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第12話 狙われる修復師

 分厚い絶縁服と泥濘用のスパイクブーツに身を固めた企業連の定期巡回部隊は、広大な岩盤の縁で立ち尽くしていた。

 彼らの背後では、荒野の深部を巡るための巨大な多脚装甲車が、けたたましい排気音を立てて待機している。

 今日、定期ルートに従って『雷鳴の谷』の周縁部へと到達した彼らを待っていたのは、信じがたい光景だった。

 空を覆っていた分厚い黒雲はとうに散り散りになり、無音の青空が広がっている。絶え間なく降り注いでいた落雷はなく、足元のひび割れた岩肌はカラカラに乾ききっていた。

「……ありえない」

 隊長らしき男が、防護バイザーを押し上げながら乾いた声を出した。

「雷鳴の谷の落雷が、完全に止まっている」

 数百年にわたって誰も寄せ付けなかった自然の要塞が、ただの静かな廃墟へと成り果てている。男は弾かれたように振り返り、中継車の通信手に向かって叫んだ。

「本局へ回線を繋げ! 緊急事態だ!」


---


 重工都市・中央区。

 稼働する工場の煤煙とは無縁の、過剰なまでに清潔で無菌状態のような執務室。兵器開発局長は、磨き上げられたマホガニーのデスクの上で、先遣隊が荒野から持ち帰ってきた数枚の報告書と、不鮮明な現場の印画紙を並べていた。

 印画紙に焼き付けられているのは、大戦期に『ハインツ』という異端の学者が遺したとされる気象制御研究所の最深部。

 そして局長の目を最も惹きつけたのは、その堅牢な壁面にポッカリと空いた、不自然な空洞の写真だった。周囲には強引に引きちぎられたような太い配線が垂れ下がっている。

「報告によれば、ここに巨大な論理基盤が収まっていたらしいが……見事に抜き取られているな」

 局長は、短く切り揃えられた顎髭を撫でながら独り言ちた。

「技術班の推論通り、消えたその基盤があの異常気象を制御し続けていた『中枢』ということか」

 局長は、技術的な仕組みが綴られた報告書の後半ページには目もくれず、無造作にデスクの端へ追いやった。

 気象施設そのものを意のままに操るという、大戦期の遺物。もしそれが手に入り、企業連の兵器として転用できれば、組織内における自分の発言力は決定的なものになる。

 だが、問題は山積みだった。

『消えた基盤が雷の原因である』というのは、あくまで状況証拠からの推測に過ぎない。不確かな推測だけで、膨大な予算を割いて公式な捜索部隊を動かす許可は下りないだろう。それに、下手に組織を動かせば、大戦期の遺物にうるさい『文化保全局』の連中に嗅ぎつけられ、管轄権を横取りされる恐れもある。

「公式には動けない、か」

 局長はデスクの引き出しから組織の帳簿には載らない裏金の束を取り出すと、万年筆を手に取り、無記名の便箋に標的の情報だけを走り書きした。

 しがらみの多い組織の人間を使うべきではない。求める結果だけを確実に持ってくる、非公式の猟犬が必要だった。


---


 重工都市の外周工業区に近い、薄暗い酒場。

 油と安酒の匂いが充満する店内で、一人の男がグラスの傍らにガラス製の古いランタンを置き、愛おしそうに布で磨いていた。

 この『ジャック・オー・ランタン』と名付けられた魔導具は、周囲で飲んだくれているチンピラたちの怒声や、情報屋たちの密やかな囁き声に呼応するように、炎の色を不規則に変える。

 ジャックは、不規則に明滅するその光を肴にするように、口元に笑みを浮かべてグラスを傾けた。

「ジャック。あんた、またそんなまともに光りもしないガラクタに金を出したのか」

 馴染みの情報屋が、呆れたように声をかけた。

 何でも屋のジャックは、磨く手を止めることなくニヤリと笑った。

「生存と実利しか求められないこんな時代に、ただ不規則に明滅するためだけに情熱を注いだ無駄な仕様だ。この『遊び』の贅沢さがわからないとは哀れだな」

 不意に、酒場のざわめきが波を打つように静まった。

 入口の扉が開き、仕立ての良い黒服を着た男たちが数人、場違いなほど無音で足を踏み入れてきたからだ。周囲の客たちが顔色を変えてサッと道を開ける中、黒服の一人がジャックのテーブルに歩み寄り、無言で一枚の封筒を差し出した。

 ジャックはグラスの酒を飲み干すと、封筒の中身を引き抜いた。

 提示された無記名のメモと、前金として支払われた分厚い札束。それを見た瞬間、彼の顔から先程までの飄々とした笑みが消え、冷徹な猟犬の目へと切り替わった。


---


 メモに記された依頼の内容はシンプルだった。『雷鳴の谷から消えた精霊の捜索および回収』。

 依頼主にとっては標的さえ手に入ればよく、それを持ち去った犯人がどうなろうが知ったことではないらしい。

 ジャックは、メモに同封されていた十数枚の印画紙をテーブルに並べた。

 現場の様子を無作為に収めたそれらの中で、ジャックの目を惹きつけたのは、分厚い大戦期の強固な防護扉を写した数枚だった。そのロック機構は、物理的な過電流によるショートで強引に黒焦げにされ、突破されていた。

 ジャックは技術者ではないが、裏社会で数多くの現場を踏んできた嗅覚がある。

「ただの小泥棒やスカベンジャーの仕業じゃない。だが、企業連のエリートならもっと上品に解除するはずだ……」

 ジャックは印画紙をつまみ上げ、薄暗い照明に透かした。

「こんなイカれた荒技を思いつくのは、大戦期の遺物を熟知し、かつ常識がぶっ飛んでいる凄腕の在野技師だけだ」

 広大な荒野で、無言のまま姿を消した精霊の足取りを直接追うのは、砂漠に落とした針を探すようなものだ。しかし、これほど目立つ痕跡を残す技術者ならば、必ずどこかの界隈で強烈な匂いを放っている。

「消えた精霊を探すより、この目立つ技術者を辿る方が早い」

 ジャックは立ち上がり、黒服たちが残していった前金を懐にねじ込んだ。

「さて、どこのどいつか知らないが……最高の腕を持つ技術者の尻尾、必ず掴ませてもらうぜ」

 有能なプロフェッショナルの顔で店を出て行く彼の手には、相変わらず毒々しく明滅する魔導具が、大事そうに握りしめられていた。


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