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第10話 変人と常識人の足跡

 研究所の遺構のエントランスは、分厚い金属の防護扉によって固く閉ざされていた。

 アルドはその構造と、奥へ続く通路の幅を目で確かめると、背後にそびえる巨大な装甲車を振り返った。

「さすがにベルの巨体ごと入るのは無理か」

『今回は状況が状況なので、おとなしくお留守番してあげますよ。でもルカ、ここは雷落ちてこないんでしょうね』

 機内に残ったオールド・ベルの合成音声が、大戦期の古い通信機からノイズ混じりに響く。

「ベルねえ。絶対落ちないとは言えねえけど、あんな馬鹿デカい鉄の建物があるんだ。雷もオレたちよりあっちに落ちるだろ」

 ルカが遺構の巨大な外殻を指差して悪戯っぽく笑うと、通信機のノイズ越しに『やれやれ』と呆れたような合成音声が返ってくる。

『マスター、私の演算が届かない物理領域です。せいぜい配線で感電死しないよう気をつけてくださいね』

 アルドは通信機からの小言に短く鼻を鳴らし、ひしゃげたカバーの奥にある無傷の回路基板へと向き直った。

 手にした工具で魔導インクの配列の一部を物理的に削り落とし、別の回路へと強引に短絡させていく。旧世界の堅牢なセキュリティに無理やりロック解除の論理を割り込ませると、重々しい音と共に分厚い防護扉のロックが解除された。

 アルドとガレットが二人がかりで扉を押し開け、施設内部へ侵入する。外の暴力的な雷鳴が嘘のように遮断された、埃と古い油の匂いが漂う冷たい静寂の空間が広がっていた。

「すげえ……こんな奥まで入ったの初めてだ。これは高く売れそうだぞ!」

 ルカがあちこちに散乱する手つかずのスクラップの山を見て、目を輝かせた。


---


 アルドたちがさらに奥へ進むと、遺留された設計図の束や、テスト用と思しき様々な回路基板が放置された区画に出た。

「暗いから足元に気をつけろよ。変なモンには触るな」

「子供扱いすんな、おっさん」

 そんな背後のやり取りなど全く耳に入っていない様子で、アルドはすっかり自分の世界に入り込んでいた。

 彼は埃まみれの基板を手に取り、そこに刻まれた魔導インクの配列を読み解いていく。

(この設計思想……前に中央区で見つけた保冷庫の部品と同じだ。だが、根本的に何かが違う)

 アルドの目が、技術者としての鋭い光を帯びる。

「……なるほどな。重工都市のインフラに使われている冷却設備の論理パターンと完全に一致する」

 アルドの独り言に、ガレットが眉をひそめた。

「どういうことだ?」

「この設計図の束を見てみろ。インクの筆跡から、二人の人間が論理を書いているのが分かる。一人は狂気に満ちた破綻した論理。もう一人は、それを必死に実用レベルに落とし込もうとした『常識人』の論理だ」

「常識人?」

「前に俺たちが見つけた保冷庫の部品。あれを作ったのは、この設計図に書き込みを残した『助手』の方だ。そいつはハインツの狂気に付き合いきれずに逃げ出したんだ」

「狂気ってなんだ?」

「ハインツって奴は、本来は『実体のある兵器』を動かすための精霊に、『気象』なんていう実体のない自然現象を制御させようとしたんだ。しかも、ありとあらゆる天候をたった一つの精霊に担わせようとして、無茶なコードを詰め込みすぎた」

 アルドは手元の基板を丁寧に置き直す。

「助手はそれが実現不可能だと悟って、馬鹿デカい気象制御を諦めた。『温める』『冷やす』『霧化する』といった個別の物理現象に絞って論理をダウングレードして実用化したんだよ。その数ある派生の一つが、あの保冷庫の部品だったというわけさ」

「……相変わらず、お前の説明は小難しくて敵わん」

 ガレットが頭痛を堪えるようにこめかみを揉んだ。

「要するに、外の雷地獄は、ハインツって奴が色々と詰め込みすぎた壮大な失敗のせいだってことか」

 呆れ返るガレットに対し、アルドは首を横に振った。

「いや、結果として論理が矛盾を起こして暴走してはいるが、構造自体は間違っていない。ただ、それを実現するための『実体となる機械』も『精霊』も存在しないのに、机上の理論だけで強引に組み上げようとしたんだ」

 事実上不可能な色物技術。しかし、アルドの口元には微かな笑みが浮かんでいた。

「本来ならただクラッシュして動かないはずのバグが、奇跡的に『落雷の発生』という一つの現象だけは延々と実現し続けている。……この奇跡の現象を引き起こし続けている大元の設備が、まだこの奥で生きているはずだ」

 アルドは抑えきれない探求心に突き動かされるように、施設のさらに奥深くへと歩みを進めた。


---


 最深部のメイン制御室。

 分厚いガラス越しに、大戦時から百年近く稼働し続けている巨大な論理基盤が鎮座していた。

 膨大な魔導インクの回路が脈打ち、美しい論理コードの光を放ち続けている。

「なんだこれ……」

 ルカが圧倒されて息を呑む横で、アルドは魅入られたようにその光を見つめていた。

 荒くなったアルドの息遣いだけが、ノイズ交じりの通信機を通じて外にいるオールド・ベルへと届く。

『……ガレット、ルカ。マスターは今、何を見ていますか? ひょっとして……』

 しかし、通信機越しの切羽詰まった声に、アルドが返事をすることはなかった。彼は恍惚とした表情のまま、無言で愛用のスパナを取り出した。


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