに……ッ!?』
パチッ、という痛烈な破裂音。
『……どうかされましたか?』
『い、いや……ただの静電気だ。ああ、全員始末済みで……痛ッ!? ……ちぃっ、少し乾燥してやがるな』
オールド・ベルの機内には、仲介人の前でプロの威厳を保とうと必死に取り繕いながらも、容赦ない静電気の奇襲に苦悶するジャックの音声が流れていた。
やがて、スピーカー越しに基盤を裏返す音や、事前に提出された研究所の記録と、基盤の管理刻印やシリアル体系を照合しているらしい仲介人の事務的な呟きが聞こえてくる。
『……管理刻印および、ナンバー体系の規則性が研究所の記録と一致しました。はあ……ともあれ、本物で間違いありません。これで我々の取引は完了です』
通信が切れると同時に、ガレットとアルドはとうとう堪えきれずに大きな笑い声を上げた。
そして約束通り、ジャックは再びオールド・ベルの前に姿を現した。
数日間にわたる静電気地獄ですっかり憔悴しきった彼は、黙って両腕をアルドに差し出した。
アルドが専用の工具を差し込み、複雑な手順で物理ロックを解除する。静電気を発生させていた真鍮の輪が、重い音を立てて作業台に落ちた。
「お前が渡したのは、アルドが意図的にブッ壊したガラクタだ。もし今後俺たちを売れば、お前は『盗掘者と結託して企業連にガラクタを掴ませた詐欺師』として俺たちと一緒に消されることになる」
ガレットが腕を組みながら、低い声で念を押す。
「これで裏切られる目はなくなったな」
「……ああ。完全に詐欺の共犯ってやつだ。最悪の気分だよ」
ジャックは手首をさすりながら、自嘲気味に笑った。
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彼は作業台に転がった真鍮の腕輪を拾い上げ、表面の微細な彫り込みを指でなぞった。
「……なぁ。これ、ただ俺に嫌がらせをするため『だけ』に作ったのか?」
ジャックの声音から、先ほどまでの疲労感が消え失せていた。
「何かに触れるたびに火花が散る。ただそれだけの機能のために、わざわざこんな精巧な細工まで施したってのか?」
その問いに、アルドは答えない。ただ忌々しそうに鼻を鳴らし、図面に視線を落とすだけだった。
ジャックは震える手で腕輪を持ち上げ、灯りに透かしてうっとりと眺める。
「……なんて下らなくて、素晴らしいセンスだ!」
ジャックは作った張本人であるアルドの目の前で、数日間自身を苦しめた凶器の『無駄な造り込み』を激しく称賛し始めた。先ほどまでの疲労と絶望に満ちた姿は微塵もなく、ただの熱狂的なコレクターの顔だった。
「……ガレット。そいつを早く外に放り出せ。本気で気味が悪い」
あまりの熱量に、さすがのアルドもドン引きしながら隣のガレットへ向けて吐き捨てた。
「お前のイカれた趣味を理解してくれる、貴重なファンじゃねぇか」
ガレットは皮肉げに笑ったが、すぐに冷ややかな視線をジャックへ向けた。
「とはいえ、確かに盗っ人なのは変わりねえ。用が済んだらさっさと帰んな」
『機能性よりも下らない無駄遣いに価値を見出すという点において、マスターと同類ですね』
すかさず、スピーカーから響くベルの合成音声が、呆れたようにアルドを切り捨てた。
「頼む、この素晴らしい腕輪を俺に譲ってくれないか?」
ジャックが目を輝かせて要求する。
「そんな下らないガラクタ、勝手に持っていけ」
アルドが呆れながら手を振ると、ジャックは満足げに腕輪を懐にしまい込んだ。
すっかり上機嫌になったジャックは、身なりを整えて入り口へと向かう。
「俺は荒野の何でも屋、ジャックだ。出会いは最悪だったが、これも何かの縁だ。金次第で何でも引き受けてやるよ」
不敵な笑みを浮かべてそう名乗りを上げると、彼は今度こそオールド・ベルを降りていった。
ジャックが去った後、作業台にはもう一つの腕輪が残されていた。
「こいつはもう用済みだな。ずっと周囲の音を拾ってるんだろ? うるさくてベルが可哀想だ。物騒なオモチャを転がしとく趣味もねえしな」
ガレットが腕輪をつまみ上げ、ハッチから機体の外の荒野へと遠く放り投げた。
弧を描いて落ちていく小さな標的に向け、ガレットが機内から銃を構えた。
乾いた銃声が一つ鳴り、弾丸が見事に腕輪を捉えた――次の瞬間。
鼓膜を叩く鋭い破裂音と共に、空中でオレンジ色の爆炎が膨れ上がった。
とても手首一つで済む威力ではない。至近距離にいれば確実に命を刈り取るであろう熱風が、ハッチを抜けてガレットのコートを激しく煽る。
空中に残った濃い黒煙と、パラパラと荒野に降り注ぐ破片の雨を前に、ガレットは銃を構えた姿勢のまま完全に硬直していた。
やがてパタンと静かにハッチを閉め、独りドン引きした顔で冷や汗を拭う。
「……手首が吹き飛ぶって話だったが、どう見ても全身消し飛ぶ威力じゃねえか」
凄まじい爆発音が荒野に響き渡った直後にもかかわらず、機内のアルドはその騒ぎを完全にスルーしていた。
ベルがマニピュレーターで、ジャックから没収した特殊な潜入用ツールを持ち上げる。
『マスター、これはどうやって使うものなのですか?』
合成音声が静かに尋ねる。
「そんなの見たらわかるって……いや、さすがに泥棒の専門書なんて持ってねぇな」
アルドはベルのマニピュレーターから未知のツールを受け取ると、興味深そうに裏蓋を開けて内部の構造を覗き込んだ。
無骨な歯車が回る乾いた音が、今日もオールド・ベルの機内に静かに響き続けていた。
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