第14話 変人は変人に惹かれる
煤煙で常に曇り空が続く重工都市の最外周。廃炭鉱街の入り組んだ路地を抜け、剥き出しの岩盤が広がる錆荒野の停泊ドックへと至る道程を、一つの影が適度な距離を保ちながら追跡していた。
荒野の何でも屋ことジャックは、岩陰に身を潜め、眼前に停泊する巨大な威容を見上げて内心で舌を巻いた。
分厚い装甲板と、巨大な重量を支える無骨な多脚歩行ギア。荒野のスカベンジャーたちが悪路走破用に乗り回すキャンピングカーの類いだと聞いていたが、間近で見れば大戦期の遺物そのものだ。男の蒐集家としての偏執的な好奇心が早くも疼き始める。
一方、その巨大な多脚機『オールド・ベル』の機内。
広々としたリビングのソファで本を開いていたアルドの耳に、聞き慣れた合成音声が響いた。
『マスター。機外後方に不審な熱源が一名、先ほどから張り付いています』
「ああ、知ってる」
アルドは視線をページから外さずに、面倒くさそうに吐き捨てた。
「さっきのジャンク屋にいた変なやつだ。俺の作品を見たがってたから、諦めきれずに追ってきたんだろう。放っておけ」
キッチンで鍋の火加減を見ていたガレットが、その言葉にピクリと反応した。
「……おい。お前のあのガラクタの山を、わざわざ追っかけてまで見たいって奴がいるのか?」
「ガラクタじゃない。万全の耐久性と完璧な論理精度を備えた実用的な魔導具だ」
ガレットは険しい顔のまま微かに口元を綻ばせると、鍋の火を止めた。そして、わざわざアルドのシワだらけの襟元を引っ張って直し、分厚い手でその背中をバンバンと叩く。
「おいおい。お前のあの変なガラクタをわざわざ見たいなんていう奇特な奴だろ? なら無下にするなよ」
「なんか気味が悪いし、面倒くさい」
「いいから行け」
ガレットは腰のホルスターを調整しながら、少し思案するように顎を撫でた。
「とはいえ、中に得体の知れない奴を入れるわけにはいかねえ。……よし、俺が外で付き合ってやる。ここまで追ってきたんだ、よっぽど見たいんだろう」
そう言って、ガレットは強引にアルドの背中を押してハッチへと向かわせた。
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重々しい音を立ててハッチが開き、昇降リフトが荒野の大地へと降りてくる。
岩陰で様子を伺っていたジャックの前に、大柄な男が気さくな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「あんた、さっきジャンク屋でこいつのガラクタ見てた奴だろ。ここまで追ってきたくらいだから、よっぽど見たいんだろう」
「あ、ああ……まあ、そうなるな」
「中で見るのは狭いから、外で見せてやるよ。ほらアルド、自慢の作品持ってこいよ」
ガレットは愛想よく笑いながらも、その大きな体でハッチの入り口を塞ぐように立つ。そして、外の男には聞こえないような小声で「適当に、木箱一つ分くらいにしとけよ」と背後のアルドに釘を刺した。
アルドは深い溜息をつきながら、言われた通り、適当なガラクタだけを無造作に放り込んだ木箱を抱えて降りてきた。
「これが全部だ。さっさと見て帰れ」
塩対応のアルドとは対照的に、ジャックの瞳は熱狂的な輝きを放った。彼は木箱の前にしゃがみ込み、アルドが常軌を逸した執念で仕込んだ過剰なまでに精緻な機構の数々を食い入るように物色し始める。
「素晴らしい……なんて無駄に洗練された機構なんだ。この無駄な装飾、この無意味な精度……たまらないな!」
変な魔導具の数々に歓喜の声を上げるジャックだったが、不意に、彼のプロとしての視線が「ある特異な部品」に釘付けになった。
それは、アルドが局地的な静電気を無駄に発生させるためだけに作った、完全に実用性のないオモチャのコア基板だった。
ジャックは技術者ではないため、複雑に絡み合う魔導インクの論理配列の意味までは読めない。だが、その基板の隅にある「印」は見逃さなかった。
(……なんだこれは)
ジャックの心臓が大きく跳ねた。
調査前に頭に叩き込んでいた極秘資料。『雷鳴の谷』に建設されていた気象制御研究施設、そこに納品されていた備品特有のシリアルナンバーと管理刻印が、その小さな部品の端にハッキリと焼き付けられていたのだ。
(なんて無駄遣いだ! なぜ一介の技術屋のオモチャに、あの研究施設のオリジナル部品がそのまま組み込まれているんだ!?)
