8話『私は死にました――その瞬間、運命が燃え始めた』
病室中を白い光が埋め尽くす。
「なっ……!?」
医師が息を呑む。
国王も立ち上がった。
その時。
扉の向こうから一人の男が現れる。
宮廷魔術師アルディスだった。
《運命の書》を管理する男。
王国で最も予言を信じる男。
「やはり来たか」
彼は運命の書を見つめる。
「未来改変の兆候」
冷たい目だった。
「寿命共有術など許されません」
「なぜ」
レティシアが食い掛る。
「未来は変えてはならないからです」
アルディスは迷いなく答えた。
「そもそも王太子殿下がしてはいけない禁忌を犯したのです。だから犠牲になった。これは当然の代償なのです」
病室が静まり返る。
その言葉を聞いた瞬間。
レティシアの中で何かが切れた。
「当然の……代償?」
震える声。
「殿下は人です……駒じゃありません――」
アルディスは首を振る。
「感情に流されてはなりません。王国の利益を第一に考えるべきです」
レティシアは叫んだ。
「人がいてこその王国です!!」
全員が息を呑む。
「私は誰よりも優しいティベルトが治める王国の未来を見たかった。そのためなら、いくらでも犠牲になれました」
アルディスが目を見開いた。
「運命に逆らうのですか」
「逆らいます」
即答だった。
「何度でも」
レティシアはティベルトの傍へ歩く。
「やめろ……」
掠れた声。
ティベルトだった。
「頼む……俺のために死ぬな」
レティシアは首を振って微笑んだ。
「あなたが私のために命を燃やしたように」
手を握る。
「今度は私にそうさせてください」
「レティシア……」
「十年間ずっと」
ティベルトの目から涙が落ちる。
「婚約破棄された日も。追放された日も。心から嫌いにはなれませんでした」
そして。
初めて口にした。
「あなたを愛しています」
今まで一度も言えなかった言葉。
「ずっと――ティベルトだけを……」
レティシアは身を乗り出す。
そっと唇を重ねた。
その瞬間――
寿命共有術の魔法陣が輝いた。
光が病室全体を包み込む。
そして。
レティシアの身体から力が抜けた。
「レティシア様!」
医師が叫ぶ。
呼吸が止まり。
脈も消えた。
ティベルトの手を握っていた指がほどける。
「心停止です!」
エミリカが泣き崩れる。
国王も両手で顔を覆った。
だが。
「レティシアァァァ!!」
崩れ落ちていたティベルトが上半身を起こした。
止まりかけていたはずの心臓が激しく脈を打つ。
「置いていくな!! やっと……やっと想いを聞けたのに!!」
ティベルトの悲痛な叫び声。
その瞬間――
《運命の書》が激しく震え出した。
ページが勝手に捲れる。
未来の記録が崩れ始めた。
「馬鹿な……!」
アルディスが叫ぶ。
「運命が壊れ始めている!?」
《運命の書》が燃え上がる。
青白い炎。
未来そのものを焼く炎だった。
「やめろ!!」
アルディスが飛び出す。
しかし届かない。
ページが灰になっていく。
未来が消える。
予言が消える。
運命が消える。
「嗚呼……」
アルディスは膝をついた。
「私の道しるべが……」
震える声。
「もう未来は見えない……私は、どうすれば――」
その肩に手が置かれた。
国王だった。
「私も同じだ」
アルディスが顔を上げる。
国王は燃えていく《運命の書》を見つめた。
「だが悲惨な運命を前にして今更ながら気付いたよ……」
諭すような声。
「未来は与えられるものではない。自ら選ぶものだと」
その時――
レティシアの指先が僅かに動いた。




