6話『余命あと一日――王太子が最後まで私を拒んだ理由』
「ティベルトは貴女を追放したかったわけじゃない……生かしたかっただけよ」
エミリカの声は静かだった。
けれど、その一言は私の胸を深く抉った。
そして一冊の書類を差し出す。
王家の印。
運命の書の記録。
そこには、こう書かれていた。
『運命肩代わりの儀』
『代償受理』
『視力喪失』
息が止まる。
『余命一年』
文字が滲んだ。
涙のせいで読めない。
いや。
読みたくなかった。
だって。
これはただの代償じゃない。
ティベルトから未来を奪う宣告だった。
思い出す。
婚約破棄の日。
最後に見た彼の顔。
今なら分かる。
あの人は最後まで私を守ろうとしていた。
たった一人で……
「一つ方法があるの――」
私は言った。
エミリカが顔を上げる。
「方法?」
「寿命共有術――命を分け合う古代魔法。殿下が病に倒れてから、ずっと調べていたの」
「成功率は……」
「二割」
エミリカは顔を歪めた。
「失敗したら?」
「私も死にます」
命を懸けるには、あまりにも低い。
だけど。
ゼロではない。
◇
馬車は昼も夜も休まず走った。
そして翌朝――
王都へ到着した。
私は王城へと駆け込む。
廊下を走る。
呼吸が苦しい。
それでも止まれない。
その時だった。
一人の医師が現れた。
顔色は青ざめていた。
「レティシア様……」
嫌な予感がした。
「殿下は?」
医師は目を伏せる。
そして。
震える声で告げた。
「余命は――あと一日です」
私は言葉を失った。
あと一日。
一年じゃない。
一ヶ月でもない。
たったの一日……
「殿下は、もう目が見えていません。声もほとんど出ません。そして――」
医師は続けた。
「昨夜から、レティシア様のお名前だけを呼び続けています」
足から力が抜けた。
壁へ手をつかなければ立っていられない。
けれど。
不思議と心は静かだった。
もう逃げない。
私は知ってしまったから。
あの人が。
どれほど私を愛していたのか。
どれほど苦しんでいたのか。
どれほど怖かったのか。
全部。
知ってしまったから。
「レティシア」
振り返る。
国王だった。
疲れ切った顔をしている。
「エミリカから寿命共有術のことは聞いた――ティベルトはお前を生かすために全てを捨てた。その覚悟を無駄にするな」
エミリカも涙を浮かべながら続けた。
「お願い。もう、これ以上……殿下を苦しませないで」
みんな。
ティベルトのために言っている。
それは分かっている。
だから私は静かに答えた。
「殿下は私に生きろと言いました」
もう迷わない。
「だから生きます」
続ける。
「ティベルトと一緒に」
国王の目が見開かれた。
「私は殿下の覚悟を無駄にはしません。殿下が私を救ったように……今度は私が救います」
病室の前へ立つ。
扉の向こうに。
ティベルトがいる。
私は胸に抱いた日記を見つめた。
最後のページ。
『レティシア』
『君を愛している』
そこへ指を重ねる。
そして初めて口にした。
「私もです……」
小さく呟く。
私は扉へ手を掛けた。
「絶対に助けます」
ガチャリ。
病室の扉が開いた。
そこには――
弱り果てているティベルトがいた。
かつて誰より美しかった金髪は色を失い。
身体は痩せ細り。
呼吸は浅い。
私は息を呑む。
胸が潰れそうになる。
その瞬間。
閉じられていた瞼が僅かに震えた。
「……レティシア」
掠れた声。
見えていないはずなのに。
彼は私だと分かった。
涙が溢れる。
私は駆け寄ろうとした。
だが。
「来るな」
弱々しい声だった。
それでも拒絶だけははっきりしていた。
「……俺のために死のうとするな」
私は凍り付く。
どうして分かってしまうの。
ティベルトが苦しそうに息を吐いた。
そして、最後の力を振り絞るように呟く。
「もう……忘れてくれ」
言葉を失った。
けれど私は知っている。
あなたが私を愛していたことを。
あなたが私のために死のうとしたことを。
だから――
今度は私が、あなたを絶対に諦めない。
その決意だけが胸に残った。