部品の出所に対する疑念が、一気に雷鳴の谷へと直結していく。
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動揺を悟られないよう、ジャックはオモチャをそっと木箱に戻し、さりげなく立ち上がった。
その視線は自然な動作を装い、オールド・ベルの巨大な歩行ギアと、それが地面に刻んだ深い足跡を捉えていた。
(多脚歩行の痕跡……)
雷鳴の谷の調査報告書に記載されていた『車両ではない謎の移動痕』。それが目の前の多脚歩行機の足跡に違いないと、彼は結論付けた。
あの雷雨の中で強固なゲートを開けた凄腕の技師は、目の前で不機嫌そうにガラクタを弄っているこの男だ。プロとしての彼の頭の中で、すべての論理が完璧に繋がった。
精霊を持ち出した犯人は、間違いなくこいつらだ。
だが、ジャックの本能が警鐘を鳴らしていた。
技師の背後に無造作に立っているあの大柄な男。気さくな態度とは裏腹に、その立ち振る舞いには一切の隙がなく、腰の銃へいつでも最短距離で手が届く体勢を崩していない。
無計画に今ここで手を出せば、間違いなく蜂の巣にされる。
(ジャンク屋で見つけたあの無駄に洗練された魔導具に興奮し、勢いで追ってきたが、さすがにノープランすぎるな……)
ジャックはプロとして潔く引くことを決め、表情を繕っていかにも残念そうな声を出した。
「どれも素晴らしい品だが……生憎と、今日は持ち合わせがない。金を用意してまた来たいのだが、いつまでここにいる?」
アルドは顔も上げずに面倒くさそうに答えた。
「買い出しもあるし、数日はいる」
「そうか。じゃあ、また来させてもらうよ」
ジャックはあっさりと背を向け、機体の影から遠ざかっていった。
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重工都市へ続く街の裏路地。
ジャックは馴染みの裏ルートを使い、先ほどの二人組の身辺調査を速やかに終えていた。
「……凄腕の用心棒、ガレットか。なるほど、あの場で手を出さなかった俺の直感は正しかったな」
壁に寄りかかりながら、彼は薄く笑う。
「そして、あの技師は『書物修復師』のアルドか。戦闘はできないらしいが……」
依頼の目的はあくまで「精霊の回収」だ。あのバケモノのような用心棒と正面から撃ち合うのは、どう考えても割に合わない。
それに、彼個人の感情としても、アルドという男の底知れない才能には強く惹かれるものがあった。
「あんな面白い魔導具を作る奴だ。手荒な真似をして敵に回すのは惜しい。いつかゆっくり話を聞きたいからな」
であれば、選ぶべき手段は一つしかない。
撤退時のやり取りで聞き出した「数日は停泊する」「買い出しがある」という情報。そして、調査で裏付けられた「奴らは二人だけで行動している」という事実。
二人が揃って街へ買い出しに向かい、あの機体が完全に無人になる瞬間を狙って、穏便に精霊だけをかすめ取る。
それに、あの機体の内部には、まだ見ぬイカれた魔導具が山のように眠っているに違いない。
蒐集家としての探求心とプロの矜持を胸に、ジャックは薄暗い路地で不敵な笑みを深めた。
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