7話『婚約破棄した王太子が、私の誕生日プレゼントを五年分残していました』
「嫌です。私はあなたを忘れません」
ティベルトが苦しそうに顔を歪める。
「どうして……わかってくれない――」
「殿下……」
医師が静かに言った。
「レティシア様、殿下は最後まで箱を作っていました」
「箱?」
「毎年の誕生日用です。十九歳、二十歳、二十一歳、二十二歳、そして二十三歳」
五つの箱が並んでいた。
全て私の名前付きだった。
震える指で最初の箱を開ける。
中には小さな押し花のしおり。
添えられた手紙を読む。
『十九歳の誕生日おめでとう』
『君は本を読む時、必ず最後のページを少しだけ先に見る癖がある』
『十九歳の年も良い本に出会えますように』
そんな癖。
自分でも気づいていなかった。
なのに。
ティベルトは知っていた。
私ですら知らなかった私を。
次の箱を開ける。
魔法で温度が変わるティーカップ。
『二十歳の誕生日おめでとう』
『レティシアは紅茶が好きだから』
『二十歳になったら王都で一番美味しい紅茶店へ連れて行くつもりだった』
『でも果たせそうにない』
『だからせめて温かい紅茶を飲んでほしい』
そんな願い。
一度も聞いたことがなかった。
私とのそんな未来を考えていたなんて。
三つ目の箱。
銀細工の髪飾り。
青い花が飾られている。
『二十一歳の誕生日おめでとう』
『婚約の時に渡した髪飾りを少し大人向けにして作ってもらった』
『君は昔から青い花が似合う』
『本当は私の隣で着けてほしかった』
四つ目の箱。
星空を映す魔導オルゴール。
蓋を開くと天井いっぱいに星空が広がった。
『二十二歳の誕生日おめでとう』
『二十二歳の君は何を見ているだろう』
『もし君の隣に誰かがいるなら、その人を大切にしてほしい』
『私ではなくても構わない』
『君が笑っているなら、それでいい』
どうして。
どうして最後まで。
私の幸せばかり願うの。
そして最後の箱。
二十三歳。
中は空だった。
けれど。
箱の底に一通の手紙が入っていた。
『結婚してください』
『二十三歳の誕生日には本当は結婚指輪を渡すつもりだった』
『でも、それは叶わない』
『死ぬのが怖い』
『目が見えなくなるのも怖い』
『でも』
『一番怖いのは』
『レティシアに忘れられることだった』
『婚約破棄した日も』
『君を突き放した日も』
『ずっと好きでした』
ティベルトは。
自分が死ぬ未来を知りながら。
私の未来だけを考えていた。
私が幸せになる未来。
私が笑う未来。
私が誰かに愛される未来。
そんなことばかり願っていた。
私は手紙を胸へ抱き締めた。
「泣くな。幸せになれ……」
弱々しい声。
それでも、ティベルトは私を慰めようとしていた。
私は十分過ぎるほど分かった。
あの日記も。
この箱も。
全ては彼が失った未来――私への愛そのものだった。
「殿下は私に生きろと言いました」
私もずっと――
ティベルトだけを愛していた。
「だから、あなたと一緒に生きます」
ティベルトの閉じられた瞼から、一筋の涙が零れた。
命が半分になっても。
たとえ死ぬことになったとしても。
私が、そう決意した瞬間――
ティベルトの胸元から黒い亀裂が走った。
まるで運命そのものが彼を引き裂こうとしているように。
「殿下!!」
私は叫んだ。
《運命の書》が勝手に開かれ、眩く光り始めた。




